オスカルの部屋へ向かいながらアンドレは考えた。
確かにここ1日、2日オスカルの機嫌は・・・よくなかった。
例の噂話が原因だとしたら?
オスカルから言われるであろう台詞が頭に浮ぶ。

 “アンドレ!わたしには一言の相談もなしか!”

怒っているなら間違いなくこれだ。
問題はそれから先だ。

 “アンドレ、結婚なんて絶対、駄目だからな!”

怒って?これは・・・嬉しい。すぐに噂話を否定だな。

 “アンドレ、本当に結婚・・・するのか?”

心配そうに?これもやはり・・・嬉しい。すぐに否定。

 “アンドレ、何故早く言わないのだ。結婚おめでとう!わたしも嬉しいぞ!”

アンドレは思わず歩みを止めた。
・・・・・言われたくない。
絶対、言われたくない!
そんな事・・・言われてたまるか!
アンドレはオスカルの部屋へ向かって走り出した。

「今おまえを呼びに行かせようと思っていた所だったのだ。」
オスカルは、書斎の扉も閉めず部屋へ飛び込んで来たアンドレに驚く様子もなくいつもと変わらない口調で言った。
「おれもおまえに話したい事がある!オスカル、おれに関して何やらおかしな噂が・・・・」
「まあ待て!それは後で聞く。その前にわたしの用件だ。大した事ではないのだ。すぐ終わるから・・・その後でゆっくり聞く。いいだろう?」
オスカルはアンドレを制して言った。
「あ、ああ。」
アンドレは仕方なく頷いた。
オスカルは机の上で手を組んだ。
それから嬉しそうにアンドレを見ながら聞いた。
「・・・・それで、結婚式はいつなのだ?アンドレ。」
アンドレは心の中で思い切り悪態を付いた。
「オスカル!おれがいつ結婚すると言った?」
「違うのか?相手は、胸の大きな色っぽい黒髪の美女だそうだな。性格は二の次で外見重視で選んだとか。」
「誰から聞いたか知らないが!まったくの出鱈目だ。結婚も!相手の女もだ!これはだな!おばあちゃんが・・・・オスカル?」
くすくす笑うオスカルを見て・・・アンドレは考え込んだ。
「・・・・おまえ、全部知ってて・・・おれにワザと聞いたな!」
アンドレは叫んだ。
「今朝ばあやから本当の話を聞いた。それまでは、おまえの趣味の悪さに呆れていた。悪い!本当にそういう娘が趣味なら・・・まあそれはお前の好みだからな。」
「出鱈目だと言ったろう、聞いていなかったのか!」
「それではどういう娘が好みのタイプなのだ?」
オスカルは興味深げに尋ねた。
「そんなのどうでもいいだろう。」
「教えてくれても減るものではあるまい?」
オスカルはしつこく重ねて聞いた
「・・・・聞く時は、自分からまず教えるのが礼儀だぞ。」
アンドレは目を逸らしながら言った。
オスカルはそれを見て肩をすくめた。
「・・・・まあいい。それでアンドレ、どうするのだ?結婚相手は?」
「相手じゃなくて役だ。もう頼んだ。」
「それは・・・・あれか?」
「あれってなんだ?オスカル。」
「だから、おまえが密かに思いを寄せている娘か?」
「・・・・・初耳だ。おれにそういう女がいたとは知らなかった。」
「いないのか?それは・・・本当か?」
「いないと何か問題でもあるのか!それでおまえは困るのか!」
アンドレは珍しくオスカルを詰問するように言った。
「まさか!そうか・・・いないのか、いないのだな。そうか・・・・」
アンドレの言葉にオスカルはほっと安心したような表情を浮かべた。
それを見てアンドレも・・・・いつもの様子で言った。
「この役はおばあちゃんの好みが問題なんだ。つまり、おれには関係無し!」
「ばあやのか・・・・で?誰だそれは。」
「ロザリーだ。おばあちゃんの一番のお気に入りだからな。」
アンドレは笑いながら答えた。
「そうか!ロザリーか!それは良かった!」
オスカルの嬉しそうな様子をアンドレは訝しげに見つめた。
「オスカル、何がそんなに嬉しい?」
「別に嬉しい訳ではないが・・・・それより!」
オスカルは言った。
「ロザリーは本当に良い娘だ。そう思わないか?」
「ああ、素直で芯のしっかりした子だ。」
「その上!可愛らしくて!優しい春風のようだ。」
「まあ・・・そうかな。」
「そうだろう!」
オスカルは嬉しそうに頷いた。
「アンドレ、わたしはロザリーに幸せになって欲しい。あの子には・・・・もう二度と辛い思いなどさせたくないのだ。あの子の血筋からすれば、ジャルジェ家からしかるべき家へ嫁がせるのは簡単だが・・・・わたしは、それよりもあの子を愛して幸せにしてくれるような男の所へ嫁がせてやりたい。身分とか関係なくな。アンドレ、わたしの考えている事はおかしいか?」
オスカルは熱心にそう言ってアンドレに尋ねた
「いや、そのほうがロザリーも幸せだと思う。しかし、今はまだ・・・・結婚など考えも出来はしないだろうから・・・分かっているだろう?」
アンドレは言った。
オスカルは頷いた。
「ああ、それは・・・よく分かっている。それに、まだ15になったばかりだ。少なくとも・・・3年か4年は先の話だ。だがアンドレ・・・」
「なんだ?」
「あと3年もしたら・・・今よりもっと美しい娘になるな。そう思わないか?」
「そうだろうな。」
「絶対そうだ!」
オスカルは確信するように言った。
「求婚者も山のように現れるな、きっと。そう思わないか?」
「・・・そうかもな。」
「そうに決まっている!」
オスカルは一人頷いた。
「3年前に何とかしておけば良かった!とか後悔する奴も沢山出るだろうな。」
「出るかもしれないな。」
「当たり前だ!」
オスカルは強く言い切った。
それからオスカルは・・・・アンドレを見つめた。
「アンドレ・・・3年後に慌てたり、後悔しても遅いと思わないか?」
その言葉にアンドレはまじまじとオスカルの顔を見た。

「断る!」

アンドレは叫んだ。
オスカルは驚いてアンドレを見つめた。
「アンドレ、わたしは・・・・まだ何も言ってない。」
「では、何を言うつもりだった。」
「それは・・・つまり・・・」
「つまりなんだ?答えろ!」
アンドレらしからぬ強い口調に、オスカルは戸惑った。
「・・・・今すぐではない、これから何年も先の話だ。もし、おまえがロザリーと・・・・結婚してくれれば・・・」

カタ!

扉の方で何か音がした。
二人はそちらを見た。
そこにはロザリーが真っ青になって立ちすくんでいた。
「私・・・心配で・・だから・・だから・・・」
大きな目にはみるみるうちに涙が浮かんでいく。
「ロザリー・・・わたしは・・・・」
「わ、私・・・・今のままで・・今のままで・・・私、オスカル様の側にいられるだけで・・・それだけで・・・・」
彼女の目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

「結婚・・・なんて・・・アンドレなんて!絶対にいや!!」

「ロザリー!」
オスカルは走り去るロザリーの後姿を呆然と見送った。
「・・・・早く追いかけた方がいいと思うが?」
オスカルに、アンドレの冷ややかな声が追い討ちをかけた。
オスカルはアンドレを一瞬困惑げに見つめたが、すぐにロザリーの後を追った。