あと3日で飛び切りの美人を見つけて来いだなんて・・・
脚立に上ってシャンデリアのろうそくを換えていたアンドレは、手を休めて溜息をついた。
3日しかないとなると・・・屋敷の誰かに頼むのが一番手っ取り早い。
容姿だけなら・・・ポリーヌだろうか?
アンドレは考えた。
しかし、彼女は奥様付きの侍女であまり話をしたことがなく・・・こんな面倒な頼み事を聞いてくれるか分からなかった。
おれから頼むよりは、誰かに・・・カトリーヌかアンナに・・・頼んでもらおうか?
その方がうまくいくかもしれない。
後でそれなりのお礼は―多分おばあちゃんではなくこのおれがだろう―しなければならないが、こちらはそれで片がつくだろう。
それより問題は・・・・
アンドレはまたしても考え込んだ。

2日前、宮廷から屋敷に2日ぶりに帰ってみると周囲の様子がいつもと違う事にアンドレは気づいた。
女性たちは何やら期待有りげな目で自分を見るし(但し年齢によって見方が違う気がする。年配者は単に面白がっているだけのようだ)、男達は女性と同様何やら面白がっているか、若しくは(こちらが一番の問題なのだが)何故か分からないが冷たい視線を痛いほど感じるのだ。
自分が居なかった2日間で一体何があったというのだろう?

「おい!アンドレ!」
考え事の最中に不意に名前を呼ばれたので・・・びっくりして下を見ると、そこには同僚のモーリスが立っていた。
「ああモリースか。あと少しで終わるからそのあとすぐにテーブルの準備を・・・」
「そんなのどうでもいい!」
そのきつい口調に、アンドレはモーリスの顔をまじまじと見つめた。
いつもはそんな言い方する奴じゃない。
「大事な話がある。」
モーリスは言った。
アンドレは脚立から降りようとした。
「それが終わってからでいい。食堂へ来てくれ!」
「・・・・分かった。これが片付いたらすぐ行くから・・・」
アンドレは答えた。
モリースはそれだけ聞くと何も言わず足早に去っていった。

アンドレが食堂へ行くと、そこには彼の同僚の約4分の1が集まっていた。
皆一斉にアンドレを見た。
面白い話ではないのは一同の様子からすぐに分かった。
最初に口を開いたのはファブリスだった。
「悪いな、アンドレ。おれはここに集った奴らとは立場が違うんだが・・・」
ファブリスは苦笑いした。
「つまり・・・・だ。お前の口から直接聞いた方が皆も納得するだろうと思って集まってもらったんだ。」
そう言ってファブリスはアンドレに近寄ると肩に手を置いて・・・耳元に囁いた。
『がんばれよ。奴らに理性なんてものを期待するんじゃないぞ。俺のノエミの時の経験だ。』
その言葉にアンドレは・・・・ファブリスの顔をまじまじと見つめた。
ファブリスはアンドレを見て微笑んだ。
アンドレは考え込んだ。
ノエミの時?こいつの奥さんの時の経験?

「誰なんだ!いや!もう分かってるんだ!」
思案中のアンドレなどお構いなく、いきなりクロードが叫んだ。
「誰って?」
「とぼけるな!はっきり言ったらどうだ!」
今度はアンリが怒鳴った。
「おい、一体何の事だかさっぱりおれには・・・・」
「いい加減にしろよ!皆知ってるんだぞ。」
モリースが言った。
「お前、俺の気持ち知ってたろう?応援してくれるって言ったじゃないか!」
ギーは半分泣きそうになりながらアンドレに言い寄った。
「あんまりじゃないか!せめて一言ぐらい教えてくれたって!」
フィリップも言った。
「何を言ってるのかさっぱり・・・」
「決まるまで隠しておこうたって!そうはいかないからな!」「抜け駆けなんて、絶対許さないからな!」
他の男達も口々に叫んだ。
「だから何を言ってるのか・・・」

「結婚するんだろうアンドレ!」

クロードが言った。
アンドレはあっけに取られて一同を見た。
「おれ・・・が?誰と?」
そこにいた男達は一斉に叫んだ。

「ポリーヌ」「ナタリー」「リリアンヌ」「アリス!」「アンナだ!」「ローズマリー」「サラ」「セシル」「ドロテ」「ノルマ」「リタ」「マリー」「ヴィヴィアンヌ!」

「ヴィヴィアンヌ?」「お前・・・あんなのが趣味だったのか・・」「変だぞ、それって!」
「うるさい!オレはああいうのがいいんだよ!」
「そうじゃないだろう!アリスだろう?」「ドロテだよ。」「そうじゃなくてポリーヌだろうが!」「違う!ノルマ!」「サラ」「ノルマ」
「何言ってるアンナだって!」「俺が聞いたのは・・・」「リタだろう?」「違うそれは・・・」「ローズマリーが!」「セシルは!」
男達は・・・自分達の話がまるでかみ合っていない事に気づいた。
「みんな・・・・」「違ってる?」
暫し沈黙が訪れた。
彼らは顔を見合わせて、それから一斉にアンドレの方を見た。
アンドレは溜息を一つ付くと彼らに言った。
「おれは結婚なんてしない。一体これはどういうことなのか、おれにきちんと説明して欲しいのだが?」

「だから、おばあちゃん!おれは、皆にどういう話をしたのかを聞いてるんだ!」
アンドレはマロンに詰め寄った。
「アンリエットとエレーヌに頼んだだけだよ、どうせお前じゃ見つけて来れないだろうと思ってね。勿論ちゃんと理由を話したよ、それで!お前の嫁になってくれる娘をって!」
アンドレはがっくりと項垂れた。
「おばあちゃん・・・嫁になってくれる娘じゃなくて嫁のふりをしてくれる娘だろう?」
マロンは考え込んだ。
「・・・まあいいじゃないか、どっちでも似たようなものなんだから。それにお前、ちゃんと説明したんだろう?」
「当たり前だ!おれは本当に疲れたよ。いくら説明してもなかなか納得してくれなくて・・・・まったく!余計な事を!」
「どこがだい?本当に結婚申し込むのではないのは皆分かってくれたんだろう?そうしたらお前、お前なんてなんとも思ってない子だってそれなりの礼をすりゃやってくれるじゃないか!」
「あのな、おばあちゃん!おれはみんなに懇願されたんだぞ!いや正確に言うと泣き脅された“絶対頼まないでくれ!”って!」
「みんなって・・・誰に?」
「独身者ほぼ全員・・・・」
アンドレは溜息を付いた。
「なんだいそりゃ?・・・ああ!クロード達だね。しょうがないね、じゃあポリーヌは除いて他の・・・・」
「だから!ポリーヌだけじゃないって!皆相手が違うんだぞ!おばあちゃん!いっとくが全員ダメだからな!それからリシャール商会のローズマリーとルブラン先生のところのリリアンヌもだ!ヴィヴィアンヌの名前まで出たんだぞ!」
「そりゃ・・・困ったね。」
マロンは考え込んだ。
「そういう訳だから諦めてくれよ〜おばあちゃん。」
アンドレは祖母に懇願した。
「お黙り!あたしゃね、何があっても連れて行くからね!でもって、あのマルトの鼻をへし折ってやらないと!大体!あのエルマンが嫁を貰ったのだって信じがたいのにその嫁がまた・・・マルトの自慢げな様子ったら・・・・・いいかい、アンドレ!顔だよ、顔!性格じゃ勝ち目ないからね。見た目で勝負だよ。せめてポリーヌくらいだよ。分かったかい。分かったら・・・・さっさと見つけておいで!!!!」

ああ、なんでこんなにややこしくなるんだ。
アンドレは溜息を付いた。
誰に頼んでも角が立つのは間違いない。
大体ポリーヌレベルの娘なぞやたら転がってないのぐらい誰にでも分かるのに・・・おばあちゃんは!
アンドレはまたしても溜息をついた。
実は・・・
皆無ではない。
一人だけいるには・・・・いるのだ。
まあ、かわいい。品もある。
自分の好みではないが。(はっきり言うと!対象外である)
しかし!
ここが何より重要なのだ。
彼女は、祖母のお気に入りなのだ。
だが・・・・・
「おれがそういう趣味だと思われるだろうな、あの口の悪いマルトばあさんに・・・・」
アンドレは呟いた。
仕方ない!ポリーヌやリリアンヌに頼んで山ほどの敵を作るよりはましだ!
それにしても・・・・
アンドレはもう一つ溜息を付いた。
「確かおれより9歳年下だから・・・14か15だったよな?ロザリーは・・・・」

「そうなの、ばあやさんが・・・」
ロザリーは頷いた。
「ああ、おかげで今話したように・・・おれは危や袋叩きに遭うところだった。」
アンドレは肩をすくめた。
それを聞いてロザリーはくすくす笑った。
「だから、もう頼める娘がいなくて。ロザリー本当に悪いんだが・・・・」
「でも・・・私なんかでいいの?」
ロザリーは心配そうに尋ねた。
「ああ、勿論!おばあちゃんもロザリーなら納得するだろうし。」
アンドレは笑いながら答えた。
「わかったわ。それじゃ、来週の水曜日だったかしら?」
「そう、水曜日の午後だ。助かるよ、ロザリー。本当に助かった。」
アンドレは心底ほっとして言った。
ロザリーはアンドレの様子を見て微笑んだ。
しかし、すぐに真顔にかえると心配そうにアンドレの顔を見つめた。
「ロザリー?どうかしたのか。」
アンドレは怪訝そうに尋ねた
「あのねアンドレ、オスカル様はご存知かしら・・・・この件?」
「いや、何も言ってないから知らないと思うが?」
アンドレは言った。
それを聞いてロザリーは言った。
「アンドレ、オスカル様にもこの話をしておいた方がいいと思うわ。その・・・なんだか様子がおかしいのよ、ここ2日ほど。ひどく怒ってらっしゃるような・・・・」