「だからおれはガキの頃からあのばあさんが苦手なんだよ〜」
馬車の中で、呆れた様子で自分を見るオスカルにアンドレは叫んだ。
「アンドレ、それはよーく分かった。今日のおまえはなってなかったからな。」
オスカルは言った。
「それ以上言わないでくれ。オスカル、今日のおれは・・・ボロボロだ。」
アンドレは肩を落とし、落ち込んだ様子で答えた。
「悪かった、そう落ち込むな。わたしだっておまえの事は言えないからな。まさかあんなに色々と・・・・」
二人はまたしてもマルトの家での出来事を思い出して・・・・同時に溜息をついた。

「そういえば・・・アンドレ!おまえに一つ言いたい事がある!」
オスカルは突然何か思い出したらしくアンドレを睨みつけた。
アンドレは何事かと背筋を正した。
「得意料理がサンドイッチはないだろう?もう少しまともなものは言えなかったのか?鴨のジビエ(野趣料理)とか鹿の・・・」
「狩りではなくて作る方だぞ。レシピは?とか聞かれたら、おまえ答えられるか?」
「それは無理だ。わたしは料理などした覚えがない。」
アンドレの問いにオスカルは不機嫌に答えた。
「だろう。サンドイッチは・・・似たようなものを作ってもらっているからな。あれは美味しい。」
その言葉にオスカルは考え込んだ。
「・・・遠乗りの時持って行くあれか?」
その言葉にアンドレは頷いた。
「アンドレ・・・あれは、パンに具を挟んで渡してやっただけではないか!」
「それはそうだが、おれが同じように具を挟んで食べても美味しくないのだぞ。」
「・・・そうなのか?わたしにはよく分からないが。」
オスカルは再び考え込んだ。
「ああ!だからおまえのサンドイッチは美味しい。間違ってない。」
アンドレは威張って答えた。
「おまえが威張ってどうする?」
「いや、それは・・・・」
アンドレは口篭った。
「手芸も料理も出来ない女だと思われているぞ。よく分からないが、マルトの口ぶりからすると・・・これはあまり良いとは言えないのだろう?」
「おれは別に気にしないが。」
「おまえの考えなどどうでもいい。問題は!ばあやの面目が立ったのか?わたしとアンヌマリーではどう考えても話にならない気がするのだが。」
心配そうに尋ねたオスカルに、アンドレは笑って答えた。
「勿論おまえの方がアンヌマリーより勝ってる。」
「アンドレ、わたしはまじめに聞いているのだが?」オスカルは不機嫌に言った。
「大丈夫だ。マルトとおばあちゃんの好みは同じだから。」
「好みが・・・同じ?」
オスカルの言葉にアンドレは頷いて答えた。
「二人が最初にライバルとなったのは有りがちな話だが、初恋の男性を巡ってで・・・・結局二人とも振られたらしいがな。とにかくそれ以来、同じものを気に入るらしい。おばあちゃんの本当の一番のお気に入りはロザリーではなくおまえだぞ。だからマルトもおまえを気に入ってる。実際すごく好意的だったろう?」
オスカルは考え込んだ。
「あれで・・・か?それならいいが・・・・そうか、少し安心した。」
「これ以上ないくらい上出来だったよ。おばあちゃんが悔しがるよ。おれはきっと帰ったら八つ当たりされるな。」
アンドレは苦笑いした。
それから少し心配そうにオスカルを見つめた。
「・・・・疲れたろう?慣れない事ばかりさせたから・・・」
申し訳なさそうなアンドレの顔を見てオスカルは優しく笑った。
「いや、大丈夫だ。確かに勝手が違ってやりにくかったが・・・・・」
「なんだ?」
「いや、なんでもない。それより髪をなんとかしたいな・・・頭が痛くなってきた。」
オスカルは髪を解こうとして頭を触ったが・・・どこからどう手を着けてよいのか分からず途方にくれた。
アンドレはそれを見て微笑んだ。
「見せてみろ。」
オスカルは背中をアンドレの方へ向けた。
アンドレはピンを取り去り、最後に髪を束ねていた紐を解くと「出来たぞ。」と声を掛けた。
オスカルは編み込んである髪に指を入れて解くと頭を軽く振った。
「やっと楽になった。これを毎日続けたらわたしは・・・1週間もしないうちに倒れるな。」
「おまえ・・・・これで大変だなどと言ってたらドレスで正装なぞ出来ないぞ。」
「オスカル様があんなもの着て宮廷に出仕できるか!それこそ笑い者だ!その上、鎧の様なコルセットとパニエだぞ!あれはきっと地獄だな。」
オスカルは不機嫌に言った。
「地獄だなんて大袈裟な。」
アンドレは呆れて言った。
「大袈裟なものか!これでも窮屈なのだぞ。考えるだけで恐ろしい。・・・どうやら、着いたようだぞ。」
馬車が止まったのを確かめてオスカルは言った。
「おい!オスカル、すっかり忘れてたが・・・・その格好で屋敷に戻るつもりか?」
アンドレの問いかけにオスカルはニヤリと笑った。

「これなら大丈夫だろう?」
オスカルはそう言って、自分の部屋のバルコニーを指差した。
アンドレが見ると、そこには縄梯子が掛けられていた。
「なるほど!いいあんばいに日も落ちてきた・・・か。」
「そういうことだ。」オスカルは言った。
「なあ、出かける時はどうしたのだ?」
「アンヌの部屋で着替えて・・・侍女達にちょっとした騒ぎを起こしてもらって、その隙に馬車に乗り込んだ。」
「そうか・・・大変だったな。」
「まあな、でも面白かったぞ。」
そう言ってオスカルは梯子を上ろうとした。
「オスカル待て!おれが先に上ろう。ドレスじゃ手摺を乗り越えるのは大変だ。」
オスカルは考えて、アンドレに梯子を譲った。
彼は軽々と上ってバルコニーから手招きした。
オスカルは少々てこずりながら上まで上がると差し出されたアンドレの手につかまった。
アンドレはオスカルを引っ張り上げ、それからいとも簡単に抱き抱えてバルコニーの中へ入れた。
オスカルはアンドレを見つめ、何か言いかけて・・・不機嫌そうに押し黙った
それを見てアンドレは溜息を付いた。
「剣も銃もおまえの方が上なんだ。だから、一つくらいないと・・・・おれの立つ瀬がないだろう?」
オスカルを降ろしながらアンドレは言った。
「そんな事を言いたいのではない!」
その時、バルコニーの扉が開く音がした。
二人は扉を見た。
扉からカトリーヌが顔を出した。
「おかえりなさいまし。オスカル様。」
「ああ、カトリーヌか!」
「さあどうぞ中へ。アンドレ、あなたはもう一度外から帰ってきてね。」
二人は顔を見合わせた。
「何か面倒な事でもあったのか?」
アンドレはカトリーヌに尋ねた。
「そうじゃないのよ!クロード達が嬉しそうに玄関に張り付いているからよ!みんな楽しみにしてるの、あなたが帰ってくるのをね。そうだ、皆じゃないわ。悲しんでいる子も大勢いるわよ。」
「はあ?」
「行けばすぐに分かるわよ!」
カトリーヌは楽しそうにアンドレに言うと、オスカルだけを部屋に入れバルコニーの扉を閉めた。