「オスカル様の話はマロンから耳に蛸が出来る位聞いていたけどねえ、あんたの話は一度だって出やしなかったよ?フランソワーズ。」
マルトは不審げに言った。
「それは多分・・・・祖母はオスカルの事しか考えていないからですわ。ねえ・・・・あなた?」
オスカルは迷ったがアンドレと呼ばず “あなた” と言った。
「あ?あな、あ・・・お、おばあちゃんは・・・おばあちゃんが大切なのはオスカルだけだから・・・・・・・」
アンドレは自分に言い聞かせた。
もうこれ以上の失敗は絶対に駄目だからな!
「妻の事など話す必要などないと思ったのですよ、きっと。」
アンドレは今度は失敗せずに言えたので安堵した。
先程はオスカルを紹介する時 “こちらがおれの妻の” で絶句して・・・後が続けられなかったのだ。
オスカルが気を利かして “フランソワーズです。はじめまして” と続けてくれたので何とかなったのだが。
「マロンときたらいつもオスカル様の話だからね。ところで、あんた達いつ結婚を?」
「えー、昨年です・・・その・・・」
「7月12日に。」
「おやまあ!来月で1年になるじゃないか!」
「ええ、まあ。」
マルトの問いにアンドレは答えた。
「1年経ってもまだ“妻”と呼び慣れないのかい?アンドレ。」
「マ、マルト!そ、そんなはずないじゃないですか!」
「おやそうかい?奥さんを紹介してくれた時の有様は“やっと妻と呼べるようになりました。もう!感激です!”だったじゃないか。それにさっきもだよ。それから“あなた”と呼びかけられた時も様子がおかしかったしねえ。」
「き、気のせいですって!マルト。」
「ほう?あれがねえ、気のせいかねえ。」
マルトは横目でじろりとアンドレを睨んだ。
それを見てオスカルは心の中で溜息をついた。
まったくアンドレの奴は!何をあたふたしているのだ。
先程といい今といい、これではばれてしまうではないか!
「マルト、夫はいつもこんな風ですから。わたしも・・・いつも!不思議に思うのですけど。」
オスカルはマルトにそう言って微笑んだ。
マルトは、またしても何やら狼狽えているアンドレを一瞥し、それからオスカルを見つめて暫く考え込んだ。
「まあ、この子じゃ・・・仕方ないのかもしれないね。それにしてもよくもまあ・・・色々と大変だったろう?アンドレ。」
「えーと、何がです?」
「とぼけなくてもいいよ。ちょいと背が高いのが難だけどこれだけの美人だ、恋敵なんて山ほどいたろうに。どうやって口説き落としたんだい?」
「その、さっき話した通りでずっと一緒に育ったので・・・気がついた時には・・・その・・・つまり・・・」
「おやおや、相思相愛かい?お熱いことだね。それで、いつどこでプロポーズを?」
「去年の・・・今頃です。・・・カフェで。」アンドレは答えた。
「カフェ?アンドレ、お前よほど自信があったようだね。そんな大勢の人がいる所で。」
「とんでもない!失敗したと思いましたよ。恥ずかしいなんてものじゃなかった。見世物でした。」
アンドレは心の底からそう言った。
マルトは笑った。
「だろうね。で?プロポーズの言葉は?」
二人は顔を見合わせた。
オスカルはアンドレの強張った表情を見て “頑張れよ” と目で合図した。
アンドレは黙って頷いた。
「どんなだったのかい?フランソワーズ。」
オスカルはきょとんとして・・・・マルトを見た。
マルトは早くお言い!と言った様子でオスカルを見ていた。
「わ、わたしが?」
「そうだよ。さあ!」
わたしの口からあれを・・・言えというのか?
いや、そうではない。適当に省いてだ。
「アンドレが・・・・・・・・」

“オスカル、結婚して欲しい。どうかおれの・・・妻になってくれ。”

「どうしたんだい?」
「わたしに・・・・・・・・・・・・・」

“愛しているよ!愛する女はおまえ一人だ。おまえだけを愛している!”

「聞こえないよ。フランソワーズ!」

“おまえがおれの総てで・・・・”

「・・・・・・・・・・・で・・・」
「聞こえないったら!」

“・・・いるだけでいい。それだけでいいんだ。おれに必要なのは・・・おまえだけだよ。”

「・・・・・・・・・・・と・・・」
「何言ってるかさっぱり分からないじゃないか!」
い、言えない。
言えるわけないではないか!
「今思い出しても真っ赤になるくらい情熱的なプロポーズだったのかい?」
「真っ赤・・・・・わたしが?」
オスカルはマルトを見て、それからアンドレの顔を見た。
オスカルはアンドレを見たのを後悔した。
先程の言葉だけでなく、愛しげに自分を見つめる瞳まで思い出して―今度ははっきりと自覚した―身体中火が付いたように熱くなったから。
「フランソワーズ?フランソワーズ?」
オスカルは俯いてそれきり顔を上げることはなかった。
「やれやれ、手まで真っ赤じゃないか!・・・その様子じゃダメだね。アンドレお前一体どんなプロポーズをしたんだい?」
マルトは笑いながら今度はアンドレに聞いた。
「・・・べ、別に・・・・・・・変わった事は・・・」
真っ赤になって俯くオスカルを見つめたままでアンドレは答えた。
「アンドレ!見惚れてるんじゃないよ!!」
「あっ、いえ・・・その・・・」
「で?プロポーズの言葉は?」
「プロポーズの言葉は・・・・・・おれの妻に・・・と・・・」
「そうなのかい?フランソワーズ。」
「だ、大体は・・・・・・・」
オスカルは、まだ真っ赤なまま俯いて小さな声で返事をした。
「どうやら他にもあるようだね。アンドレ!壁や天井見てるんじゃないよ。さあ、なんて言ったのか白状おし!」
「ですから・・・・つまり・・・・」
「つまり?」」
「つまり・・・それは・・・」
「それは?」
「ですから、あれは・・・・オ・・・オ・・」
「オ?オってなんだい?」
「ですから・・・・あの言葉は!あれは・・・・オス・・・・」
「アンドレ!はっきりお言い!!!」
マルトは怒鳴りつけた。
「こ、これは・・・妻以外には絶対言えません!」
アンドレはそう叫んで・・・真っ赤になって俯いた。
「おやおやこの子達ったらまあ・・・1年以上も前の話だろう?まるで今さっきの出来事みたいじゃないか!」
真っ赤になって俯いている二人をマルトは呆れたように見つめた。
それから両手をあげて、分かったからというような素振りをすると笑いながら言った
「もうこれでおしまいだよ!悪かったね、根掘り葉掘り詮索して。礼を欠いてるとは思ったけどね。実を言うと・・・疑ってたのさ。この前会った時のマロンの様子ときたらなってなかったからね。」
マルトは面白そうに笑った。
それを聞いて二人は、ほっとした様子で赤いままの顔を見合わせた。

「おばあちゃん。お茶が入ったわ。お二人ともどうぞこちらへ。」
その時、奥の部屋からエルマンの妻のアンヌマリーがマロンすら魅了した笑顔をのぞかせて言った。
「それじゃ、お茶にしようかね。アンヌマリーの焼いたチェリータルトは最高なんだよ。ところでフランソワーズ、あんた料理は?」
料理?オスカルは口篭った。
「わ、わたしは・・・・その、まったく・・・」
「なんだいそりゃ?困ったものだね。それでも一つぐらい得意料理があるだろう?」
得意も何も作った事がないのだ。
「オ・・・フランソワーズは、サンドイッチが・・・得意です。」
オスカルの沈黙に、アンドレが代わりに答えた。
「サンドイッチって・・・あんな物子供だって作れるじゃないか!」
「それが・・・とても美味しいのですよ。それはもう!」
アンドレは熱心に言った。
マルトはニヤリと笑った。
「よーく!わかったよ。まあ料理が下手でも問題はないね。アンドレ、あんたは奥さんの作ったものなら腐った物でも美味しく!食べられるだろうからね。何か言いたげだね、フランソワーズ?いいよ、お茶を飲みながらゆっくり聞いたげるよ。あんたの言い訳をね。」