「で?何があったのだ。」
就寝の挨拶に来たアンドレを待ち構えていたオスカルは、興味深げに尋ねた。
「“今まで隠してやがってこの野郎!今日連れて行った娘は誰だ!来月結婚するんだってな。おめでとう!”と皆に言われた。」
それを聞いてオスカルは爆笑した。
「笑っていられるのは今のうちだぞ。おれが連れて行ったのは、ポリーヌが逆立ちしたってかなわない程のブロンド美人!透き通るような白い肌に唇はさくらんぼのように赤く、食べてしまいたいくらい美味しそうで・・・・・・」
「ちょっと待て!昼間カフェで似たような言葉を聞いたぞ。まさかそれは・・・」
オスカルは眉を顰めてアンドレに尋ねた。
アンドレはそれに答えず、そのまま言葉を続けた。
「気が強そうなキリリとしたそれはもう信じられないような美人だが、たった一つ欠点があって。」
「欠点?」
「オスカル様のように背が高くて・・・あれじゃ背の釣り合う男を捜すのにさぞや苦労したろうと。」
「余計なお世話だ!注意したのに・・・誰かに見られたのか?」
オスカルは考え込んだ。
「だろうな、誰もおまえだとは気づいていないがな。」
アンドレは笑った。
オスカルは不機嫌に言った。
「まだ他にあるのか?」
「お前に関してはこれでおしまいだ。」
「ほう、するとおまえに関してはまだ面白い話が聞けそうだな?」
「まあな。おれはその娘を馬車に、しなくてもいいのにわざわざ抱きかかえて乗せようとして危うくその娘を落としそうになってその娘に怒られたらしい、皆に言われたよ。でかい図体の女なんか抱きかかえようなんて無茶するからだと・・・笑うなオスカル、おれはしてないのだぞ!・・・とにかくおれはなんとかその娘を馬車に乗せて、そして馬車の中でおれはその娘にキスをしたそうだ、3回。」
アンドレは苦笑しながら答えた。
オスカルは面白そうに言った。
「3回か!まるで目撃者がいたようではないか!気の毒に・・・これでおまえはもてなくなるな。」
「嬉しいね。今回みたいな騒ぎはもう二度とごめんだからな。それにしても・・・・おまえの姿を誰かに見られたのは分かるが、おれが抱きかかえていったとかキスしたとか・・・噂というのは本当に恐ろしいな。」
アンドレはしみじみと言った。
それを見てオスカルはくすくす笑った。
「・・・喜び勇んで触れ回ったのだろうな。」
「何だって?よく聞こえなかったが・・・」
「ああ、気にするな。しかし噂話というものはそういうものだ。すべて真実のように聞こえるが実際は十のうち九までが虚言で、真実はあっても一つ・・・それどころか大抵は皆無だ。ところで・・・・」
「なんだ?オスカル。」
「ばあやには話したのか?」
アンドレは肩をすくめた。
「いやそれが・・・怖くて話してない。きっと連れて行かなかったおれが悪いとか言われて・・・・・」
オスカルはアンドレの憂鬱そうな顔を見て頷いた。
「だろうな。だからアンドレ、この件はばあやに内緒にしておかないか?侍女達にも口止めしておくから。私も考えたのだが、もしドレスを着たことがばあやに知れたらきっと・・・・」
オスカルは嫌そうな顔をした。
「ロザリーが屋敷に来てから治まっていた、おばあちゃんのドレス着せたい病が再発するか?よし、おばあちゃんには黙っていよう。オスカル、おまえが誰かに頼んで探して来てくれたとでも言っておくよ。」
アンドレは答えた。
「そうだな、それがいい。」
心からほっとしたようにオスカルは言った。
アンドレはその様子をおかしそうに見つめていたが、不意に彼女の名を呼んだ。
「・・・・・オスカル。」
「何だ?アンドレ。」
アンドレはオスカルを見つめた。
それから伏目がちにして言った。
「今日は・・・本当にありがとう。嬉しかったよ。とても・・・嬉しかった。それから・・・」
そこまで言うとアンドレは伏せていた目をオスカルに見せて言った。
「色々あったが・・・おれは楽しかったよ。おまえは慣れない事ばかりで大変だったろうが・・・・」
「まあな。しかし、そういってもらえると苦労した甲斐があったというものだな。それに、」
オスカルはフッと微笑むと・・・一言付け加えた。
「わたしも楽しかったからな。」
その言葉は、アンドレの黒い瞳を一層優しくした。
オスカルはそれを見て嬉しそうに笑った。
アンドレもその瞳のままオスカルに微笑んだ。

「それじゃ・・・もう行くよ。お休みオスカル。」
「ああ、お休みアンドレ。」
そして扉が開かれ、アンドレは部屋を出て行った。

The end

line
毎度のろくでもない話にお付き合いくださりありがとうございます。 させてやりたかった3つとは

 1.オスカルにアンドレの為にドレスを着てもらって二人でデート(?)する
 2.オスカルにプロポーズする
 3.オスカルに“あなた”と呼んでもらう。そして彼女を“妻”と呼ぶ

いい事といってもこの程度です。小さな小さな幸せということで・・・・
2と3は、いい事とは言わないかもしれませんが、相思相愛の間柄でもこれだけは絶対に出来ませんから。 やはりオスカルに心から喜んで嬉しそうにプロポーズの言葉にウィと答えて欲しかったという思いがありまして。偽りのプロポーズではありますが・・・・・
あと、オスカルの気持ちですが・・・・どこかにアンドレは自分のものだという独占欲みたいなものがあったとは思うのです。(どんな事があってもアンドレを側から離しませんでしたからね彼女は!)そういう気持ちと一度くらいは向き合う機会があってもいいのではと。 実際にはそれについて考える事も無く月日は流れますから。オスカルがアンドレへの気持ちと向き合うのは10年近く先ですからね。(T_T)
あと番外編が4つほどあります。Reject a story、よろしければご覧ください。(2004/08/19)

追記 2004/12/10
“結婚してください” というプロポーズの言葉は、フランス語では “手を貸してください” という表現もできるようです(^^)