1789年 7月5日 ベルサイユ フランス衛兵隊本部

 「先ほどは細かく挽きすぎだったが、今度は粗過ぎだ。まったく、オスカル様もこんな融通のきかぬ者ばかりではご苦労されるだろうて。」
デュランは5杯目のコーヒーを運んできた兵士に向かって言った。

 「いい加減にしろよ!さっきから甘いだの、濃いだの、薄いだの、苦いだの、文句ばかり並べやがって!」
 「不躾なやつだ!何という名前だったか?おおそうだアレン、おまえは目上の者に対しての口の聞きようと態度がまるでわかっておらぬようだな。」
 「アレンじゃねえよ。アランだ。もういい!あんたおれに教える気なんか始めっからなかったんだろう?」
 「おお!すっかり忘れておったわ!ワシは約束は必ず守るぞ。オスカル様のことだったな、うんうん。ワシは何枚も描いとるよ。オスカルさまの絵をな。だからよく分かっておる。普段はあんな風だが、あれは体型を隠す為に苦心されとるのだ。」
 「・・・それはさっきも聞いた。で?」
 「そう急かすな、アレン。」
 「だから!アランだ。」
 「そうだったな。アラン。それでだな・・・何を話しておったか?ああ、そうだ。オスカル様のドレス姿はそれはもう素晴らしくてな。またあのお方はすごいのだ。」
そう言ってデュランはアランの方へ身を乗り出した。
 「何がすごいんだ?」
アランも身を乗り出した。
 「目のやり場に困るほどでな!それはもう・・・・・・」
 「それはもう?」
デュランはニヤリと笑うと、すましていった。
 「やはりもう一杯入れ直してきてくれた後に話すことにしようかのお。」

アランが6杯目のコーヒーを入れ直しに出て行くのとすれ違いにオスカルが部屋へ戻ってきた。
彼女は彼のニコニコ顔に気づき、不思議そうに尋ねた。

 「何か面白いことでもあったのか?」
 「あなたの部下は本当に素直でよろしい。さぞや毎日楽しゅうございましょうなあ。」
オスカルは怪訝そうにデュランを見つめた。
 「ああ!あなたさまがお気になさるような事ではございませぬから。それより絵の期限を3・4日伸ばしていただく訳にはいかないでしょうかな?思ったより装丁に時間がかかりそうでしてな。」
デュランは真顔にかえるとオスカルにきりだした。

オスカルは考え込むと 「13日か・・・いや、遅くとも12日の午前中だ。それ以上は待てない。」 と答えた。
 「少々きつうございますな。」
デュランは考えこんだ。
 「装丁などどうでもよいのだよ。絵があるだけでいい。未完でも・・・・」
 「未完でしたらお渡ししませんぞ。」
オスカルの困ったような顔に慌てて付け加えた。
 「12日の午前中には必ず何とかいたしましょう。ご安心を!」
それを聞いてオスカルはほっとした様子で頷いた。
彼は微笑んで、それから何か思い出したのか何か言いたげに彼女を見た。

 「まだ何かあるのか?」
オスカルはまた心配そうに尋ねた。
 「いえその・・・今更申し上げるのもなんですが、取り澄まして繕ったような肖像画ではありませんからな。」
オスカルは苦笑して頷いた。
 「よく判っているよ。あなたの絵は・・・・あなたの絵は、一番知られたくないことを描き出す。」
そして目を伏せると 「だから自画像を頼めなかった。すまないと思っている。」とつけ加えた。

そのしぐさは、二日前の彼女の様子を思い出させデュランを慌てさせた。
 「もうよろしゅうございますよ。絵はあなたがお子様の頃から何枚も描かせて頂いておりますからな。それより!今度は絶対気に入っていただけますからな。ご安心を!」
 「あれも悪くなかったのだよ。」オスカルは言った。
 「それはわかっております。ただあなたの望んだものではなかった、それだけのことでございますから。」

オスカルが口を開こうとするのを制するようにして言った。
 「さて!それでは失礼いたしますぞ、といいたいところなのですがもう少しよろしいですかな?」
怪訝そうなオスカルに
 「やっとまともなコーヒーが飲めそうでしてな。それを頂いてから失礼させていただきますぞ。」
と嬉しそうにデュランは答えた。