「ではもう家のは全部ってことか?1つだけではなく?1つ残らず?」
優李は信じられない面持ちで昂に尋ねた。
 「先週買い換えた携帯のTV電話機能がとても気に入ったらしい。」
 「携帯にもあるだろう?」
 「映りが今一つだからね。」
 「それで十分だ。」
 「確かにはっきりなど写られてはかえって迷惑な気はするな。」
 「なら!」
 「でもママンはそんな事は頭の端にもないから。」
昂は微笑んだ。しかし優李はしなかった。かわりに彼女は不機嫌に腕を組んだ。

 「・・・パパは何故止めなかったんだ。」
 「出張で来週にならないと帰らない。姉さんも撮影で留守。」
 「最悪のタイミングだ。」
 「まあね。そして今頃は・・・」
 「大問題が浮上してる。かける相手がTV電話にしてないと使えない、まったく!」
優李はどうしようもないという顔をした。

 「今頃TV電話にしてくれそうな所へ連絡中だ。たいした話でもないのに“すごく大切な話なの”とかいってね。」
昂は面白そうに言った。
 「そして本当に大切な話はきれいに忘れてる。確か今日は零の学校の懇談会だったはずだ。」
 「大丈夫、零がうまくやってるよ。」
 「でも心配だ。一度連絡しておこう。」
 「どうせ話し中だよ。」

優李は口を開こうとしたが思いとどまり昂を見た。昂は優李に笑って見せると不意に真顔になった。優李は思わず目を逸らした。
しかしすぐに気づくと彼女は、昂に笑って見せた。

 「そういえば・・・忙しすぎてゆっくり話す時間もなかったな。」
 「ああ、そうだね。」
 「昂、昼の・・・」
 「フラン。」

言いかけた優李を遮って昴は彼女の名を呼んだ。優李は昴を見た。昴は優李の様子を見て苦笑した。

 「君はお馬鹿さんだよ。」
 「なんだその“お馬鹿さん”というのは! まるでママンみたいな言い方だぞ?」
 「真似してみたんだ。今の君にぴったりだから。」
昂は優しい目で微笑んだ。

 「僕は今までと変わらないのに、君はまるで別人でもするような対応だ。これって酷くないないか?僕はよほど君から嫌われて・・・」
 「そうじゃない!」
優李は叫んだ。
 「そうじゃない、だけど・・・」
 「困った?」
昂は尋ねたので優李は俯いたまま小さく頷いた。
 「よし、それでいいよ。そうでなくちゃ困る。」
優李は驚いて顔を上げた。

 「困ったならちゃんとそう言えばいいんだよ。僕もね、こうなるのは分かってんだ。だが、ムシューから聞いたからね。流石に僕も焦った。」
それから苦笑した。
 「君が困るだろうとは分かっていたのにね。」
 「昂、わたしは・・・」
昂は笑った。

 「お馬鹿さん、君はそういう事は考えなくてもいいんだよ。今日食事をした店のウェイター気づいてた。あれは君に一目ぼれだな。」
 「まさか、そんな・・・」
 「気づかなかったろう?君を好きだって奴は沢山いるのに君は気づいてない。でも気づいたって、君が好きでなければどうしようもないだろう、違う?それとも相手がそうなら好きでもないのに自分に嘘をつく?出来ないだろう?それとも出来る?」
 「・・・出来ない。」
 「そういう事。だから君は考えなくていいんだよ。ただし!」
昂は言葉を切った。
 「どうしようもなくなった時に、僕がいるのだけは覚えて欲しい。僕はそれでいいんだから。」
だが優李は顔を上げなかった。そのままで小さな声で返した。

 「何故わたしなんだ?他に沢山いくらでもいるだろう?わたしなど駄目だ。わたしは・・・」
昂は優李の言葉を遮った。
 「だから僕の心配はいいよ。これは僕が考えるからね。問題ない。」
 「・・・・」
 「それより問題は君だよ。君の方が心配だよ。」
そういわれて優李はようやく顔を上げた。そこには心配そうに自分を見る昂の顔があった。優李は苦笑した。

 「わたしが?わたしのどこが心配だ?」
 「久しぶりに食事したけど、全然食べてなかったね。」
 「少し食欲がなかっただけだ。」
優李は笑って答えた。しかし昂の表情は変わらなかった。

 「料理長に聞いたよ。最近ずっとだって。龍と戦ってた頃はどれだけ食べるんだかと言うくらい食べていたのにって。」
 「あれは、半端じゃないくらい体力を使ってたからで・・・」
 「だから、君の子ブタちゃん計画が発動された。」
 「子ブタちゃん計画!何だそれは?」
 「発案者ママン。だけど来るのは・・・」
 「有紗か!だけど撮影の仕事があると・・・そうかパリでか!」
優李は思わず叫んだ。
 「ああ。撮影は3日間だけ、その後は4月までここにいられるよ。」

その時扉がノックされてドアがいた。
その者は部屋に入ると二人に言った。

 「お話中大変申し訳ありません。だんな様から昂様に至急おいでいただきたいと。」
 「僕に?」
昂は尋ねて、優李を見た。優李は首を振った。

 「マリア様からお電話が入っておりまして、その件で手を貸していただきたいと。」
二人は顔を見合わせると思わず苦笑した。
 「ママンの行動力は素晴らしいな。」
昂は立ち上がった。

 「すぐに戻るよ。待っててくれる?」
昂は優しい声で尋ねた。少しばかり懇願の色があったが優李は気づかないふりをした。
 「いや、わたしも部屋へ戻る。今日の授業の復習をしなければ。まったく!何故フランスでは哲学などが重要なのかわたしには理解できないな。」
 「確かにね。」
昂は笑って頷いた。

二人は一緒に部屋を出た。
昂は優李の頬にキスをし、 「おやすみ」 と、微笑んだ。彼女も同じように微笑んで返した。
昂は廊下を歩いていった。

優李の笑顔はすぐに消えた。彼女は昂とは反対の方へ歩いた。廊下に控えていたガードが、彼女の後に続く。優李はいつものようにまっすぐ前を見ず俯き加減に歩いた。

大切な家族。心配性で時々それは気を重くさせたがそれでも、家族の中で一番好きだった。
多分初めて会った時から・・・そうだ、今でも記憶にある。
優李は思い出して微笑んだ。

有紗と昂、それにパパもそうだ。皆、優しい色をしていた。黒い髪と黒い目。黒は優しい色。
優しくて、懐かしくて・・・

優李は気づいて自嘲した。
もし昂ではなくアンドレだったら、もしあの頃、昔と同じような年でアンドレと出会っていたら?わたしはどうしていたのだろう。

“すぐに手元へ置かねばなるまい。そうすれば再び目を、足を、腕を 命を総てそなたに捧げるだろう。そなたの為にもう一度、否、何度でも死ぬだろう。そしてそなたは護られる。”

優李は先日見舞いと称してやって来た大叔父ゲメネ・フランソワの言葉を思い出した。彼女は立ち止まると、手を固く握り締めた。

 「優李。」

ガードが彼女に呼び掛けた。彼女はようやく気づいて握りしめた手を緩めると何も言わず足早に歩き出した。ガードは何も言わず彼女に従った。

部屋の前に来ると扉が開けられた。彼女は部屋に入ると、ガードに声をかけた。
 「今日は休む。下がっていい。」
それから彼女は少し考えると言い足した。
 「クレマンが来たら、そう伝えてくれ。」
 「今晩はおいでになりません。」
ガードの一人が答えた。優李は彼を見た。

 「珍しい、仕事か?」
 「いいえ。」
ガードはきっぱりとした口調で言い切った。

優李はガード達を見た。
彼らは顔色一つ変えない。気配も読ませない。そして周囲絶えず神経を尖らせている。オールマイティのガード。龍のガードとも警備だけのガードとも違うのだ。特に彼はそうだ。だが、この件に関しては推測が出来る。

彼女は苦笑すると彼に言った。
 「ステファン、止めておけ。」
すると無表情で寡黙な男に少しばかり感情が現れた。
 「今回はいつものようにはいきません。」
ステファンは固い口調で言った。それを聞いて優李はクスリと笑った。
 「無駄だよ。相手は・・・」

彼女は言いかけて口を閉ざした。部屋にいた他のガードが一斉に動き、彼女の前に立ちはだかろうとしたのをステファンが制した。優李は部屋の誰もいない場所に向かって緊張した面持ちで声をかけた。

 「わたしに何か?」
 『馬から頼まれた、ただの使いよ。』
現れた黒龍は答えた。優李はそれを聞くと怪訝そうに眉を顰めた。
 『そなたが馬と言った。馬も自分を馬だと認めておる。』
黒龍は答えた。優李は苦笑すると頷いた。

 「それでアンドレは何を?」
 『人払いを』
黒龍は言った。優李はちらりとガードを見た。

 「いると何か問題が?」
 『預かったのは手紙、信書よ。但し、今すぐ目を通せないのであれば見せぬ。まだまだ未熟。どの程度持つか不明。』
 「意味が分からないぞ?」
 『今すぐ読まねば、じきに消える。馬はそれでもよいと申したが、よう努力したのでな。』

優李は黒龍を見つめたが、彼はそれ以上は答えなかった。 優李は考え込んだ。

 「・・・分かった、今すぐ読もう。」
すると黒龍は側に控えるガード達に目を向けた。優李は少し考えるとガード達を見た。
 「もう下がっていい。」
しかし彼らは躊躇した。
 『ステファン、我が側におる。明日の朝までな。』
黒龍が言った。

ステファンは確認を求める為に優李を見た。
優李は苦笑すると目を伏せた。
 「黒のお方に任せる。」
 「かしこまりました。」

ガード達は全員部屋を出た。優李は扉が閉まるのを見てから黒龍に視線を移した。彼女の顔には僅かばかり緊張した面持ちが現れた。

 『安心せい。そなたを取って食いはせぬ。』
黒龍の言葉に優李はムッとした様子で言い返した。
 「わたしは怖がってなどいない。遮断壁を張らねばならないような内容かと怪訝に思っただけだ。」
 『これは全てそなたの為よ。』
すると、優李の目の前に突然封筒が現れた。それは宙に浮いたままだった。

優李は封筒を手に取った。彼女は黙ってそれを見つめた。封筒を持つ手が震えた。

 『不鮮明だが、内容は手紙に書かれているのと同じ。遠方心話の初歩ではあるが、今はまだ未熟よ。しかし、いずれ空間把握の魔法は使いこなせるようになる。それは我が責任を持って断言しようぞ。』

優李は黒龍を見て、それからまた封筒を見つめた。彼女は震える指で封筒を開くと中の手紙を取り出した。彼女は二つに畳まれたそれを開いた。

オスカルへ

 これはガードをしたいとかの話ではありません。
お前には分かっていると思うけど、おれではガードは出来ません。
大体おまえの側には本物のガードがいるからね。
彼らはきっとどんな事があってもお前を護るだろう。

だからおれはガードではなくてもっと別のものになりたい。
お前がもし何かしたいことがあって、それはとても危険で誰もが止めるようなことでも、おれは止めない。
お前がしたいといえば、おれはそれでいいと思う。
おれはそういう時に、何があっても駆けつけて、手伝えればいいと思う。
いや、絶対に手伝う。

だからおれはフランスへ残ります。
おれも日本へは帰りません。フランスにいます。
母にはちゃんと許可をもらいました。

それから今、黒龍に魔法を教えてもらっています。
特に空間把握系の魔法。幻影も瞬間移動もいずれマスターします。
そうすればお前が呼んでくれればどこへでも行けるようになれる。
お前の行く所なら何処へでも付いていく。

そのくらいしか出来ないけれど、だけどどんな事があっても付いていく絶対に離れない。
たとえおまえが世界中を敵に回したってついて行く。
どんな事があっても。

それからずいぶん遅くなっちゃったけど。
200年もおれを助ける為にずっといてくれてありがとう。
18年前、おれが狂ってしまわないように助けてくれてありがとう。

ありがとう。本当にありがとう。

お前がいなかったら、今おれはここにいませんでした。
そして、もう一度おまえに会えて本当に嬉しい。
本当に嬉しい。
臨時のガードしてる時、おまえは怒るかもしれないけれど、本当に楽しかった。
今まででこんなに楽しい事はなかった。

おれは今まで、いつも何か自分に足りないものがある気がしてた。 いつも何か探してた。それはとても必要で、だけど何か分からなくて それを考えると自分がすごく不幸みたいに思えて嫌だった。

でもお前に会って、楽しくて嬉しくて 毎日毎日楽しくてそんな事があったのすらすっかり忘れてた。

今は会えなくて悲しい。つまんなくて、面白くないよ。
おれさ、おまえの側にいるのが一番楽しいし嬉しい。
きっと昔もそうだった。

これだけは忘れないでくれ。
アンドレはオスカルの側にいられて幸せだった。
本当にずっとオスカルの側にいたかった。
だからこそ、目の事も隠してた。引き離されたくないから。
それだけなんだ。
それだけで幸せだった。
側にいられるだけで、それだけでよかった。 アンドレはオスカルの側にいるのが一番幸せだった。 どうか、それだけは忘れないでください。

 大木 勇こと アンドレ・グランディエこと 馬より

PS:
昔の事を考えて迷っているなら、それは無駄だよ。
もし今回が駄目でも、今度また生まれかわった時も同じだと思う。
多分何回生まれ変わっても同じ事の繰り返しになる。
(おれ、これだけは自信ある)
潔く諦めた方がストレス溜め込まなくていいと思うので、そうしてください。
出来るだけ早くお願いします。

優李は一度読んでもう一度繰り返し読んだ。
唇が震えた。

 『返しは?』

黒龍が声をかけた。優李は黒龍を見た。それから彼女は、手紙を持っていない方の手の指で手紙にそっと触れた。

 「返しは・・・」
震える声で優李は言った。

 「手紙は読んだ。わたしこそ感謝している。だがわたしは・・・・」
優李は続けられなかった。

 『先は?』
黒龍は催促した。優李は黒龍を見た。
 「わたしはもう二度と・・・」
また声が震えた。
 「会わない。だから・・・」
彼女はそれ以上続けられず俯いた。
 『続きは?』
黒龍は催促した。しかし彼女は俯いたまま答えなかった。