ドライヤーで髪を乾かして、バスルームから出て来ると・・・なんだか騒々しい。廊下から声が、1人や2人じゃなく大勢。それにバタバタと行き来する音。なんか緊急事態発生って感じだ。そもそもここは住宅街だから夜は気を使って静かにしてるのにその気配がまったくないのがおかしい。何かあったんだ、一体何があったのだろうか? その時、おれの頭にオスカルの顔が浮かんだ。

おれは慌てて起き上がるとドアへ向かい、レバーハンドルを引いた。するとシャロンがいた。おれは何かあったのか聞こうとしたが、彼はちらりとおれを見ただけで皆が仮眠用に使っている寝室に走って行ってしまった。寝室のドアは全開。おれの知らない人が2人、大きなバックを抱えて出て来た。彼らは玄関へ走って行った。おれは急いで寝室に向かった。

開いたままの入り口から中を覗き込むとアランの他にも沢山。服装が・・・いつもと違う。真っ黒で動きやすい、まるでスパイ映画に出てきそうな格好。胴体にはボディアーマーにしては一風変わった胸当て。肩か太腿には銃やナイフにそれから・・・その他色々。妖魔と戦うのと似てるけど持ってる武器が全然違う。

それだけじゃない。よく見ると、側の壁に穴があって・・・魔法か?その中から取り出して細長いバックに放り込んでいた。銃だ。普通のじゃない、エイリアンとかプレデターが倒せそうなやつ。

アランはいつものとは違う巨大なリボルバーの銃を手に持っていた。いつもの銃は腰のホルダーにあったが、アランはそれに弾を詰め込もうとしていた。

 「オスカルに・・・何かあったんじゃないよね?」
アランは顔を上げると苦笑して 「優李とは関係ねえよ。」 と答えた。それを聞いておれはほっとした。
 「じゃあ、何があったの?」

ところが尋ねた途端、アランの様子が不機嫌になった。アランはまた弾を詰め始めると 「バックアップのデータと書類が見つかった。」 とだけ答えた。おれは訳が分からずアランを見つめた。しかしアランは何も言わず弾を詰めていく。

 「データが見つかったって・・・それって、どういうこと?」
アランの手が止まる。しかしアランは答えてくれなかった。
 「アラン?」

 「ビルが倒壊して書類もデータも全部飛んだと思ってたらそうじゃなかったんだよ!」
アランの代わりにジュールが答えた。
 「何もかも全部!ちゃんとあったんだ。ボスが全部隠してたんだ。」
ミシェルが憤懣やる方ないといった様子で言った
 「たった3枚の書類を書きたくないが為にだ! あのくそじいいが・・・・」
アランがようやく答えた。だけど声の語尾が怒りのあまり震えてる。

 「そ、それでその・・・かばんの中の銃はその・・・」
 「自業自得だ。」
 「だ、だけどアラン、いくらクレマンでもその武器だとマズイ気が・・・」
 「丁度いい。」
 「丁度いいって・・・いや!そ、それはないんじゃない?」
 「ボスにはこんなの豆鉄砲と同じさ。」
ジュールが平然と答えた。
 「で、でも・・・」
 「こんなんじゃ、ボスは死なないよ。」
 「いや、そういう問題じゃなくて!大怪我を・・・」
 「核でも危ういさ。」
背中からシャロンの声。おれは慌てて振り向いた。
 「ボスを殺るにはな。」

シャロンは笑った。だけど何と言ったらいいのか、殺伐とした感じだ。いつもと違うシャロン。おれは改めて皆を見た。妖魔と戦う時とは・・・違う殺気と緊張感。

ということは・・・マジなのか?クレマンを?そりゃクレマンのやり方はあまりにも酷いけど・・・だけど!だけどこの人数じゃ・・・

 「駄目だよ!!皆でリンチなんて!絶対によくないよ!!!」

おれは思わず叫んだ。するとそこにいた全員が手を止めておれを見た。皆びっくりした顔をしておれを見てる。
 「・・・違うの?」
おれが尋ねた途端、一斉に爆笑した。それも全員がおかしくって仕方ないといった感じ。何だよ、一体!

 「ああクソ!勇!お前って最高だぞ!」
 「ああ!ミシェルの言う通り!リンチなんて!お前はなんて愉快で楽しい事が考えられるんだ!」
ジュールががひとしきり笑ったあと言った。
ようやく笑いが収まったアランも 「ホントにお前は幸せな奴だぜ。」 と言った。それを聞いておれはムッとした。

 「じゃあ何するんだよ、そんな恐ろしいもの持って!」
 「これか。これはだな、つまり・・・」
アランの形相が変わった。

 「革命だ。」

 「か、革命?革命ってその・・・」
 「もうこれ以上、クレマンの横暴を許してなるものか!」
ミシェルが叫んだ。それを合図にそこらじゅうから声が上がる。

 「ボスが権力を握っているのがそもそもの間違いだ!」
 「アンシャン・レジームは必要なし!」
 「正義は我らにある!」
 「もっと休暇を!」
 「そうだ!時間はな!金なんぞで引き換えに出来ないんだ!」
 「俺の恋人を返せ!!」
 「俺の離婚は奴の所為だ!!」
 「今回は!数では圧倒的にこちらが有利だからな。」
 「ボスは総務に会計監査、それに営繕と経理まで敵に回したんだ!」
 「だから!」
 「今回は!勝てる!」
 「そうだ!今度こそ!」
 「絶対に勝てるぞ!!!!」

 「今度こそ!」
 「今度こそ!!」
 「今度こそ!!!!」
 「今度こそ!!!!!」

皆は口々に叫ぶ。そして・・・
 「今までの分を含めて総ての償いをさせてやる!!」
アランが最後に誓いでも立てるように言った。

その時、携帯の着信音がした。ジュールはポケットに手を入れてそれを出すと何か話して、アランに声をかけた。アランも何か言って、ジュールはまた携帯で話をする。少してジュールは携帯を切って荷物を担いだ。

 「アラン、それであの・・・クレマンは今どこに?」
 「別宅だ。ブローニュの森のから北へ少し行った・・・」
 「ちょっと待った!」
おれは思わず叫んだ。

 「何だ一体?」
 「ブローニュの森の近くに他に家は?」
 「ない。」
アランが答えた。おれは慌てて叫んだ。
 「ならコレクションがある!絶対に!おれと黒龍で壊したのか、銀龍と破壊したような極悪のヤツ!同じくらいか・・・もっと沢山だ!」
アラン達は驚いておれを見た。おれはしっかりと頷いた。すると全員は顔を見合わせると・・・笑った?

シャロンはおれを見ると 「メルシ、勇。助かった。」 と言った。それから皆の先頭を切って部屋を出て行った。その後にジュールとミシェル、それから他の人達が続く。弾を詰め終えたアランは銃を脇のホルダーに差仕込んで上着を着た。それから呪文を唱えて穴をふさぐと、剣を手に持って入り口へ向かった。

 「アラン!」
おれはアランに声をかけた。アランは振り返っておれを見た。
 「えーと・・・」
アランがおれを睨んだ。
 「その・・・武運を、祈ってる。」
おれがそう言うと、アランは笑いながら頷いて 「お前も気をつけて日本へ帰れよ。」 というと、片手を軽く上げると部屋を出て行った。

 おれは皆の出て行ったドアを暫く見つめた。
 「・・・何度目の革命?」
おれは思わず呟いた。

あの様子じゃ一方的にやられてる感じだよな。それにしてもあんな武器がきかないんだ。改めて思うけど・・・すごいよなクレマン。おれの心配は的外れだったんだなあ。

おれは自分の部屋へ戻ると、すぐにベッドに横になると明かりを消した。だけど、眠れそうにない。
今度こそ、革命は成功するのだろうか?一度くらい成功するといいよな。

だってさ、成功してもすぐにクレマンがまともになるなんてあり得ないし、すぐに元に戻るだろうし・・・それにしても!極悪のコレクションが沢山なのに誰一人ビビッてなかったよな。。それどころか、なんか楽しげだったぞ?まあ、アランを含めて体動かしてる方が合ってそうな感じはするけどさ。まあ、クレマンに喧嘩売るくらいだから・・・

そしておれは気づいた。これは・・・黒龍の気配だ。おれは慌てて体を起こすとて部屋の明かりをつけると声をかけた。

 「いいよ、どうぞ。」

黒龍はすぐに姿を現した。おれは何も言えず黙って見つめた。
手には手紙があった。そして、もう片方の手がいきなり差し伸べられておれの頬にそっと触れた。

 「誰がやった?」
目の前にいるオスカルが口を開いた。その言葉におれは我に返り慌てて答えた。
 「母さんだよ!マリアさんと違ってうちは強暴なんだ。病院でもそうだったろう?」
怒りが少しだけ和らいだ気がした。だけどそれは気のせいだった。

 「おまえがこんな馬鹿な事を考えるからだろう。」
オスカルは手紙に目をやってそれからすぐにおれを睨んだ。おれは手紙を読んでくれたことに気づいてオスカルに笑って見せた。

 「おれはいい考えだと思うけど・・・」
 「何がいい考えだ!!」
オスカルはおれが喋るのを遮って怒鳴った。瞳が怒りで震えてる。喜んでなんてくれない、分ってた。
 「今度こそおまえの側にいる。どんなことがあっても絶対に。」
だけどオスカルの様子は変わらなかった。それどころか、顔に冷笑が浮かぶ。

 「絶対など存在しない。」
 「何故断定するの?おまえ今言ったじゃないか。絶対など存在しないって・・・」
 「私の親族はお前を殺す。」
オスカルは言い放った。だけどおれは笑ってみせる。

 「まさか!おれって結構強いんだぜ?それに、一度も襲撃されても殺されかけてもいないよ。」
 「わたしはこれからの事を言っているだ。」
 「いや、これからもないね。」
おれは自信ありげに断言する。

 「おれさ、今はゴーストバスターのランキング現在はランキング外だけど・・・潜在能力ってヤツがあって、それだとなんと1位!だよ、すごいだろう。」
 「そんなのは聞いた事もない。それにどうせ決闘の所為だ。」
 「それはあるかもしれないけど、でも! おれさ、他にも色々評価されてるんだぞ。おまえに会う前にも色々あったし、それからこの前は113体と119体の合計だと・・・232体の悪霊と・・・」
オスカルの顔から血の気が引いたのが分かり、おれは慌てた。

 「違うって!おれはするつもりなんかなかったよ!もちろん!原因は全部クレマンだよ。つまりえーと、クレマンのスペシャルコレクションと戦わせて頂きました。」
 「クレマンのコレクション・・・・」
オスカルは呆然と呟いた。
 「すごいだろう、おれ。」
おれはワザと威張って答えた。オスカルはおれを見つめたまま答えなかった。

 「おれさ、こういう目に遭うのって日常茶飯事なんだよな。」
おれはもう一度オスカルに笑って見せて続けた。
 「母さん、古美術の仕事してるだろう? あの人、器用でさあ。選びに選んで危ないものが付いたのを選んで持って来るわけ。で、おれはその度に酷い目にあうんだよ。おれってさあ、おまえの側にいなくたってあんま変わんないんだよな。」
おれがそう言うとオスカルは口を歪めた。

 「駄目だよアンドレ。わたしは騙されないからな。お前の母親が連れてくるのはたかが悪霊程度だろう!」
 「残念でした。2か月に1度はクレマンのコレクション並で、3年に・・・いや2年に一度は指示代名詞クラスだし。それから母さん絡みじゃなくても色々あるし。ほら、身体に傷残ってたろう?2年前、決闘程じゃなかったけど、あれはそれに近いものはあったよな、うん。そうそう!4月に入ってから、クレマンからデュボーって人の主催するオークションに一緒に来るように言われてるんだ。このオークションでクレマンが今までのコレクション全部と引き換えにしてもいいようなものが取引されるんだって。」
オスカルはあっけに取られた様子でおれを見た。おれは笑ってみせた。

 「どう?おまえの親族よりこっちの方が数倍、数十倍怖いと思うけど?」
 「わたしがクレマンに言う!」
 「それは無理。うちの母親も絡んでるからね。そんなの許される訳ないじゃん。」
オスカルは口を開こうとしたがおれは構わず話し続けた。
 「つまり、これがおれの日常。お前に会わなくたってこんな感じ。これがおれの普通なんだ。分かるオスカル。」
だが、オスカルは目を逸らした。

 「オスカル。」

おれはオスカルの名前を呼んだ。
 「おれをおまえの側に置いてくれ。」
だけどオスカルは答えない。
 「もう何処へもいかないから!ずっと側にいるから!おれは今度こそ、そうするから!リオンの馬のネラみたいに。リオン・フランソワのネラみたいに、ネラがリオンに一生従って、そしてリオンの最後を見届けたように。先ではなく同じでもなく、見届けてから。絶対におまえより先に死なないから!」
お願いだ、聞いて!!

 「オスカル!」
オスカルはおれを見ない。視線を逸らしたまま。
 「オスカル!!お願いだから!ずっと側にいる!どんな事があっても絶対に!」
だけど答えない。答えてくれない。
 「オスカル!」
それだけがおれの望みなんだ。だから答えて。お願いだから!側にいるのを許して。
 「オスカル!」

もう一度名前を呼ぶ。だけどオスカルはおれを見てくれない。言葉を、届かないように拒絶してる。握りしめた拳に思わず力が入る。 いいんだ。こんなの最初から分かってた事だ。

オスカルはおれに背を向けて黒龍を見た。
 「屋敷へ・・・」
 「オスカル!」

おれは叫んだ。だけどおれを見ない、オスカル。

 「言っとくけど止める気はないから。おまえが許してくれなくてもね。」

その言葉でオスカルはようやく振り返ってこちらを見た。感情が読めない、無表情な顔。
違う!そうじゃない、そうじゃないんだ。

 「どんなことがあったって、地獄の底へだって付いていくよ。絶対に離れない、もう二度と。」
 「・・・側に置かない。」
 「無駄だよオスカル。龍達はおまえに何かありそうならすぐにお前の所へ連れて行ってくれるって。おれはお前の馬だから。」

おれが答えると、オスカルは黒龍を見た。黒龍は何も言わずビー玉の目でオスカルを見つめた。オスカルは再びおれを見つめた。オスカルの瞳が揺れる。

 「だからオスカル。おれは・・・」
 「・・・会いたくなかった。」
オスカルの声。おれは言いかけた言葉を口に出来ず、オスカルを見つめた。
 「もう、会いたくなかった!」
まるで絞り出すようで・・・だけどそれは、嘘でも言って欲しくない言葉だ。
 「おまえとはもう!2度と会いたくなかったんだ!」

オスカルは繰り返した。それがどれだけ残酷な言葉か分かってるの、オスカル? だけど、おれは笑った。そんな事少しも感じさせないように。

 「おれはこれから何度でも何百回でも何千回でも何万回でも会うつもりだけど?まあ、今日は最初の挨拶程度。本番はこれからだからね。それから・・・」

 「聞こえなかったのか!もう二度とおまえと会うつもりはない!」
 「だめだよ、オスカル。おれは・・・」
 「もう沢山だ!!」
オスカルが叫んだ。悲鳴でも上げるみたいに。
 「失う恐怖を味わうのはごめんだ!もうたくさんだ!もう二度とごめんだ!!」

そこにあるのは苦痛だけだった。胸が潰れそうになる。 “おれなんかいない方がいい。おれじゃ何もできないんだ。” 心の中で弱気な自分が囁く。そうじゃない!そんなの関係ないんだ。おれは何をすべきか、もう分かっている。

 「おれはおまえの馬なんだぞ?」
おれはオスカルに尋ねる。
 「おまえ言ったじゃないか?それさえあれば他は何もいらない!って。おまえが言ったんだぞ!」
おれは本当に馬でもいいんだよ。おれはそれでいいんだ!
 「どうして言ってくれないんだよ・・・・おれ、おれ、おまえ以外何もいらないんだよ。」

答えない。無表情のまま俺を見つめる。おれの・・・オスカル。どうして分かってくれないの?

 「お前だけだ!お前だけいればいいんだよ!!」
もう知っているんだよ、おれ。
 「200年も、忘れられなかったんだよ。」
それでも忘れられなかったんだよ、おれ。
 「生まれ変わっても!忘れられなかったんだぞ!いつだって探してた!」

いつも探してた。いつもいつも探してたんだ。いつも欠けてる感じがして、満たされなくて、それが何か分からなくて辛かった。

 「おれにもう一度あんな思いをおれにしろというの?おれにもう一度おまえから離れろというのか?出来ると思うのか!!おまえの側にいることだけがおれの願いなんだぞ!おまえの側にいることだけがおれの幸せなんだぞ!そのおれに離れろというのか!それっておれに死ねと言っているのと同じなんだぞ!それならどうして死ねって言ってくれないんだよ!」

 「そしてまた、私が一人残されるのだな。」

オスカルは静かに言った。蒼の瞳がおれを射抜く。
 「いつもわたしが残される!!」
 「違う!そんな話してないだろう!そうじゃなくて!」
 「そういう事じゃないか!いつもわたしが残される。残されるのはわたしだ。おまえが死んで・・・」
 「それでも側にいる!」
おれは必死に叫んだ。だけどオスカルの瞳の色、沈んだ蒼い色。

 「ああ、そうだった。忘れていたよ。」
オスカルが笑った。
 「そう。おまえは死んでも私の側にいようとした。」
冷たく冷やかに。
 「だが、わたしを取り殺す恐怖に耐えられなくなって逃げ出した。」
 「違う!そうじゃない。あれはそうじゃない。あの時は・・・」
言いかけて言葉に詰まる。オスカルの目。どうしてそんな目をするんだよ。

 「おまえはわたしから逃げ出したのだ。」
 「だけどもうおれは逃げない。今度こそ・・・」
 「逃げ出すのだ!」
 「違う!」
 「わたしを取り殺す恐怖に耐えられなくなって、また逃げ出すのだ。」
 「オスカル違うんだ!おれは!」
 「言い訳はいいのだよ。」
瞳がもっと暗く沈んで・・・お願いだからそんな目で見ないでくれ!

 「何故分からない?」
オスカル、嘲笑う。
 「わたしはもうウンザリなのだよ。」
おれを見て言う。
 「おまえに会いさえしなければ、こんな思いはしなかった。昔も今も!出会いさえしなければ!!!」
オスカルの瞳は沈んで・・・おれは言い返そうとして、だけど暗い。暗い、蒼い瞳はもっと暗くなって。

 「・・・・もういい。」
オスカルが口を開く。
 「もういいのだよ、アンドレ。」
暗い瞳のまま。おれはそれを見つめたまま何も言えない。
 「いらない。おまえはもういらない。」
オスカルは言った。

 「わたしが欲しいのは不安や恐怖ではない!必要なのはそれじゃない。おまえがいるとそれしかない!おまえはわたしを不幸にする!」
オスカルの声。

 「いらない!わたしに必要なのはおまえじゃない!欲しいのはおまえじゃない。わたしに必要なのは・・・」
オスカルが・・・
 「昂だけだ。」

手足ががくがくと震えた。怖かったこと。聞きたくない言葉。
逃げ出したい、すぐにここから。昔のおれならすぐに逃げだしたろう。馬鹿なおれ。オスカルから離れても何もならないのに、それなのにした。忘れようとした。愚かな・・・おれ。

 「・・・駄目だよ。」
 「おまえがいるだけで不幸になる。今も昔も、おまえはわたしを苦しめるだけだ。」
 「・・・無駄だよ。」
 「何が無駄だ?」
おれはオスカルの沈んだ蒼い瞳を見つめたまま口を開く。

 「・・・おれ、離れない。」
オスカルの口の端が僅かに持ち上がった。
 「死んでも・・・離れないよ。」
おれの言葉にオスカルは冷笑する。

 「霊となればいずれ狂う。その恐怖に耐えられずおまえはわたしを置いて逃げ出すのだ。」
 「・・・・違う。」
 「違わないさ。おまえはわたしに永遠の孤独を与えるのだ。」
オスカルの瞳は沈んで真っ暗になる。それを見て涙が溢れた。

 「・・・出来ないって・・・言ったろう?」
 「言葉だけ、そう言っておまえは逃げ出すのだ。」
オスカルの姿がぼやけて見える。

 「・・・もう、出来ないんだよ。」
もう、知っているから。
 「だっておれ・・・」
分かってるんだ、もう。分かってる。

 「おまえは逃げ出してわたしを一人残す!」
 「殺すよ。」

 「おれ、殺すよ。」
そうだ。そうなんだ。

 「だっておれ、悪霊になるから。なれるから。おれ、おまえを離す気ないから。」
もっと早く気付けばよかった。
 「離さないから。」
どんなことがあっても、何があろうとも。
 「絶対に離さない。」
おまえを離さない。
 「死んでも離さない。離れない。だから・・・」
出来る。おれはする。
 「おまえを・・・殺すよ。」

おれはそのオスカルの暗い瞳から目を逸らせないまま、躊躇いもなく言葉にする。
 「ずっと側にいる為に、おまえの側から離れないようにおれはそうするよ。」

 「おまえを殺して魂を喰らって、そうして一つになる。」
普通なら出来ない、出来るはずがない。
 「もう離さない。二度と離さない。永遠に離さない。」
だけどおれは・・・
 「おれ・・・できるよ。」
出来るんだ。

 「おまえを・・・殺せるよ。」

オスカルの顔が見えなくなる。それは涙が止まらない所為だと分かって、そうしてやっと、おれは自分が何を言ったのか理解した。おれは見えてないオスカルの顔を見てられなくて俯いた。

もし死んだとしても、それでも側にいる。オスカルがそれを望むから、そしてそれがおれの望みだから。でも、もしそれに耐えられなくなったら、その時おれはオスカルを・・・

否定の言葉を探したが何一つ見つからない。それどころか、否定する気持ちはおれの中に少しもないのが分かる。涙が床にポトポトと落ちるのが分かった。だが、拭えなかった。

おれ、おかしい。狂ってる。これじゃ“アレ”と同じだ。こんなのオスカルが望む事じゃない。分かってる。分かってるけどおれは・・・・

 「・・・・出来るのか?」

 「絶対出来るのか!」
オスカルの声。
 「必ず出来るか!必ずそうするのか!」
おれは顔をあげてオスカルを見た。
 「わたしから離れるくらいなら必ずそう出来るのか!!」

 「必ずそうするか!」
 「必ずそう出来るんだな!!」
おれは慌てて涙を拭ってオスカルを見た。

 「誓えるか?」
オスカルが尋ねる。
 「必ずそうすると誓えるのか!」
瞳の色が変わる。
 「誓えるか!わたしに・・・」
オスカルの瞳からポロポロ涙がこぼれる。それでもオスカルはおれに尋ねる。
 「誓えるか!!!」

引き寄せて抱きしめた。オスカルを両腕でかかえるようにして抱きしめた。どこにも行かれないように強く抱きしめる。

胸の中でオスカルが泣く。
おれの腕の中で、おれのオスカル。

 「いかないで、どこへも・・・もう。」
オスカルは震えて、胸に顔を埋めて何度も繰り返す。
 「もう、どこへもいかないで、どこへも、側にいて・・・」
 「もうどこへも行かないから!ずっといるから!」
おれは何度も囁く。

 「怖い。怖い。いつも・・・同じ。毎晩・・・同じ夢・・・いなくなって、怖いんだ。怖い、怖い・・・」

それでも怯えた小さな子供みたいに泣く、おれのオスカル。
切なくて切なくて 「もうどこへも行かないから!ずっといるから!」 それだけを繰り返す。

おれはオスカルの髪に頬に触れる。オスカルの指もおれに触れる。泣きながらおれの髪に目に頬に、そして唇に指が触れた。

親指が何か催促でもするようにおれに触れる。オスカルの息がかかる。涙で濡れたサファイヤの瞳がおれだけを見てる。

 「・・・てる・・・よ。」

胸が詰まって声が震えてうまく言えない。言いたかったのに。

 「・・・愛・・て・・・」

ちゃんと言いたいのに!言葉にしたいのに!!
オスカルが泣きながら笑う。大丈夫だよって、分かってるからいいよっていう風に。だけどオスカル!

おれ言いたいんだよ。ちゃんと言いたいんだよ!
おれ、言いたくて言いたくて・・・

 「・・・・愛して、いる。」

言いたかったんだ、ずっと。
ほんとに言いたかったんだ!ずっとずっとずっと。

オスカルの唇に触れた。
最初のキス。
それからもう一度。それから・・・・

 「オスカル、愛しているよ。愛している。」

何度も囁いてキスをした。
数え切れないくらい。

だってそうしたかった。
ずっとずっとそうしたかったんだ、独り占めしたかった!
おれだけのオスカルにしたかった・・・・