ドアを開けてくれたアランはおれを凝視した。
別にいいけどね。だって帰る途中、誰もが皆アランのようにおれを見たから。
おれは 「メルシ、アラン。」 と言ってアランの横をする抜けるようにして家へ入った。

 「叩かれた跡だ。それも女だな。別れ話の縺れか?それともただの痴話喧嘩か?」
背後からアランの声がした。まったく。一体どこから別れ話とか痴話喧嘩って言葉が出てくるんだ?

 「叩いたのはおれの母親だよ。」
 「お前、一体何をやらかしたんだ?。」
 「いつもの事だよアラン。うちの母親はジャンヌ並みに凶暴なの。」
おれはそれだけ答えると、何か言いたげなアランを無視して自分の部屋へ向かった。

 ドアを開けるとカバンと上着を投げ捨ててバスルームへ向かった。引き出しからタオルを取り出して洗面台の鏡で顔を見る。ああ酷い、やっぱりミミズ腫れになってる。それもくっきりと手形の跡が分った。おれは鏡に顔を近づけた。手にはめた指輪の跡まで分かるじゃないか!母さんたら、体重全部かけて渾身の力で叩いたもんな。

おれは洗面所の水栓をひねり水を出すとタオルを濡らした。
だけど、母さんは悪くない。おれは水をタオルを絞り溜息をついた。

 “一生棒に振るつもりなの!”

高校やめるって言えば当然だ。断固拒否!絶対反対!絶対に許さないって、カンカンに怒ったもんな。だけど母さん、
おれはまたしても溜息をついた。
母さん、涙目だった。

ごめん母さん。おれが間違ってるっておれだって分かってるんだ。だけどおれ・・・おれ、オスカルがいないと駄目なんだ。絶対駄目なんだよ。

おれは濡らしたタオルを顔に当ててバスルームを出た。放ってあった上着とカバンを片付けると、喉が渇いたので何か飲もうと台所へ向かった。

 台所へ行くとまたしてもアランと会った。
アランは手に缶ジュースを持っていた。それもオレンジの炭酸飲料だ。珍しい。甘ったるいのは、特に炭酸入りは苛々するって飲まないのに。根っからの酒飲みなんだよなアランて。だけど仕方ないよな。アランは仕事が終わらないと飲まないんだ。こういう所は真面目なんだ。まあ、仕事が終わるまでの辛抱か。そしておれは気づいた。

おれは部屋にある時計を見た。まだ7時になっていない。それなのに・・・人の気配がまるで無い。それなのにアランは酒じゃなくて大嫌いな炭酸ジュースを飲んでいる。それにさっきと違ってなんだか機嫌が悪そうに・・・見えるような気がする。何かあったんだろうか?
おれは冷蔵庫を開けて缶ジュースを出して冷蔵庫を閉めると、缶のタブを引きながらさりげなく尋ねた。

 「今日は、みんな帰るのが早いね。」
だけどアランは答えず、缶ジュースの中身を一気に飲み乾すとゴミ箱に投げ入れておれの方へやって来た。
 「な、何?」
 「邪魔だ。」

おれは慌てて冷蔵庫から離れると、アランは冷蔵庫を開けた。中を見回して酒の壜に手を伸ばしかけたけれど、舌打ちすると一番手前にある缶を無造作に掴むとイスに座った。そしてタブを起こして缶を開けるとそれを飲んだ。
間違いない、何かあったんだ。これは早く退散した方がいい感じだ。おれは慌ててジュースをゴクゴグと飲んだ。

 「お前、黒龍と何処へ行ってたんだ?」
アランが唐突におれに尋ねた。

 「ア・・・アラスだよ。龍達の住処に行って来た。そのあとクレマンに会って・・・」
 「馬鹿かお前は!ベルサイユの屋敷に行けばいいだろうが。」
 「正式な話なら正しき道から来いといわれたんだよ。」
 「何だ、正式な話って?」
 「約束について。ジャルジェ家を護っている事とか。願いを叶えることとか・・・」

アランは呆れ顔でおれを見た。
 「お前、それだけの為にわざわざアラスまで行ったのか!」
 「だっておれ、黒龍とかクレマンに話し聞いたけど今一つ納得いかなくて、家を護る理由もなんかおかしいし・・・・」
 「お前は阿呆か?奴等は気まぐれで決めてるんだ。そんなもの理解しようとする事態が間違ってる。もしなんらからの理由があったとしても、それは龍としての観点だ。ついでに言うとそんなものが分かるようになったら!あいつと同じだ!あいつと!」

その後フランス語で罵りの言葉が続いた。やっぱクレマンと何かあったんだ。おれは、アランが罵り終わるのを待ってから口を開いた。

 「だけどおれは、ちゃんと確認したかったんだよ。それで黒龍に聞いたら銀龍がいいって言ったら教えてくれるって言ったんだ。銀龍には一つ貸しがあるし、それで約束の決まりについて聞きたいって言ったら、来いって言われた。」
 「貸しって何だ?」
 「119体。」
おれが言うとアランは頷いた。

 「いくら暴れまわりたくとも自ら進んでは不味いからな。で?お前は納得出来たのか?」
 「大体はね。でも教えてもらえなかった事も幾つかある。」
 「そりゃそうだろう。リオンとの約束だ。お前が知る必要のないな。」

それを聞いて思わずムカついて反論しようと口を開きかけてやめた。おれは何も言わずジュースを飲んだ。すると急に疲れがどっと来た。

仕方ない。本当に今日は色々あった。龍達の話でやっと色々理解できたし収穫もあったけどいい話はなかったし、それから戻ってきてオーヴェルでは・・・・もう疲れた。こちらは仕方ない。うまくいったからいいけど。そして母さんには一応許してもらったけど・・・いやそうじゃない。あれは母さんの言う事聞かなきゃ勘当するってことだよな。何もかも前途多難だ。

 「で、お前のお袋さんは、何故お前を殴リ飛ばしたんだ?」
いきなりアランはおれに尋ねた。
 「だから言ったろう、母さんは凶暴なんだよ。ジャンヌと張り合えるくらいね。」
 「だからといって理由もなく殴りはしないだろうが。」
アランてば、痛いところをついてくるよな。
 「お前なにやらかしたんだ。」
アランはおれに尋ねた。
 「決闘の件だよ。まだ根に持ってるんだよ。」
 「それだけじゃないだろう?」
 「まあね。病院でオスカルに止められて殴れなかったのをまだ根に持っていた。」
これはホントだ。母さん本人もそう言ってた。

 「お前が、ここへ残ると言ったからだろう!」
おれはアランを見つめた。アランは厳しい表情で続けた。
 「ゴーストバスターにも登録したそうだな。どういう事だ?」
アランはおれを睨んだままだ。おれは小さく息をついた。多分ディアンヌからだろう。だけどいずれはバレことだ。それに隠すほどの事じゃない。

 「登録すればパートタイムで仕事を選べるってディアンヌに聞いたから。生活費も稼げるし、色々情報も入る。それにスキルの確認も出来るしね。」
そうだ。それが重要だ。

 「バイトなら手軽な中程度で十分なはずだろう?」
 「今日のは最終テストだよ。おれが相手にしてきたのランク付けできないようなものばかりだから基準ラインを引く為だって。」
 「最上級のランクの悪霊や妖魔から選ぶようにした理由は?」
 「そりゃ金の為だよ。」
 「金の為?よく言うぜ。優李の親族の為だろうが。」
アランはおれを睨んだ。全部バレバレか。いいけどね。

 「勿論それもあるよ。おれに手を出すのは大変だって少しでも思わせたいからね。」
 「それなら何故優李のガードをさせてくれと言わない?」
おれは驚いてアランを見た。それから苦く笑った。

 「アラン、おれじゃ無理だよ。」
 「何が無理だ?」
 「おれなんかじゃ話にならない。かえってオスカルを危ない目にあわすよ。」
 「龍に喧嘩売ったような奴が何を言うか。」
アランは低い声で言った。

 「じゃあ聞くけど、今オスカルのガードしてる人達とおれとどっちが上だと思ってる。」
 「お前は奴らと違う。種類の違うガードだ。あいつらと一緒になる必要はない!」
 「人だろうと人に在らざるのもだろうと関係なくガードする。それが理想だろう?例え人に在らざるものだけだったとしても、あれだけの人数ならおれの出る幕無し。それにもう一つ。おれには致命的な欠点がある。」
アランは訳が分からないって様子でおれを見ている。おれはアランに微笑んだ。

 「だっておれ、オスカルがしたいと言えばどんな危険でもさせるもん。マズイだろこれって。」
おれがそう言うとアランは呆れたようにおれをみた。それからどうしようもないって顔をした。
 「そしてその危険な事に一緒に付き合うんだろうが!そうやってお前は優李を護る。」
 「そんな立派なものじゃないよ。おれはただ・・・側にいたいだけなんだ。」
おれはテーブルの上の缶ジュースを見ながら答えた。それからアランに微笑んだ。

 「本音はそれなんだ。側にいたい。こんな半端じゃガードなんかしちゃいけないだろう?」
 「本音なんぞ関係ねえ。ちゃんと護れればいいんだ。ケツの青いガキはこれだから困る。」
 「おれがガードするよりはアランの方が絶対いいよ、合ってるもん。」
 「ガキの子守は御免だぜ。」
それを聞いておれは思わず笑った。全く!どっちがケツの青いガキなんだよ。

 「・・・何がおかしいんだ?」
 「アランてば素直じゃないから。」
 「ケツの青いガキが偉そうにぬかすんじゃねえよ!」
 「それはないんじゃない?おれだってケツの青いガキには言われたくないけど。」
 「てめえ・・・俺のどこがケツの・・・」
 「一番の問題はね、おれにはガードをさせてくれない。オスカルが絶対にね。」

おれはアランが怒り出す前に言った。アランはおれを見つめると腹立たしげにジュースを飲んだ。おれも缶ジュースを一口飲んだ。気詰まりな空気が漂った。

 「・・・お前これからどうするつもりだ?」
暫くしてアランが口を開いた。
 「予定通りだよ。明日一旦帰国する。ビザか取れたらすぐに戻ってくる。そしておれは、オスカルの馬をするんだ。」
おれは続けた。
 「黒龍から空間把握の魔法を教えてもらっているって話したよね?あれさえ完璧に使えるようになればいつでもオスカルの側にいけるだろう?」
おれがそう言うとアランは呆れたようにおれを見た。おれは笑って見せた。

 「オスカルに何かあった時すぐに行けるよう、馬はいつも待機してないとね。オスカルが許してくれなくても押しかける。」
 「それでもするのか?ここに残って。」
 「ああ。オスカルが考え直してくれるまでずっとね。いい考えだろう?」
 「一生だったらどうする?」
 「きっと何とかなるよ。」
 「考えなしの阿呆だな。お袋さんが殴るはずだぜ。」
 「・・・自分でもそう思うよ、アラン。」

もっと罵倒されるかと思ったが、アラン何も言わなかった。アランはおれを見て苦笑しただけだった。
 「もういい、分かった。お前の好きにしろ。」
アランは言った。
おれは少しほっとして頷いた。
 「時間はすごくかかるかもしれないけれど、いつか分かってもらうよ。」
おれの居場所はオスカルの所しかないって、絶対に。

 「で?今日クレマンに会ったのはその為か?」
アランは尋ねた。おれは首を振った。
 「扉から出てきたら立っていたんだよ。ニコニコ笑いながら。ゴーストバスターに登録したのは知ってたし、仕方ないから大まかな話はしたというか、しないとヤバそうだったから。」

 「あいつらしいぜ。」
アランは不機嫌に言った。
 「だけど詳しくは話してない。まだ色々クリアしなくちゃならない事だらけだし、それが出来たらキチンと話す。それでアラン、実は一つ頼みがあるんだ。」
 「何だ一体?」
 「クレマンには暫く黙っていて欲しいんだ。それとおれが黒龍に魔法教えてもらっている話も・・・こっちはクレマンにした?」
 「まさか。あいつに話すとお前だって“占い師候補”に名前を載せられかねないからな。」
 「占い師候補?」
 「5月の頭に、ジャルジェ家一族のうち主要な人物が集って親族会が開かれるのは知っているな。その時に“次代の当主”だけでなく、“次代の占い師”も選出する。だが、ムシューは、“次代の占い師候補” に関しては出せずにいる。皆が辞退したからだ。」
 「それってクレマンの次の人?」
 「ああ。クレマンの後釜選びだ。」
おれは呆れてアランに尋ねた。

 「でもアラン、クレマンの後釜っていつの話?」
 「少なくとも50年は先だろう。」
アランは平然と口にした。50年か、まあクレマンならそうだろう。
 「そんな先なのに今から決める訳?」
 「次代の当主並に重要なポストだからな。」
アランは答えた。

 「慣例では、当主の代理として占い師が“屍喰い”を仕切るんだ。“屍喰い”というのはゴーストバスターの組合みたいなものだ。それがいくつもある。それをまとめるのが占い師の手に委ねられる。で、次代の当主候補がを決める時になると、それにあわせて占い師候補も立てるのさ。つまりジャルジェ家の裏の権力を握れるから“次代の当主候補”を出せない親族達でも力が入っている。」
 「なら、おれなんか論外じゃん。」
 「だが相手はクレマンだ。万が一 “私がいる間は占い師の仕事など関係ありませんよ。空間把握魔法も、私が完璧に教えましょう!私にお任せなさい。君はずっと優李の側にいるだけですよ。” などと甘い言葉で弄しに来たら要注意だ。騙されるなよ。奴の真の目的はだな・・・」
 「言わなくてもいい。」

おれは嫌そうに答えた。大魔導士の真名と称号だ、おれに継がせたいのは。あの人は目的の為には手段を選ばない。悪霊と闘わせたのもそれがあったりして・・・・それだけはごめんだ!

 「それならいい。奴の後を継げば、あらゆる魔法には精通できるだろう。だがな!あいつの弟子というだけで、万人を敵に回す。」
おれはしっかりと頷くとアランに尋ねた。
 「だけどアラン。おれ思うんだけどさあ、その・・・おれよりアランの方が危ないんじゃないの?」

アランは心底嫌そうな顔をした。
ああ、やっぱそうだよな。気の毒な・・・アラン。

 「何としても!もう一人の奴に押し付けてやる!あのガキならクレマンと同類だからな!」
アランは拳を作るとそれを固く握り締めて誓うようにして言った。

 「でも・・・そしたらまた大変じゃないか?クレマンと同類なら次もまた・・」
 「その頃には別の奴が補佐役だ。俺の知ったことじゃない!」
アランはそれだけ言うと残りのジュースを一気に飲み干し、缶を握り潰してゴミ箱に投げ入れた。

おれは部屋に戻るとベッドに寝転がった。
 「疲れた。」
誰に言うでもなく思わず声に出た。ホント疲れた。母さんとの話は勿論だし、審査の件だろう。それに・・・
おれは天井を見ながら龍達の話を思い出した。

 龍達はリオンの死に際の“家族を頼む”という願いに “そなたの愛する家族を我等の力が及ぶ限り護ろう” と約束した。だから龍達は家族を護り、時折願いなどを叶えて助けてやった。それに龍達はリオンだけでなくリオンの家族みんなが好きだったんだ。だからまた彼らの家族を護り、家族も龍達を敬い愛して家は繁栄した。

約束は龍達にとって絶対守らなければならないことらしい。だけど最初はただそれだけのことだったんだ。だけど時代が下り、利益のみ求められるようになる。

力と繁栄を求め、龍の庇護を得ようと一族で血を血で洗う争いが頻繁に起こった。そして5代当主レヴィン・フランソワはその事態を収拾する為、龍達と話し合い約束を取り決め、制限を設けた。この時から龍とジャルジェ家は約束で縛られるようになったのだ。これによりある程度の効果は認められたがそれでも争いは起きた。だから龍達はレヴィンような者が現れる度に“当主の願いを叶える”という形で、約束を変えて自分達の与えうる力を制限していった。

 現在、龍達の庇護は無条件では付与されない。庇護は当主のみ。それは無条件の庇護ではなく、家を護るのに必要だと思われる程度の庇護だ。そして願いを叶えるのは、リオンの直系で尚且つ力を持つ者に限られる。叶えられる願いは1つだけ。その願いは龍達の心に響くものでなければならない。

これが龍達のジャルジェ家の人間に対して出来る総ての事だ。今の龍達は、ジャルジェ家に関わるものに関しては約束に縛られて身動きできないのだ。

それでも彼らはジャルジェ家を護る。龍達は今でもリオンが好きで、だからリオンの血を引く者達も好きなんだと思う。だから約束で縛っても龍達は続ける。ただそれだけの為に今も約束を守ってる。

だけどリオンの血はどんどん薄くなる。
当主を強要し、拒否した者には死を与えて・・・そうして血は薄くなっていった。どんどん薄くなって今ではかろうじて龍達が見えるくらいの力。だけどもう、それすら無くなろうとしている。

直系に関しては力の維持の為の婚姻は原則認められないそうだ。だから近い将来、もう誰も見えなくなるだろうと龍達は言った。見えなくなったら約束は消える。多分それは龍達の望む事じゃない。でももう、それでいいのだと彼らは考えているようだった。

強大になりすぎたジャルジェ家。もう龍達の加護など必要ないのに、それなのにやめようと言う者はいない。きっと龍達の加護が続くなら続くだけ続かせよう位にしか思っていないんだ。

そうじゃなければオスカルが次代の当主になるのを阻止しようとするはずがない。だってオスカルにはすごい力があるんだから。それなのにオスカルを当主にしたくない奴が沢山いるってことは、そういう事だろう?

龍達がオスカルを当主にしないって言ってくれればいいのに。そうしたら、オスカルは自由になれる。だけど絶対に龍達はそうは言わないだろう。だってこれが約束の要だし、それにオスカルを当主にしたいんだ。というか今すぐにでもそうしたいと思う。だってオスカルは・・・
おれはまたしても大きく息をついた。

オスカルはリオンと似てると思う。
持ってる力だけじゃなくて、姿も性格もなにもかもリオンとそっくりなんだ。黒龍が話してくれた事からも分ったし、銀龍だってそうだ。彼らは絶対にオスカルの中にリオンを見てる。だから、217年前だってオスカルを助けたし、18年前だっておれが見つからないんだから約束を破棄してもよかったのにそうしなくてオスカルの願いを叶えたし、決闘だって最後は・・・あれは助けてくれたのと同じだし。だから聞いた。当主じゃなくてもオスカルを護ってくれるのかどうか?

黒龍は “否” と答えた。声に渋々答えた風な感じがあった。
 “決闘は助けてなどおらぬ” 銀龍は言い、“強いて言うならそなたの心に圧されたのかも知れぬ” と付け加えた。

オスカルの為とは言わない。絶対言わない。だから尋ねた。もし、オスカルが助けてくれって言ったら、本当に心の底から願ったら護ってくれるかどうか。

悲しげな空気が支配した。だけどそれはすぐに消えて、“娘は決して望むまい” 銀龍は答えた。

銀龍の言うとおりだ。だってオスカルは・・・龍達が好きじゃない。嫌っている。いやそうじゃない、分っているんだ、仕方がなかったって。だけど多分怖いんだ。ずっと命を狙われてたし、龍との戦いが原因で死んだガードもいるとクレマンから聞いた。

 “だけどもし、オスカルが望んだら?”とおれは更に尋ねた。今度は黒龍が答えた。

 “娘は自分の為になど何一つ望まぬわ” 

おれは思わず大きく息をついた。ホント、ため息しか出ないよな。だけど悪い事ばかりじゃない。おれのことに関しては・・・・そんなに悪くない。だけど・・・おれは天井を睨んだ。

他の人には、クレマンにだってそんなに話したりしないのに何故おれだけには話したり、遊びに来たりするのか聞いた途端あの態度だ。シッポをバタバタさせて・・・あの様子は絶対爆笑したに違いない。そんな感じだった。

 “我らはそなたを娘の馬と認めた。馬は主の為に仕えるもの。因ってそなたが馬が主の下へ素早くはせ参じる手段を講じてやらねばならぬ。”
黒龍は言った。

 “それにそなたはジャルジェと縁もゆかりもなき者。我等とそなたを縛るものはなにもない。しかしながら、そなたは面白い”
銀龍が言った。

2頭ともいつもおれを“馬、馬”って呼ぶから分ってたけど・・・それはどうでもいいけど、だけどおれを連れてってくれるのはやっぱりオスカルの為だ。なのに絶対そうとは言わない。

 “娘は護らぬ、当主とならぬ限り。助けもせず、それが約束だ”
 “そなたも護らぬ。そもそもそなたを護らねばならぬ所以はない。但し面白き事があれば声をかけよ”
龍達はそうしか言わない。

だけど、オスカルに何かあったときはおれをオスカルの側へ連れてってくれる。今の状態じゃ瞬間移動なんて先の先だし、それだけでも十分すぎるくらいだ。これはおれがこれからしようとしていることにも役に立つだろう。

おれは龍達に、親父が昔住んでいた場所について話をした。そこはアンドレが絵に取り付いていた時に一緒に過ごした所だ。おれは出来るだけ詳しく話した。

すると龍達は、そこが“クロスポイント”(?)だろうと言った。はっきりと説明はしてくれなかったけど、どうやらおれの考えている通りのようだ。これについてはとても興味を持ったようだ。黒龍などは、すぐにでも場所を確認したいと言い出してなだめるのが大変だったし、それは銀龍も同じだ。これは良い方向へ進みそうだ。

この件は高橋さんも調べてくれてるし、もし親父が昔住んでた場所がそういう土地なら、オスカルは日本へ帰れるかもしれない。そして、もし本当にそうなったら・・・そう出来たら、どんなにいいだろう。

 5月の頭に親族会が開かれ、そこで今まで決められていなかった次代の当主が決められる。
オスカルは間違いなく次代の当主に選ばれて、龍達がそれを承認するだろう。だけど・・・・

ずっと気になっている事がまた頭をよぎる。龍達から話を聞く前は漠然としてた事が、だんだんはっきりと形になる。オスカルの性格からすれば・・・いや、そんなはずはない。そんな事をすれば・・・そうだ、きっとおれの考えすぎだ。

だけど、もしそうだったら?
嫌な感じが頭を掠める。
もしオスカルがそのつもりなら・・・いや、たとえそうだったとしても、オスカルのしたいようにすればいい。オスカルがそうしたいなら好きにすればいい。そしたらおれはそれに従うだけだ。だけどその為には、オスカルと話をしなければいけない。

おれはオスカルに手紙を渡してくれるように、龍達に頼んだ。
明日になればオスカルに会える。その時に役に立つといいけど、全然役に立たないかもしれない。でも、それでもいいんだ。おれの気持ちだけは知っておいてもらわないといけない。だってオスカルがしようとしてる事は全部とは言わないけど・・・多分おれの為を思ってしてる事もあるんだから。
だけどそれは、おれの一番望んでない事。そしてそれはきっとオスカルだってそうなんだ。

 本当にそうなのか?

その時頭の中に悲観的な考えが浮かぶ。おれは慌ててそれを追い払う。
クレマンの言った事、それから初代の占い師の話を思い出せ。龍達はおれをオスカルの馬だと言った。オスカルもだ。おれは今度こそ馬になるんだ。リオンのネラのように、生涯側に離れず側にいて、オスカルが死ぬその時まで側にいる。もう二度とオスカルにあんな思いはさせない。今度こそ絶対にだ。