そして31日目。
銀龍の凄まじい攻勢の中、リオンは傷ついた身体でネラと共に必死に耐える。
日は刻々と沈み行く。しかし、塔の鐘はまだ鳴らぬ。
(ジャルジェ家覚書ヨリ)

 最後まで残っていた鐘のある真ん中の塔が悲鳴のような音を立てた。
マズイ。魔法の効力が切れる音だ!

 「オスカル!」
 「左の塔の残がいだ!急げ!」

おれとオスカルは瓦礫の上を必死で走る。
塔が震えている。悲鳴がだんだんと小さくなる。

 「魔法で雨を降らせるぞ!」
オスカルが走りながらおれに言った。そうだ、塔が崩れたら粉塵が舞い上がり、きっと視界を確保する為に雨を降らせるだろう。そして、魔法を使う時は力をそちらに回す。だから攻撃力が落ちる。
日没まであと1時間。奴の力は確実に落ちてきている。だけど強い。ここでダメージを少しでも与えられたら何とか凌げる。

おれとオスカルが崩れた他の塔の残がいに隠れた時、悲鳴が消えた。
次の瞬間ゴオッという音。塔を見ると入り口が押しつぶされるようにそのままそこで折れる。まるでスローモーションのように倒れていく。
ものすごい音と同時に瓦礫の山に振動が伝わり、その瞬間白い粉塵が舞い上がり何も見えなくなる。

そしてすぐに雷鳴が響き、顔に冷たいものがぽつり、ぽつりと当たる。
それは次第に多くなって、あっという間に土砂降りになる。
激しい音、だけどこちらの動きも消してくれる。

 「チャンスだぞ。」
オスカルが呟いた。
 「ああ。絶好のチャンスだ。」
おれは黒龍の気配を探りながら答えた。多分これが・・・最後のチャンス。

鐘は鳴らない。まだ鐘は鳴らない。日没には・・・まだ早過ぎる。
だけど・・・

おれは隣を見た。オスカルの青い瞳がおれを見返して、笑った。おれは何とか左手を動かすとオスカルの手を掴んでしっかりと握った。オスカルもおれの手を握り返した。

銀の龍は言った。
 『良くぞここまで耐えた。それだけは賞賛に値する。だが、これが最後。』

おれはもう一度オスカルを見た。
オスカルが笑う。
おれもオスカルに笑う。
ああ、もうどうなったって・・・平気。
全然平気だ。
一緒だから、地獄の底でもどこへでもいける。

石畳の端にいたクレマンは、アランを捕まえると何か呪文を唱えた。
アランが気づくといつの間にか瓦礫の山の上に立っていた。二人から10メートルほどの距離。
すでにクレマンは走っていた。アランも慌てて2人にの元へ行こうとした。だか、2人の前に突然現れた黒龍が立ちはだかる。 クレマンは黒龍は対峙した。

 「お退きください。」
 『ならぬ!手を出せば総てが水の泡。』

アランが強行突破しようとする。その時、粉塵が舞い上がった。アランとクレマンは構わず優李と勇の元へ駆け寄った。彼らは折り重なるように倒れる二人を見つけ出すとクレマンが息があるかを確かめた。クレマンはアランに頷いて見せ、アランは剣を構えいつでも攻撃出来るようにして銀龍を睨みつけた。

しかし銀龍は踵を返し先程崩れ去った塔に向かって歩いていく。
銀龍は塔のあった辺りまで来ると瓦礫を見渡した。そして銀龍は何かに目を留めるとそれに向かってゆっくりと近づいた。銀龍は鋭い歯でそれを銜えると瓦礫から引っぱり出すとそれを爪で引っ掛け持ち上げると左右に振った。

それは鈍い音でカンカンと短く鳴った。銀龍はその音を聞くとそれを放り投げた。それはドサリという音と共に瓦礫に落ちた。銀龍はそれを確認すると振り返ってクレマン達を見た。

 『鐘は鳴った。31日目が終わったのだ。ここに167年前の約束が反故となった事を宣言する。』

クレマンは立ち上がると銀龍の目前まで進んだ。彼は暫くの間、何も言わず銀龍を見つめた。
それから片膝を立てて跪き深々と頭を下げた。

 「銀のお方のご厚情、心より・・・・」
声が震えて途切れた。彼は唇を引き締め、震えを抑えると再び口を開いた。
 「ご厚情心より、心より・・・感謝いたします。」

銀龍は答えなかった。代わりにクレマンの背後から黒龍の声が言った。

 『どんな苦難も障害も叩き伏せる、まことジャルジェ家最強の女性。前も、そして今も・・・』

それと同時に、2頭は消えた。それと共に瓦礫も消えてなくなり、そこには草原の草が風に揺れていた。