76
ずっと、ずっと会いたかった、見たかった顔があった。だけど!会いたくなかった。
おれは自分の身体を見た。血だらけの服、動かせるのは左腕だけ。
見せたくなかった、こんなの絶対に!
オスカルがおれに近づいて来る。おれは緊張した。
オスカルはおれの所まで来ると、膝をついておれを見た。
オスカルの瞳が揺れる、唇が震えているのが見て取れる。
見たくなかった。そんな顔!もうそんな顔、二度として欲しくなかったのに!
おれは、オスカルの顔を見ていられなくて顔を逸らした。
その時、オスカルの指がおれの包帯で隠された左目の部分に触れた。
震えてる・・・指。
「別に平気、どうもないよ。」
おれは笑った。ほんとだよオスカル。おまえの為ならおれ、全然平気。
「何が平気だ!何がどうもないだ!何故・・・そんな顔する?どうして・・・笑うのだ?」
「オスカル・・・」
「何故こんなことを?どうしてこんな馬鹿な事を!何故決闘など挑んだ!どうして!」
おれは答えられない。言えない。
「答えろ!アンドレ!」
「・・・龍と戦いたかっただけ。」
「ふざけるな!」
オスカルが叫ぶ。
「私が知らないとでも思っているのか!どうしてこんな・・・死ぬのだぞ!分かっているのか!」
分かってる。そんなこと分かってる。だけどおれ、それでいいんだ。
「何故決闘など挑んだ!答えろ!アンドレ!」
本当に言いたい事はいつも言えない。
「もう止せ。」
アランがオスカルを止めてくれた。それでもオスカルは何か言おうとした。
「さっきも血を吐いた、そんなに責めないでやってくれ。」
アランは言った。オスカルはおれを見て、それからすぐに目を逸らした。
風がかすかに吹いて、さわさわと草が揺れる音が聞こえる。音はそれだけだった。誰も何も言わなかった。
暫くして、アランがオスカルの肩に手を置いた。オスカルはアランを見ると黙ったまま首を振るとおれを見つめた。
だけどおれは何も言えない。言うべき言葉は・・・何も見つからない。だっておれは・・・
おれは結局、オスカルの為に何も出来なかったのだ。それどころか・・・・いつだって苦しめる事しか出来ないんだ。
「毎晩、夢を見た。」
視線を逸らして目を伏せたおれにオスカルは言った。
「おまえが傷だらけになって・・・・目を覚まさない夢。・・・・死ぬ夢だ。」
おれは驚いてオスカルの顔を見る。オスカルの顔が苦しそうに歪む。
夜中うなされていた夢、あれは・・・・おれが死ぬ夢?
「おまえが怪我をするたびに気が狂いそうになった。あんな辛い思いをするくらいなら自分が傷ついた方がましだ!その方がどれだけ楽か!」
オスカルは唇を噛んだ。オスカルの真っ青な瞳が揺れる。
「わたしの側に居たら死んでしまうかもしれない。それだけは・・・・」
震えるオスカルの声。
「絶対嫌だ・・・絶対に!そんなの絶対・・・」
声が途切れ途切れに続く。
「我慢して・・・わたしがどんな気持ちでおまえに・・・あんな酷い事を・・・言ったと・・・思ってる?それなのにおまえは・・・おまえは・・わたしの・・・わたしの気持ちなど少しも・・・」
オスカルはそれ以上続けられず俯いた。オスカルの目に涙が溜まって・・・溢れて落ちた。
「・・・おれ、おまえに笑って欲しかった。」
おれは言った。
「おまえが、我慢して辛い思いして・・・そんなのもう!見たくなかったんだ。だからおれ、だから・・・・」
その為ならどんなことでもする。
オスカルが顔を上げた。
「龍さえいなくなれば、きっといっぱい笑えて幸せになれる。だからおれ、おれ・・・・」
どんなことだって出来る、どうなったっていいんだ。たとえ死んだとしても。だから・・・
「おれ、おまえを護りたかったんだよ。」
「こんなことが? これがわたしを護ると?」
オスカルはおれに尋ねた。だけど答えられなかった。おれ知ってる。これがどんな馬鹿なことかなんて。だけどおれ・・・
「答えろ!これのどこがわたしを護る!」
おれは俯いた。
「答えろ!」
「・・・・」
「アンドレ!」
「・・・・おれに何が出来るの?他に出来る事なんて、何もないじゃん。」
答えた途端、胸倉をつかまれた。
「そんなこと考えてたのか!そんな馬鹿なことを!」
アランが慌てて止めようとしてくれたけど駄目だった。オスカルはおれの胸倉をつかんで叫んだ。
「おまえちゃんと護ってくれただろう!ちゃんとわたしのガードしてくれたろう!」
「止めろ、優李!」
「いつだって側にいてくれたろう!いつもわたしを見ててくれたろう!大丈夫だよって!笑ってくれたろう!助けてくれたろう!!」
「優李よせ!」
「おまえだけがわたしの外側を見なかった。おまえだけがわたしの考えてる事を解ってくれた。おまえだけがわたしを頼りにして・・・信じてくれた!“おまえすごいなあ” “どんな事があっても友達だ” “一緒にがんばろう”おまえだけ、おまえだけだ!」
おれを掴んでた腕の力が緩んだ。
「おまえだけだ。言ってくれたのは・・・おまえだけ。分ってくれたのは・・・おまえだけだ」
オスカルは俯いた。腕はもうおれの服を持ってるだけだった。
「おまえ、ちゃんと護ってくれたじゃないか!わたしを護ってくれた。こんなのじゃない!こんな風じゃない!!こんなの嫌だ!真っ平ごめんだ!こんなの・・・いらない。いるものか。わたしが望んだのは・・・こんなじゃない。こんなの・・・もしおまえが・・・死んで・・・」
オスカルの声が途切れる。また、瞳が涙でいっぱいになる。
「笑ってられると?わたしが出来ると?」
涙が溢れて・・・こぼれ落ちた。
おれは・・・
「おまえがいなくて・・・私が幸せになれると?本気で思っていたのか?」
オスカルがおれに尋ねる。
だけどおれ・・・
だってそう思ってた!本当にそう思ってた。
おれなんかいなくてもいいって、いらないんだって、必要ないって!
おれ思ってた。今までずっと。
「幸せになれると・・・思ってた。」
おれを掴んでた腕にまた力が入って、おれは殴られるかと思ったけどそれだけで、代わりに涙が
涙が止まらなくて・・・おれの顔にポトポトと落ちる。
「バ・・・・」
喋ろうとするけど涙が止まらなくて声が出ない、オスカル。
涙を手の甲で拭って、だけど少しも止まらなくて・・・・オスカル。
おれのオスカル。
「ごめん、オスカル、ごめん・・・ごめん、オスカル。ごめんね・・・」
オスカル、オスカル、オスカル。
おれ、おまえの為に何も出来ないのが死ぬほど嫌だった。だって怖かった。いらないって、必要ないって言われるのが一番恐ろしかった。おれ、おまえの事考えてるつもりだったけど、ホントは自分の事しか考えていなかったんだ。
どのくらい経ったか分らない。オスカルは涙を拭い取ると、すくと立ち上がった。
オスカルの瞳、さっきとは違っていた。きれいな青。明るいサファイヤの青。オスカルの本当の瞳の色だ。
「どんな事があってもわたしがおまえを護る。」
オスカルは言った。おれはオスカルの瞳があんまりきれいで見とれていたからすぐに言葉の意味が理解できなかった。だけど気づいて愕然とした。
「駄目だよ、オスカル!おまえ・・・」
咳き込む。しゃべれない。畜生、何でこんな時に!
咳が・・・止まらない、さっきまで止まってたのに!
どうして・・・
おれは咳き込みながらアランを見た。
「ア・・・」
「しゃべるな!大丈夫だぞ。」
アランは心配するなと言うようにおれを見るとオスカルに言った。
「俺がやる。勇には絶対手出しはさせない。俺に任せろ!」
「黙れ!わたしがアンドレを護る!」
オスカルが不意に背後を見上げた。そこにはいつの間にかクレマンが立っていた。
「アランに任せなさい。」
クレマンは言った。しかしオスカルはクレマンを睨みつけた。
「邪魔をするな!」
「邪魔をしているのはあなたですよ?」
「アランよりわたしの方が力は上だ。」
「自惚れるなよ、優李!」
アランが叫ぶ。クレマンがオスカルに優しく諭すように続ける。
「フラン、黒のお方は、勇と同じ目的を持ち、銀のお方の眼鏡にかなうなら、残りの7日間。共に闘う者を許そうといってくださいました。気持ちは分かります。ですが君では無理です。今回だけはアランに任せなさい。勇を見なさい。」
それからクレマンはおれを見ると“大丈夫ですよ”というように微笑んで、再びオスカルを見ると尋ねた。
「フラン、優先すべきは何ですか?分からないあなたではないでしょう?」
いきなりオスカルは立ち上がった。それからクレマンが止める間もなく叫んだ。
「いるのだろう?姿を現せ!」
その言葉が終わるよりも早く2頭は姿を表した。
アランとクレマンはオスカルの前に立ち塞がったが、銀龍はそれを無視した。
『娘よ、ようここまで来た。もう如何なるものから我がそなたを護ろう。』
それを聞いてオスカルは目を伏せた。
「・・・アンドレはどうなる?」
『そなたを苦しめるものからそなたを救う唯一の手段。それにより、その者も救う事ができる。』
「では、わたしが命を差し出せば・・・」
「おやめなさい!」 「優李!」
声は出せなかった。クレマンとアランが同時に叫んだ。
「わたしが死ねば、アンドレは助かるのか?」
オスカル駄目だ!そんなの絶対に!
『それがそなたの願いなら約束しよう。』
龍は言った。
「駄目だ!オ・・」
出せたのはそれだけ、声は音にならない。かわりに胸の中に何か溜まったものを、咳き込んで・・・吐いた。
何度か吐いて、ハンカチで血を拭き取ってくれたのはオスカルで・・・オスカルは真っ青で今にも倒れそうな顔でおれを見てた。
声を出そうとしたけれど出ない。おれはオスカルの腕を掴んだ。
オスカルはおれに笑う。大丈夫とでもいうように。だけどそんなの大丈夫じゃない!大丈夫であるものか!
さっき言ったじゃないか!おまえが言ったんだぞ!
『急がねば願いは叶えられぬぞ。我とて死者を生き返らせること適わぬ。』
左腕でオスカルの腕を掴む、出せる力の全てで。だけどオスカルはそっと微笑むと、おれの手を何の苦もなくはずすと立ち上がった。
おれは必死で声を出す。
「オ・・・カル。オ・・・・」
何で出ないんだよ、なんで・・・・なんで!
「・・・・先に逝かれるのはご免だ。」
オスカルはおれを見ずに小さく呟いた。何言ってるんだよオスカル!そんなの・・・お願いだ!オスカル!オスカル!オスカル!オスカル!
「フラン、あなたが死ねば勇も生きていません。」
クレマンは言った。オスカルはクレマンを見てそれからおれを見た。
そうだよ!おまえ無しでどうやって生きていられると?だからオスカル!オスカル!
「半身では生きられません。」
クレマンは強い口調で言った。それを聞いてオスカルはフッと笑った。
「そうだなクレマン。半身では生きられない。」
『さあ娘よ!』
銀龍が催促する。オスカルは、銀龍に向き直った。
『そなた自身の死を我に願え。』
声が出ない、止められない!オスカルお願いだから!お願いだから!
神様・・・どうか神様お願いです。オスカルを止めてください!お願いです。だめならおれを殺してください。今すぐに!すぐにです!お願いです、おれを殺してください!お願い・・・・
「アンドレの身体を元通りにしろ。」
オスカルは・・・
「聞こえなかったのか?」
オスカルは尋ねた。
「わたしはアンドレの目を腕を足を、傷のすべてを何もかも元通りにしろと言っているのだ。」
『何を言い出すかと思えば・・・・』
「黙れ!」
オスカルは銀龍を怒鳴りつけた。
「わたしを護るから命をよこせ?ふざけるな! わたしは護ってもらう必要などない!わたしはわたしを!自分で護れる!それにこの命はわたしだけのものだ。誰がお前の自由にさせるか!それからアンドレだ!アンドレはわたしのものだ!お前の勝手になどさせるものか!だからさっさと何もかも全て元通りにしろ!」
オスカルは銀龍に命令した。それが当然の権利だと言わんばかりに平然と、だけどそれは・・・
『ならば、そなた自身の死を願え。』
それを聞いてオスカルはクスリと笑った。
「お前、何も分かっていないのだなあ。」
オスカルは言った。それから何か言いかけた銀龍を押さえ込むようにして続けた。
「分らないのか!わたしはお前との戦いを望んでいるのだ!わたしは、共に闘う為にアンドレの身体を元通りにしろと言っているのだ!」
オスカルは高らかに宣言した。
「初代の血を引き力を持つ者が強く願った時、その願いは叶えられる。約束ではないのか?そしてこれは167年前の約束には背く事にならないはずだ!」
『そのような戯言聞き入れられると思うのか!』
「何が戯言だ!リオン・フランソワには馬がいた。これはそれと同じ事!」
『その者と我の闘い!そなたにその者の馬たる資格はない!』
「その通りだ。わたしではアンドレの馬にはなれない。」
『ならば・・・』
「なぜなら、アンドレがわたしの馬だからだ!」
オスカルはそういうと銀龍を睨みつけた。
「そもそもこの闘い、わたしとお前との闘いとなるはずだったのだ!今回の件は、主の不在中に馬が勝手に先走って戦っただけ。だから主であるわたしが、アンドレと共に新たに決闘を申し込む!」
『許されると思うのか!』
「馬と遊んでやれても、主のわたしと戦う勇気などないというのか!」
『笑止!』
「何故拒む?我が力に恐れをなし、戦いを拒むのか!」
『黙れ!』
「そうか!そこまで卑怯者の根性無しとは!呆れるの通り越して笑えるな。」
オスカルは如何にも馬鹿にした様子で銀龍に言った。
『決闘など許さぬ!』
「黙るのはそちらだろう!わたしは騎士だ!」
『我はそなたを護らねばならぬ!!』
「わたしは姫ではない!騎士だ!騎士は護る者、護られる者ではない!」
『許さぬ!』
「騎士に必要なのは剣と馬。それさえあれば戦える!」
『黙れ!』
「それさえあれば他は何もいらない!」
『黙らぬか!!』
「わたしは騎士だ!」
『黙れい!!!!』
「騎士が馬と共に闘いを申し込んだのだ!それでもお前は拒むのか!」
突然地面が揺れた。そしてもう一度。それは地震じゃなくて、黒龍がしっぽを地面に叩きつけたからで・・・・そして、切り裂くような声が響きわたった。
『見事な口上!ならばその願い、我が叶えよう!』
黒龍が言った。
2頭の龍の・・・双方の気がものすごい勢いで膨れ上がった。しかしすぐにそれはすぐに元に戻った。
銀龍はオスカルを見ると尋ねた。
『・・・・願いは一度だけ、これが最後。次はない!それでも望むか?』
「これがわたしのただ一つの願い!これ以上何を望む必要がある?」
オスカルは嬉しそうに答えた。
銀龍はオスカルをじっと見つめた。暫くして口を開くと重々しく言った。
『ならばその願い叶えよう。だが1ヶ月もの長き時間など与えず。続きの7日間で全てを終わらせて見せよう!』
それだけ言うと銀龍はすっと消えた。
おれは銀龍の消えた所を呆然として見つめた。その時、黒龍が厳かにオスカルに声をかけた。
『リオン・フランソワの血を引き力を受け継ぐ者の願い。我が叶えよう。』
おれはオスカルを見た。
オスカルは黒い龍の方へ近づくと、剣を地面に置いて一礼し片膝を付いた。するとゆっくり黒龍がオスカルに近づく。オスカルに触れんばかりに近づくと黒龍は言った。
『口上を。』
「黒のお方にお願い申しあげる。私はリオン・フランソワの血を引き力を受け継ぐ者。私が唯一望むもの。たった一つだけの願い。どうかお聞き届け下さい。」
『申せ。』
「アンドレを・・・・アンドレの身体を何もかも全て元通りにしてください。」
オスカルの言葉を聞くと黒龍は厳かに告げた。
『そなたの願いしかと聞き入れた。我はその者の傷の全てを癒そう。』
それを聞いてオスカルは顔をあげた。なんて嬉しそうな顔。・・・おれ・・・胸が詰まってまた涙が出そうになって懸命にこらえた。
「ありがとうございます、黒のお方。」
オスカルは黒龍に言った。すると黒龍はおれの方を向いた。
『体の再生はかなりの痛みが伴う。痛みは暫くすれば治まるだろう。それからもう一つ!自力でここを出ねばならぬ、分かっておるな?』
おれは頷いた。
次の瞬間激痛が走り・・・・・・畜・・・生・・・本・・・当に・・・
『あと7日、存分に闘われよ。』
黒龍がそういうのだけ聞こえて・・・・
「アンドレ、アンドレ!」
「大丈夫、気を失っただけです、この方が楽ですからね。じきに目覚めますよ。」
クレマンは、勇の様子を確かめて優李に言った。
それを聞いて優李はほっとした様子で勇を見つめた。
「目を覚ましても暫く痛みは続きます。ですが、2・3時間ほどで痛みは消えるでしょう。どちらにしろ目を覚ますまで動きは取れませんからその間に・・・」
クレマンはオスカルを見た。
「あなたという方は!なんという無茶をされたのです!私は報告を受けた時、寿命が50年は縮まる思いでしたよ!」
「黙れ!お前こそ何をしようとした!わたしよりお前のほうが数倍悪い!」
「いいますね。では、そもそも事の発端は何ですか?私が・・・いえ、私だけではありませんアーロンもです、あれほど言い聞かせたのに!!分かっていませんでしたね。それとも忘れたのですか?あなたは一人で立てるのですよ?あなたに必要なのは何ですか?」
優李は俯いた。
「わたしが絶対必要だと・・・離したくないと思うものだけだ。わたしは・・・臆病者だった。」
それから優李は顔を上げるとまっすぐ彼を見た。
「だが、もう違う!」
それを見てクレマンは満足げに頷いた。しかしすぐに厳しい表情に変わった。
「フラン。それを忘れてはなりませんよ。今度こそ絶対に。分かりましたね。」
「くどいぞ、クレマン。」
優李は彼を睨んだ。しかしクレマンは悲しげな表情をした。だがそれは一瞬ですぐに微笑むと頷いた。
「よろしい。それにしても見事な口上でした。あれを聞いては、止める気も何もかもきれいさっぱり失せましたよ。ねえ、アラン。」
アランは不機嫌そうに答えた。
「失せてませんよ。俺はしたかったのでね!・・・まったく!」
「すまなかったな、アラン。でもこれだけは譲るつもりはない。絶対だ!」
それを聞いてアランは少し悲しげに優李を見たがすぐに笑った。
「まあ仕方ない。それより忙しくなるな。お前の装備を揃えねばならないし・・・と、どうやら気がついたようだな。大丈夫か勇?」
アランは勇を見て言った。
「アンドレ、アンドレ。大丈夫か?」
オスカルの声、心配そうな。おれはオスカルを見て何とか笑いかけた。
「・・・ちょっと・・・待って・・・・・」
だけどそれ以上言えない。クソ、体中が・・・ズキズキ痛む。だけどさっきよりはまだいい。
「大丈夫・・・だよ。だけど、もう少し・・・休ませて。」
オスカルは頷いて、おれはもう一度笑いかけて目をつぶった。
それから・・・どの位経ったのか分らない。痛みは随分治まってきた。
目を開けると、オスカルは相変わらず心配そうな顔をしておれを見ている。
「もう大丈夫だよ。」
おれはオスカルに笑いかけた。するとオスカルはほっとしたように息をついた。
「オスカル・・・」
「なんだ?」
「聞いていいかな?」
「ああ。」
「おれっておまえの馬なの?」
するとオスカルはしっかりと頷いた。
「騎士には馬が絶対必要だ。馬がいなければ戦えないだろう?」
「それはそうだけど・・・・」
「坂本がそう言って・・・わたしもその通りだと思った。皆も、でかい図体で優しげに見えるが、おまえはじゃじゃ馬だから・・・」
「じゃじゃ馬って・・・なんだよそれは! 皆って警備の人達だな!」
「違う。」
「じゃあ誰だよ。」
「私の衛兵隊の兵士達だ。」
オスカルは自慢げに答えた。おれは訳が分からずオスカルを見たがオスカルは答えなかった。
その代わり 「わたしの馬では不服なのか?」 と、おれに尋ねた。
「いいや全然!だけど、ちょっと・・・・」
「どうやら痛みは少しは楽になったようですね。どんな感じですか?」
クレマンが言った言葉におれは頷いた。
「なにかこう・・・ばらばらになったのが、だんだんくっついて元に戻っているような感じがします。」
おれが答えるとクレマンは頷いた。
「では、そろそろ立ち上がれますね?」
その言葉に頷いて、おれは壁に手を掛けて何とか立ち上がる。
壁に手を置いてゆっくりと歩く。痛みはだいぶなくなって来たけれど、力がうまく入らない。一歩一歩ゆっくりと足を前へ出す、50メートル程の距離が異常に遠く感じる。途中で何度も立ち止まって・・・
あと、もう少し。・・・身体はふらつくが、歩く度に少しずつだけど楽になっていく気がする。
ようやく扉の近くまで来て、扉が開きっ放しになっているのではなく、扉が無くなっているのに気づいた。そしておれは外の様子を見て愕然とした。
何もなかった、何一つ。
中庭じゅうを覆いつくしていた真っ白な美しいつぼみのばらは跡形もなく消えていた。代わりに屋敷の警備の人たちがホースでひたすら水を撒いて水浸しにしていた。地面からは水蒸気が上がっていて、火山爆発が起こって溶岩が溶け出して何もかも飲み込んだ・・・そういった有様だった。
そして遠くからサイレンの音いくつも連なって微かに聞こえていた。
酷い。一体何があったんだ?
おれはオスカルを見た。するとオスカルは不機嫌におれを見返した。
「わたしではない。」
「そ、そう。」
それからおれはアランとクレマンを見た。
「あのサイレンは多分私ですが・・・」
「クレマン!何をやった!」
アランが叫んだ。クレマンは肩をすくめて見せた。
「不可抗力ですよ。生身のグリゴリーがオフィスまで来たのです。それでまあ・・・ですが、心配はありません。中途半端に半壊などさせていませんよ。保険が全額下りるようにビルごと全壊です。勿論死者も怪我人も出していませんからね。」
クレマンは大丈夫ですよという風に笑ったが、アランは全然大丈夫ではなかった。だけどアランは怒らなかった。すごく我慢しているのが手に取るように分かった。
「・・・・今回の件は、不可抗力だから許しましょう。だがこちらは・・・」
アランの声が震えた。あっ、マズイかも。
「不可抗力ですよ。不可抗力。君の為に!皆がんばったのですからねえ。」
クレマンはにニコニコと笑った。
意味は分からないが・・・この人はどうしてこんなにアランを怒らせるのが得意なんだろう?
「一体何があったのだ?」
アランが怒りを爆発させる寸前、絶妙のタイミングでオスカルがアランに尋ねた。
アランは開きかけた口を閉じてオスカルを見た。
「アラン。やったのはお前か?」
オスカルはアランに尋ねた。
「・・・・俺はな、もう少しでアルゴスに食われちまう所だったんだよ!」
アランは渋々答えた。オスカルが更に尋ねようと口を開きかけた時だった。
「違いますよ。」
クレマンが口を挟んだ。オスカルはクレマンを見た。
「これは総て私が丹精込めて作った魔法弾 【笑うしかないダブルオー】 の威力です。」
クレマンは威張って答えると自慢げに続けた。
「いい名前でしょう!使ったあと、あまりの威力に笑うしかないからこう名づけました。これは全てを蒸発させ灰すら残さない魔法ですが、使ったのはオリヴィエで魔法の心得など皆無ですからこんな中途半端な有様になったのです。ああ、勇。君にはしっかり自力で使いこなせるように教えて・・・」
「くれなくてもいいです。」
おれは即答した。
クレマンは何か言おうとして口を開きかけたが、それを遮ってアランが怒鳴りつけた。
「そんなろくでもない名前をつける前に!何故魔法内容の説明をしなかった!」
「おや?分かったら使う楽しみが半減するではありませんか!」
「クレマン、貴様という奴は・・・・」
「でもこれで中へは出入り自由です。何かあったら今度は・・・そうですね、もう水はさせませんから乱入ですよ。それも私と一緒です。嬉しいでしょう、アラン。」
クレマンが楽しそうに言った。アランはクレマンを睨んだ。
「あんたと一緒という所が気に入りませんが・・・仕方ない。」
アランはオスカルを見ると真面目な顔をして言った。
「危なくなったらすぐに行くからな。」
「心配するな。7日間など余裕だぞ。」
オスカルが笑って答えた。それを聞いてアランは苦笑した。
「まあいい。それより武器や防具の準備だな。どこぞの馬鹿はちっとも働かないからな!俺は今日も明日も明後日もずっと残業だぜ。まったく!」
アランはそう言ってクレマンを睨んだ。しかしクレマンはニコニコ笑うだけで、それからすぐにおれを見て言った。
「さあ、勇。外へ出ましょう。あと一歩ですよ。」
クレマンに促されておれは足を踏み出して外へ出ると、ラソンヌ先生と数人の白衣を着た人たちが待ち構えていた。おれはすぐに担架に載せられた。
「明日から一緒だからな。」
オスカルは笑った。おれもオスカルに笑いかけた。
「すごく頼りにしてるよ、オスカル。」
「ああ、任せておけ!」
オスカルは嬉しそうに答えた。
| back | pretended story 1 | next |