龍が消えるとクレマンは小さく溜息をついて――― アランは慌てて倒れかけたクレマンを支えようとしたが、クレマンはそれを拒んだ。しかしアランは構わず彼を支えた。

 「負うた子に助けられるとは何たる体たらく。」
クレマンは余程嫌だったのか不機嫌な面持ちを隠そうともせず呟いた。
アランも負けずに不機嫌に言い返す。
 「年寄りが年寄りらしくしていないからそういうことになる!あんた自分をいくつだと思ってるんだ。」
 「年の話は結構。不本意ですが仕方ありません。少しの間だけですよ。」

クレマンはそう言って目を伏せると瞑想するような表情をして何かさらさらした言葉を呟き深呼吸を一回だけした。それから目を開けるとアランに向かって 「もう大丈夫ですよ。」 と答えた。
アランは心配そうに彼を見つめていたが、クレマンは彼に微笑んだのでようやく手を離した。

クレマンは横たわる勇に近づくと跪いて彼の様子を確かめ、掌をかざし先程と同じようにさらさらした言葉を操り呪文を唱えた。
 「気休め程度ですが、少しは痛みから開放されるでしょう。」
まだ気を失っている勇を見つめて彼は言った。

 「・・・クレマン。」
 「なんですか?アラン。」
 「先の約束とは何ですか?」
アランは尋ねた。しかしクレマンは答えなかった。
 「ここなら話しても問題ない!」
アランは重ねて尋ねた。
 「先の約束とは“切り札”の事でしょう。黒龍のあの口ぶりでは優李を助けてやるつもりだった。何故それが駄目になったのです!」
しかしクレマンは沈黙を守ったままだった。

 「クレマン!」
 「もう、済んだことです。」
 「なら問題ない!」
アランは叫んだ。
 「“切り札”とは何だ!オスカル・フランソワは何に耐えたのだ!」
クレマンは沈黙したままだった。
 「教えてください!彼女は何を願ったのだ!」

クレマンは小さく息を付いた。
 「彼女ではありません。」
彼は答えるとアランを見た。
 「オスカル・フランソワには何も願えなかったのです。」
 「では誰が願ったのだ!」
 「・・・」

 「クレマン!」

 「オスカル・フランソワの父親と彼女の姉達です。」
 「父親?あの極悪非道の?」
 「レニエ・フランソワはあえて汚名を被ったのですよ。」
 「どういう意味です?」

アランが尋ねたがクレマンは答えずに視線を勇に移した。
彼は何も言わず黙ったまま勇を見つめた。

 「・・・彼らは龍達に何を願ったのです?」
暫くしてアランは尋ねた。
 「オスカル・フランソワとアンドレ・グランディエ、二人の転生です。今度こそ幸せな人生を歩めるように。」
クレマンは視線を勇に向けたまま答えた。
 「ならば“先の約束が絶対”だ!」
クレマンは目を伏せた。
 「それなのに何故銀龍は優李を殺そうとする!」 アランは叫んだ。

 「“探せ!探し出せ!アンドレ・グランディエを必ず見つけ出せ!もしも再び二人が出会い、そして娘が何があろうともその者を側に置き続けるのであれば、150年前の約束の範疇にあらず。昔と同じように一人で立てる強い娘なら彼と共にどんな苦難も障害も叩き伏せ、今度こそ、誠ジャルジェ家の当主となるであろう。” 」

クレマンは視線を上げるとアランを見た。
 「フランが生まれた時、銀と黒のお二方は仰いました。」
 「ならば!!」
 「何があろうとも側に置き続けるのであれば。」
クレマンは言って、アランを見た。アランはクレマンを見返した。

 「先の約束が絶対です。それが履行されなければ次の約束が有効になります。」
 「側にいない、ただそれだけのことで?」
 「それが約束の要です。これがなければ転生など何の意味もない。」
 「関係ない!側にいようといまいと、こいつは持てる力の総てで優李を護る!」
 「そう、持てる総てでね。」
クレマンは悲しげにアランに微笑んだ。

 「昔の勇には、アンドレ・グランディエは力どころか何もありませんでした。それどころかガードとして彼女を護る力さえも怪しかった。」
 「まさかそんな・・・」
 「その上、目を悪くしていた。死の直前には、視力が低下してよく見えていなかった、失明目前だった。」
アランは呆然とクレマンを見つめた。クレマンは勇を見た。

 「本当に何もなかった。それでも護ろうとした。」
 「それではガードなど無理だ!」
 「いいえ、アンドレ・グランディエはオスカル・フランソワを全てのものから護りました。死ぬまではね。」
 「何を言ってるんだ!護れるはずがないだろう!護る力がなくてどうしてガードが勤まるのだ!」
アランは叫んだ。クレマンは勇からアランに視線を移した。

 「勇が臨時のガードをしていた時はどうでした?」
 「勇にはちゃんと力があった!」
 「ならば、アーロンは?私は?君でもいいはずですよ、アラン。力だけなら他にもいるはずです。」
 「だが!」

アランにクレマンは優しく尋ねた。
 「ジャンヌからの報告書には君も全て目を通していたでしょう? 君が日本でフランに会った時の様子はどうでした?どれだけフランは変わりましたか?君にはちゃんと分かっているはずですよ、アラン。」
アランは何も言わず黙ってクレマンを見つめた。クレマンは勇を見た。
 「そう、勇さえいればフランはいつでも前を見ていられます。いるだけでよかった、そうすれば・・・彼女はいくらでも強くなれた。」
 「・・・・勇に力などない方がよかったと?」

アランの問いにクレマンは悲しげに微笑んだだけで答えなかった。
風が吹いて、さわさわと草が鳴った。暫くして音が止み、クレマンは再び話し始めた。

 「あらゆる手を尽くして彼を探しましたが、アンドレは見つかりませんでした。とうとうムシューは、黒い髪の男の絵を一般公開することに決めたのです。それにどれだけの危険を伴うかは分かっていました。先の約束については知られていませんでしたが、フランがオスカル・フランソワの生まれ変わりである事は知られていましたし、その上、アンドレまでもが転生していた事実を知れば親族の方々、特にゲメネ様は・・・」
 「奴ならどんな手段を使っても必ず勇を殺す。」
アランの言葉に、クレマンは頷いた。
 「ですがあと3年、もう時間がありませんでした。」

また風が微かに吹いて、さわさわと鳴った。クレマンはアランを見た。

 「・・・あとはこの前君に話した通りですよ。」
 「何故教えてくれなかったのです!いや!俺などどうでもいい!どうして二人に話さなかったのですか!」
クレマンは悲しげにアランを見た。
 「記憶がありません。」
 「ですが勇は!あいつは調べて、知ってここへ来たのでしょう!あいつだけには話をすべきだった!」
 「記憶にない事柄など所詮は他人事です。それでなくても初めて会った時の勇は、オスカルとは二度と関わらない、関わりたくないと固く心に決めていたのですよ。」

アランは驚いてクレマンを見た。彼が笑ったので、アランはクレマンを睨んだ。
 「負荷をかけて調べましたね。」
 「気づかれない位、ほんの少しだけですよ。あとは誘導尋問です。あの時は・・・黒のお方が勇の側から離れなくてね。勇はそちらに気を取られていたので、関係ない話や質問をして表に出る感情を読んだだけです。彼の性格の基本の要素です。」
クレマンは勇を見た。

 「私が読んだ性格、それから調査の報告書と母親の話。難しいと思いました。たとえ話したところでガードなど引き受けません。ですから策を弄す必要がありました。」
 「いいえ、そんな必要はなかった!」
アランは思わず叫んだ。
 「ええ、今なら分る。彼のオスカルに対する激情は――あれは過去が状況が酷すぎた。追い詰められて、その結果現れたものだと――あれは彼の本来の姿ではないと見誤った。これこそが彼の本質なのに、この私ですら騙されたのです。」
彼はふぅと小さく息をついた。

 「板倉から勇が臨時のガードを引き受けたと聞いて、暫く様子を見ることにしました。ジャンヌから報告を受けて・・・総てが杞憂だったと分かりました。これで先の約束が守られて、何もかもが総てがうまくいくはずでした。勇を辞めさせるという連絡を受けるまではね。」
 「板倉が全部ぶち壊しやがった!」
 「その前にフランが決めてしまった。」
クレマンは答えると悲しげに微笑んだ。

 「私はね、フランが勇を手放すはずがないと、彼を失う恐怖があるからこそ・・・どんな事があっても側に置き続けると思い込んでいたのですよ。私は彼女の恐怖に気づいてやらねばならなかったのです。」
クレマンはそう言うと目を伏せた。

アランはその様子を暫く見つめていたが、徐に口を開いた。
 「クレマン、俺が銀龍と戦います。」
クレマンは苦笑した。
 「駄目ですよ、アラン。」
 「俺がします。」
 「君には無理です。」
 「なら年寄りのあんたは尚更です!引っ込んでいなさい。」
 「目的の一致が必要です。」
 「ならば問題ない。」
 「いいえ。二人を助けたいという気持ちだけでは無理なのですよアラン。」
 「ならあんたはどうなんだ!」
 「私には昔の事があります。」
クレマンは答えるとニッコリと笑った。しかしアランは引かなかった。

 「ああ。俺はあんたのような目には遭っていない。だが、これだけは譲れない!絶対だ。」
 「無理ですよアラン。君の動機では余りにも弱すぎる。他にもっと強い・・・」
 「もう一つある。」
アランは言った。クレマンは不思議そうにアランを見た。
 「もう一つ?なんですかアラン?」
アランはクレマンを見つめたまま答えなかった。クレマンは更に尋ねた。
 「返事が有りませんよ?どうしましたか。」

 「・・・勇と同じ理由です。」
アランはクレマンを睨みつけたまま答えた。
 「なんですかそれは?」
クレマンは重ねて尋ねた。
 「・・・・優李の為です。」
アランは答えた。それを聞くと、クレマンは首を振った。
 「なら私もですよ。それでは私の方が動機がありますねえ。やはり君には・・・」

 「惚れた女の為だ!愛した女の為だ!」

アランが叫んだ。するとクレマンはいきなりアランを抱きしめた。
 「な・・・」
 「ようやく言えましたねえ。言えましたねえ。よく言えましたねえ。本当にとうとう・・・・」
 「ば・・・馬鹿!!は、離しやがれ!」
アランはクレマンの抱擁から逃がれると彼を睨んだ。
しかしクレマンはニコニコしながらアランを見た。
 「私はとても嬉しいですよ。アラン。」
 「うるせえ!この馬鹿!」

アランは叫ぶと言った。
 「そんなことはどうでもいいんだ!俺に任せろ。」
 「それは駄目です。」
 「あと7日、俺が勇のかわりに銀龍と戦う!さっさと黒龍を呼び出せ!」
 「銀のお方は力をセーブしません。今度こそ全力です。勇どころか、君の命すら危ないのですよ。」
 「それがどうした!」
 「君の力では到底無理だということです。」
 「俺がいつ全力使ってる所を見せた?7日など余裕だ!勇を護りきって見せる!」
 「ほう、余裕ですか?」
 「ああ!だから俺にさせろ!!」
 「駄目です。」
 「勇だけはどんなことがあっても守る!」
 「・・・・・・・」
 「必ず守ってみせる!お願いだ!クレマン!」

アランは叫んだ。クレマンはアランを真剣なまなざしでじっと見つめた。
 「では君は?」
クレマンはアランに尋ねた。アランはクレマンを睨んだ。

 「俺の話なんぞしちゃいない!」
 「君に何かあったらどうするのです?」
 「だから俺は関係ないって言ってるだろうが!」
 「分からないのですか?君に何かあったらフランが泣きますよ?」
 「心配ない。」
アランは自信ありげに言った。それを見てクレマンは呆れた様子で尋ねた。

 「言い切りましたね?」
 「当前だろう。こいつがいるんだ。」
アランは勇を見て答えた。
 「だから何の問題もない。」
アランの言葉にクレマンは嬉しそうに笑った。アランは不可解な顔をしてクレマンを見た。

 「何がおかしい?」
 「フランス人は恋こそ全てという人種ですが・・・うふふ。不器用ですねえ。いえいえ、そこがいい。最高です!素晴らしい!なんてかわいいんでしょう!」
 「か・・・・」
 「君は子供の頃からそういう所だけはいじらしくて愛らしくて・・・ディアンヌも可愛かったが、私としては君の方がずっと可愛らしくてねえ。もう、かわいいったら・・・」
アランはクレマンが自分を抱きしめようと差し出した手を払いのけると 「いい加減にしろ!この馬鹿!」 とクレマンを怒鳴りつけた。

 「人が真面目に話しているのに、何だそれは!俺は・・・・」
 「分かりますよアラン。私も同じでしたからね。」
アランは怪訝そうにクレマンを見た。
しかし、クレマンは微笑んだけだった。彼は笑うのを止めると口を開いた。
 「私達はお二方と同じです。力に頼るしか術がない。それが相手に苦しみだけしか与えないとしてもそれしか出来ないのですよ。」

「・・・て・・・」

二人はすぐに気づいて、急いで勇の元に寄って膝を折った。
 「勇、勇、もう大丈夫ですよ。」
クレマンは優しく勇に微笑んだ。
 「オスカルを助けて・・・お願い・・・助けて・・・お願い・・・オスカルが・・・オスカルが・・・助けて!助け・・・」
勇は咳き込んだ。

 「落ち着いて!大丈夫です!落ち着きなさい!安心して!大丈夫ですよ、分かりますか?ええ、落ち着きなさい勇。そう、まず静かに。落ち着いて。」
クレマンは勇が落ち着つくのを待って、それから口を開いた。

 「大丈夫、24日目が終わりましたよ。あと7日です。」
クレマンの言葉に勇はやっと安心したのか緊張した表情が緩んだ。
 「勇、よく聞きなさい。あと残り7日間です。ですが君にはもう無理です。」
 「駄目だ!駄目・・・」

勇は左腕で必死にクレマンの腕を掴んで言った。しかしその腕には力はほとんど入っておらず、クレマンは子供を抱きかかえるようにして勇をなだめた。

 「勇!フランは大丈夫ですよ。お聞きなさい!大丈夫です!落ち着いて!ですから、アランが君と一緒に戦います。」
アランは驚いた様子でクレマンを見た。クレマンはちらりとアランを見て頷くと勇に微笑んだ。
勇はアランを見た。

 「勇、心配するな。任せておけ。」
アランは安心しろというように笑った。
勇はクレマンの顔を見た。

 「銀のお方の眼鏡に適えば、君の替わりに闘う事が許されるそうです。ですがその間、君はこのままの状態で一緒に戦わねばなりません。アランは何としても君を護って7日間戦います。だから君はどんなことがあっても耐えなければなりません。分かりますか?」
勇のクレマンの腕を掴んだ左腕にわずかだけ力が入った。
 「お願いします。おれ・・・死んでもいいから・・・」

 「死ぬのは許しません!フランは今、君に会う為にフランスにいるのですよ!」

勇はあっけに取られてクレマンを見つめた。クレマンは苦笑した。
 「決闘の件はフランに知られてしまいました。フランは家を飛び出して、例の組織の者達をなぎ倒し、君に会う為にフランスまでやって来たのですよ。ああ、何も言わなくて結構。黙って聞きなさい。昨夜君は、情けない事をぐちゃぐちゃといいましたが、」
クレマンは勇に言った。

 「その件については、自分の耳でフランの本心をしっかりとお聞きなさい。その後なら、どうしようが君の勝手です。好きなようになさい。もし死ぬ気ならその時はお手伝いしてあげましょう。死のバリエーションはいくらでもあります。君に最もふさわしい死を、私が選んであげましょう。」
クレマンはぞっとするような笑みを浮かべた。しかしすぐに厳しい表情に変わると勇に言った。

 「総ては彼女に会ってからです。それまでは、死ぬのは許しません。絶対に許しません!」

それだけ言うと、クレマンはまた表情を変えた。
それは微かな変化だったが、アランはクレマンの様子を気取り、何らかの連絡がクレマンだけにもたらされたのだと気づいて彼を見つめた。案の定すぐにクレマンからアランに伝えられた。

 フランが列車から消えました。状況が分かり次第連絡を入れます。それまで勇を頼みます。

アランは頭の中に直接話し掛けられた言葉に、表情を変えず頭の中だけで頷いた。
クレマンは勇を見ると笑った。
 「話す事は沢山ありますが・・・今はこのぐらいにしておきましょう。それよりまずは傷の手当です。今専門の医療スタッフを集めています。この中へ入れる医者となると限られているのでね。少し時間は掛かるが待っていてください。分かりましたか?」
 「はい。」 勇は小さく答えた。
クレマンは立ち上がるとアランに言った。
 「頼みますよ、アラン。」
それだけ言うとクレマンは急いで外へ出て行った。

 「本当はここから出してやりたいが、自力で出ないとその時点で決闘は無効になって奴が引き裂きに来るからな。クレマンが医者を連れてくるまで我慢してくれよ。」
クレマンが外へ出て行くとアランはおれに言った。
声を出そうとして・・・うまく出ない。何か喉に・・・
それから咳き込んで、詰まっていたものが吐き出せた。
アランが慌てて何かでそれを拭ってくれた。

 「もういい、喋るな。」
 「大丈夫、ちょっと楽に・・・・なった。ずっと詰まってて声が・・・出にくかったから、楽になった。」
 「この姿勢で楽か?」
おれは頷いた。アランは頷いてそれから何か思い出したよう顔をしておれを見た。
 「あのな、日本語で構わないぞ。ここでは何語で話そうが通じるからな。」
その言葉におれはアランが話している言葉がフランス語なのに気づいた。
 「心話に近い。だが、心の中が読めるわけじゃねえからな、心配するな。」
おれは 「分った。」 と日本語で返事をした。アランは黙って頷いた。

 「・・・ありがとう。それから、“オスカル”・・・銃。すごいよ。あれが無ければおれ・・・」
 「役に立ったんならそれでいい!おいおい!なんて顔してやがるんだ。」
 「アラン・・・」
 「どうした?」
 「アランおれ・・・いいから。」
おれじゃもう・・・だめだ。
 「お願いします。オスカルを助けて!おれ、いいから・・・だから・・・」

 「もういい、喋るなこの馬鹿が。」

アランの声、ひどく優しくて・・・おれは情けない気持ちになって黙り込んだ。アランは笑った。
 「あのな、悪いが俺は強いんだぜ?それにお前、クレマンの話を聞いたろう?優李は全部知っちまったんだぞ。」
 「だけどアラン・・・」
言葉にしようとしたが、どう話していいのか分からなくておれは黙って目を逸らした。

 「お前が死ぬのは無しだ、絶対な。俺がお前の馬になるから7日間がんばるんだぞ。」
馬?おれは何の事か分からず顔を上げると、アランが面白そうにおれを見てた。
 「昔はな、馬と共に戦ったろう?だから馬だけは許されるとさ。で、俺が馬のかわりだ。お前は俺と7日間石にかじりついたって生き残るんだ!どんなことがあってもだ。分かったな。」
アランはそう言って安心しろという風に笑った。
だけど・・・

 「情けない顔をしやがって!俺じゃ駄目だと思ってるのか?」
アランの不機嫌な声。おれは慌てて叫んだ。
 「そうじゃない!そうじゃなくて!」
 「なら何だ?」
 「アラン・・・おれ、会いたくないよ。」
 「優李にか?」
おれは頷いた。
 「だってこんなの・・・」

声が詰まった。考えただけでどうかなりそうだ。オスカル、きっとまた・・・辛そうな顔、泣き出しそうに・・・

 「こんな有様は見られたくない、か。まあ気持ちは分からんでもない。優李はカンカンに怒るだろうからな。」
 「そんなのいい、そうじゃなくて。」
 「その後きっと泣くな、切ながって。」
アランは少し情けないような顔をして見せた。おれは目を伏せた。
 「・・・・だからだよ。」
 「怒りたい時は怒って、辛い時は泣くもんだ。」
 「だけど!だけどおれ・・・見たくないよ。もう沢山だよ!」
 「だが泣いた方がいい。辛いんだったら泣くのがいい。泣けないよりはいい。」
 「だけど!」
 「泣けなくなったらお終いだ。」
 「お終いって・・・アラン。」
 「お前が死んだら出来なくなる。」

おれは訳が分からずアランを見た。アランは一瞬呆れたような顔をしたがすぐに苦笑した。
 「分からんのか。お前は・・・そうかもしれんな。」
 「アラン?」
 「泣けないのは酷いものさ。あれほど酷い有様はないんだぞ。」
アランはどこか遠くを見るようなまなざしをした。

 「“大丈夫だ” 分かるか勇、その言葉の意味が? 拒絶さ、徹底的な拒否。差し出される手は何もならない。誰の手も必要としていない。救える奴はいないんだ。先に待っているのは・・・壊れていくだけだ。ぼろぼろになって・・・それでも“大丈夫だ” 」
アランは悲しそうに笑った。
 「誰もがそれを分かっているのに何も出来ない無力感は・・・酷いものさ。」

 「アラン、オスカルはそんな風にならない。そりゃあ、そういうところはあるかもしれない。だけど!」
 「もしお前が死んだらそうなるんだ。」
 「ならないよ!」
おれは否定した。
 「だって!そんなの・・・なるわけないじゃん。そんなの・・・・ありえないよ。」
するとアランは呆れたようにおれを見た。
 「お前は本当に!どうしようもない奴だな。」
 「おれの何処がどうしようもないんだよ?」
おれは上目遣いにアランを見ると、アランはまた苦笑した。

 「いいか、お前だけには泣く。わがまま言って好き勝手だ。お前だけにはそうする。で、お前が死んだらどうなる?誰がそれをする?」
 「・・・昂さんがいる。」
 「阿呆か!何の役にもたちゃしねえよ。気を使ってるのが分からないか?」
 「それは心配かけたくないからだよ!オスカルは優しいから・・・」
 「それで“大丈夫だ”なら同じだろうが。昂なぞ駄目だ、話にならん。お前の代わりになぞなるか、馬鹿。」
おれはアランを見た。
 「お前だけだ。」
アランは言った。

 「優李はお前を必要としてるんだぜ。そりゃお前は優李が切ながって辛い思いしてる所ばかり見ることになるかもしれないが・・・」
アランは笑った。
 「いいじゃないか、それで。」

おれは目を伏せた。
 「それが・・おれの役目?」
 「ああ。お前しか出来ないな。」
 「どんなに辛くても?」
 「昔はずっとそうしてたんだろう?今更言うか?」
 「昔のことなんて・・・」
 「記憶にはないかもしれないが、お前は知っているだろうが。」
 「・・・・」
 「違うのか?」
 「・・・だけど、アラン。」
おれは続けられず口篭った。

 「辛いのはもう沢山か?」
アランがおれの目を覗き込むようにして尋ねた。おれは慌てて訂正した。
 「そうじゃない!そうじゃないんだ!」
 「じゃあなんだ?」
おれは俯いた。
 「どうした?」
アランの優しい声。

 「おれ、4ヶ月だけの臨時のガードだったんだよ。」
 「だからなんだ?」
 「オスカルは・・・おれなんか必要ないと思う。」
 「・・・怖いのか?」
おれは答えなかった。

 「まったくお前は!妙に強気な所があるくせに、優李が絡むとどうしようもないな!」
 「・・・・・」
 「ああ、もういい。分かった、分かった。もう何も言わねえよ。俺じゃ何を言っても無駄だからな。とにかくだ。あと7日間だぞ。お前俺と初めて会った時に言ったろう? “腕が足が千切れようとかまやしない” と。 いいか忘れるなよ。何があってもあと7日。俺と一緒にがんばるんだぞ。」
 「・・・・ごめん、アラン。」
 「辛気臭いぞ。ほれ!しゃきっとしろしゃきっと!」
おれは顔を上げてアランを見た。

 「ごめん、アラン。」
 「だからそんな情けない顔をするんじゃない!」
 「だけどアラン。アランは・・・全然関係ないのに・・・」
おれなんかの為に・・・

 「まったくよお、ガキはこれだから困る。」
 「だけど・・・」
 「ああもういい!うっとおしい!俺はお前の為にやるんじゃない。だからもうグチグチ言うんじゃねえよ!」
 「だけど!危険なんだよ!もしかしたら・・・・」
 「クドい奴だなあ!お前にはそうかもしれないが俺にはどうって事はないんだ!」
 「だけどおれなんかの為に・・・」
 「だから言ったろうが!俺には他にも理由が・・・」
 「他にも?」
アランは口をへの字に曲げた。

 「・・・なんだっていいだろう?」
 「やっぱおれが・・・・」
 「だから!違うって言ってるだろうが!」

アランは叫んで、それからすぐに決まり悪そうな顔をした。
そして、おれを見ると仕方ないという様子をした。
 「優李の為だ。」
アランは答えた。それから急いで付け加えた。
 「俺はあいつが本当のガキの頃から知ってるし、臨時でガードも何度かしてる。弟みたいなものだからな。」
アランは更に続けた。
 「つまりそういう訳だ。だから俺は・・・」
おれはアランを見つめた。アランは口篭った。
 「アラン・・・」

アランは少し情けないような顔をした。だけどそれはすぐに消えた。
優しい顔だった。前にも見たことがある。

 「・・・笑ってくれりゃ、それでいいんだ。俺はそれでいいんだよ。」

アランの声。
そうだ、携帯の・・・あの時と同じだ。
ああ!どうして気づかなかったのだろう!おれは馬鹿だ。

 「何だその顔は?」
アランはおれを睨んだ。
 「・・・ごめん。」
おれとアランは一緒なんだ。
 「何故謝るんだ?」
アランはオスカルが好きなんだ。
 「・・・ごめん。」
 「お前・・・何か勘違いしてるんじゃなねえか?俺はガキには興味ない。ガキはお断りだ。」
何が“ガキはお断りだ”だよ。馬鹿だよアラン。おれなんかよりもっと馬鹿だ。
 「うん。」

アランは黙り込むとぷいとそっぽを向いた。
 「まったく!今日は最悪の日だぜ。クレマンのクソジジイには言わされるわ、ガキには謝られる!」
アランはどうしようもないという様子で言った。

 「いいか、深くは考えるなよ。男は女を護るんだ。まあ優李には通じやしないだろうが・・・・」

 「当たり前だ!そんなもの通じるか!理解できるか!」

どこでだってすぐに分かる。
低くてだけど澄んでよく響く声。一度だって忘れた事はない。ずっとずっと聞きたかった。だけど、そんな・・・
 「なんでお前がここに・・・バカヤロウ!誰が連れて来た!」
アランが叫んだ。

 「黙れ、アラン!」

壁の影から人影が浮かび上がる。
薄闇の中、最初にけむるような黄金の色が浮ぶ。それは黄金の髪。
そして手に持つのは細く長いもの。おれは知っている。銀龍と戦う為のもの、白い剣。
持っているのはそれだけ、他に何もない。

 「アラン、何故お前がアンドレと一緒に龍と戦うのだ?」
真っ青なサファイヤの瞳はこれ以上ないくらいの怒りを溜めている。
 「誰が戦っていいと言ったのだ!」
声は続いた。

 「銀龍と戦うのはこのわたし、オスカル・フランソワだ!」