『気配を残せ!何でもいい、急げ!』

鍵を閉めた途端、芋虫のような使い魔が現れて召喚者である男の声が叫んだ。優李は急いで目の前にあった鏡に触れて“気”を載せた。
それを終えた瞬間、使い魔の鼻先にある黒い点のようなものが伸び広がって優李の体の大きさ程に広がったかと思うと景色は一変した。真っ暗だった。それと寒さ。

 『気配を抑えろ。オレがいいというまで心話も駄目だ。列車から離れろ。まっすぐ進め。』
男の声がした。優李は気づいて振り返った。すると2、30m程離れた場所に停車中の列車があった。
 『急げ!』
再び声がして、優李は急いで列車と反対側へ向かって走った。  

 『もっと右だ!右!』
使い魔の男の声がして、優李は気配に気を配りながら右側へ走った。
 『そうだ、それでいい!走れ!』

優李の頭に声が響く。優李は真っ暗闇の中を走った。周囲は真っ暗で何処をどう走っているのか見当もつかない。優李は空を見上げた。雲の間から所々星が覗いているのが分る。しかし月は見当たらなかった。空気は刺すようなに冷たかった。手も足もキリキリと痛んだ。

 『走れ!走れ!』
また使い魔の男の声がした。
 『走れ!走れ!』
優李の走る速度が落ちると声が響く。息が切れ切れになり、それでも彼女は必死で走った。

彼女は言われるまま走り続けた。どの位の距離をどう走ったのか、見当もつかなかった。呼吸をするたびに肺が痛む。優李のもうこれ以上は走れないと思った頃、 『少し休んでいいぞ。』 と声がした。それと同時に使い魔が現れた。
彼女は両膝を手で押さえるようにしてハアハアと切れる息を整えながら心話で尋ねた。

 『一体何があったのだ?急に列車が止まったぞ。』
 『占い師の配下だろう。それにしても危ない所だった。』
 『何か・・・遮断壁のようなものが張られようとした。それとも結界か?』
優李は先程のトイレでの様子を思い出して尋ねた。

 『檻だ。』
 『檻?』
 『そんなものだと思ってくれればいい。とにかく危機一髪だった。コイツが隊長を飲み込めていなければ今頃は占い師とご対面だったかもしれない。そうだ!コイツはちゃんと飲み込めたろう?』
 『ああ。気がついたら列車の外だったから驚いたぞ。』
 『もう少し長く飲み込めていられればよかったが、剣と一緒という訳にはいかないからな。いくら隊長が無垢できれいでも飲み込めるのはあれが限界だ。』
男の言葉に優李は少しむっとして言い返した。

 『・・・皮肉にしか聞こえないが?』
不機嫌な優李の声を聞くと、使い魔の男の声はくくくっと笑った。
 『そんなつもりはないさ。さて、あと500m程進むと道路に出る。もう少ししたら明かりが見える。左側に注意しながら進め。』
優李は頷くと歩き始めた。暫くすると前方に小さな光が見えた。それは少しずつ大きくなった。

 『あれだ。』
優李はほっとしたように息を付くと急いだ。暫くするとアスファルトらしき感触がした。優李は止まると光の方向を見た。光は2つあった。それは次第に眩しくなり、車のライトだと分る。車はどんどん近づき、優李のすぐ手前で止まるとすぐに窓が開いて若い女性の声が日本語で叫んだ。

 「急いで!早く乗ってください!」
優李は慌てて自動車に走り寄り助手席のドアを明けると車に乗り込むと急いでドアを閉めた。
 「シートベルトをしてください!」

優李は急いでシートベルトをした。
その途端、自動車は急ターンをして、すごい勢いで走り出した。

 「ほんのちょっとだけ飛ばしますね。」
 「あ、ああ。」

優李は返事をしてその女性を見つめた。自分と同じくらいか、それよりもっと若くみえる女性は、ブロンドの髪をリボンでまとめて後で縛っており、大きな空色の目はまっすぐ前方に向けられていた。
スピードがあっという間に上がった。優李はメーターを見た。メーターは130キロの目盛りを差していた。

 「ごめんなさい。この車、あんまりスピードでないから。」
 「いや、そうでもないと思う・・・ロザリーさん。」
 「ロザリーでいいわ。優李さん。」

そう言ってロザリーは優李をちらりと見ると、いきなり涙目になったので、優李は慌てて尋ねた。
 「ロザリー、どこか具合でも悪いのか?」
ロザリーは笑うと膝に置いてあったハンカチを取ると目頭を拭いた。

 「まさかお会い出来るなんて考えてもいなかったから・・・ごめんなさい、私っていつもこうなの。ベルナールにも言われるんですけど。」
 「ベルナール?」
優李の問いかけにロザリーは恥ずかしげに笑った。

 「夫の愛称です。“キョウマ”って発音しにくいでしょう? “強い熊”っていう意味だと教えてもらったから・・・だからベルナールです。優李さん。」
優李は頷いた。
 「よく分かったよ。それからわたしも優李でいい。それよりすまない。日本では強熊さんにも助けてもらい、今度はあなたまでこんな事に巻き込んでしまって・・・・」
 「気になさらないで、オスカルさま。」
 「オスカル・・・さま?」
 「やだ!とうとう言っちゃったわ!」
ロザリーは叫ぶと、それから恥ずかしそうに笑った。

 「ごめんなさい。私、あなたのご先祖の・・・18世紀に実在したオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェが大好きなの。ううん、虜。今大学でフランス史を専攻してるのは、彼女についてもっと知りたいからなの。ええ、そう。あなたの先祖よ。あなたそっくりなの!」
 「わたしに?」
優李は驚いて尋ねた。するとロザリーは嬉しそうに頷いた。

 「私は彼女の絵を見たことがないので分からないが、そんなに似ているのか?」
 「ええ、ジャックマール・アンドレ美術館にオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェの木炭デッサンとパステル画が何枚かあって・・それと昨年特別展がってその時にも何枚か展示されてたけど、どれも生き写し。」
ロザリーはちらりと優李を見るとほうと息をついた。その様子に優李は思わず苦笑した。その時ロザリーは何か思い出したのか慌てて叫んだ。

 「私ったら!ごめんなさい、後の座席に置いてあるノートパソコンを立ち上げてもらえますか?」
ロザリーは車内灯をつけた。優李は後ろを見てノートパソコンを取ると膝の上に置き開いて電源を入れた。
 「デスクトップに “地図”と“馬”と書かれたアイコンがあるので開いてください。“地図”はフォルテという場所にあるサクレ湖周辺のものです。昔プランタ・ゲニシダと呼ばれていた場所です。それから“馬”は【プランタ・ゲニシダの小さき馬】の詩の全文です。」

優李はパソコンが起動すると2つのアイコンをクリックして確かめた。
暫くして眉を潜めると優李は考え込んだ。

 「それと後の座席にサフランとラベンダーの蜂蜜を混ぜ合わせたものがビンに入れてあります。取っていただけますか? 」
少ししてロザリーが声をかけた。
優李は頷くと後を見て、ガラスのビンを取った。

 「湖の側に円形の直径8m程の円形の池のようなものがあります。そこが深き森の入り口へ入る為の入り口だろうと思われます。ですが、はっきりとは分っていません。とにかくきれいな場所を探して下さい。」
 『気の澄んだ場所だ。よく分らないかもしれないがそれが正しい場所ならすぐ分る。』
その時使い魔の男が囁いた。優李は頷いた。
 「見つけたらビンを開けて歩き回るのだそうです。するとペガサスが出て来るだろうという事です。」
ロザリーが続けた。優李はビンを見ながら 「ペガサスか。」と呟いた。

20分程して車は細い道に入った。5分ほど進んで車は止まった。
 「この先がサクレ湖です。ここからは歩きになります。この辺りは湿地なので車ではこれ以上は近づけないんです。」
ロザリーはそう言ってシートベルトを外した。優李も急いで外すと荷物を持って外へ出た。

 外は先程より明るかった。空には月が、雲の切れ間から顔を出していた。そのおかげで前方にあるのが湖だと教えてくれた。かなり大きな湖だった。左手に雑木林らしきものが見えた。
ロザリーはトランクの扉を開けて中から懐中電灯を2つ取り出すと、一つを優李に渡した。

2人は湖に向かって歩いた。懐中電灯で照らすとあたり一面が凍りついているのが分る。時々、葦か何か、枯れた植物が、氷に突き刺さっていた。
 「足元に気をつけて!この辺は浅瀬ですけど氷がどのくらい張っているか分らないですから」
優李はその忠告に頷いて注意深く進んだ。

5分ほど進むと突然優李は立ち止まった。ロザリーは怪訝そうに優李を見た。すると突然、使い魔が姿を現した。一瞬ロザリーは息を飲んだが、何か聞いていたのだろう。何も言わずにそれを見つめた。

 『どうだ?』
使い魔が尋ねた。
優李はあたりを見回しながら驚いたように答えた。

 「何もない。何も・・・」
優李は言いよどんだ。
 『どう感じる?居心地がいいか?空気がきれいか?』
 「・・・ああ。何もなくて・・とても・・・きれいだ。」
優李はなかば放心したように答えた。

 『よし!間違いない。この先だ。探すのは空気が澄んだ所だ。湖までの弧を描く半円の部分だ。探せ!』
使い魔の召喚者は叫んだ。

光は懐中電灯と闇夜を照らす月の光だけだった。優李とロザリーは地面を照らしながら慎重に歩いた。5分ほどすると突然優李が歩みを止めた。ロザリーは前方を懐中電灯で照らした。右手に葦が茂っているのが分った。ロザリーは優李の顔を見た。

 「あれでしょうか?」
 「ああ。だが・・・」
 『拒絶されてるな。』
使い魔の男が続けた。

 「どういうことですか?」
ロザリーが尋ねた。
 『場所はここで間違いない。今地図の丸い井戸のような場所にいる。だが入りこめない。立ち入り禁止だ。もう少し近づけば分る。』
その言葉にロザリーは前2、3歩前へ進むと急に立ち止まった。彼女は驚いた様子で葦のある場所を見つめた。優李は使い魔に声をかけた。

 「ここで蜂蜜を使えばいいのだな?」
 『ああ。気配は無いが多分出て来るだろう。それといい忘れたが、ペガサスやユニコーンの類は非常に臆病で小心だ。こちらの感情を敏感に察するからな、脅かしたりしないよう十分注意してくれ。』
それを聞いて優李は苦笑した。

 「分った。怖がらせないよう注意して接しよう。」
優李は答えて不意に表情を曇らせた。ロザリーがすぐに気づいて声をかけた。
 「どうかしましたか?」
 「少し気になることがあるのだ。プランタ・ゲニシダの小さき馬の詩篇だが、あれによると中へ入り込めるのは幼子か穢れなき乙女だったろう?だからわたしでは・・・」
優李は使い魔を見ると訝しげに眉を潜めた。使い魔の召喚者の声が慌てて答えた。

 『いや、何でもない!何でもないぞ!その件については心配ない!大丈夫!何の問題もない、完璧だ。』
 「・・・どこかで笑われているような気がする。」
 『気の所為だ。気にしなくていいからな!それより勇が待っているぞ。』
その言葉に優李は表情を引き締めた。

 『では、我々はここから離れる。でないと出てこないだろうからな。』
使い魔はロザリーを見た。彼女は頷いてそれから優李を見た。優李はロザリーに微笑んだ。

 「ロザリー、ありがとう。本当にあなた方にはいくら感謝しても感謝しきれない。」
 「まあ、そんなこと!オスカルさまの為なら私・・・・」
ロザリーは慌てて 「ごめんなさい!私ったらまた・・・」 というと目に涙が浮かんだ。
 「ロザリーいいよ。わたしは気になどしていないから。」

優李は優しく微笑むとロザリーはこくりと頷いた。それから彼女は少し恥ずかしげな顔をすると 「これが終わったら・・・またお会いできますか?」 と尋ねた。優李は頷いた。それを見て、ロザリーは嬉しそうに微笑んで涙を拭った。

 『合図したらビンを開けろ。小さき馬が出てきたら色々質問されるかもしれない。だが隠さず真実を告げるように。隠しても無駄だからな。』
使い魔は優李に言うと剣を吐き出した。優李は剣を受け取った。
 『剣以外は預かろう。』
優李は荷物をロザリーに渡した。
 「気をつけてくださいね。」
 「ありがとうロザリー。」

使い魔とロザリーは優李だけを残し、その場所を離れた。暫くすると自動車のエンジンをかける音が響いた。少しの間アイドリングする音が続いたが、車が発進の音がしてじきに聞えなくなると、静寂があたりを支配した。その時優李の頭に 『いいぞ。周囲をゆっくりと歩け、気を抜くんじゃないぞ。』 と声が響いた。優李はビンの蓋を開けてゆっくりと歩いた。

 一体何周しただろう。何も、物音一つ起こらなかった優李は拒絶されて入り込めない場所手で探るようにして念入りに確かめながら歩いた。それを何周か繰り返したが、辺りはシンと静まり返ったままだった。
その時、不意に周囲が暗くなった。優李は驚いてあたりを見回したがそれは月が雲に隠れただけで・・・雲はすぐに動き、辺りはまた月の光でぼんやりと明るくなった。彼女は現れた月を眺めた。
不意に優李の目に涙が浮かび、落ちた。

 「アンドレ・・・」

彼女の唇から掠れた声で名前が呼ばれた。
そしてそれは現れた。

糸にように細い光がすうと現れた。光は次第に太くなった。
その時、使い魔の声がした。

 『光の中へ飛び込め!急げ!』
優李は急いでそれに向かって走ると飛び込んだ。

 世界が変わった。薄暗かった。見上げても空は見えなかった。そこは森だった。地面には苔が生していた。頭上から木漏れ日が漏れていたが、昼かどうかは分からなかった。優李は周囲を見回した。だが、うっそうと茂った大木があるだけで道らしきものは見当たらなかった。そして彼女は気がついた。

あちこちに気配がある。敵意は感じなかった。だが、気配が彼女の方へ向かっているのが分った。あらゆる方向からゆらゆらと黒い影が近づいて来る。優李はビンを置くと、剣を抜き身構えた。

影は少しずつ大きくなり、次第に姿がはっきりしてきた。だが、小さき馬でも、ペガサスでもなかった。それは圧倒される程の巨大な体躯の馬だった。身体は勿論たてがみも尾も、そして蹄さえも、全身が真っ黒だった。その中で目だけが異様に赤かった。

血の色だ。
優李は思った。血の色をした目。

“漆黒の身体はまるで鉄の鎧で作られたよう。眼光現る気性の激しさはやはり馬のものではなく・・・”

優李は昔、父から見せてもらった家に伝わる覚書を思い出した。馬であって馬にあらざるもの。そうだ、プランタ・ゲニシダに住む野生馬だ。龍すら恐れぬもの。リオン・フランソワの最後の馬。

馬達はゆっくりと優李に近づいた。見る見るうちに壁の如く優李を取り囲む。優李は舌打ちしてビンを置いて剣を抜いた。
こいつらを倒さないと先へ進めないという事か?優李は考えた。

すると突然、一頭の馬が蹄で地面をガリッ、ガリッと掻いた。すると他の馬も次々にそれに倣った。
ガリッ、ガリッという音が幾重にも重なって響き渡った。優李は反撃できるように剣に気を集めた。
それと同時にいきなり殺気であたりが満たされる。優李は眉を潜めた。そして使い魔の言葉を思い出した。

彼女は剣に気を集めるのをやめた。すると殺気はすぐに消えた。彼女は悟ると、急いで剣をしまった。すると馬は一斉に蹄を掻くのをやめた。優李は黙って馬達を見つめた。馬達も優李を見つめた。暫くすると一頭の馬がゆっくりと優李の前に進んだ。それを合図に他の馬もそれに習った。馬達は優李のすぐ間近、触れんばかりの距離まで近づいた。その時、優李の頭に声が響いた。

 『確かめるまでもない。そなたは・・・』

カチャリ、カチャリ、カチャリ、と幾度も音が重なると同時に黒い大きな馬が音もなく崩れ去り中から光が溢れ出た。優李を包んだ。優李は唖然としてその光景を見つめた。光はまるで埃のように舞い上がりあたりを覆いつくしていく。彼女は、光の埃と共に黒い円盤状のものがきらきらと輝いて舞っているのに気づいた。それは黒い色をした魚の鱗状のものだった。しかしそれは地面に落ちることもなく宙を舞ったままだった。優李は呆然としてその光景を見つめた。その時、耳元で何かがぼそぼそと囁いた。

・・・だよ
・・だよね・・・・
・・・だよ

彼女は声のする方を見た。だが何もなくそこには黒い鱗と白金に輝く埃があるだけだった。優李は黒い鱗を掴もうとした。しかしそれは捕らえられないように逃げるかの如く彼女の手をすり抜けた。彼女は再び捕まえようと試みたが出来なかった。何度か試して気づいた。優李は目を凝らした。すると鱗と埃が蜘蛛の糸のような細い糸で繋がれているのが分った。そして声が、次第にはっきりと聞き取れるようになった。

・・・よ!
・・・・・・ちゃま!
お子ちゃま・・・

声は次第に、だんだんはっきりと聞き取れるようになる。

お子ちゃまだ!
お子ちゃま!
・・・うよ!
ちゃんと・・・があるよ!
名前なんて・・・いいよ。
お子ちゃま!お子ちゃま!

その声はありとあらゆる方向から聞えてきた。

真っ白だ!真っ白だよ。
だけど傷んでる。
とても傷んでるよ。
大丈夫かな?
大丈夫だよ!
でもいいのかな?
17になるんだよ。それなのにこんなんで?
いや、なったんだよ。今度18だよ。黒龍がいってたもん!
18!
18?
18!!
じゃあ子供じゃない。
だけど匂いが・・・
そうだよ!匂いが違うよ。
お子ちゃまの匂い。
何も知らない・・・匂いだね。
・・・・うん、そうだね。
そうだ、そうだ!
お子ちゃまの匂いだ!
でも・・・18なのに?
まだ17だよ。
変なの?
変じゃないよ!
そうかな?

優李はようやく気づいた。光るもの、それは埃では無かった。それには透明の羽根があった。だが虫ではない。体長が5ミリあるかないかのそれは羽根の生えた白金に輝く極小の馬だった。蚊のように小さな無数の馬は、鱗をひらひらさせながら好き勝手に飛び回り、好き勝手にしゃべった。

目が澄んできれいだね。
ね、ね。
きれいだね。
ラピスラズリ!
ラピスラズリの色だ!
似てるよ!似てる。
髪もそうだ、サフラン色だよ
そうじゃないよ、金色だ
違う違う!似てるんだよ!
似てないよ!
誰に?
オスカルだよ!
お子ちゃま、お子ちゃま。
違うよ!
そうだ違う!
違わない!
知らないんだよ!
リオンだよ!
リオン!
違うよ!リオンじゃない!オスカルだよ!
オスカル?
知らないよ!
リオンもきれいな目だった?
ああ!同じだよ!
だってリオンは・・・
リオンなんてどうでもいいよ!オスカルだよ。
お子ちゃま、お子ちゃま。
でもオスカルは・・・
そうだよ!オスカルはもっと小さかったもん。
じゃあ・・リオンだ!
リオンはね、リオンは・・・
だからオスカルだって!
どっちでもいいよ!
それより遊ぶかどうかだよ!
そうだよ、そうだよ!遊ぶかな?

馬達は優李の周りを品定めでもするように飛び回った
優李は暫く呆然とその光景を見つめた。

どうかな?
お子ちゃま、お子ちゃま。
どうだろう?
分かんないよ。
分かんないよね?
だから!
どうするの?
聞けばいいんだよ!
何を?
遊ぶかな?
ねえ?
遊ぶかな?
どうかな?
遊ぶよきっと!
だって子供だもん!お子ちゃまだもん
じゃあ・・・どうする?
遊ぶって言ったら?
決まってるよ!
行こう!森の奥!

優李はようやく気づいて叫んだ。
 「連れて行ってくれ!森の奥の奥!龍達の住処へ!わたしを連れて行ってくれ!お願いだ!」
優李の言葉を聞いた途端、馬達は動きを止めた。あたりはしんと静まり返った。馬達は息を潜めるようにして優李を見つめていた。

 「お願いだ。連れて行ってくれ!」
優李は繰り返した。

銀龍は怖いよ。今とても怒ってるよ?

一頭の馬が言った。 すると一斉に他の馬達も声を上げた。

怖いよ!
そうだ、怖いよ!
すごく怒る。
すぐ怒る!
すぐは怒んないよ。
だけど怖い。
怖いもん。ずっと怒ってる!
200年ぐらい前からずっと
銀龍は怒ってる
だって!それは・・・
言っちゃ駄目だよ!
だめだよ!
もっと!もっと!すごく怒る
それに今は駄目だよ!
そうだよ!

 「それでもいい!頼むから!!お願いだ!どんな事でもする!お願いだ!助けて!」
優李は頼んだ。すると一頭の馬が答えた。

そんなに行きたいなら連れてってあげてもいいよ。
だけど森を抜けた所までね。
草原の中までは入れない。

優李は今喋った馬を見た。すぐに仲間の馬が否定した

駄目だよ!
駄目だよ!
駄目だよ!
駄目だよ!
約束だよ!
そうだよ、約束!
今は決闘してるから入っちゃいけない!
約束!
約束!
約束!
約束!
約束!

でもこの子は違うよ。約束してない、中へ入れる。

その馬は仲間の馬に言って、優李を見た。

お城がある
だけど銀龍はお城にはいない。
銀龍が見つからなければ、
そしたら聞けばいい。

 「誰に聞くのだ?何処に行けばいい?」

石畳だよ。
明かりが灯ってるからすぐに分かるよ。
今日はそこにいるんだ。
いつもはいないけど・・・

すると一斉に他の馬が喋りだした。

そうだね、いないね。
いつもはいないよね。
いない、いない。
だけど今日はいる。
だって!
そうだね。
疲れてるんだ。
とっても疲れてる。
もう疲れちゃったんだよ。
疲れちゃったんだね。
それに・・・
なくなっちゃった。
だね。なくなっちゃったね。
きれいだったのに・・・
そうだね。
とってもきれいだったね。
とてもきれいな優しい黒い目だったのに・・・

 「連れて行ってくれ!!早く!」
優李は悲鳴を上げるように叫んだ。

その声を合図にするかのように小さい馬は一斉にある方角へ向けて走り出した。
優李は置いて行かれぬように急いで後を追った。

ベルナール
フランス語の語源によると“ベルナール”は“強い熊”の意らしいです。