「千秋君は総てが自分の責任だと言ったよ。家部さんは代わりの羊を探していたが。」
高橋が答えると坂本は呆れた様子で 「アホかあいつは。自分しかいないだろうに。」 と呟いた。
高橋はソファに腰を下ろして、ポケットを探るとタバコを取り出した。

 「優李が戻るまで現状維持だ。その後どうなるかはまだ決まっていない。」
 「だが減俸だけは間違いないだろう?」
坂本は溜息混じりに言った。高橋はタバコを咥えると火を付けた。

 「里緒ちゃんは・・・確か来年受験だったな?」
 「ああ。塾代が洒落にならんぞ。まったく!なんでこんなに掛かるんだか。」
坂本はすぐに気づいて高橋に苦笑して見せた。
 「これが親の務めだからな。それよりフランスはどうなっているって?」

 「占い師もまだ優李の行動まではつかめていないそうだ。だが、どこまでこちらに正しい情報をくれているかは分からない。現在リール駅には地元の警察が待機中だそうだ。」
 「強熊の奥さんが車で優李を拾って、井戸へ向かうようにしたのは正解か。」 坂本が呟いた。
 「だが、井戸も見張られているに違いない。」 高橋は答えた。
 「それでもベルサイユの屋敷に比べればはるかに侵入しやすいそうだ。3馬鹿によるとな。」
 「・・・強行突破しかないか。」
高橋はため息でもつくように言葉にした。
 「その時は3馬鹿が使い魔を通して何か恐ろしいものを送り込むつもりらしいがな。」
坂本は答えて、それから何か思い出したのか彼に尋ねた。

 「お前、井戸の大きさ知ってるか?」
高橋は坂本を見た。
 「井戸の大きさ?」
 「優李からアラスの井戸の大きさを調べてくれと連絡が入った、井戸の内寸だ。優李が父親から聞いた話によると井戸を通じてリオンと馬がベルサイユとアラスを行き来してたそうなんだが、馬というのが馬鹿デカい馬で井戸なんぞ通り抜けられそうにない体躯らしい。でジャルジェ家の覚書の内容と考えあわせると、他にも秘密の通路があるかも知れないと連絡が入ってな。」
高橋はタバコを手に持ったまま考え込んだ。

 「・・・会社のデーターベースは?」
 「ない。だが、傍受やってた吉岡達と大谷が調べてくれて関連のありそうな事柄が2,3見つかった。それと、強熊さんの奥さんの兄貴というのがソルボンヌ大学で歴史を教えているそうだ。その人のつてで、アラス周辺のノール地方の伝承に詳しい人物に連絡が取れたて話を聞いた。それらを兼ね合わせると、興味深い事実が浮かび上がる。」
坂本は机の上に置かれた紙の束を捲りながら話した。

 「ノール地方の・・・特にアラスの伝承だ。それによると、龍はプランタ・ゲニシダの森の奥深くに棲んでいる事になっている。そしてこのプランタ・ゲニシダというのは、ジャルジェ家の覚書によると、初代と共に銀龍と戦った黒い馬の住処でもあるらしい。そしてリールとアラスは昔、ジャルジェ家の祖先が治めていた土地なのだそうだ。」
 「プランタ・ゲニシダはあったのか?」
 「今はない。しかし伝承によるとプランタ・ゲニシダと思われる場所は全部で11ヶ所ある。」
 「それでは話にならんぞ。」
 「だが、そのうちの1つでペガサスの生息が確認されているんだ。1993年、これは会社のデータベースにも記録があった。」
 「ペガサスというと・・・神話に出てくる翼のある馬か?」
 「ああ。確認されたのはそれの亜種だ。色は白金、鳥の翼ではなくトンボのような羽根の生えた馬らしい。」
 「だが、黒き馬ではない。」
 「まあな。でも、3馬鹿によると、そんなものが目撃されるという事はその場所がきれいだって事らしい。きれいな場所ならば龍の住処に繋がってる可能性が高いと言うんだ。」
高橋は黙ったままだった。坂本は続けた。
 「場所はアラスに隣接したリール市から南へ10kmほど下ったに所にあるフォルテという場所にあるサクレ湖の北側だ。これが航空写真。」

坂本はそう言ってコピー用紙に印刷された写真を見せた。高橋は灰皿の端でタバコの火を消して山積みにされた吸殻の上にそれを乗せると写真を受け取った。そこには三日月を細長く引きのばしたような湖の写真があった。高橋は右下に書かれた縮尺を確かめた。

 「短辺が100m、長辺が700mといったところだな。周辺は湿地か?」
 「ああ。そして拡大したのがこれだ。三日月の中央のほんの少し上だ、注意して見てくれ。」
坂本はもう一枚の写真を見せた。そこには丸くて湖と同じ色をしたものが写っていた。
 「大体直径8mだ。どうだ?井戸に見えないか?」
坂本の問いに高橋は答えず、写真を見つめた。

 「他に何かあるのか?」 暫くして高橋は尋ねた。
高橋の問いに坂本は手に持った紙を捲った。
 「そうだった。この湖には伝承があるんだ。どこだったか・・・・ああ、あった。これだ。 【プランタ・ゲニシダの小さき馬】だ。」

彼は目的のページを見つけると高橋に渡した。
高橋は渡されたそれを見た。

 プランタ・ゲニシダの小さき馬
 銀と金をあわせた白金の身体は
 光り輝く 美しく

 なれど馬は用心深く
 人には懐かず 人を恐れ 姿を見せず
 姿はあれど 見えぬ馬
 捕らえるは 至難の業

 だが術はある

 ガジュの実ならば
 一粒でも目的は達したも同じ

 セージならば
 芯に近い一番柔らかな葉の先
 摘みたてを一桶

 サフランならば 一すくい

 それらと 混ぜ合わせるは蜜
 ローズマリーの花の蜜なら一すくい
 ラベンダーの花の蜜なら三さじ
 菩提樹の花の蜜なら一さじ
 アカシアの花の蜜なら 無い方がまし

 混ぜ合わせたものを
 幼子か 穢れなき乙女に持たせ
 プランタ・ゲニシダの 最も清き場所を歩かせよ

 月の光がかすかに地を照らす時
 朝の露がまだ残る時
 日のまさに沈まんとする時
 馬は現れるやもしれぬ

 だが注意せよ
 餌を持て歩かせる子供が 試されて
 まこと無垢で聡明と知れば
 深き森の奥の奥に 連れ去られるやもしれぬ

高橋は読み終えても答えなかった。坂本が口を開いた。
 「3馬鹿によると、龍達は平行世界から彼らの主に連れられてここへ来た。高橋、俺に説明求めるなよ。とにかく龍は瞬間移動もできるが、普通は特別な場所使って行き来するそうだ。そういう場所は世界中に点在するし、アラスかリールにそういう場所があるのは間違いないそうだ。」
 「つまりそれは、我々の知っているアラスの井戸の可能性もあるという事だろう?」
 「ああ。もし井戸が、馬が通り抜けられるくらい巨大ならな。それともう一つ。アラスの井戸が公になるのは17世紀になってからなんだ。アラスの井戸は、クレマンが龍達を騙して作らせたというのが定説らしい。」
坂本は答えた。それを聞いて高橋は眉を顰めた。

 「占い師じゃないぞ。17・8世紀に名を馳せた大魔導士だそうだ。そして優李の話にジャルジェ家の覚書だ。こちらは伝承ではなく事実だからな。だから念の為にサフランと蜂蜜を強熊の奥さんが買ってくれて・・・・どうした?」
高橋が不意に立ち上がったので坂本は尋ねた。

 「井戸の寸法を知っているかもしれない人物を思い出した。」
 「いるのか!誰だ!」
 「ジャンヌ。」
高橋の言葉に坂本は驚いて立ち上がった。

 「ちょっと待て!そりゃ知っているかもしれないが、あいつが素直に教えると思うか?」
 「方法はある。」
 「だが力ずくでこられたらどうするんだ?石塚から聞いたんだが、あいつのロッカーは以前以上の・・・」

高橋は坂本に向けて手の平を向けて目配せした。坂本は黙り込んだ。高橋は扉へゆっくり進むと勢いよくドアを引いた。するとそこにはジャンヌが立っていた。彼女は悪びれた様子も見せず部屋に入ると10畳ほどの監視モニタのあるその部屋を見回した。モニタはいつもと変わらず優李の部屋と家の周辺を映し出していた。

 「立ち聞きとはいい趣味じゃないな。」
高橋はジャンヌに言った。
 「あら、何か真剣に話してたから待ってただけよ?」
 「そうか。明日は早いのに気を使わせて悪かった。成田から8時の便だったか?」
 「フランスには行かないわ。仕事が一つ残っているもの。」
彼女は例の色っぽい笑みを浮かべた。

 「あたしはもう一つだけ仕事が残ってるのよ。これを片付けない限り、帰国は出来ないわ。」
 「・・・君も大変だな。」
 「あんた達程じゃないわ。」
ジャンヌは楽しそうに笑った。

 「少ない人数を動かして、ろくでもない情報の中からまともなのを選び出して大変だったわね。例の組織に対する対応は・・・あれは本当にいい判断だった。千秋の意向からは外れた事も色々したけどね。」
 「千秋君の行き届かない所をサポートが俺達の仕事だ。意向から外れても良しと判断すればする。」
 「あら、行き届かないように混乱させるのが仕事だった?」
ジャンヌは腕を組むと高橋と坂本を色っぽい流し目で見た。

 「そういえば、一昨夜の優李の部屋のモニタ監視画像。音声だけダビングして伝言ダイヤルで聞けるようにした馬鹿がいたらしいわね。警備の人間のほとんどがそれを聞いていたとか。」
坂本はジャンヌを睨み付けた。しかし彼女は動じもせず逆ににっこりと微笑んだ。

 「どうかしたの坂本?」
坂本を高橋が目配せして抑えた。ジャンヌは構わず続けた。
 「二人とも変ねえ?ああそうだ!特に酷かったのは、家の周りで優李らしき人物が見つかった時の対応よ。あれは何?なってなかった。というか酷すぎるわね。何とか捕まえないように努力してた感じ。」
ジャンヌはにっこりと高橋に微笑んで見せた。

高橋はポケットから薄い手帳のようなものを取り出した。彼は最初のページを開いてジャンヌに渡した。それには優李の写真が貼られていた。

 「昨夜の10時40分、“アヴァロン ローズ”で君は何をしていた?」
高橋は言った。
ジャンヌは驚いて高橋の顔を見たが、すぐに苦笑した。

 「いつ調べたの?」
 「新宿で偽パスポートの捜索していた奴に君の写真も送った。」
 「嫌な男ね。 」
ジャンヌは高橋を例の色っぽいまなざしで見つめた。

 「君が千秋君に渡したこの偽パスポートは使えない、すぐに捕まる。」
高橋は冷ややかに言った。
 「いいでしょ、別に。使う気なんか全然ないもの。」
ジャンヌはクスリと笑った。
 「でも素人の坊やにはこれで十分。普通は自分のパスポートしか見たことがない、ましてや他国のなんてね。」

 「パスポートが2つあるのも知っていたな!」
坂本がジャンヌを睨んだ。
 「当たり前じゃない、両方ともあたしが優李に渡したんだもの。おかげで助かったでしょう?」
ジャンヌは楽しそうに答えた。
 「お前ってヤツは・・・」

 「それにしても優李はよく調べたわ。“アヴァロン ローズ”の名前がパソコンから出てきた時は正直驚いた。そのおかげで偽造パスポート情報に信憑性が出たからよかったけど。」
高橋は相変わらず無表情のままジャンヌを見つめた。

 「あら高橋、何か言いたいのかしら?この、あたしに。」
 「こんな手の込んだ事をしなくても、君が優李を連れて行く事が出来た。」
 「そこまでする義理はない。あたしはチャンスをあげただけ。それをどう使うかの判断は優李よ。」
ジャンヌは冷ややかに答えた。

 「だが分かっていたはずだ。優李が家を飛び出すのは。」
 「多分そうなるとは思っていたわ。」
 「ジャンヌ!お前はアホか!」
 「坂本、あたしの何処がアホなのかしら?」
ジャンヌは例の横目で坂本を睨んだ。坂本は慌てて口を閉ざした。

 「・・・屋敷にスタングレネードを放り込んだのも君だろう?」
その時高橋が声をさらに低くして尋ねた。
ジャンヌは例の色っぽいまなざしで二人に微笑んだ。
 「怪我させない音と閃光だけのは1個しか持っていなかったのよ。通常スタングレネードを単独で投げ込むなんて間抜けな事はしないでしょう?2発が不発だったのはあたしの優しい心遣い。」

 「例の組織の件があったのにか!」

とうとう高橋はジャンヌを怒鳴りつけた。しかしジャンヌは平然と答えた。
 「あら?あなたがいるじゃない。大丈夫でしょ?」
 「何を言ってる!もう少しで・・・」
 「でもね、絹纏公園で例の組織の全員がつかまえられたのはあんた達だけの力じゃないわよ?」

高橋と坂本は怪訝そうな顔をして顔を見合わせた。
ジャンヌはクスクスと面白そうに笑い、それからどうしようもないわというように肩をすくめた。
 「スペシャリストが観光で来日していたのを思い出して無理を言って引き受けてもらったのにほとんど出番無し。これってあんまりじゃない?」
高橋と坂本は驚いたようにジャンヌを見た。
 「悪いけれどあたしはプロよ。」
ジャンヌはにやりと笑った。

 「最初から行かせてやればよかったじゃないか!」
 「あら?これで捕まるようじゃ、銀龍と闘うなど端から無理。違うかしら。」
 「だがジャンヌ!公園に入った時はもう少しで危なかったんだぞ!」
 「ちゃんと手は打ったと言ったでしょう?」
 「だが!」
ジャンヌは目を伏せた。

 「行かせたくなかった。」
高橋と坂本はまた顔を見合わせた。
 「諦めてくれるなら・・・あたしはそれでもよかった。」

暫く間があって、高橋が徐に口を開いた。
 「もし引き止められたとしてもそれでどうなる?君なら分かるはずだ。」
高橋の言葉に、ジャンヌはクスリと笑うと顔を上げた。

 「だからチャンスを上げたのよ。もし日本を脱出できるならどんな事があっても勇の元まであの子を行かせてあげるつもりだった。だから秘密基地へ案内しなさい。優李と連絡取れているのでしょう!あたしを出し抜こうなんてなめた真似するんじゃないわよ!」

 「お前は本当に!たちの悪い女だな!」
 「坂本。あんたの左腕、今度は単純骨折じゃなくて粉砕骨折にしたい?」
坂本は慌てて口を閉ざした。ジャンヌは彼を一瞥するとすぐに高橋に視線を移した。

 「とっくに決闘が終わってる時間なのに勇が戻ってこない。」
 「本当か!」
坂本が叫んだ。ジャンヌは続けた。

 「時間が過ぎても扉が開かないらしい。ようやく一人連絡が取れたけどそれだけしか分からないの。屋敷の警備には連絡が取れない。それだけじゃない、異常事態よ。クレマンは勿論、ディアンヌも連絡が取れない。デファンスのオフイスにも。こんなのありえない!」
高橋は、監視モニターのある10畳ほどの部屋の監視モニターのある方向に向かって叫んだ。

 「遮断を解いてくれ!」

その途端、風景が一変した。10名ほどの男が現れた。そしてパソコン。何処から持ち込まれたのか何台もあり、それは不可解な物体と繋がれていた。そしてモニターは稼動していた。それらはいつもと変わりなく家の周囲を映していた。しかし優李の部屋だけは違っていた。そこに映っていたのは・・・

 「優李!」

ジャンヌは叫んだ。
その声に皆一斉に振り返るとジャンヌを見た。

 「なんでここに・・・」
 「あら?石塚。いい感じの男前になったじゃない?それより!」
ジャンヌは調査部の3人を見た。
彼らは頷いた。

 「聞こえていた。まだ死んじゃいない、もし死んでいるなら扉はすぐに開く。」
一人が答えた。
 「だけどもう駄目。」
ジャンヌはそれだけ言うと唇を引き締めた。
 「ああ。占い師は水を差すつもりだろう。連絡が取れないのは多分その所為だ。」
調査部の一人が答えた。

 「何があったんです?」
加藤が尋ねた。
 「勇が危ない。占い師は決闘を止めるつもりだ。」
 「それじゃあ・・・」
 「ああ、もう時間がない!」

 「ジャンヌ、あんたアラスの井戸を見たことがあるか?ジャルジェ家の屋敷でもいい。井戸の直径が知りたい。」
使い魔の男が尋ねた。
 「分からないわ。」
 「なら知ってる奴は?」
 「知っている人間には誰一人連絡が取れない。それより何故井戸の直径が知りたい?」
 「ジャルジェ家に伝わる話では、井戸はリオンと馬がアラスへ行く為に龍達が作った事になってるらしい。馬は全長5メートルもある大馬だ。それが通り抜けられる井戸なら池のような井戸になる。そんなのを井戸というか?」
 「井戸の他に別の抜け道があるかも知れないという事?」 ジャンヌは尋ねた。

 「ああ。一つ候補が上がった。リール市の南、フォルテにあるサクレ湖だ。」
 「だが確証はない。行ってみないと分からない。」
 「井戸へ向かうか、一か八かサクレ湖か。」

3人組の言葉にジャンヌは首を振った。
 「井戸はもう無理なのよ。」
 「それは分っている!」
 「そうじゃない!厄介な人間が配置された。ディアンヌによるとね。」
ジャンヌが答えた。
 「誰だそいつは?名前は分るのか?」
3人組の1人が尋ねた。
 「愛称だけよ。“金庫番”。」

 「ドルリーだ!」
 「ああ間違いない!」
 「クソ!そいつは・・・不味いぞ。」
3人組は叫んだ。

 「ドルリーって奴はそんなにすごいのか?」
 「戦闘能力は知れてる。奴は防御専門だ。井戸は封印された。」
 「ならばそいつさえ何とかすればいいのではないか?」
 「封印を解くのは隊長一人では無理だ。オレ等だって半端じゃない時間がかかる!扉から出て来ていないのだろう!もう時間はない!!!」
3人組の1人が叫んだ。

 「ジャンヌ!さっき言ってたスペシャリストは!」
 「依頼は優李の命を守る事だけ。それに、こちらから連絡が取れないの。彼らの他にリールには10名程待機させているけど、力のある人間ではない。」
 「ではもうサクレ湖しかない!!」
 「だが、不確実すぎるぞ。ただの言い伝えかも知れないのだろう!」
 「一か八かベルサイユの屋敷は?もし占い師が、水を差すつもりで動いているなら逆に屋敷の警備は手薄ではないのか?」
 「この時間では間に合わない。それに!ジャルジェ家の覚書は伝承ではない!間違いなくアラスの周辺にベルサイユと通じる道があるはずだ!もし、アラスの井戸でなく、サクレ湖の何処かに抜け道があればすぐに龍の住処だ!」

 「オフロード用のバイク250cc!!」
ジャンヌが突然叫んだので、皆一斉に彼女に視線を集めた。


 「ジャンヌ、何だそれは?」
 「以前、井戸からバイク持ち込んで戦った馬鹿がいた!分解して井戸から運び入れた!」
 「つまり、そうしなければ入れられなかったって事だな!」
3人組の1人が叫んだ。

 「井戸はどんな通路になっているんですか?」
 「中へ入った途端屋敷の井戸に瞬間移動する!井戸に入れば持って運ぶ必要はない。入れたら引き上げるだけ。」
ジャンヌが答えた。
 「それなら1mです!それだけあれば十分です!」
石塚が叫んだ。
 「つうことは井戸の直径は1メートルより少し小さいくらいだな。」

 「強熊さん!」 高橋が叫んだ。
 「妻に連絡します。」

 「ちょっと待った!その前に一つだけ確認したいことがある!」
3人組の一人が叫んだ。
 「隊長はとてもきれいな魂を持ってるが、経験があるのなら偽装させねばならん。」
 「何の・・・話だ?」
高橋が不思議そうに尋ねた。3人組の1人が答えた。
 「プランタ・ゲニシダから入り込めるのは、無垢で聡明な幼子か穢れなき乙女だ。つまり・・・」

 「問題なし!」  「オールクリア。」  「パーフェクト。」  「小学生並みですから。」  「全部当てはまる。」  「完璧。」  「箱入りのおじょーさま!」  「お子ちゃまだ。」  「抱き枕事件もあるしな。」
 「“全部は知らんが一つは知っている” 発言もあるぞ。」

皆一斉に声を上げた。3人組は顔を見合わせた。
 「確かめるまでもない。あの子は!分っているようで、何も知らないし分っていない。尋ねても無駄よ。迷言が聞けるだけ。」
ジャンヌが腕組みをして答えた。

 「よし大谷、強熊の奥さんに地図を送ってくれ!」
坂本が叫んだ。
 「分かりました。」
 「優李に連絡を!」
使い魔の男は頷いた。
 「サクレ湖だと伝える。そして予定通り列車から降ろす!」

 「お嬢さま、どうかなさいましたか?」
突然立ち上がった優李にばあやは尋ねた。優李は微笑んだ。
 「売店のある車両まで。のどが渇いたので・・・ジュースを。」
 「左様でございますか。確か3つ前の車両でございますよ。」
 「メルシ。」
優李は老女に微笑むと通路へ出て前へ進んだ。

 「ばあや、ル・ルーも行っていい?」
 「ええ、よろしゅうございますよ。それではばあやはここで荷物の番をしております。」
ル・ルーは立ち上がると人形を抱きかかえて急いで優李の後を追った。

優李が扉を開けて次の車両に入った時、急に列車が減速した。
優李は外を見た。真っ暗な景色はスピードを落としてもさほど景色を変えていなかった。しかし、ブレーキをかけているのには間違いなかった。座っている乗客達もどこか不可解な顔をしている。
優李は歩きながら考えた。
おかしい。列車を減速させるなど聞いてはいない。

優李は急いで通路を進むとトイレの扉の前に立った。しかし鍵がかかっている。
優李は慌てて前へ進んだ。
そうしているうちにもスピードはドンドン落ちていく。乗客達も異変に気づき、ざわめき始めた。
次の車両へ入ると、トイレの前に立つ。また鍵が掛かっている。

なんてタイミングが悪いのだ!

優李は急いで前の車両へ進んだ。とうとう列車が止った。
次の車両へ入ると、トイレの前に立ちボタンを押す。扉は自動で開いた。彼女急いで中へ入ると、扉を閉じて鍵をかけた。

 ル・ルーは急いで車両の扉を開けると、窓から外を見た。列車はすでに止まっている。
彼女はきょろきょろとあたりを見回し、トイレの扉を眺めるとホッとしたような顔をしてニカッと笑った。すぐに車両の壁に触ると言葉ではない、さらさらとした音を3つ声にした。

それからル・ルーは、両手をピッタリと重ね合わせ、互いの掌をずらして動かすと手を離した。彼女は一瞬少し悲しげな顔をした。しかしそれは一瞬で彼女はまた何か不可解な言葉を呟いて扉を指でなぞった。
その時、ル・ルーの後の扉が開いた。

 「ル・ルーさま、お嬢さまはどちらに?」 ばあやは尋ねた。
 「この中。」
ル・ルーは答えた。
 「左様でございますか。間に合ってようございました。」
ばあやはほっとした様子で言った。
 「だけど、ジャンヌにおねえちゃまの事、頼まれたのに・・・」
ル・ルーは俯いた。ばあやは優しく声をかけた。
 「クレマン様からのご命令でございますよ?」
 「だけど!クレマンはわがままなんだもん。いつもル・ルーに約束は守りなさいって言うのに!それなのに・・・」
 「・・・血は争えません、よう似ておいででございます。」
ル・ルーはばあやを睨んだ。
 「似てないもん!」
 「それよりもおいでになったようですよ?」 

その時、前の扉が開いた。二人はそちらに視線を向けた。そこには数人の男と女の姿があり、ル・ルーは彼らを見ると嬉しそうに手を振った。
彼らは二人に気づくと驚いた様子で顔を見合わせた。そして、彼らの中の一人の男に一斉に視線を移した。彼は皆に何か囁くと先頭に立って通路を歩き、ル・ルーの前に立つと愛想良くにっこりと微笑んで礼を取った。

 「お久しゅうございます。まさかこのようなところでローランシー家の姫君にお会いできるとは思いもしませんでした。」
 「フレッセル、ゲメネの大おじいさまは元気?それからグリゴリーのご機嫌は?」
ル・ルーは男を見上げて尋ねた。
 「ええ、それはもう。」
 「でも、これで2人ともご機嫌悪くなっちゃうかもね。」
うふふと嬉しそうに少女は笑った。
男は無表情のままトイレの扉をちらりと見て彼女を見つめた。

 「ル・ルー様。」
 「なあに?」
 「・・・お開けください。」
 「いやよ。」
 「何故ですか?」
 「だって!おねえちゃまをいじめるんでしょう?」
男は驚いた様子で答えた。

 「まさか!私が!!」
 「えー!!フレッセルは大おじいさまやグリゴリーがしなさいって言えば何でもするわ。」
 「オスカルさまは、ジャルジェ家の次代の当主となられるお方ですよ?そのような事、お2人がなさるはずが・・・」
 「真っ先にしそうだけど?」
 「ル・ルー様!それはあまりにもひどい誤解!」

男はとんでもない!という様子で叫んだ。
ル・ルーは少し考え込んだ。

 「それじゃあ・・・リールへ着いたら考えてもいいわ。」
 「それは出来かねます。」
 「じゃあ、駄目。」
 「それは困ります。」
 「でも、ドアは開けないもん!」
ル・ルーはふくれ面をして答えた。
 「いいえ、開けていただきます。」
男は能面のように無表情で見つめた。

 「オスカルさまをお渡しください。」
 「いや。」
 「ドアを開けなさい!」
 「ぜったいに!いや!」
二人は睨み合った。

 「ル・ルー様。そのように強情を張られると、わたくしもそれなりの手段を講じなければならなくなりますよ。」
男は笑ったが目は少しもそのようには感じられなかった。ル・ルーは人形をぎゅっと抱きしめて男を睨んだ。
 「でも開けないもん!」
 「致し方ありません、それでは手段を講じさせていただきましょう。」
ル・ルーはそれを聞くと、人形を強く抱きしめ、怯えた様子であとずさった。それを見て男は笑った。
 「開けていただけますね?」
ル・ルーは俯いた。彼女はそのままで口を開いた。

 「でも、ル・ルーはもう手段こうじちゃったもん。」

次の瞬間、ル・ルーの持っていた人形が動いて何か小さなものを男に投げつけた。するとそれはあっという間に無数の栗に変わり、瞬時であたりを埋め尽くした。 フレッセルが声を発しようと開けた口の中にも栗が入ろうとしていた。彼は慌てて口を閉じた。視界は真っ暗で何も見えなかった。その時彼の頭の中に声が響いた。それはル・ルーからの心話だった。

 『おしまい。じゃあね、フレッセル。』

ル・ルーはふうと息をつくとばあやを見た。
 「終わったよ。ばあや、席に戻ろう。」
 「何をなさったんでございますか?」
 「あのね、あの車両ごと封印しちゃった。」
ル・ルーは楽しそうに答えた。しかしばあやは心配そうに尋ねた。

 「ですがル・ルーさま。彼にとってはあれしきの封印ではそう長いこと閉じ込めてはおけません。」
 「だって!おねちゃまの入ったトイレを檻に入れておくのが大変なんだもん。それにフレッセルの方は15分だけでいいもん。もう少ししたらステファンが来るもん。」
ル・ルーは口を尖らせた。

 「ステファンが!まあまあ、それなら問題ございませんね。」
ばあやは安心した様子で言った。
ル・ルーは頷くと、くすくすっと笑った。
 「また大おじいさまに怒られちゃう。っと!その前にグリゴリーね。フレッセルかわいそう。」
ル・ルーはまた楽しそうに笑った。