アランは天を仰いで 「ふう」 と大きく息をついた。
 「アラン、少し休め!」
ピエールが声を掛けた。
 「いくらお前でもこれは無茶だぞ。」
 「心配ない。」
アランは答えて、グレネード弾に気を込めると装てんして扉に向けて撃った。

爆発音の後に、かすれるような弱々しい音が続く。アランは同じようにして、また扉めがけて撃ち込んだ。
先程と同じ爆発音。しかし軋む音はしなかった。アランはもう一発、弾に気を込め装てんして扉に向けて撃った。やはり軋む音はせず、扉は沈黙したままだった。しかし、扉からゆっくりと漏れ出るものがあった。得体の知れない重い空気。それはあっという間に中庭じゅうを覆いつくした。

 「・・・殺気だぞ、アラン。」
 「ああ、いい感じだ。」

アランはオリヴィエに返事をして、彼に銃を渡すと剣を1本だけ受け取った。
その時、扉がゆれた。

 「アラン!来るぞ!」
他の男が叫んだ。
 「騒ぐな。分かっている。」
アランは答えると扉を見た。扉には文字はぎっしりと書かれていたが、ほとんどは光を失っていた。
その扉に向かってアランは声を掛けた。

 「さっさと出て来いよ。仕事の時間だぜ?」

その声が終わるや否や扉の表面からゆっくりと指が―――それはすぐに足のそれだと分かった。それから手が、すぐに体と頭が同時に現れると、それに伴って足がそして手と体が現れた。扉の高さは3メートル程あったが、背はその扉より大きかった。大きな男、それは巨人だった。
腰に皮の様な物を巻き、その端を右肩で結んだ服というより布を身に着けただけのそれは、大人しそうな面持ちで昔話に出てくる人のよい大男といった風情だった。目さえなければ。

無数の黒い目があった。顔といわず身体も手足もそこらじゅうが目で覆われていた。目はきょろきょろと好き勝手な方向を見ていたが、アランを見つけると動きがピタリと止まった。全ての目の視線がアランに注がれた。巨人はニタリと笑った。口元からダラダラとよだれがこぼれて、巨人はそれを手の甲で拭いた。

巨人は手を扉に入れた。するとそこから木製の柄のようなものが現れ、それをつかんで引き抜くようにして取り出して出てきた物は、巨大な鉈だった。総ての目が再びアランを見ると、巨人は嬉しそうに舌なめずりした。彼は片手で楽々とその巨大な鉈を肩に担ぎ、中庭の倒れたばらの木の上をアラン達に向かって進んだ。

アランは剣を鞘から引き抜くと鞘を捨てた。アランはゆっくりと巨人に向かって歩いた。アランは巨人の5メートル程手前まで来ると立ち止まった。すると巨人は手に持った鉈を地面に叩きつけるようにして突き刺した。

 「そのデカい得物は使わないのか?」
その言葉に巨人は舌なめずりしてニタリと笑った。アランは不快感を露にしながら言った。
 「そうか、それは調理用か。だがな、俺は食われてやるつもりはないぜ。」
アランはホルダーから銃を抜くと弾を撃ち込んだ。しかし巨人はことなげに全てをかわした。
そしてアランの顔より大きな拳がアランに襲い掛かる。アランはそれを避けて間合いを取ると巨人に言った。

 「その目は伊達じゃないな。」

アランの言葉に巨人は吼えた。自分の力を誇示するように。そして再びアランに殴りかかった。アランは際でかわすと今度は剣で刃風を叩き込んだ。しかし巨人は、まるで猫のようにしなやかに動くと、あっという間にアランから間を取ってそれを防いだ。そしてすぐにアランに迫ると殴りかかる。 アランはそれをかわした。しかし風圧で後退させられて巨人との間が開いた。

それを見て、男達は銀製のスラグショット弾を情け容赦なく巨人に浴びせた。
巨人は器用にかわした。しかし数発は巨人の身体を直撃した。巨人の動きが一瞬止まった。しかしブロックを粉々に破壊し、自動車のドアを簡単に貫通するその弾は巨人の身体に傷一つ付ける事が出来なかった。

隙を見て、アランが剣で切りかかる。しかし器用にかわし、巨人は間合いを取った。巨人はニタリと笑うと、あっという間に間合いを詰めアランに迫ると殴りかかった。アランはそれをかわしながら思わず舌打ちした。

デカイ図体にしては恐ろしく動きが早い!
こうしている間にも勇が・・・クソ!早くこいつを何とかしないと!弱点は何だ?オークとかゴブリンとかの類に違いない。それに俺はこいつを何処かで見た覚えがあるんだ。一体どこだ・・・

アランは間合いを取ると剣で作り出した刃風に気を載せると巨人めがけて叩き込んだ。巨人はまたしてもすばやく動いたが、かわしきる事は出来なかった。刃風は彼の体の表面を裂いた。巨人は悲鳴を上げると飛びのいてアランからの次の刃風による攻撃を防いだ。つかさずアランは銃で弾を撃ち込んだ。しかし巨人は素早くかわした。巨人の顔の鼻をはさんで左右にある2つの目がアランをじっと見ている。しかし、他の目は次の攻撃に備える為かギョロギョロを不気味に動く。

あの目がマズイ。あれに俺の動きを見切られている。何とかしなければ。でないとあの・・・
アランはようやく思い出した。
百の目を持つ者。そうだ!ギリシャ神話の眠らぬ番人!

 「アルゴス!」

アランは叫んだ。それを聞くと巨人は雄叫びを上げながら突進した。アランは、剣で胴体を突こうとするが巨人は簡単に避ける。その時つかさず巨人の拳がアランに迫る。アランはそれをかわした。しかしまたもアルゴスの拳。何とかかわすが風圧で跳ね飛ぶ。援護の射撃が巨人を足止めの為に撃ち込まれた。アランは急いで態勢を立て直し、間合いを取った。頬が切れて血がにじむ。

指輪は・・・勇に貸したままだったな。まったく!いいタイミングだぜ。
それよりこいつを倒したのは誰だった?

 「剣をくれ!」

アランの声に、男がアランに向かって剣を投げた。アランはそれを受け取ると鞘を捨て、2本の剣の刃を下にして垂直に立て正面に構えた。拳が来る。剣を正面で交差させて受け止めて思い出す。

そうだ!ヘルメスだ。百目を眠らせて首を刎ねた!目だ!
睡眠効果の呪文は・・・ええい、くそ!俺は魔法は苦手なんだ。そもそも俺の魔法がこいつに効くのか?

 「援護頼む!」

アランは叫んだ。
それを合図に巨人に集中砲火が浴びせられた。アランは頭の中で急いで言葉を組み合わせ、詠唱した。しかし、巨人の目は閉じる気配もない。それどころか再び拳が迫る。アランはそれをかわした。そして援護の射撃、もう一度アランは呪文を詠唱した。

アルゴスの動きが止まった。しかしそれは射撃によるもので呪文によるものではなかった。長くは続かず、すぐに拳がアランに襲い掛かった。
攻撃を避けながらもう一度呪文を繰り返すが、やはり効果はない。
俺の魔法じゃ、話にならん!

 「アラン!ボスの弾使うぞ!」

オリヴィエの合図で再び援護の射撃。【少しも楽しくないダブルオー】が撃ち込まれた。
巨人は素早くかわす。だが、弾はまるで追尾プログラムでもされたように―それは余りにも素早くて何がおこったのかその場にいた男達にも分からなかったが―確かに避けたはずの弾は全弾が巨人の身体にのめり込んだ。巨人は苦痛のあまり声を上げた。アランは素早く近づいたが百の目がそれを察知する。巨人は腕を振り回しながらアランに突進した。

アランはすばやく身を屈め片膝を付きながら、1本の剣を置いてホルダーから銃を抜いて巨人の顔面めがけて弾を叩き込んだ。突進してきた勢いと下方から撃ち込まれた弾の力でカウンターを食らった形になり、巨人は前のめりに倒れ込んだ。アランはその隙にマガジンをチェンジをして更に弾を撃ち込んだ。しかし巨人は地面に突き刺してあった巨大な包丁を掴むと、自分の身体の前に突き刺した。弾は弾き飛ばされる。巨人はそれを盾にして立ち上がった。

 「タフな奴だぜ。」
アランは思わず呟いた。だがもう一息だ!急がないと!こんな所でもたもたしている時間はないんだ!

 「ボスの弾だ!頼む!」
アランは叫んだ。援護の射撃の爆音が続いて、確かに弾は当たった。しかし何の変化も起こらず、アルゴスは巨大な包丁を盾にしながらアランに突進した。アランはマガジンを替える隙を見て、巨大な包丁が彼めがけて振り降ろされた。アランの髪がぱらぱらと宙に散った。

 「オリヴィエ! ボスの最後の弾だ!何でもいい!使っちまえ!早く!」
男達の一人が叫んだ。同僚の言葉を聞くまでもなく、オリヴィエは銃に弾を装填していた。急いで構えながら叫ぶ。
 「アラン!ボスの最後の弾だぞ!」
オリヴィエは巨人にめがけてそれを撃ち込んだ。

それは一瞬で直径3メートルほどの真っ赤な球体になり、アルゴスを飲み込んだ。
それと同時にアランの 「下がれ!建物に隠れろ!」 という怒鳴り声が響いた。男達は慌てて走って球から離れた。
球はあっという間に膨れ上がった。そして中庭を半分ほど覆い隠すほどの大きさで止まると、今度は収縮を始めて5メートル程の大きさになった。その球が恐ろしいほどの熱源だという事は誰にも分かった。球の中に黒い人影はゆっくりと融けるようにして姿を消した。男たちは建物の陰に隠れて先にあるその光景を呆然と見つめた。

 「これは一体・・・」
 「倒した・・・のか?」
 「というか、溶けちまった。」
 「これが魔法の力?」
 「だがこれは・・・・俺達が使っていいような代物ではない気がするのだが・・・」

 「よくも、ど素人にこんなものを・・・」
アランが呟いた言葉を聞いて男達がアランを見た。
 「アランこれは、なんだその・・・・・何だ?」
 「ボスの火焔属性の中でも屈指の攻撃呪文だ。但し、制御するのが非常に困難だ。」
 「困難?では・・・制御出来なかったら?」
オリヴィエが恐る恐るアランに尋ねた。
 「皆無事だったんだ。それで良しとしようぜ、オリヴィエ。」
アランは赤い球を睨みつけながら答えた。オリヴィエは赤い球を呆然と見つめた。そして他の男達は顔を見合わせて力なく笑った。

球体は尚も赤く輝き続けた。あたりはその熱と光で煌々と輝き、熱の所為で上空の空間が歪んで見える。球の側の薔薇の木の緑葉が干からびていく。みずみずしかった葉はまるでドライフラワーのそれに変わった。そして緑のそれは茶色にそれは薔薇の花も同じだった。ついに球体に最も近い薔薇の木が発火した。それはあちこちで火の粉を上げた。
オリヴィエが我に返って慌てて叫んだ。
 「消火栓だ!ホースをもってこい!」
その声に男達も気づくと一斉に走り出した。

 「オリヴィエ。」
名前を呼ばれて、オリヴィエはアランを見た。
 「中へ入る。」
オリヴィエは驚いて叫んだ。
 「無茶だ!この熱だぞ!それに・・・・」
 「足に火が着く前に中に飛び込むさ、見ろ!」

その言葉に彼が球のあった場所を見るとそれは見る見るうちに小さくなってかわりに四角く切り取られた空間徐々に見え始めた。

 「ラソンヌ先生を頼む。」
 「わ、分かった、アラン。気をつけるんだぞ!」
アランは頷くと四角く切り取られた空間に向かって走り出した。

アルゴス
ご存知、アランの 「約束なんざ・・・このさい・・・・・・アルゴスに食わせっちまえってんだ!」 の迷台詞(^_^;)に登場する、ギリシャ神話の百目の巨人です。このアルゴス、実際は巨大な鉈など持っていませんし、勿論食人鬼でもありません。