70
アランは扉に崩れるようにして倒れこんだ身体を必死に起こそうとした。額の血管が浮き上がる。アランは何とかして扉に手をかけて立ち上がろうとしたが出来ず、膝を着いたまま必死に耐えた。額に汗が浮かんで地面に落ちた。
畜生・・・俺が気を込めた最後の弾だ。
ようやくアランは扉に手をかけて扉を這うようにして身体を起こすと、力を振り絞って扉に呼びかけた。
「勇!勇!勇!」
しかし返事はなかった。
アランは扉を叩きながらもう一度 「勇!勇!」 と叫んだ。
やはり返答はない。
アランは扉を背にして必死で呼吸を整えた。そして扉を向くと何とか立ち上がりそれに手を置いた。問い掛けの為の特殊な単語を頭の中で組み合わせて唱えたが、扉は答えなかった。アランはもう一度繰り返した。
「愚者は何処」
しかし、その問い掛けにも応じず、扉は沈黙を守ったままだった。
「愚者は何処!」
アランはもう一度呼びかけた。しかし返答はなかった。彼は扉に拳を叩き付けた。
もう日没から1時間近く経つ。それなのに勇は出てこない。扉は開かない。そして・・・優李がフランスに向かっている。
アランは脇のホルダーから銃を抜くともう一度深く呼吸をした。
彼は扉から離れると銃口を扉に向け引き金を引いた。ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!と腹に響くような音が立て続けにした。アランは装填された弾を全部撃ち込んだ。しかし、弾は扉に力だけが吸収されてボタボタと地面に落ちた。扉には傷一つ、ついていなかった。
「やってくれるぜ。」
こめかみを押さえながらアランは呟いた。
見た目は朽ちた木の扉だがそれは表面だけだ。龍達の許可なく中へは入れない、封印された扉。
封印は魔法詠唱?それとも文字?否、もっと特殊なものかもしれない。何であろうとも簡単に解けるような代物じゃない。
マガジンホルダーから新しいマガジンを取り出すとアランは 「ふう」 と大きく息をついた。それからマガジンを握りこんで、全神経を集中する。空のマガジンを落とすと、しっかりと“気”を込めたマガジンを装填してストッパーを外し扉に撃ち込んだ。
ドォン!ドォン!ドォン!という音の後に、今度は キーン という高い金属音が重なって続いた。
弾は扉を擦るような音を出しながらに遮られ落ちる。アランは新しいマガジンを取り出して同じ事を繰り返した。
20発程撃ち込んで扉に現れたものは、わずかばかりの青白くぼんやりと光る細かい文字だった。
しかし、アランがそれに触れるとキーンという金属音と共にその文字は跡形もなく消えてしまった。
アランは舌打ちした。
封印は、音と文字の組み合わせ呪文だ。音が文字を守ってやがる。
アランは、ばらの花を掻き分けて狭い通路を抜けると中庭を出て急いで走った。するとやはり同じように数人の男がこちらへ走ってくるのが目に入る。
「アラン!今の銃声は!何があった!」
しかしアランは、それには答えず走りながら逆に聞きかえした。
「オリヴィエ、ランチャーはあるか!」
「ない!」
「ならバレッタでもいい出してくれ!」
「バレッタなんぞあるか!M700しかおいてないぞ。」
「狙撃銃じゃない!欲しいのは装甲貫通出来るヤツだ!他に何がある!!」
オリヴィエはアランの横を走りながら考え込んだ。
「M4カービン用のM203ならHEDP弾があると思うが・・・」
「それでいいから出してくれ!急げ!!」
アランはオリヴィエを怒鳴りつけた。オリヴィエはアランの剣幕に呆れたように尋ねた。
「アランお前、一体何をする気だ?」
「榴弾に気を込めて扉にブチ込む!」
「正気かアラン!そんなことをしたら龍達の逆鱗に触れるぞ!!」
オリヴィエが叫んだのを聞いてアランは立ち止まると怒鳴りつけた。
「勇が中から出て来ない!!奴はきっと勇を殺す気だ!もしそれが目的なら優李も危ないのだぞ!」
その言葉に男達は顔を見合わせた。
最初に気づいたのはオリヴィエだった。彼は同僚達に叫んだ。
「エド!モーロワ!ボスに連絡だ!それからステファンにもだ!ピエール!屋敷にいる人間を安全な場所へ避難させてくれ。」
「わ、分かった!」
男達は四方に散らばった。
警備室に入るとオリヴィエは皆に状況を説明した。
その間にアランはロッカーを開け、剣を2本取り出すと中に上着を放り込んだ。
モーロワは携帯をかけながらロッカーからベストを取り出してアランに放り投げた。
「アラン!ステファンからだ。これを使えと!強化タイプらしい。ホルダーもある!」
「メルシ、助かる。」
アランはそれを受け取ると肩のホルスターを外し、急いで着るとベストにつながれたホルダーを太腿につけた。そしてロッカーから別のハンドガンを取り出すとそれをホルダーにしまった。
「封印解除の方法は分かっているのか?」
男の一人が自分も準備をしながらアランに尋ねた。
「音による防御だ。それを破って封印文字を消す。」
「そうじゃない!問題はそのあとだ!」
「分かってるさ。すんなり入れてくれるなんぞ思っちゃいない。」
「アラン!聖なる銀製のスラグショット弾がある。役に立つか?」
男の1人が叫んだ。
「対獣人用なら普通のよりはずっとましだ、それで援護頼む!」
ベストに付けられたポーチにマガジンを入れながらアランは答えた。
「ギー!銀製スラグあるだけ出せ!」
「了解!」
その時、男の一人が思い出したように叫んだ。
「そういえば魔法効果付きの弾があるぞ!俺達用の!」
その言葉に男達は顔を見合わせた。
「・・・あれか。」
「あれなら使えるかも知れん。」
「お前ら用の魔法効果付き? 何だそれは?」
「ダブルオーバックだ。プラスチックの表面に魔法文字がびっしり刻んである。何でも中の鉛の粒1個1個に詠唱魔法と特殊な仕掛けがしてあるそうだ。」
アランは驚いて、答えたオリヴィエを見た。
「火薬の反動で魔法が起動するようにか?誰がそんな馬鹿みたいに手間のかかる面倒な事を?」
「ボス。」
「クレマンが!」
驚いたようにアランが叫んだのを聞いて彼は答えた。
「2ヶ月前、仕事をサボってふらふら遊びに来た所をステファンが捕まえて罰としてやらせた。7弾しかないが。」
「ヤツのお手製ならそれで十分だ。で、魔法内容は?」
「分らん。【少しも楽しくないダブルオー】が5弾 と 【笑うしかないダブルオー】 と 【勇気が必要なダブルオー】 が1弾づつ。」
それを聞いてアランは思わず顔をしかめると 「あの馬鹿が。」 と呟いた。
「いつもの事さ。」
男の一人が事もなげに答えた。
「ステファンが言うには 【笑うしかないダブルオー】 と 【勇気が必要なダブルオー】 が最強か最悪のどちらかだろうと。だから万が一でも使わざるおえない事態になったら、まず 【少しも楽しくないダブルオー】 を使えと言われている。一番数が多いし、ボスが“少しも楽しくない”などと名付けるのだからきっとまともな弾だろうからと。」
「よし!どうしてもの時はまず 【少しも楽しくないダブルオー】 で援護を頼む!お前ら用だ。凄まじい威力はないだろうが銀製スラグよりは効果があるだろう。」
「分かった、モーロワ!」
男が呼んだ人物は 「すぐに準備する!」 と言うと武器庫に走った。
男の一人がいまいましげに言った。
「力を使える奴が全員駆り出されてお前しか居ないこんな時に!」
「それが奴の狙いだろう。」
「アラン!!HEDP弾は約50。それで足りるか?」
「分らん、通常の榴弾も出してくれ!」
「M4の弾の予備はいるか!」
「そちらはいい!」
アランはM4を受け取るとアランは警備室を飛び出した。
その後を8名ほどの男達が追う。
アラン達が中庭ピエールが走ってきた。
「ピエール!避難の状況は?」
「全員避難させた。ムシューがドイツへ長期滞在してるから人数が少なくて助かった!」
ピエールは答えた。
「剣を持っていてくれ。」
アランは剣を渡すとグレネード弾を受け取り、掌でしっかりと握った。かなり時間をかけて“気”を込める。それから銃の下部に取り付けられた筒を前へ引き出し弾を装填すると「何が来るか分からん、気をつけろよ!」と声を掛けると中庭の中心、30メートル程離れた井戸に標準を合わせ、引き金を引いた。
衝撃と爆発音、そしてキーンという金属音が響く。暫くして煙の中から現れた光景はいつもとまるで変わらぬもので、ただ違うのは中庭の白い薔薇の花弁がひらひらと舞落ちている事だけだった。
「なんてこった・・・・」
男達の一人は呆然として呟いた。
アランは顔色一つ変えず、すぐに次のグレネード弾を取り出すと先程と同様“気”を込めて装填した。そしてもう一度井戸に向けて狙いを定めると引き金を引いた。
先程と同じ爆発音に、今度は列車が急ブレーキを掛けたようなギギギィーという甲高く軋む音が加わる。暫くして煙の中心から井戸ではなく、紙のように薄い木の扉が現れた。そして周囲の薔薇はその扉の周り1メートルほどが折れ倒れていた。
アランは再び弾を取り出すと先程と同様“気”を込めて装填し、狙いを定めると引き金を引いた。
「・・・勿論!引き続き日本での警備は継続していただきますよ。ええ、勿論です。ええ。そうですね。それはまた後日ゆっくりと・・・ええ、フランを連れて来日の際に。それでは。」
「まったく!息子より父親の方がたちが悪い。」
クレマンは呟きながら電話を切るとディアンヌに尋ねた。
「で?アラスの井戸には誰を?」
「ドルリー、フィアロの2名。 彼らのサポートに5名。」
「十分です。陽動は?」
「チャーターした輸送機でリール空港に向かっています。あと私の判断でリールの警察を動かしました。」
クレマンは頷いた。
「警察は邪魔なだけですが、いかにもこちらが間に合わない感じですね。いい判断ですよディアンヌ。ラ・メゾン・アンジュはどうなっていますか?」
「アンジュはジュールが指揮を。打ち合わせ通りシャロンとミシェルが優李をお連れする予定です。」
「フレッセルは?」
「相変わらず車で移動中です。国道7号を東へ進んでいます。ステファン他3名が追跡中です。」
「よろしい。」
その時、携帯の着信音が鳴った。クレマンは掛かってきた相手を確認して眉を顰めた。
クレマンは携帯の通話ボタンを押した。
「私です・・・分かりました、すぐに戻ります。」
クレマンは通話を切るとディアンヌが心配そうに尋ねた。
「何かありましたか?」
しかしクレマンは何も言わず、かわりにディアンヌに目配せした。ディアンヌは頷いた。
そして彼は誰もいない部屋の中央の何もない場所に向かって優雅に片手を前へ差し出すと頭を下げ古風な礼を取った。
「ゲメネ様、このような所にわざわざおいでにならずとも、お呼びいただければ何処へとも参上仕りましたものを。」
クレマンは唐突に現れた人物の1人に慇懃に挨拶をした。
「なあに、所詮幻影よ。たまには生身のそなたの顔が見たくてな、グリゴリーがそなたに用があると申したので付いて来たまで。」
ゲメネは自分の側に控えているオールバックの長い黒髪に長いあごひげを蓄えた60才前後の男を見て言った。
クレマンはその男に挨拶をした。
「お久しゅう、グリゴリー・ラスプーチン。」
「お久しゅう、最後のクレマンであり、占い師の名を継ぐお方。」
それを聞いてクレマンはニッコリと笑った。
「昨春のスコットランドでの交霊会以来ですか?」
「ですが生身の身体で会うのは17年ぶりです。あなたは相変わらず若々しい。」
「君の方こそ。相変わらず見事な黒髪と顎鬚ですよ。白髪の一本すら見つけられない。それにしても1人とは珍しい。どうしました?」
「フレッセルは休暇中ですよ。私はあなたほど人使いは荒くないのでね。大切な部下にはきちんと休みを取らせます。」
クレマンは驚いて答えた。
「おや、私もちゃんと休みは与えていますよ。ただ部下が休まないだけです。困ったものでしょう?」
「ディアンヌ?」
その時ゲメネが突然ディアンヌを見て声を上げた。
「やはりそなた、ディアンヌか!」
「お久しゅうございます、ゲメネ様。」
ディアンヌは挨拶を返した。
「大きゅうなって。アランの服の裾を掴んで泣いていたのが嘘のようだ。恋人はいるか?いないならフレッセルはどうだ。あれは良い男だぞ?」
デイアンヌは曖昧に微笑んだ。
「ああ、そうだったな。アランがウィと言うまい。まずアランを何とかせねばなるまい。クレマン、アランはあいも変わらず6つ、7つ年上の気の強い背の高い知性的なブロンド美人か?」
ゲメネは尋ねた。それを聞いてクレマンは笑った。
「はい。懲りもせず。」
「そちからアランにいい加減にせいと言うてやれ。きゃつではそのような女子、少しも釣り合わぬわ。そうよの、あれには・・・」
ゲメネは考え込むような仕草の後、楽しげに言った。
「黒髪に黒目のアランより10歳年下の日本人が似合いであろう?名前はなんと言ったか・・・そうだユウだ。オスカーの娘がオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェだった時の従者であった。」
「幾つか訂正させていただきたい点はございますが・・・」
クレマンは嬉しそうに笑った。
「流石ゲメネ様!私も実はそうではないかと思っていたのですよ!あれほど似合いのカップルはありません。愛ですよ、愛ですねえ。」
ゲメネは部下と顔を見合わせた。
「ユウは・・・確か男だと聞いていたが?」
「ええ。それが何か?」
クレマンは平然と答えた。ゲメネは驚いた様子で尋ねた。
「アランには、そういう趣味もあったのか?」
「いいえ、少しも。」
クレマンはきっぱりと答えた。ゲメネは訝しげにクレマンを見つめた。
「もしそうだったら、とても、とても、とても面白いと思っただけです。」
それを聞いてゲメネは苦笑した。
「そなたは変わらぬの。」
彼はそれだけ言うとグリゴリーに目配せした。クレマンは気づいて尋ねた。
「もうお戻りでございますか?」
「儂はそなたの顔を見に来たまで。それに忙しいのであろう。ああよい、よう分かっておる。日本からオスカーの娘が来ているのだろう。流石に2度目は耐えられぬか?」
クレマンは黙って微笑んだ。
「それよりこちらの方が厄介か?ユウはまだ扉の中から出て来ぬのであろう?」
「まさかそんな・・・」
ディアンヌが絶句した。
「グリゴリー。」
ゲメネは部下に声をかけた。
グリゴリー黙ったまま、主人に礼を取った。
クレマンも最初の時と同様慇懃に礼を取った。
それと共に、ゲメネの姿は忽然と消え、グリゴリーだけが残された。
「ディアンヌ。」
クレマンはディアンヌの名を呼んだ彼女は慌ててクレマンを見た。
「下がっていなさい、10分で終わります。」
「それだけしか私には時間が割けぬのというのですか?」
グリゴリーは尋ねた。
しかしそれには答えず、クレマンはもう一度ディアンヌの名前を呼んだ。
「ディアンヌ!」
「クレマン駄目です!結界が!」
ディアンヌが声を上げた。
「私は、1時間は欲しいのですよ。」
グリゴリーは答えた。
クレマンは不思議そうな顔をして彼を見た。
「どうしたのですグリゴリー?このような無茶をされるとは。」
「では、このような場合、あなたならどうなされる?」
それを聞いてクレマンは考え込むと頷いた。
「確かに君の言う通りですね。でもグリゴリー、この私に足止めとは少し考えが甘くはありませんか?」
「ですから枷を付けさせていただいた。」
「ほう?枷ですか。」
クレマンはちらりとディアンヌを見た。
「彼女だけでは、大魔導士であるあなたは抑えられませぬ。何せあなたは、最も忌まわしき3番目の称号を持つお方。」
クレマンは肩をすくめて見せた。
「まるで悪性腫瘍のような言い方ですね。まあいいでしょう、それでビルごと結界を張った言われるのですね。」
「ええ。それと誤解されては困るので言っておくが、これは足止めではない。これは即ち・・・」
グリゴリーの瞳がきらりと光った。
「ただの私怨ですよ。」
彼は答えた。それを聞いてクレマンは口の片方の端を少しだけ持ち上げて笑った。
「それはそれは!確かに君の立場では邪魔しに来たとはいえませんね。では15分です。」
途端クレマンの目が冷え、表情が変わった。その途端彼の周囲に禍々しい気が集まる。
「私怨は偽りではないでしょうからね。それに敬意を表して5分だけ追加してあげましょう。」
| back | pretended story 1 | next |