リオンは闘う。だが馬はもたぬ。
しかし従者はいまだ戻らず。
そして23日目。
5頭目の馬がいなくなり、そしてもはや馬は一頭もない。
それでもリオンは闘った。
(ジャルジェ家覚書ヨリ)

■決闘開始から24日目

 おれはあっけに取られて目の前にある原寸大模型を見上げた。
3週間ぶりで見た原寸大模型は、本物の城と同じように壊れていた。
『本物の城と原寸大模型はシンクロしていて同じように壊れるんじゃないか?』 って浮かんで・・・それから気づいた。 模型の横にブルドーザーやクレーンやその他色々。原寸大模型はわざと同じに壊されたんだ。

アランは3人のおばさん達と話している。彼女達は、普通のおばさんで、普通の格好だった。だけど3人共の同じ髪型に、同じコート。手には同じ手袋だ。もしかしてコートを脱ぐと同じ服を着てたりして・・・・そんな訳ないよな。
アランがお礼?を言うと、彼女達はエンジンの掛かったままの自動車に乗り込んで、コートを脱いで・・・げ!同じ服じゃん、3人とも!

 「おい!ボオッーとしてるんじゃない!さっさと手伝え!」
 「あっ、うん。」
アランがおれに声を掛けたのでおれは慌てて返事をした。
今日のアランは、いつにも増して機嫌が悪い。クレマンから昨夜のことを聞いたのかもしれない。

 クレマンは・・・クレマンは、今朝は何も言わなかった。
いつもと同じ。昨日の事がまるでなかったように振舞っていた。いや、本当にきれいさっぱり忘れたんじゃないだろうか。クレマンにはそういうところがある。もう無駄だと分かって・・・・

 「勇!」
慌ててアランを見ると・・アランがおれを睨んでいる。
 「ご、ごめん。何?」

アランはおれを睨むと、A4サイズくらいの大きさのプラスチック製の容器と紙袋を渡した。そして自分はスプレー缶を・・・それはここへ来る途中で店で買ったものだった。それと他にも色々持って原寸大模型の中へさっさと入っていった。おれも急いでアランの後を追う。

中もやはり同じように壊してあった。だけど壊された所を見るとコンクリートに無数の鉄筋が入ってる。
本物の中は小石と土がいっぱい詰まっていた。そっくり同じに見えたけど、やはり違うのだ。
そしてもう一つおかしな事があった。パリってめちゃくちゃ寒いのだ。それなのにこのコンクリート製の建物の中は扉の中と同じで暖かい。
どうなっているんだ?

 「ねえ、アラン。なんだか妙に暖かい気がするんだけれど、気のせいかな?」
おれは恐る恐るアランに聞いた。
 「アデレイドの3姉妹に頼んだからな。」

3姉妹?さっきのおばさん達か?おれは聞こうとした。だけどアランはドンドン城の奥へ入って行く。
おれは急いでアランの後を追った。 アランは梯子階段をよじ登ると2階の一番小さい部屋だったところへ来ると回りを見回した。今はここが一番広い部屋だ。壁はもうなくて3部屋ぐらい続きになってしまっている場所。

 アランは持って来たスプレー缶のふたを取ると缶を振りながら壁の一つに近づくといきなりスプレーを吹き付けた。
 「ア、アラン。一体何するつもり?」
 「うるさいヤツだな!黙って見てろ!」
アランはまた怒鳴った。今日はもう何も言わない方がいい、きっと。

スプレーは銀色で、アランはそれで壁一面に色を付けていく。
最初は壁にただ色を塗ってるのだと思ったが、すぐにそうでないのが分かった。
それは次第に何かの形に変わっていった。何だ、これは?つぶれたキリン、いやキリンじゃない。しっぽが長すぎるし、胴体には角のようなものが刺さってるし、それから・・・

 「銀龍だ。似てるだろう。」
アランはスプレーを吹き付けるのを止めると、おれに威張って言った。
 「そ、そうだね。」
少しも似てなかったけどおれはしっかりと頷いた。

それからアランは、おれの持っていた容器を開けるようにおれに命じた。
おれはそれを床の上に置いてケースを開けると・・・中にあったのは青い色の銃だった。
おれは思わずアランを見つめた。
アランは何も言わず、それを手に取ると、やはり一緒に入っていた金属製の細長いものを銃のグリップの下から押し込んだ。それから銃の上部を持つと後へ引っ張るようにして動かすとそれをおれに差し出した。

 「ど素人の銃だ。軽いし反動も少なくて連射も簡単。お前でも使いこなせる銃だぞ。」
おれはそれを受け取った。それは青いプラスチックで出来ていた。おれは遠慮がちに尋ねた。
 「アランこれってさあ、プラスチック?」
 「ポリマー樹脂だ。だから軽いし、色もこんな風に好きなのに・・・」
アランは、銃口を覗き込もうとしたおれからそれをひったくった。
おれはわけが分からずアランを見つめた。

 「馬鹿かお前は!」

アランの怒鳴り声に、おれはどうしていいのか分からず黙ってアランを見つめた。
 「優李から何を習った!」
 「何をって・・・別に何も。」
 「何もって・・・銃の扱い方を教えてもらったんじゃないのか!」
 「教えてもらったのは弾に気を込めるやり方だけで・・・」
 「・・・触るのは、初めてなのか!」
 「あ・・・ああ。」

アランは額を押さえてフランス語で何やら不機嫌に呟いた。
 「あの、アラン・・・」
おれが遠慮がちに声を掛けるとアランはおれを睨んだ。

 「いいか、よく聞け!銃口はターゲット以外に向けるな!覗き込むなんてのは論外だ!それから!トリガーには撃つ時以外指を掛けるな。これは絶対だ。分かったか?」
 「わ、分かった。」
アランはおれに立ってさっきの絵のある壁の方を向くように言った。
おれが言われたようにすると、アランは脚の開き方や体の向きなど指示をした。そしておれに銃を手渡した。

 「まず銃の持ち方だ。右手でグリップを握り・・・馬鹿!そんなに強く握るんじゃない。そうじゃなくて・・・」
アランは少し考え込むと 「弓を持つ時と同じ感覚だ。強く握らない、力まない。分かるか?」 と、おれに尋ねた。
おれは弓を持つ時の感覚を思い出して握り直すとアランを見た。アランは話を続けた。
 「それから左手で包み込むように・・・そうだ。で、的はあそこだ。腕は肘を少し曲げて、力むんじゃないぞ、おい!目の高さまで上げるな。視界が遮られるのはマズイ、少し下げて・・・そうだ、そして腹に力入れろ。」
おれが言われたとおり構えると、アランはいきなりオレの腰を叩いた。
 「な、なんだよ、アラン!」
おれはむっとしてアランを睨んだ。だけどアランは全然気にもしていない風に答えた。
 「腰が引けている。腹に力入れて重心落とせ。」
その言葉におれは少し考えて、もう一度構え直してアランを見た。アランは頷いた。

 「よし!では前の龍を見ろ。頭なんぞ狙うんじゃないぞ。胴体だ、一番広い所だ。撃て。」
 「撃てって・・・壁が壊れるよ?」
 「馬鹿か!もう壊れているだろうが。」
 「そ、それはまあ。でも。」
 「跳弾の心配はない。」
 「跳弾て、何それ?」
 「もういい!さっさとやれ、馬鹿が!」
マズい事を聞いたらしい。アランが怒鳴った。おれは慌てて返事をした。
 「は、はい!」

おれは絵の描かれた壁の銀龍めがけて構えた。
 「いいか、トリガーに指をかけて・・・しっかりを引く。これはボウガンと同じだ、分かるな。ではやれ。」

おれは言われた通りに引き金を引いた。すると突然大きな音がして何か飛び出して腕が上に跳ね上がった。
 「なんか上に・・・飛び出した。」
 「それは空薬きょうだ。それより壁だ、見ろ。」
アランに言われて壁を見ると、シッポの付け根あたりに穴が開いている。

 「す、すげー!当ったよ、アラン!」
すげー、おもちゃじゃないんだ、本物だ。
 「こんなので一々感動してるんじゃない!ほら!構えろ。」
 「あ、ああ。」 おれは銃を見つめながら返事をした。
 「次は5発続けて撃ってみろ。慌てなくていいからな。」

引き金を引く。すると弾はその度に凄い音と共に出た。
おれはアランを見た。アランはおれに 「今度はもう少し早く打ってみろ。残りは9発ある。全部撃て。」 と言った

 全部撃ちつくすとアランがおれに手を出したのでおれは銃を渡した。アランは銃を受け取とると、グリップについたボタンのようなものを押して・・・さっき入れた金属のケースを取り出した。そしてそのケースと同じ形状のものを銃に填め込んだ。
それから、先程と同じように銃の上の部分をスライドさせてからおれに渡し、「弾が無くなるまで全部撃て。」 と言った。

おれはアランに言われた通り、的に向かって引き金を引いた。弾が空になるとまだ先程と同じ、銃からケースを取り出して新しいのに換えておれに渡した。それからアランは黙っておれの腕を角度とかを直すと 「続けろ。」 とだけ言って・・・おれは的に向けて撃つ。弾が無くなるとアランは同じことを繰り返して、やはり黙ったままおれの姿勢とかを直す。
銃の音だけが響く。
どのくらい経ったのだろうか。ようやく銀龍の胴体に弾が集まるようになってきた。

 「よし、こんなものだろう。貸してみろ。」
アランに銃を渡すと、先程と同じようにケースを取り出した。だけど今度はそこに形状は同じで長さが長い別のケース填め込むと少し自慢げに言った。
 「マガジンがグリップから出るがこれはご愛嬌だ、弾が全部で34発だからな。サブマシンガン並だぞ。数撃ちゃ奴に当たるだろう。」
アランは銃の上の部分をスライドさせるとそれをおれに差し出した。
 「だけどアラン、銃は弓以上に威力ないと思うよ。弾に“気”を込めるのって全然・・・・」

おれは受け取った銃を見つめた。
他人に自分の “気” を使わせるなんて絶対にしない。だって他人に自分の命を預けているのと同じようなもので、それだけじゃない。信じられないような集中力とそれから・・・ああ、そうだ。アランは機嫌が悪いんじゃないんだ。

 「アラン!こんなことしたら!」
 「たいした “気” など込めちゃいない。こいつはただの護身用だ、馬鹿。」
アランは面倒くさそうに言った。おれはアランを見つめた。アランはイライラした様子で続けた。
 「辛気臭い顔しやがって!もっとしゃきっとしろ!しゃきっと!」
 「・・・ありがとう、アラン。」
 「あのな、これは俺にとっちゃ大した事じゃねんだよ!だから・・・・しまった!うっかりしてた。」

アランは慌てておれに言った。
 「お前、こいつに名前付けろ。女の名前だ。」
銃に名前?
 「銃ってそういうもの?アランの銃にも名前あるの?」
 「何故俺の銃に名前がいるんだ?」
アランが呆れたようにおれを見た。
 「じゃあ、なんでこれに?」
 「こいつは護身用だ。」
 「どういう意味?」
アランはちょっと考え込んで口を開いた。

 「銃につけた名前は・・・例えば惚れた女の名前だったとする。」
 「うん?」
 「もし、絶体絶命!もう駄目だって思った時に、この銃を見てその女の名前を思い出す。そしたらどうだ?」
どうって・・・そうだな、もう一度会いたいとか、それから・・・
 「どうだ?色々考えるだろうが、未練たっぷり!に。そうしたらお前、こんな所でくたばってたまるかって気になるだろう。違うか?」
考えていたおれにアランは言った。確かにそうだよな。未練たっぷりだ、うん。
おれは納得して頷いた。
 「では、名前を付けろ。決まったか、よし!ジョスか?それともサエコか。」

 「サエコ!冗談!ジョスはいいけど、その名前がついてるだけで!これがおれを地獄へ突き落としそうだよ!」
おれは慌てて叫んだ。アランは怪訝そうにおれを見た。
 「・・・お前の母親の名前だぞ?」
 「だからだよ。とにかく、その名前だけは絶対いい!」
 「それならジョスか?」
 「違う。」
 「では何だ。」

俺は手に持った青い銃を見て、それからアランを見た。アランはニヤニヤ笑ってた。そうか、初めから分かってたんだ。だから銃をこんな色にしたんだ。
おれはアランと目を合わせないようにして答えた。

 「・・・オスカル。」
 「男の名前だぜ?」
おれがアランを見ると、アランはめちゃくちゃ楽しそうにおれを見てた。やな奴だ!
 「女の名前だよ!」
おれはふて腐れて答えた。
 「そうだったな!悪い、悪い。女の名前だ。いい名前だぞ、最高だ。」
アランは面白そうに頷いて言った。

 「よし!では、もう駄目だと思った時にこれを見て優李を思い出せ。そして、もう一度会いたいとか、あの声がもう一度聞きたいとか、やっぱ告っとけばよかったとか、キスしたかったとか、無理やりでも抱いちまえばよかったとか・・・」
 「ア、アラン!」
 「なんだ、違うのか?」
アランはまたニヤニヤ笑っておれを見てる。おれはなんだか情けなくなって俯いた。ホント未練たっぷりだ。
 「だけど、無理やりはないからね。」
おれが答えるとアランは苦笑した。
 「分かった、分かった。とにかくだ、他にも未練がいっぱい腐るほどあるのをしっかり!思い出してがんばるんだぞ。分かったな」
アランはぽんぽんとおれの頭を軽く叩いた。
 「・・・うん。」
おれは返事だけを返した。


 アランはそれから 「さて!ホルダーはどこにあったか・・・」 と、持って来た袋の中をごそごそ探った。
そしてそれを出すとおれに差し出した。
おれは受け取ったがどうしていいか分からず、アランを見た。
アランはどうしようもないという様子でおれを見ると 「付け方も分からんとは!まったく!なんて手間のかかる奴なんだ!」 と言いながらおれにホルダーを付けてくれた。

 「よし!これでいい。」
アランはおれを見て頷いて、それからおれに目配せした。 おれは慌ててホルダーに銃をしまった。
銃は手に持ってた時より重さを感じた。いや重さじゃない。身につけているという存在感。
おれはそれに触れた。青い色の銃、オスカル。名前だけなのに、それでも悪くはない。側にいる。おれのオスカル。

 「どうだ?」
おれがアランを見ると、アランは “いい感じだろう?” とでもいうような顔をした。
おれは笑った。

 「アラン。おれさ、おれ・・・なんかすごく!すごく!強くなった気がする。」
 「そうだろう。それがこいつの威力だからな。」

アランは嬉しそうに笑った。
おれはその顔を見て思わず微笑んだ。アランは怪訝そうな顔をした。

 「なんだ?」
 「アランてさ、そういう風に笑うとホントかわいいんだよな。」
 「かわ・・・アホかお前は!ガキのてめえに何で俺が!」
おれは笑った。
 「でもホントだよ、アラン。」
ありがとう、アラン。ホントにありがとう。
 「うるさい!帰るぞ!さっさと準備しろ。この馬鹿!」
アランはおれを怒鳴りつけた。

 「原寸大模型で練習させたそうですね。」
扉の向こうへ勇を見送ると、クレマンはアランに尋ねた。
 「ええ。腕に負担はかけたくなかったが、ど素人でしたから。」
 「あの銃なら素人でも命中率が高いし、比較的反動も少ない。勇でも何とかなるでしょう。」
 「使うような事態にならないのが一番ですが。」
それからアランはクレマンを見た。クレマンは微笑んでアランに尋ねた。
 「・・・どうかしましたか?」
 「どうするつもりですか?」

アランはじっとクレマンを見つめた。クレマンは扉に目をやった。
 「勇の気持ちを考えれば、ここでやめさせる方が死ぬよりも残酷です。」
 「だがもう限界だ。」
アランは声を低くして言った。
クレマンは微笑んだ。
 「ええ。ですから今夜決闘に水を差します。」

 「・・・・では、勇には話を?」
 「ええ。水を差すには双方の同意が必要ですから。」
 「納得しましたか?」
 「まさか。」

アランは口を開きかけたが、クレマンはそれを制して言った。
 「切り札があります。大丈夫です。」
その言葉にアランはクレマンを見つめた。
少ししてアランは尋ねた。

 「切り札というのは・・・ムシューとあなただけが知るというあれですか?」
 「ええ。」
 「本当にあったのですか?」
クレマンは苦く笑った。 

 「やれやれ。板倉だけでなく君も信じていなかったのですね。」
 「信じるも何も内容が分からない。そんなものは信じる以前の問題だ。」
アランは言い切った。
 「まあいいでしょう。それなくては隠し通した甲斐がない。とはいうものの・・・今となってはもう何の役にも立ちませんがね。」
 「では、俺にも教えていただけるのですね?その切り札とやらを。」
しかしクレマンは答えなかった。 アランは不満そうなまなざしをクレマンに向けた。

 「あんたはどうでもいい事はべらべらと喋るが肝心なことになると口を閉ざす。」
 「もう何の役にも立たないのですよ?」
 「なら話しても問題ないでしょうが。」
しかしクレマンは答えなかった。アランは小さく息をついた。

 「分かりました。それで勇を説得出来るのなら俺は何でもいい。」
 「必ず説得できます。どんなことがあってもね。」
クレマンはアランに悲しげに笑って見せた。

 「アラン、これ以上続けても何の勝算も無いのは勇本人が一番よく知っています。それなのに続けるつもりです。あの様子では決闘を止める方法は・・・知っていましたね。目の件もです。これも気づいているでしょう。それより一番厄介なのは・・・いまだに過去に縛られている事です。自信の無さ、それと彼女に必要とされない恐怖ですか。それが勇を追い詰める。」

 「・・・過去が何だ、あいつは・・・」
アランは言いかけたがそのまま口をつぐんだ。
 「だが、いくら言葉を尽くしても勇には届きません。今の勇には、フランの言葉さえ届かないかもしれない。」

 「・・・切り札とやらは、本当に使えるのですか?」
暫くしてアランは口を開いた。
 「勇にとっては惨い話になりますが、何もかも総て話せばね。」
アランはクレマンを見た。クレマンは、ふうと息をついた。
 「私も今更話したくなどないのですよ。」
それからクレマンは再び扉に目をやった。

 「クレマン。」
 「何ですか?」
 「・・・・俺がします。」
 「何をです?」
 「水を差すのは俺にさせなさい!」
クレマンは大仰に驚いて見せた。
 「君に!何を言い出すかと思えば・・・」
 「俺が決闘を止めます!」
 「他人に自分の“気”を使わせるような君にですか?」
アランは驚いたようにクレマンを見たがすぐに彼を睨んだ。

 「君が無謀なのは今に始まったことではありませんが、今回はやりすぎです!他人に自分の“気”を使わせるなどと、それもあんな“気”の込め方をすればどうなるか分かっているはずです。」
 「俺の勝手だ!」
 「勝手とかそういう問題ではないでしょう?」
 「そんな事はどうでもいい!それより俺にさせなさい!」
 「こんな無茶を平気でする君に!そんな恐ろしい事を!とんでもない!」
アランはクレマンを睨みつけた。
 「なんだ、その言い草は!いつものように俺に押し付けろ!何もかも総て!全部!」

 「それではまるで、私が自分の仕事を総て君に押し付けているのような言い草ではありませんか?」
 「押し付けているでしょうが!!」
 「そうでしたか?」
クレマンは考え込んだ。
 「ええ!ですから、これもおれに押し付けなさい!」
 「駄目です。これは!君にはかなりどころか!とんでもなく!荷が重過ぎます。」
 「何が、“とんでもなく!荷が重過ぎます”だ!俺がやる!」
 「・・・駄目です。」
 「駄目なものか!」
 「これだけは駄目ですよ。他は全部!何もかも!全て!押し付けてもいいのですが。そうだ、ついでに占い師の名前も君にあげて・・・」

 「駄目だ!」

アランは叫んだ。
その声にクレマンは驚いてアランを見たので彼は気まずそうに 「そんなの・・・駄目です、俺には無理です。俺は・・・いりません。絶対お断りです!」 それだけ言うと黙り込んだ。
クレマンは微笑むと目を伏せて言った。

 「君になら任せられるのですがねえ。」
 「クレマン!俺にさせてください!俺が決闘を止めます、水を差します!お願いです!」
 「これだけは駄目ですよ。」

 「では、乱入です!」
アランはそう言うとクレマンを睨んだ。
 「なりません!決闘を汚す者は死あるのみです!」
 「だから俺にさせなさい!」

アランはクレマンをまっすぐに見つめた。クレマンは珍しく困った様子をアランに見せた。だがすぐにアランを同じようにまっすぐに見ると彼に言った。

 「君はこの前、私に言いましたね。ふざけた保険だと。その通り、これは保険と呼ぶにはリスクが大きい。だからこそ少しでもリスクヘッジしたいのですよ。」
 「ならば尚更です!俺がします!俺が・・・」
 「聞きなさい!だから私が最初です!」
アランは驚いて彼を見つめた。

 「まず私が最初です。アラン、君が本当の保険なのですよ。君は私が駄目だった時の・・・君は最後の切り札です。」
アランが何か言おうとするのを遮ってクレマンは重々しい声で命じた。

 「私で駄目なら、君にどんな事があろうとも決闘を止めて貰う!返事は!」

 「・・・・分かりました。」
アランは渋々返事をした。
 「それでよろしい。」 

クレマンは相変わらず納得出来かねる様子で自分を見つめるアランに優しく微笑んだ。しかしかれは不意に顔を曇らせた。
 「フレッセルが動いています。」
アランは驚いてそれから眉間に皺を寄せた。
 「あの妖怪クソじじいの所のですか?」
クレマンは苦笑して首を振った。
 「アラン、まったく君は!ゲメネ氏はムシューの大叔父君にあられるお方で本来ならジャルジェ家の本家の家長にあられるお方ですよ?」
 「そんなの関係ない!ヤツのおかげでどれだけ優李が酷い目に遭ったと思ってるんだ!あんただって・・・」
 「アラン、怒ったところで何もなりませんよ。」
アランは仕方なく黙ると尋ねた。

 「で?フレッセルは何故動いているのですか?例の組織の関連で?それともこの件でですか?」
 「例の組織の関連でしょうね。今はそれだけしか言えません。決闘については・・・どんな小さな事でも将来に禍根を残す可能性があるなら絶つのが、あの方の方針ですからね。勇がフランと同じ生まれ変わりだと知れば何をしでかすか分かりません。これは決闘を終わらせてからしっかりと対処せねばなりませんよ。」
それからクレマンはアランに微笑んだ。

 「フレッセルに関しては、もう少しすればはっきりするでしょう。それよりアラン、龍のお二方の動向に細心の注意を払ってください。少しでも・・・どんな些細な事でもいつもと違うようであればすぐに連絡をよこしなさい。」
 「分かりました。」

クレマンは頷いて、もう一度扉を見上げた。
それから彼は 「夕刻には戻ります。」 とだけ言って姿を消した。