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・・・のマクシミリアン・・・で策士だぞ?
だから囮を・・・・
奴等と同じ・・・
・・・こちらも?
ああ。・・・を使う。
声がした。
切れ切れに聞こえる声はそれほど大きな声ではなかったが、抑えた声だった。優李はぼんやりとそれを聞いた。声は少しずつはっきりしてくる。
・・・事実を伝える。但し、オレ等も隊長は逃がしたとな。
そして、偽造パスポートを手に入れる為に優李が新宿に向かっている事にすればいい。
囮はオレ等3人がする。
でも、どうやってそれを?捕まえたヤツラは到底・・・
中国人を使えばいい。こちらなら何とかなる。
だがリーダーのマクシミリアンは動くだろうか?
動かないならそれで良いさ。闇から出てくるしかなくなる。
闇から?
失敗しましたと幹部に報告するって事だ。撤収、作戦終了。
それをしないなら・・・残った奴らで動くしかない、か。
隊長がまだ逃げていると知れば、それも新宿へ向かっているなら、これが最後のチャンスだろう?
よし!その案で行こう。高橋に連絡する。
だが坂本、その前に!
ああ、分かっている。だがその前に優李を安全な所へ連れて行かねばならん!
彼女は立ち上がろうとして、しかし体は思い通りにならなかった。額に鋭い痛みを覚え、彼女は途中まで身体を起こしたがそれ以上は出来なかった。
「優李さん大丈夫ですよ。安心してください。まだ公園ですが、防御用の遮蔽壁で囲まれた空間の中です。」
彼女は声の主を見た。それは交代で家に来る警備のガードの一人だった。彼は彼女の側で心配そうに彼女を見つめていた。
「額の傷は暫く痛むが我慢してくれ」
「貼ってあるのはドレッシング剤の特殊なヤツだ。取るのは24時間後だ。その時には傷はなくなっている。」
少し離れた所から声が掛けられた。彼女は額に触ると、傷を覆い隠すように何か張られていた。
彼女は周りを見回した。自分の警備のガード ―坂本、田口、石塚、加藤、それから、他にも10名程の見知った顔の男たち― それから見知らぬ男4名が彼女を見つめている。
彼女は支えようと差し伸べられた手を払いのけて自分の力でなんとか立ち上がった。
坂本が彼女に声を掛けた。
「優李、無理はしないほうがいい。横になって・・・」
「わたしは戻らない!フランスへ行く!」
それを無視して坂本は言った。
「優李は一旦本社へ連れて行こう。あそこなら安全だ。高橋に・・・」
「そんな所行くものか!私はフランスへ行く!」
「水野、悪いが車を1台用意してくれ。」
「わ、分かりました。」
「わたしはフランスへ行く!絶対だ!」
坂本は優李を見た。
「優李、フランスへ行ってどうするつもりだ?」
優李は彼を睨みつけた。
「アンドレを助ける!」
「助ける?勇を助けられると本気で思っているのか?」
「ああ。」
「いい加減にしろ!」
坂本は優李を怒鳴りつけた。
「優李!知っているだろう?初代以外誰も決闘を成功させた者などいないのだぞ。決闘を止めるにしても・・・」
「フランスへ行く!」
「そいつは無理だな。」
「あんたがフランスへ行って何になる?」
「精々一緒に死んでやるくらいだぜ?」
見知らぬ男達が口々に言った。優李は彼等を見ると目を伏せてクスリと笑った。
「一緒に死ぬ。このわたしが?」
「そうだろう?そうか!それが望みか。」
「ふざけるな!死ぬ気など毛頭ない!わたしはアンドレを助ける!」
「おやおや、どこからその自信が来るのやら。」
「いやいや、口ではなんとでも言えるさ。そうだろう?」
優李は何も言わず男達見つめた。
「フランスへ行く真の目的が千秋君の後輩と心中か。」
「だんまりか。やはり図星だな。」
優李は凍りつくような目で彼らを見た。
「お前らには何を言っても無駄だ。」
「もういい、俺が話す。」
坂本が彼等を制した。男達は肩をすくめた。
坂本は優李を見ると言った。
「いいか優李。お前が行った所でもうどうにもならん。何も出来ないんだぞ!」
優李は坂本を睨んだ。
「わたしが決闘を止める。」
「お前では無理だ。」
「わたしがする。他の誰にもさせない。」
「駄目だ。占い師が必ず決闘と止める。だから優李無茶はしないでくれ。」
優李の顔が苦痛で歪む。
「このまま黙って待てと?黙って・・祈るのか?何もせず、黙って無事を祈れというのか!」
男の一人がまたしても口を挟んだ。
「ジャルジェ家の姫君にはそれがお似合いだぜ。」
「黙れ!わたしは姫ではない!」
「いいや、あんたはお姫様だ。」
「わたしが家を出るのも止められず、例の組織にいいようにかき回されたのによく言う!」
「だがこうしてあんたは無事ここにいる。違うか?」
男の言葉に優李は押し黙った。
そして、別の男が優李に声をかけた。
「あんたは護られていればいい。」
「お前達の仕事の邪魔にならぬようにか?」
「それがあんたを護ることになる。」
「そうだった、それがお前らの仕事だったな。」
優李は笑った。しかし目は冷めて少しも笑ってはいなかった。
「もう諦めろ。女のあんたでは無理だ。」
優李は彼らを睨んだまま何も言わなかった。
「今までずっとそうだったじゃないか?え?」
「オレ等が、護らねば・・・」
「お前らはそれしか言わないな。」
瞳の色が沈んだ。青い瞳が暗く色が変わるかと思うほど。
優李の唇の右端が僅かばかり持ち上がった。
優李は笑った。
「わたしは護られねばならない。」
声が低くなる。
「そうだ。お前らはわたしを護る仕事の為にいるのだ。ああそうだ、わたしは、お前らの仕事だから護られるのだ。」
「あんたがどう考えようとそれはあんたの勝手だ。だがこれだけは譲れないんでね。」
「ああ、よく分かるよ。それがお前らの仕事だからな。」
優李は鞘から剣を抜いた。
「やるのか?たった一人で?」
男は優李に尋ねた。優李は唇を歪めた。
「ああ。話すだけ無駄だろう?」
「ではここにいる全員の口を封じられるとでも?」
優李の瞳の色がもっと暗く沈んだ。
「簡単だ。」
「あんたに出来るのか?え?」
彼女は剣を構えた。
「ああ1人残らず殺すだけだ。」
「もういい!やめだ!」
その時3人の男の一人が叫んだ。
「コイツの言う通りだ。坂本、これ以上無駄だ。」
「もう二度と御免だからな!オレ等はな、お前らとは違って感じ取れるんだぜ?裏腹の言葉なぞ・・・くそっ!もういい。」 話すのも不愉快だと言うように男はいい捨てた。
「分かったから、そう怒るな。」 坂本が3人をなだめた。
優李は彼等を見た。その時別の人物が叫んだ。
「だから言ったじゃないですか!行かせてやってくださいって!優李なら絶対大丈夫だといったでしょう!」
石塚だった。。
「さ、さ、坂本さん!お、俺も・・・お願いします。」
「そうですよ!軍隊じゃ上の命令は絶対すよ。伍長。」
「お願いします!全部おれがミスって捕まえられなかったことにしてもらってもいいです!だから!」
「石塚、心配するな。お前だけじゃ心もとない。俺達も一緒だ。」
「連帯責任って奴だな。」
「そうそう。」
他のガードも口々に言った。
「行かせてやれ伍長。それが一番賢い選択だ。」
坂本は彼等を見まわすと最後に優李を見た。優李は何が起こったか分からず、彼等を見つめた。
坂本は優李に尋ねた。
「優李、こいつ等はこう言っているが、外にはガードが集結中だ。俺と他の連中で、どんな事があっても阻止する。警察も動いている。お前は絶対に日本から出られないんだぞ。」
優李は顔を歪めた。
「もしそれでアンドレが死んだら?」
「占い師がいる。大丈夫だ。」
「それでも駄目だったら?」
坂本は口篭った。しかし優李をまっすぐ見つめ答えた。
「優李、どうしようもないことはあるんだ。」
「フランスへ行く。」
「優李!」
「フランスへ行く!たとえアンドレが死んでも・・・・わたしはフランスへ行く!」
「優李、お前・・・」
「もし、アンドレが・・・」
優李は口篭った。しかし顔を上げると優李は坂本を見据えた。
「助けられなかったら、今度はわたしが戦う!167年前の約束を反故にする為にわたしが龍に決闘を申し込む!」
二人はしばらく黙って見詰め合った。とうとう坂本は優李から視線を外すと頭に右手をやって、髪の毛をくしゃくしゃとした。
「くそ!どうにもならんか!」
「坂本!まったく往生際が悪い奴だな!高橋にもさんざ言われたのにお前って奴は。」
3人組の1人が呆れた様子で言った。坂本は彼を睨んだ。
「うるさい!俺にはな、娘がいるんだぞ。だからそれを考えると・・・ええい、もういい!分かった!」
坂本は優李を見た。
優李は固まったように動かなかった。唇が震え、瞳が揺れていた。
優李の顔を見て坂本は一瞬困ったような顔をしたが、すぐにまじめくさった顔をした。
「優李、馬が先走って行っちまった。捕まえねばならんぞ。」
それから優李の表情を見て坂本は笑った。
「分からないか?お前は姫君ではない。つまり、お前は騎士だ。騎士はな、愛馬と共に龍と戦うんだぞ。騎士に必要なのは剣と馬のみ!」
「坂本さん、いいじゃないすか!それ。」
加藤はそう言うと楽しそうに続けた。
「優李、馬は見た目は大人しくて控え目で優しく見えるけど、全然違う。ありゃあ・・・じゃじゃ馬だな。」
「つうか、暴れ馬だぞ。」
「だ、だ、だが!あ、あなたのいうことなら・・・た、多分、き、聞くでしょう。」
「いや絶対だって!勇はあなたの馬だから。」
「そりゃ言えてるな!」
皆口々に言うと、最後に坂本が言った。
「優李、龍から勇を取り戻して来い。」
「わたしは・・・」
「あんたは強いぜ。オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。 」
その言葉に優李が3人組を見ると、彼らは照れくさそうな顔をした。
「さっきはああ言ったが・・・悪かったな。石塚から全部聞いた。」
「オレ等も大概無茶をするが、あんたにはかなわない。いや、つまりだ。見事な闘いっぷりだった。」
「もう惚れ惚れするくらいな!」
「龍は決闘に水を差そうとする者の力と意気と度量と覚悟を見るという。」
「あんたならきっと出来る。きっと止められる。」
「あんたが出来ないなら、他の誰がやっても同じことだ。」
「わたしは・・・・」
優李は答えられなかった。
優李は俯いた。彼女の肩が震える。
その様子に彼らは困った様子で顔を見合わせた。
坂本はポケットからハンカチを取り出すと優李に差し出した。
優李は黙ったままだった。坂本は 「優李。」 と優しく声をかけると彼女はようやくハンカチを受け取ると 「・・・メルシ。」 と聞き取れないくらい小さな声で彼女は答えた。
しかし、それだけ言うのが精一杯で、受け取ったハンカチを両手で持つと目を覆うようにして当てた。
時々しゃくり上げる声が聞こえたが、彼らは何も言わず黙って彼女を見守った。
「さてと、これからの予定を決めた方がいいな。」
暫くして坂本が声をかけた。
「そ、そっ、そ、そういえばパスポートは!」
慌てて叫んだ田口に優李は赤い目で 「ちゃんと持っている。」 答えた。
それを聞いて坂本は頷いた。
「なら問題ないな。」
「その剣はどうするのですか?」
石塚は尋ねた。優李は不思議そうに石塚を見た。
「持っていく。剣は絶対必要だ。」
「でも、飛行機には乗せられませんよ。」
「何故だ?」
「何故って・・・あの、優李。普通はテロ対策の為にナイフどころかライターだって飛行機内に持ち込めないようになっているのですよ。」
優李は驚いて石塚の顔を見つめた。
「その剣は本当に竜の骨で出来ているのか?」
その時、3人組の一人が優李に尋ねた。
「ああ、地竜の骨を削りだして作られた剣だ。」 優李が答えた。
「おい、お前等!金属探知機に引っかからなくても誰が見ても剣と分かる形状だぞ?骨製だろうと関係ないだろう。」
「竜の骨なら話は別だ。本来この世界とは属す世界が違うものだからな。隠す方法はいくらでもある。」
3人組の一人が事も無げに言った。
「隠す?どうやって?」
3人組は顔を見合わせると彼等の1人が答えた。
「オレの使い魔にしよう。飛行機に乗っている間は剣の守りをさせればいい。それに、魔の探知にも使えるし、通信機器代わりにもなる。フランスに着くまで色々役に立つ。」
「だが、わたしに扱えるだろうか?」 優李が尋ねた。
「ああ。隊長なら問題なしだ。」
坂本は優李と男達の会話を聞きながら腕組みをした。
「よく分からんが・・・それで大丈夫のようだな。では優李、中部国際空港まで・・・」
「中部国際空港は使わない。」 優李は答えた。
「優李、成田も羽田も無理だぞ?」
「ああ。だから中部国際空港も同じだろう?」
優李は坂本を見た。坂本はすぐに気づいた。
「はやぶさタクシーの運転手か。今の所は連絡がないようだが確かにその通りだ。」
「だから関空だ。ロンドンヒースロー空港行き11時15分。そこから乗り継いでドゴール空港まで行く。」
「そういえば入国管理局に照会するとか聞きましたけど・・・そちらは大丈夫ですか?」
「それは成田だけだろう?」
「それならいいが・・・」
「もし、照会かけられてたら?」
「羽田に置いてある優李のジェット機は?あれを別の空港へ移す。」
「それの方がバレますよ?」
それを聞いて坂本は考え込んだ。
「まず、高橋に確認取ったほうがいいんじゃないか?」
調査部の男の1人が坂本に声をかけたので、坂本は携帯を取り出すとアドレスを呼び出した。
「一つ聞きたいのだが?」
「何だ優李?」 優李の問いかけに坂本は返事をした。
「照会するのはどちらのパスポートだ?2つともか?」
坂本は携帯に置いた指を止めて優李を見た。
「2つともって?」
「パスポートは2つとも持って来たから。」
優李の答えに坂本は思わず叫んだ。
「偽造パスポートか!どうやって手に入れたのだ!」
「そんなもの手に入るか!母が帰化した時、わたしも一緒にしたのだ。」
優李は呆れた様子で言った。
「優李それじゃお前、日本人か!そうか、そうだよな。でないと石井優李と言う名前は・・・ちょっと待て!!じゃあ!あのパスポートは?いつも使っているやつ!あれは何だ!」
「フランスは二重国籍を容認しているのだ。だからわたしには2つ国籍があって、パスポートもそれぞれの国のものがある。わたしは重国籍者だ。」
「でも!そうしたら何故日本のを使わない?」
「フランスの父の手前だ。パスポートだけでなく、どうしても日本名を使わねばならない場合以外はすべてオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェを使う。それが帰化の条件だった。」
「そういうことか。」
「でもそれはいい!坂本さん、確かパスポートは・・・・」
坂本頷いた。
「手配はフランスのパスポートだけだ。というか、それしかないと思っている!」
「なら日本のパスポートだ。」
「ああ。正真正銘本物のパスポートだ。不備は見つけられないし、ついでに照会もされない。」
「偽造パスポートを疑ってもチェックの対象は、外国人パスポートのはずだ。」
「なら中部国際空港か?」
「だがはやぶさタクシーの運転手が警察へ連絡入れたら?」
「するとやはり関空からか?」
「とりあえず、飛行機の運行状況を確認してからでしょう?欠便とかもありえるし、天候も確認しないと。それと駄目だった時の便も考えておかないといけないし、中部国際空港の経由便も調べておいた方がいいな。」
タクシーの運転手はいつの間にか彼等の輪の中にいてまるで仲間のような顔をしてその場にいた。坂本は何か言おうとしたが、すぐに考えた。
「その通りだ。まず調べないと。よし、田口。」
「わ、分かりました。」
「そうすると・・・あとは新幹線か。」
「駅はどうなっているのだ?」 優李は尋ねた。
「東京駅は無理だ。成田へ行く列車を見張る為に人員が始発に合わせて配備される事になっている。品川か新横浜がいいな。」
「駄目ですよ!JRと私鉄各社には連絡が行きました。写真も配られていますよ?」
「警備課の人間なら見逃してくれますって!」
「だが、駅の人間ではどうにもならないぞ?」
「変装すればいいさ。」 調査部の男の1人が言った。
「そんなのすぐにバレる。」
「顔を変えればいいさ。魔法でな。」 調査部の男の1人が言った。
皆驚いて彼を見た。
「そんなことが出来るのか?」
「ああ。顔に薄い膜を作って屈折率を変えるんだ。但し、力のある奴には役に立たない。」
「力のあるやつは気配を感じ取るからか?」
「そうだ。」 調査部の男の1人が答えた。
「でも問題ないでしょう?法人課の連中は駅の張り込みなどしない。」
「では・・・念の為に東京駅は避けるか。品川か新横浜から乗ればいいな。時刻を調べて都合のいい方にすればいいな。」
「時刻表ならここにある。新横浜発で7:30ぐらいに名古屋に着くのがあったはずだ。」
優李が言った。
「よし!あとは、先程の打ち合わせ通りでいいな。ニセモノの優李でかく乱するから、その隙に隊長を逃がせばいい。」
「そして、日本にいると思わせる。これがどれだけ長引かせるかにかかっているな。」
「ああ。そうだ。さて、誰を付けるか。ちょっと待て!パスポートだ!」
坂本がいきなり叫んだので皆顔を見合わせた。一人が声を上げた。
「家に行けばあります。柏です、千葉の・・・間に合いませんよね?」
誰も返事をしなかった。坂本は3人組を見た。
「魔法で何とかできないのか?」
「無理だ。魔法偽造用の専用検査機があるし、専門の入国審査官もいる。使い魔を潜り込ますのだって大変なのだぞ。」
「大丈夫だよ、坂本。わたし1人で。」
優李は安心させるように笑った。
「今回初めてタクシーにも乗ったが、何の問題もなかった。心配するな。」
「だから!それが心配なんだ。電車だって一人でなど一度もないだろう?それなのに海外へ一人でなんて!」
「電車の乗り方も分かる。12月にアンドレに色々・・・バスもそれから地下鉄も教えてもらったからな。何の問題もない。」
優李は自信ありげに答えた。坂本はそんな彼女を心配そうに見つめた。
「オレの使い魔もついていくし、分からなくなったらこちらで指示を出せばいい。なんとかなるさ。」
調査部の1人が言ったので、坂本は考えこんだ。
「仕方ない。では準備だけは万全にだな。」
「そういうことだ。」
「色々揃えないといけませんよね?どうします。」
「空港に行けば大抵のものは揃うんじゃないか?」
「ああそうだな。では空港までついていく奴だが・・・・」
「オレ等の誰かが行こうか?」
「そうしてくれると助かるが、囮が機能するか?新宿に優李がいると思わせないと計画はしくじるぞ。」
「そうだな。計画通りに進めるんなら2人だと不安が残るな。」 男は考え込んだ。
「俺が行きます!」
石塚が坂本に言った。
「だがお前、その怪我では・・・」
「なんともありませんよ。それに!見た目だけは派手でしょう?千秋君には俺が大怪我をしたと言えば不審がられない。いい理由でしょう?」
「なら!俺も行きます!怪我人の付き添いつうー事で!」
加藤が手を上げた。
「オレの使い魔も付いていくし何とかなると思う。それに人数が多いのも何だぞ?」
「かえって目立つか。」
坂本は考えながら言った。
「よし!空港までは二人に任せよう。じゃあお前等は新幹線で・・・と、そうだった。」
坂本は田口を見た。
「分ったか?」
「か、関空とちゅ、中部国際空港の・・・しゅ出発便は、わ、わ分りましたけど・・・詳しいことはまだ。」
「あのう・・・飛行機の搭乗券は当日でも買えるんですか?」
その時、1人のガードが心配そうに尋ねた。
「買えますよ。」
その時、強熊が答えた。
「そういや、手続きとかがあるな。大丈夫か?二人とも。」
石塚と加藤は思わず顔を見合わせた。
「向こうへ行けば全部やってくれるでしょう?」
「ツアーじゃないから自分でしなければならないことはありますよ。」 またしても強熊が答えた。
「そうなのか?」 加藤は強熊に尋ねた。
「ええ。」
「おい!誰かしたことある奴はいるか?」
坂本は皆に尋ねると、1人だけ手を上げた。皆一斉にその男を見た。
「もし経由便を使うなら、通しで搭乗券を買える便にした方がいいですね。経由地でのチェックインは時間のロスだしトラブルの元だ。それから携帯は海外用ですか?なければ買うか借りるかです。両替はユーロだけでなく、経由国の通貨も場合によって必要になるかもしれません。それと地図。もしあればトーマスクックの時刻表も欲しい。することは山ほどあります。搭乗手続きは出発時刻の1時間前だとして・・・急がないと、どちらの空港を使うにしても時間はないですよ。」
強熊は言った。
「強熊さん、あんた詳しいな。」
加藤がびっくりしたような顔をして強熊に言った。
「ええ、1年前までフランスにいましたし、海外へはしょっちゅうですから。」
加藤は驚いて尋ねた。
「タクシーの運転手でも海外の仕事があるのか?」
「まさか、ありませんよ。」
彼はきっぱり否定すると、ポケットから名刺入れを取り出すと蓋を開けて坂本に名刺を差し出した。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、日日新聞社の強熊と申します。」
坂本は名刺を眺めて、あっけに取られた様子で強熊の顔を見た。
「あんた・・・記者か!」
「ええ。今は運転手の労働条件を取材する為にタクシーの運転手をしています。」
「名刺には政治部と書かれているが・・・・」
坂本は疑い深げに強熊を見た。
「今は社会部預かりでね。」
そう言った強熊には自嘲するような様子が見受けられた。
「・・・・なんか訳がありそうだな?ひょっとして上司とトラブったとか?」
「おい加藤!」
苦笑しながら強熊は答えた。
「いいですよ。その通りですから。」
「そっか、そうだったのか・・・」
「ええ。何度か言おうとしたんですが言いそこねて・・・」
笑いながら強熊は答えたが、すぐに坂本を見て言った。
「坂本さん、でしたね。ですから空港まで俺も同行してもよろしいでしょうか?いえ、是非同行させてください。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「素性なら会社に連絡して確認取って頂いてかまいませんよ。」
「いや、そういう問題ではなくてだな!」
「出来る事は何でもします!話を聞いてすぐに分かったんですが、ジャルジェ家のご令嬢とお見受けしますが?彼女にとってフランスへ行くのはかなり大変なのではありませんか?」
坂本は驚いて強熊を見た。
「わたしはそんなに有名か。」
その時優李が口を開いた。
「ええ、勿論。」
「なら分るはずだ。関われば命が危い。」
「知ってますよ。」 強熊は平然と答えた。
「強熊さん、優李の言うとおりだ。冗談ではなく本当に危険だ。それなのに手伝ってくれたあんたには感謝してるが、これ以上は・・・」
「危険も何も空港までですよ。それにしても今パスポートを持ち合わせていないのが本当に残念ですよ。」
「あんた、持ってたら優李に付いて行くつもりか?」
「当たり前じゃないですか!ここまで来たら最後まで見届けたい!ですから是非手伝わせてください!」 強熊は熱心に言った。
「それで記事にするのか。」
優李が冷たく言った。強熊は彼女を見ると苦笑した。
「週刊誌じゃあるまいし、こんなの記事して何になる?それに、ジャルジェ家から圧力がかかって俺は首どころか本当に命だって危うくなるかもしれない。違いますか?」
「なら何の為だ?」
「俺は知りたいだけだ。」 強熊は答えた。
「つまり興味本位か?」 優李が冷ややかに言う。
「そうです。」
「それだけの為に命を危うくするのか!」
優李は怒鳴った。しかし強熊は動じる様子もなく平然と彼女を見返した。
「それが何か?知りたいから調べる。十分過ぎるくらいの理由だ!」
強熊はまっすぐに優李を見つめた。その目は、子供のようにきらきらした目だった。
優李は呆れたように強熊を見たが、少しすると目を伏せてクスリと笑って口を開いた。
「分った!それなら付いて来てくれ。向こうの状態について知りたいことは山ほどある。私に色々教えて欲しい。」
優李はそう言って坂本を見た。
「高橋には俺から話そう。よし!強熊さん、よろしく頼む。」
「ありがとうございます。」
強熊は嬉しそうに返事をした。
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