「何故隠れていなかったのです!彼らはあなたを見つけられなかったのですよ!俺達がこの辺を捜索してるのが分かっていたから用心して公園目いっぱいに結界を張れなかった!なのに何故結界の中へ入ったのです!」

 「黙れ。」

優李は低い声で命令した。
石塚は怒鳴りつけられた訳でもないのに押し黙った。

 「よし、それでいい。脚を見せてくれ。止血するから。」
 「今すぐおれを置いて逃げてください!」
 「まず傷の手当てだ。」
 「俺がします。だから早く俺から離れてください!すぐに見つかる!」
 「傷の手当てだ!」
優李はそれだけ言うと、リュックを下ろしてチャックを開けて中から応急処置の道具を取り出した。
 「優李!俺は気配なんて少しも消せません!」
 「ああそうだな。」 優李は返事だけした。
 「分かっているのですか!俺はすぐに見つかります!」
優李は顔を上げた。

 「それがどうした。お前ならどうする?もし立場が逆なら逃げるのか。」
 「ですが!」
 「もしわたしが加藤なら、置いて逃げるのか?」
 「いいえ!ですが!」

 「ならわたしに言うな!」

優李は怒鳴り、石塚はようやく沈黙した。それを見て優李は苦笑した。
 「石塚安心しろ。暫くは大丈夫なのだよ、やつらは混乱している。それに彼らが近づけばわたしにはすぐに分かる。」
 「混乱している?」
 「だからわたしを信じてくれ。わたしの事など少しも信じられないだろう。だが、それでも信じてくれ。」

彼女はまっすぐに石塚を見つめた。
石塚は答えた。
 「あなたが言うなら信じます。たとえどんな事でもです。」
優李は驚いて石塚を見た。
石塚は 「あなたは信じないかもしれませんが、これだけは本当ですよ。」 と言って笑って見せた。

優李は照れくさそうにコクリと頷いた。そして慌てて消毒薬を手に持つと石塚の傷を負った方の脚を見た。
スラックスは裂けていたので、彼女はそこから傷を確かめた。
すぐに息を呑む。しかし表情は変えなかった。

 「痛むが我慢してくれ。」
 「大丈夫ですよ。」 石塚は笑って答えた。
彼女は口元を引き締めて怪我の処置を手早く始めた。

 「・・・・酷い。」
優李がぽつりと呟いた。
 「大したことはありませんよ。」
 「ここだけじゃない。他にも・・・」
優李は顔のアザと血で汚れたワイシャツを見て口篭った。石塚は少しも気にならいというように笑った。
 「脚以外はたいした事はありません。見せ掛けだけです、奴らは拷問のやり方をよく心得てますよ。」

 「・・・わたしの所為だ。」
優李は自分を責めるように言った。しかし、石塚はその件には触れず、明るい口調で答えた。
 「俺の口を割らそうとした奴の趣味が入っていると思いますね。奴等の力なら、普通は心理的に俺を追い込んで話させる方法を取るのにしなかったんですから。サディステッィクな奴ですよ。」

 「だが・・・」
優李は唇をぎゅっと噛んだ。そして傷にガーゼを当てると粘着性の伸縮包帯で巻いた。
 「こんなの大したことはありませんよ。それよりおかしいのです。あなたが来る前に・・・皆、不可解そうに別々の方向へ。何があったんでしょうか?」
 「それは分かっている。」
石塚は怪訝そうに優李を見た。しかし彼女は答えなかった。

 「ところで、結界の中に入ったのは11名だな。それで間違いないか?」
 「え、ええ。どうしてそれを?」 石塚は驚いて尋ねた。
 「ここは結界内だ。奴等も極力隠そうとはしているが、ここでは隠し切れない。」
それを聞いて石塚は納得して頷いた。

 「そうでした。あなたに分からないはずがない。その通りです。結界の中に入ったのは11名。一番厄介な3名もいました。」
 「厄介?」
 「実行者11名のうち3名は、この世界ではかなり名の知られた奴だそうです。」
 「具体的には?」
石塚は少し考え込んでから話し始めた。

 「1人は長剣を使います。こいつは“死の大天使”という通り名で知られています。特に暗殺に関してですが・・・」
石塚は言葉を切ると言いにくそうに  「この世界では1、2を争うほどの腕です。それともう一つ。」
彼はもっと言いにくそうに続けた。
 「実は、次の龍のガードの候補者でした。性格的に問題があって外されたそうですが。」
 「それはそれは!残念だったな。」
優李は冷ややかな目で言った。

 「あとの2人は・・・1人が妖魔を使役して使う奴。使役するのは黒い紙の様で犬に似た姿の・・・」
 「影の中を自在に動き回るか?」
 「ではもう?」
 「家を出てすぐだった。あれは・・・不意打ちを食らわせたから逃げられたが、そうでなければ手こずったな。」 優李は思い出しながら答えた。

 「それからもう1人が魔法使い、彼はジャルジェ家の占い師と魔法が同系統だそうです。称号持ちです、最下層にあたるそうですが・・・分かりますか?」
 「ああ。説明は不要だ。そもそも称号というのはそれ自体が呪だから説明されても困る。特にクレマンの系統の魔法使いの称号は呪が強いからな。」
 「そうらしいですね。ですから俺も名称は教えてもらっていません。」
優李は頷いた。
 「他に何かあるか?」
 「あとは・・・そういえばジャンヌが “クレマンと得意技が被るなんて最悪” とか言ってました。」
優李は今度は心底嫌そうな顔をした。

 「何の魔法が被るか聞いたか?」
 「いえ、そこまでは。でも、何か問題でも?俺は“死の大天使”が一番だと聞いていますが?」
 「クレマンの得意な魔法は触媒に霊を、特に悪霊系の普通でないものを好んで使うのだ。わたしは・・・あれは好きではない。」
 優李は眉を顰めた。
 「なるほど。心理的に負荷をかけてくるような魔法ですか。物理的ダメージは低いが嫌ですね。」
 「クレマンの場合は、破壊力も抜群だ。」
優李は苦く笑った。
 「まあいい。称号は最下層だ。危険を犯してギーガ・ギーラまでは使わないだろうからな。」

 「ギーガ・ギーラ? 昨年、占い師が手品の余興に見せてくれたあれですか?」
 「あっ、ああ。」 優李は少し驚いたように返事をした。
 「あれは光が遥か彼方の海まで溢れるように広がっておしまいでしたよ。占い師も危険はないと・・・」
石塚は考え込んだ。
そういえば、占い師はおかしな事を言ったな。“まずターゲットロックオンです。勇気のある方は名乗り出てください!”と。
 「石塚」
石塚は優李を見た。優李は口をへの字に曲げてこちらを見ていた。
 「クレマンは収束させないから危険はないと言ったのだ。だから光が遥か彼方、海まで広がっただけだったろう。大体あんな数を変化させて収束するなど、いくらクレマンでも不可能だ。」

彼女は狐に包まれたような顔をしている石塚に迷うような素振りで話を続けた。
 「ギーガ・ギーラは、悪霊の持つ憎悪を熱エネルギーに変換する。そして、それを収束させて目標に向けて貫くのだ。槍を突き刺すように。わたしはあの技でクレマンが銀龍と闘うのを見たことがあるが、銀龍ですらあれは嫌がっていた。つまりあれは銀龍にすら効果のある、結界を張っても危険な魔法だ。すまなかった。わたしが早く気づけば・・・」
石塚は呆然として優李を見た。
 「クレマンは、楽しみの為だけに常識と理性の両方を瞬間喪失する。だが!もう二度と結界も張らずに禁呪系の呪法は使わせない、絶対に!」
優李は力強く言った。それから彼女は石塚に尋ねた。

 「それより結界の外には何名いる?」
石塚は気を取り直すと答えた。
 「・・・7名だと思います。1人は例の組織の人間のようです。残りは東洋人です。応援が来るような素振りもありましたが、中国語とフランス語で話していたので分かりませんでした。だが1人は通訳のようでした。新宿に拠点がある中国系のマフィアが手伝っているので、それでだと思います。」
優李は考えながら呟いた。

 「7人か。すると結界内と合わせると15名か。」
 「15名?」
 「戦線離脱者が3名、結界内は残り8名だ。」
優李はニヤリと笑った。石塚は驚いて優李を見つめた。
 「8名を倒して結界を突破する。」
 「無茶です!何とか時間を稼いで衛兵隊が来るのを待った方がいい!」
 「衛兵隊?」
優李は怪訝そうに石塚を見た。石塚はそれに慌てて言い直した。

 「すみません、衛兵隊のBBSで俺達は・・・」
 「衛兵隊のBBS?なんだそれは?」
石塚は口篭りながら答えた。
 「あなたを探す為の・・・情報交換用の掲示板の名前です。こちらにも色々事情があって・・・あなたが隊長で、俺達警備のガードが衛兵隊員、坂本さんが伍長で高橋さんが大佐となっています。」
優李は考え込んだ。

 「・・・オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェからか?200年以上前のわたしが名前をもらったご先祖の。」
 「そうだと思います。」
 「どんな人物か知っているのか?」
 「ええ。」
優李はフッと笑った。

 「名前負けだろう?」
 「まさか!坂本さんから聞きました。あなたは・・・」
それから石塚は口籠もって黙り込んだ。
 「石塚、気にするな。」
 「優李、そうじゃありません。そうではないのです・・・」
 「父はオスカル・フランソワのことをよく話してくれたよ。」
優李は口元を歪めるようにして微かに笑った。

 「彼女は強かった。父親の意向で男として育てられたが人形ではなかった。自分の意思で迷わず自分の生き方を決めた。兵士達からも信頼されて慕われて・・・最後には自分の思想の為に何もかも捨てて、兵士達の先頭に立って死の恐怖をものともせず戦った。」
優李は冷笑した。
 「わたしとは何もかもが違う、大違いだ。父も少しは考えて名付ければよいものを・・・酷いものだ。」
石塚は彼女の様子を悲しげに見つめた。

 「・・・だからあなたは、オスカルと呼ばれるのが嫌なのですか?」
優李は驚いたように石塚を見たが、すぐに自らを嘲るように笑うと冷ややかに答えた。
 「これほど相応しくない名はないだろう?わたしと彼女では雲泥の差だ。」

 「あなたはオスカル・フランソワです。」
優李は驚いて石塚を見た。そしてすぐに目を伏せる。
 「・・・いいのだよ、石塚。」
 「いいえ。あなたはオスカル・フランソワです!」
石塚は叫んだ。
 「俺達はみんな知ってます!ちゃんと知ってるんですよ!あなたがどんなに優しくて勇気があるかって事を。今だってそうでしょう?俺なんか放っておけばよかったのに!危険を顧みず、結界の中へ入り込んで俺を助けて!」

 「・・・こんな時は誰だってそうする。」
 「誰もそうしませんよ、優李。」
石塚は優しく言った。だが、優李は視線を逸らした。

 「わたしなど全然駄目だ。もしわたしがオスカル・フランソワの名に相応しい人間ならアンドレは・・・」
彼女は口を閉ざすと俯いた。
彼女の様子に石塚は苦笑すると尋ねた。
 「でも、あなたは勇を助けに行くのでしょう?」
優李は顔を上げると 「ああ、もちろんだ。」 と、はっきり答えた。
それを聞いて石塚は笑った。
 「やはりあなたはオスカル・フランソワですよ。」

優李は何か言おうとしたが、彼は  「それにしてもここは気味が悪いですね。俺はよく見えないから分かりませんが・・・いるんですよね、もっと沢山うじゃうじゃと・・・」  と、あたりを見回しながら言ったので優李は少し苦笑しながら答えた。

 「無視すればいい。ここはそういうところだからな。それに奴らが襲う時は分かりやすいから心配ない。」
彼女は傷の手当てを終えて、道具をリュックにしまいながら答えた。
 「空気が変わる、ですか?」
 「まあな。殺気といったほうが分かりやすいかもしれない。それより石塚、銃は使えるか?」
 「え?ええ、まあ。」
 「触ったことがあるのではなくてだぞ?」
今度は石塚が苦笑した。
 「俺は今の会社に来るまでは陸上自衛隊にいました。俺は小火器どころか重火器も扱えますよ。」
優李は驚いたように石塚を見つめ、それからすぐに笑うと 「それは頼もしいな。」 と答えるとズボンの後ろに手をやり、それを取り出して石塚に渡した。彼は呆れ顔で銃を受け取りながら言った。

 「ジャンヌのですね?」
 「そうだ。ただし無断借用だがな。」
 「助かりますね。妖魔には役に立たないが使役する人間には通用するから。」
 「弾と予備のマガジンはリュックの中だ。サイレンサーもある。それから手榴弾とグレネードランチャーも。」
優李はリュックを石塚に渡して言った。
石塚は驚いた様子で優李を見た。彼女は黙って頷いた。

 「ジャンヌが何故?昨年、確かにアランが・・・」
思わず呟いた石塚を優李は横目で見た。
 「彼女が大人しくアランに渡したと思うのか?ロッカーの中は以前以上の武器庫だったぞ。カスタマイズされたハンドガン、それにショットガンはポンプアクションとオートの2種類。それから、アサルトライフルに暗視スコープ付のスナイパーライフル。機関銃も・・・あれはどう見ても軍用だな、それもあったし、それから・・・」
優李は一瞬迷うような素振りをみせたが 「ロケットランチャーまであった。」 と付け加えた。
それを聞いて石塚は空しく笑った。それから気を取り直すとリュックを開いてグレネードランチャーを取り出した。

 「ハンドガンタイプですね。これならグレネード弾が連射できる。それから手榴弾は・・・へえ、フラッシュ・バンか。」
石塚は背の低いスプレー缶のようなものを取り出しながら呟いた。
 「フラッシュバン?普通のではないのか?」
彼女は不思議そうに尋ねた。

 「ええ。これは対テロ用などで屋内突入時によく使われる特殊閃光手榴弾です。スタングレネードと呼ばれるやつですよ。」
 「ああ!音と光だけの殺傷能力のないのだな。」
 「5秒位は敵を戦闘不能に出来ますが、これは通常のスタングレネードとは違って爆発力が強いのです。だから無傷とはいきませんが・・・どうしました?」

何か痛みをこらえる様な様子で押し黙った優李を見て石塚は心配そうに尋ねた。
しかし彼女はすぐに笑顔を作ると 「いや、わたしの・・・影が斬られただけだ。」 と答えた。

 「影、ですか?あの龍のような?」
 「あそこまで高度なものではないがな。“気”を使ってニセモノの気配を作り出してバラ撒いた。」
優李は笑った。それを聞いて石塚は驚いて尋ねた。

 「ちょっと待ってください!それって大変なことなんじゃないですか?」
 「そうでもない、少し疲れるがな。さて、そろそろ移動しよう。」
優李は立ち上がって言った。
 「それで奴等は奇妙な様子で探しに行ったのか。でも、どうやってばら撒いたのですか? 」
 「協力してくれそうなのに定着させた。姿まで私に似せてくれたのもあったぞ。」
優李は答えた。石塚は驚いたように彼女を見つめた。
 「そ、それじゃあ・・・まさか妖魔に?でも姿までって・・・」
 「お前が見えないのは残念だが・・・お前のすぐ右にいるのが今お前と同じ姿になったぞ。」
優李はニヤリと笑うと石塚に言った。それを聞いて石塚は慌てて身体を引いて気味悪そうに右隣を見ながら言った。

 「・・・妖魔は簡単に姿を変えられるのでしたね。」
 「ただ面白がっているだけだ。使役されている者以外はな。」
それを聞いて石塚は何か思い出したのか、考え込みながら尋ねた。
 「そういえば・・・優李、先程の男に触りましたね?手をこう翳すようにして。もしかしてあれも?」
優李はクスリと笑った。
 「あの男はわたしだよ。彼等は目に見えるものも、聞こえる音すら信じない。目に見えないもの、己の感覚だけを信じるのだから。」

 「・・・娘ではない。」
男の一人は倒れている男を見て憮然として言った。
 「幸い息はあるのだ。娘を殺ったら外へ出そう。」
 「ああ。それにしても信じられん。気を失っているニコラスを自分の“気”で包むなどとは!!」
 「この状況ではいい判断だ。偽の“気”が強くて本物が分かり難くなっている。力をひどく消耗するが悪くない作戦だ。それに、これで3人目だ。」
 「しかし!正気の沙汰ではない!それでなくとも“気”の遠隔操作は厄介なのだ。それを我々に錯覚させるほどの“気”をいくつも作って定着させるなど!魂を削って使うの等しい!こんなことを続ければ自滅だぞ!」
 「他人に自分の“気”使わせるよりはましだろう。それに自滅してくれれば助かるさ。」

その時、彼等の元に何かが投げられた。一人の男がそれを手で受け取るとそれを見ながら 「レトー!なんだこれは!」 と叫んだ。
 「分からないのか?栗だ。」
投げられた方向から男が彼らに近づきながら答えた。

 「何があった?」
もう1人の男がレトーに尋ねた。
 「劉の所の中国人がそれに埋もれていた。」
その言葉に二人は顔を見合わせた。
 「どういうことだ?」
 「アム、それは俺が聞きたいくらいだ。山のような栗に押しつぶされていたんだ。あの2人はもう使い物にならん。それより娘はいたか?」
レトーは二人に尋ねた。一人が首を振ると答えた。
 「駄目だ。」
 「こちらもだ。気配があったので使役した奴に食わせようとしたのだが消えたのだ、偽者だ。信じられんが妖魔だった。それで・・・」
男は言いかけて倒れている男を見て叫んだ。

 「ニコラス!やられたのか!」
 「やったのは俺だ、娘ではない。」
男の1人が不機嫌に言った。
 「オノレ、どういうことだ?」
 「娘は自分の“気”をニコラスに定着した。」
 「まさか!少しくらい“気”を載せたくらいでは話にならないぞ!」
 「だからしっかりと定着させたのだ。お前の遭遇した妖魔も多分そうだろう。」
 「妖魔に“気”を載せた?そんな馬鹿な!奴らが素直にさせるか?使役などされていなかったのだぞ!」
 「娘の“気”は恐ろしく澄んできれいだからな。」
 「ああ。龍が何とかして殺そうとするくらいの娘だ、奴等は自主的に協力したのかも知れん。」
 「普通ではありえないぞ!」
 「だがここの空気は、俺達より娘に好意的だ。お前も感じているだろう?」
レトーは 「結界張ったらすぐに殺ってお終いだったのに。」 と吐き捨てるように呟いた。
 「ああ。まさかこんな行動に出るとは夢にも思わなかった。そして・・・」
 「効果は絶大だった。」 もう一人の男が苦々しげに答えた。
レトーは驚いて二人を見た。一人の男が彼に答えた。

 「これで劉のところから来た応援は全滅だ。」
 「正確には4人、1人は不明。それとニコラス。」
 「ではこの短時間で6人も小娘にやられたというのか!」
 「小娘ではない。リオン・フランソワの血だけでなく力を継ぐ真の後継者だ。今回の件は、その一番重要な情報が抜けていたのだ!」
レトーは黙り込んだ。もう一人の男が口を開いた。
 「無事なのは俺達とマラッツィ、そしてフロレルの5名だ。とにかく単独で動くのは不味い。娘も力を酷使しているだろうが用心するに越したことはない。」
 「合流か?」
 「フロレルは好きにさせろ、あいつは団体行動には向かない。まずマラッツィと俺達でバイクの男を捕らえる。」
 「娘の気配は男の周りにはっきりと感じないが、必ず近くにいるはずだ。男を助ける為に・・・」
その男は言いかけて黙り込んだ。

 「・・・入り込んだぞ。」
 「・・・ああ、入り込んだな。2名だ。」
 「レミーは、外の見張りは何をやっているのだ!」
もう1人の男は遠くを見ながら言った。
 「娘の家でトラップを仕掛けていた奴らか?」
 「はっきりとは分からない。だが娘のガードで力のある奴は今は3人だけだ。そう考えるのが妥当だろう。」
 「バレないように苦労して結界張ったのに!結局その甲斐もなしか!」
 「仕方ないさ。それよりどうする?」
男達は沈黙した。

 「・・・・また侵入者だぞ?」
 「・・・5人、いや6人か。」
 「おいおい!まだ入って来るぞ。7・・・9、10・・・12。12人?」
 「こいつら・・・何だこれは!気配を抑えようともしていないぞ!」
 「いや、まだいる・・・14人。全員ど素人だ。」
 「娘の護衛は、龍の警護を除けば力など使えない。だが・・・」
 「何を考えてやがる?ど素人がいくらいても邪魔なだけだ。全員自滅するぞ。」
 「その前に何とかするのだろう。このスペースでこの人数では、侵入者の気配が強すぎて娘の気配が見つけられない。やってくれる。」
 「しかし、これだけ素人を抱えてちゃあ奴等にとっても相当の負担だぞ?」
 「どうするアム?一旦結界を解除して広域で張り直すか?」
 「駄目だ。結界解除の間隙をついて逆に結界を張られる。逃走経路を絶たれたらおしまいだ。それに、解除させる為にど素人を中へ入れたとしたら奴等の思う壺だ。」
男達は沈黙した。少ししてアムと呼ばれた男が口を開いた。

 「娘はフロレルに任す。お前達はど素人集団だ。俺はマラッツィと合流して最初の侵入者を探す。それから、ギーガ・ギーラを使うかもしれない。覚悟だけはしておいてくれ。」
オノレとレトーは顔を見合わせた。
 「何体だ?」 レトーが渋い顔で尋ねた。
 「出来れば2体使いたいがこの状況では無理だろう、多分1体だ。」
 「アム、俺はお前の腕を信じている。だがあれは・・・」
彼等は一斉に顔を見合わせた。

 「中国人だ・・・多分。無事だったのか?」
 「側にいるのはバイクの男だな。これは間違いない。」
爆音が何度も轟いたが、彼等は気にもせずに話を続けた。
 「娘の気配は・・・駄目だ!侵入者の所為で感じ取れない。」
 「罠かもしれないぞ?」
 「ああ。多分間違いない。」
 「・・・フロレルが向かった。奴なら何とでもする。急ぐぞ。」

 石塚が投げつけたスタングレネードは、凄まじい光と音を吐き出した。
男がひるんだ隙に石塚はつかさず空のマガジンを落とすと、ポケットから別のマガジンを取り出してチェンジして男に狙いを定め引き金を引いた。ダン!ダン!と続けて音が何度も響いた。
しかし弾は男の元まで届かなかった。青白い焔は壁になってその男を包んで遮った。
更に石塚は撃った。青白い焔が邪魔をする。
男はスタングレネードの閃光の所為で目が開けられないのかフラついていた。だがそれでもさらさらとした言葉を呟き続ける。
青白い焔の壁は地面を舐めるようにして石塚めがけて押し寄せた。焔はあっという間に彼を包み込み、襲いかかろうとした。
その寸前、突然炎は消えた。
石塚が男を見ると男は倒れていた。そしてその側にはいつの間にか優李がいて抜いた剣を鞘にしまうと石塚に駆け寄った。

 「うまくいきましたね。」
 「ああ。だが急ごう。結界内に侵入者が14名だ。」
彼女は目で“行くぞ”と合図をすると走った。
 「14名も!」
走りながら石塚は尋ねた。
 「そうだ。それが妙なのだ。皆“気”を抑えようともしていない、まるで素人だ。それにこの狭い結界内にこれだけの人数はどう考えてもおかしい。」
 「もしかしたら加藤達が!」
優李は答えず、すぐに後ろを振り返ると同時に剣を抜いた。

 「たった一人の君に、こんなに手こずるとは思いもしなかったよ。」

木々の間から微かに差し込む月の光に照らされて、人影が現れた。
人影は二人に近づいた。微かな月明の闇に真っ白い肌の顔が現れた。闇の中から現れたその人物は、この場に不釣合いな自愛に満ちた笑顔を優李に向けた。

 「優李!死の大天使です!」

石塚は優李の前に庇うようにして立った。しかし、優李は 「下がっていろ!」 と低い通る声で彼に命じた。

 「君は優しいね。」
死の大天使は優しく微笑むと親指を自分の背後に向けて言った。
 「自分を殺そうとしている相手ですら戦闘不能にしただけで殺さない。本来君を護るべきガードすら庇う。これでは銀龍が君を殺そうとするのは無理もないな。」
優李は剣を構えると言った。

 「マドモアゼル。深夜あなたのような美女のお相手も悪くはないが、今は急いでいるのでね。」

しかし、フロレルは剣を鞘にしまったままで優李の剣を眺めた。
 「白い剣か。もしかしたら竜の骨を削り出して作った竜剣? 剣豪アーロン・グラディリアが・・・そうだ思い出した!彼は君のガードをしていたね。それで銀龍と闘った時の怪我が原因で闘病生活の末に亡くなったのだった。最期は酷い苦しみようだったって?君が形見として譲り受けたんだ。へえ、すごいな。」

 「急いでいると言ったろう!」

 「どうかしたの?あんまり話したくなさそうだね。まあいいさ。それより一つ言っておくけど。」
突然何かがぶつかるような甲高い金属音が響いた。二人の間にあった距離はいつの間にかなくなって、互いの剣が真正面で交差していた。

 「ぼくは男だよ。」

能面のような表情でフロレルは言った。
優李はフロレルの剣を自分の剣で受け止めながら 「ヒュー」 と口笛を吹いた。
 「それを聞いて安心した。女性は少々・・・気が引けるからな!」
優李は自分の剣で彼の剣を押し返し間合いを取る。
石塚はフロレルに銃を構えて引き金を引こうとした。しかし彼の指は動かなかった。 いきなり彼は地面に叩きつけられるように倒れ込んだ。まるで鉄の板に載せられた磁石のように貼り付いた身体を懸命に動かそうとするがびくともしない。

 「石塚!」

優李は気づいて叫んだ。
 「大丈夫だよ。君を倒すまで彼には手出しはしない。少しの間だけじっとしていてもらうだけだよ。」
フロレルは笑うと、一気に詰めて優李を突いた。

石塚は何とか身体を動かそうと試みたがびくともしなかった。 地面はまるで氷のようで、うつ伏せに叩きつけられた石塚の体からあっという間に熱を奪った。 二人の方向へ向けられたままの銃口が寒さのあまり小刻みに揺れる。 石塚はなす術もなく見守った。

カン!カン!カン!カン!

真冬の凍てつく空気をより一層凍りつかせるような音が公園に響く。
二人の剣が激しくぶつかる度に響く甲高い金属音。それからシュッーという剣身をすり上げる音。
一気に間合いを詰めて突く。それをかわして突き返し。
攻める度に、そして防ぐ度に剣が激しくぶつかる。

打ち合わせでもしたように延々と続く剣の攻防はまるで映画の殺陣でも見ているような気持ちに石塚をさせた。しかし石塚は気づいてぞっとした。

そうじゃない!
これはそうじゃないんだ!
もしどちらかがリズムを崩した時、それはどちらかの・・・・

優李の反応が一瞬遅れた。フロレルの剣が彼女の剣をすり上げて突いた。
彼女は寸での所で剣先を避けたが、刃は彼女の脇をかすった。
優李の着ていたジャンバーの一部がパサリと落ちた。
わずかの時間で再び突きが繰り出される。
優李が懸命に防御に回る。彼女は後ろに飛び退いた。フロレルがすぐに詰める。
そして優李の体が沈んだ。
しかし倒れたのではなかった。
彼女は身体を低く沈めると片足でフロレルの足に蹴りを入れた。
フロレルはバランスを崩して倒れた。優李は低く屈んだ姿勢のまま、蹴りを入れた足で踏み込んで彼の剣を持つ手めがけて突いた。
フロレルの剣がはじかれて飛び、そのまま剣先は彼に突きつけられた。

 「・・・・勝負はあったな。」
彼を見下ろして、切れ切れの声で優李が言った。
 「・・・ああ、そうだね。」
フロレルは身体を起こそうとした。
 「動くな!」 優李は引き抜いた剣を突きつけたままで叫んだ。
彼は少し身体を起こしたまま微笑んだ。
石塚は叫んだ。しかし声は出なかった。

フロレルは優李の剣を掴むと自ら身体に押し込んだ。
優李は何がされたのか分からず虚を衝かれたように彼を見た。
天使は笑った。とろけるように。
彼女はようやく気づき、必死で剣を抜こうとした。しかし出来なかった。
彼は剣を握る彼女の手を左手で掴むと更に剣を押し込んだ。
優李とフロレルの距離がなくなった。そして突然それが現れた。

いつの間にか、刃渡り30センチ程の虹色に輝く短剣が天使の右手に握られていた。
そしてそれはあっという間に輝きを失った。
 「・・・りぃぃぃー」
石塚の口から、擦れて声にならない悲鳴が漏れた。

 「駄目だよ、急所を突かないで止めるなんて。だからこういうことになるんだよ。」
フロレルは身体を起こしながら微笑むと力を入れた。
 「僕は長剣しか使わないってみんな思ってるけど、特別な場合はこれを使うんだ。君もそう、特別だよ。」
優李はようやく気づいて自分の胸に差し込まれたそれを見た。そしてフロレルに視線を戻す。

 「これには防刃の為のケプラーも鉄板も何の役にも立たないよ。」
彼は短剣を力を入れて捻った。彼の顔から笑みが消えた。

優李は剣を持つ手を離すと渾身の力でフロレルを蹴った。彼は身体をくの字に曲げて倒れこんだ。
優李は地面に転がった彼の長剣まで走るとそれを掴むと振り向き様に剣を構えて彼を見た。
フロレルは顔色一つ変えず優李の剣を腹から引き抜くと剣を見てフッと笑った。
 「酷い剣だ。僕には使う資格がないってさ。ま、いいけどね。竜に関わるものは皆そうだ、人を見て、選ぶ。」

次の瞬間、フロレルはそれを地面に突き刺すと同時に短剣を構え距離を詰めた。優李は剣でスリ上げるようにして短剣をかわし、突いた。
しかしフロレルはすぐに後へ飛び退いて剣をかわす。
フロレルは間合いを取りながら注意深くチャンスを狙う。優李は間合いに注意しながら時折詰めて仕掛ける。
短剣と長剣では明らかに優李に分があった。
フロレルの息が優李のそれより次第に荒くなる。
優李は短剣をかわしすぐに突いた。
フロレルはそれをかわし間合いを取った。しかし優李は距離を詰めなかった。

 「もう無駄だ、よせ。」
 「君はホントに優しいね。だけど、そちらはそのつもりはないみたいだよ。」

フロレルの言葉に気づいて、優李は叫んだ。
 「石塚止めろ!」
もう石塚を抑える力すら弱まったのか、石塚はうつ伏せのまま必死銃を持ち上げて引き金を引こうとしていた。
フロレルは笑った。
 「悪いけど、僕は銃は大嫌いなんだよ。」

 「やめろ!」

優李は叫んだ。 しかし彼は構わず、先程優李にしたと同じ事を自分にした。彼の手に合った虹色に輝く短剣は、あっという間に彼の身体に消えた。
フロレルは彼女に向かって微笑んだ。そして彼は崩れるように倒れた。
優李は倒れた男を呆然と見つめた。

石塚はすぐに優李に駆け寄ると慌てて彼女の胸の傷を確かめた。
服が引き裂かれ、防弾ベストのケプラーが切れて穴が開いてる、その下の鉄板にも。
そして石塚は気づいた。
鉄板の下にもう一枚銀色に鈍く輝くものがある。彼はそれに触った。それには傷一つついてはいなかった。
石塚はほうと大きく息をつくと 「大丈夫、ベストを貫通してない。」 と言った。

 「痛みとか・・・違和感はありますか?」
 「いや・・・何もない。大丈夫だ。」
彼女は倒れた男を見たまま唇をぎゅっと噛みしめた。
 「あなたの所為じゃない。」
優李は石塚を見て、すぐに目を伏せた。石塚は優李の気持ちを変えようとするかのように明るく言った。

 「それにしても、ナイフの刃が消えた時にはもう駄目かと思いましたよ。本当に良かった。」
その言葉に優李も思い出して、短剣で付けられた穴をから銀色に鈍く輝くものを確かめた。彼女の顔が歪んだ。
 「こんなものが・・・・」
彼女は冷ややかに笑った。
 「一番殺したがっている者が・・・わたしを救ったのか。」

 「何ですかこれは?」
石塚が彼女の様子に気づいて怪訝そうに尋ねた。
 「鱗だ、銀龍の。」
 「鱗?」
 「父から特別製だとは聞いていたが・・・」

優李は死の大天使に近づこうとした。しかし倒れかけたので、慌てて石塚は彼女を支えた。
 「待っててください。」
石塚はそう言うと急いで死の大天使に近づき地面に刺さった剣を引き抜いた。そしてポケットからハンカチを出すと剣を拭いた。そしてて優李の下へ戻るとそれを差し出した。

 「メルシ。」
優李は目を伏せて剣を受け取ると鞘にしまった。
 「さあ、急ぎましょう。ここに留まるのはよくない。」
 「ああ。」
手を差し出した石塚に優李は 「もう大丈夫だ。」 というと笑った。
 「ですが、顔色が・・・優李?」
優李の笑顔が消えた。そして彼女は何かを聞き取ろうとするかのように目を伏せた。暫くすると、彼女はある方向へ目を向けてそちらをじっと見つめた。

 「・・・魔法だ。」
 「魔法?」
 「ああ、かなり強力な・・・呪だ。一体何をするつもりだ?」
彼女は眉を顰めると、いきなり顔色が変わった。
 「優李、どうしたのです?」
優李は答えなかった。訳が分からず石塚は黙って優李を見つめた。

 「グレネードを出してくれ!早く!」 突然優李は叫んだ。

石塚は慌ててそれを出すと優李に渡した。優李はそれの筒の部分を暖めるように握りこんで“気”を込めた。そして持ち直すとすぐに撃った
爆発音が響いた。優李は続けて撃った。彼女は装填されているグレネード弾をすべて撃ちつくした。

 「弾をくれ!」 優李は叫んだ。
石塚は急いで弾を渡した。彼女は弾を受け取ると一瞬躊躇した。石塚はすぐに気づいて、 「貸して下さい。俺が装填します!」 と叫んだ。
優李は石塚にランチャーを渡した。彼はグレネード弾を次々と筒に装填して彼女に渡した。
 「6発入ってます!」
優李は受け取ると、先程と同様にそれの筒の部分を暖めるように握りこんだ。そして持ち直すとすぐに撃った。
 「何があったのです!」 石塚は爆音に負けないように大声で叫んだ。
彼女は撃ちながら答えた。

 「悪霊化した霊だ!悪意が半端じゃない。2体だ、急がないと!弾はあといくつある!」
石塚は急いで数えた。
 「あと9つです!」
爆発音が響く。その音が消えないうちに次の爆発音が重なる。

優李は撃った。
また爆発音。
 「あと1体だ!」
優李は叫びながらランチャーで撃った。
爆発音が響く。その音が消えないうちに次の爆発音が重なる。
彼女は6発全部を撃ち尽くした。

優李は急いで石塚にランチャーを渡した。
石塚は残った3発の弾を装填しながら優李に尋ねた。
 「召喚者の気配はつかめないのですか!」
 「駄目だ。さっき入った奴等の気配が邪魔で分からない!」
石塚は装填し終えるとそれを優李に渡した。
優李は“気”を込めると撃った。
爆破音が響き渡った。

その時、グレネード弾を撃ちこんだ方向の空が突然明るくなった。二人は空を見た。それは発光する人型のようで、しかしすぐに形が壊れると消えてしまった。
 「倒したのですか!」
 「違う。」
彼女は撃つのを止めて空を見つめた。
 「呪法が完成した。」
優李は呟くように答えた。
その時、先程光った空にオーロラが現れた。
 「ギーガ、ギーラの・・・呪法。」
石塚は、呆然と空を見上げて立ち尽くした。

 「石塚、私の後ろへ。」
優李が石塚に声を掛けた。石塚は優李を見た。
 「オーロラがカーテンでも引くように集まると、捻じれて1本の光の筋に収束する。降って来るのはそれからだ。たったの1体だ、大したことはない。それに・・・この様子ではあと2,3分はかかる。収束できるかどうかも怪しいな。クレマンなら10秒とかからないだろうに。さあ石塚、わたしの後ろへ。」
優李はグレネードを地面に置くと、石塚に微笑んだ。
 「大丈夫だ。槍のように収束出来なければ意味がない。グアムでクレマンが見せたのと同じだ。だが念の為だ。私の後ろへ。」

 「・・・優李。」
 「どうした?」
 「目標は俺でしょう?」

優李は苦笑した。
 「わたしだよ。」
 「駄目ですよ、優李。占い師はまず最初にターゲットロックオンだと言いました。」
 「わたしが目標だ。」
 「あなたの気配は見つけられない!目標は俺です。」 石塚は叫んだ。
 「石塚、たとえそうだとしても、わたしならなんとか出来る!大丈夫だ。」
 「銀龍にダメージを与えられる程の威力でしょう?」
 「それはクレマンだから出来たのだ!他の奴では無理だ!」
 「駄目ですよ隠しても。それに顔色も真っ青でフラフラじゃないですか!まだ6人もいるんですよ?それと14名。」
 「大丈夫だ!わたしを信じてくれ!」
 「優李。」
石塚は微笑んだ。
 「あなたが来てくれて嬉しかったですよ。」
 「石塚、駄目だ!」 優李は叫んだ。
しかし、石塚は聞き入れなかった。
優李は追いかけた。しかし歩くのが精一杯で到底追いつけない。

 「行くな!わたしを信じてくれ!」 優李は石塚の背中に叫んだ。
 「あなたの所為じゃない!それだけは覚えて置いてください!」 走りながら石塚は叫んだ。
優李は必死で追いかけた。しかし差は開くばかりだった。

 「石塚!!!」

優李は叫んだ。

 「石塚!さっきのは嘘か!信じてくれるといったろう!わたしをオスカル・フランソワだといったのは嘘なのか!」

 「嘘なのか?たとえどんな事でも信じると言ったじゃないか!」

 「言ったじゃないか!」

石塚は立ち止まった。
優李は石塚の背中に向かって叫びながら必死で近づいた。

 「わたしを卑怯者にしないでくれ!お願いだから!わたしを信じてくれ!お願いだから・・・わたしは出来る!わたしの為に誰か死ぬなんて!もうまっぴらだ!もうごめんだ!」

 「お願いだ、信じてくれ・・・」

その時、空で何か光った。それを見て優李は渾身の力で叫んだ。

 「石塚!!!!」

声と同時に石塚は優李に向かって走った。
大きな光の塊が空から押し寄せる。
優李も剣を構えると石塚めがけて必死で走った。
光の塊が二人を飲み込んだ。

 「早く!早く!早く!早く!何でもいい!早く!」
 「そう急かすな。もう少しで修復ができる。」
 「それにしてもシールド張らずに剣の刃風で切っちまうなんて前代未聞だ。」
 「ああ。これなら重力場なんぞ発生させる必要もなかったな。ちと寂しいが。」

声がした。
あたりの光が次第に薄くなり、ゆっくりと闇が戻る。
すぐ近くに人影が3つあった。次第にはっきりして来る。

 「あっ!コラ!加藤まだ近づくんじない!もうあと10秒待て!」
 「石塚!優李!!大丈夫か!」

聞き慣れた声が叫んでいる。
石塚は声のする方向を見て 「遅いぞ!加藤!」 と嬉しそうに叫んだ。

 「よし、もう大丈夫だぞ。」

その声に加藤は一目散に彼の側に駆け寄った。

 「石塚〜!!馬鹿野郎!!俺は・・俺はなあ・・・・」
 「加藤!感動に浸る前にまず隊長を運ぶぞ。心配するな、ちょいと気を失ってもらっただけだ。さあ、急げ。話はそれからだ!」
3人組の1人が言った。