「ですから火事で・・・ですから!いたずらではなく本物のです。ええ。・・・そうです、消防車に近づけなかったのです。それで・・・」
坂本は今の状況を懸命に携帯の相手に伝えた。しかしそれは相手にはまったく通じなかった。坂本はとうとう声を荒げて携帯に向かって怒鳴った。

 「だから言ったろう!!」

坂本はすぐに気づいて慌てて謝ったが、口調とは裏腹に表情はイライラした様子が浮かんでいた。
 「申し訳ありません。・・・はい、はい・・・すみません。周囲がうるさくて。・・・携帯は消防車の巻いてあるホースの間に挟まっていました。そうです、時間稼ぎに使われました。・・・はい・・・はい。分かりました、至急戻ります。」
坂本は携帯のボタンを力まかせに押すと、それを睨みつけながら呟いた。

 「“GPSで位置確認するから絶対手放すな” 優李にはくどいくらい言ってあると言っただろうが!」
 「さ、坂本さん、あ、あの・・・戻るんですか?」
田口が坂本に遠慮がちに声を掛ける。
 「ああ、大至急だ。」
坂本は田口に答えると溜息をついた。

 「こ、これはどうしますか?」
田口が、優李の携帯を差し出した。それを見て坂本は不機嫌そうに答えた。
 「お前が持っていろ。帰ったら千秋君に渡せ。ああそうだ、着発信の履歴とメールを調べろだったな。そんなもん残しておくの思うのか?まったく・・・」
坂本は田口から携帯を受け取ると開きながら言ったが、開いた途端沈黙した。

 「さ、坂本さん?」
田口は坂本の顔を見て、それから彼に視線の先にあるものを見てやはり同じように黙り込んだ。
その様子に後部座席に窮屈そうに座っている3人組も怪訝そうに顔を見合わせると、携帯を覗き込んだ。
3人は、待ち受け画面を見つめると前の二人と同じように黙り込んだ。

 「お嬢様は・・・こんな顔して笑えるのか。」
暫くして3人の一人がぽつりと言った。
 「というより・・・初めて見たぞ、笑ったところ。」
 「ああ。二人共幸せそうな顔して・・・」

 「あ、あんまりだ!こ、こんなのあ、あ、あんまりだ!」

 「こんなの・・・ひ、酷いです。見たでしょう!モニタで!優李、あ、あんなに泣いて・・・・・な、泣いた事なんて、い、い、い、今まで一度だってなかったのに・・・・・ひ、酷、いですよ!勇もです!あ、あいつ今頃・・・」
 「田口言うな。もうどうにもならん。」
坂本は感情を押し殺すようにして言った。

 「まあ仕方ないだろう。決闘で生き残ったのはジャルジェ家の初代だけだ。」
 「こればっかりは、いくら千秋君の後輩の腕でも無理だろうなあ。」
3人組が言った言葉に田口は後ろを振り返ると怒鳴った。

 「こ、これで板倉の後継者争いは・・・あ、あんたたちが押してる、も、もう一人のおばっちゃまで決まりだ。ちょ、調査部は・・・こ、こんなことになって・・・う、う、うれしいだろう!!」
3人は顔を見合わせると肩をすくめるような仕草をした。
 「田口、オレ等現場の人間には誰が上になろうと変わりゃしねーよ。」
 「そうそう、今は先ず彼女を探し出す。これが最優先だな。」
 「な、何が最優先だ!あ、あんた達はただ楽しんでいるだけだろう!」
 「もうよせ。」
 「で、ですが坂本さん!こいつ等はこんな事になって・・・」
 「田口。こいつらの言う通りだぞ。今は優李の事が先決だ。例の組織の協力者の中国系のマフィアが急に動き出した。急いて見つけないととんでもない事になるぞ。」

 「それは本当か!」「面白い事になって来たじゃないか!」
嬉しそうに叫んだ3人組を田口は睨んだ。
 「や、や、やっぱりそうだろう!あんたらは面白がって・・・」
 「もういい!」

坂本は田口を黙らせると、後の3人に振り向きもせずに声を掛けた。
 「お前ら3人は屋敷で待機だ。」
 「おい!それはどういうことだ?」
後部座席の男は驚いて叫んだ。
 「どうもこうも、そういうことだ。」

それを聞いて、3人組の一人が馬鹿にした様子で坂本を見ながら言った。
 「調査部の人間にはご遠慮いただきたいと、そういうことか。」
 「正解だ。」
坂本はそう言うと、田口に車を出すように指示をした。

 「坂本、お前らだけで何とかなる相手か?」
 「奴等の件は、うちの法人課が動いている。」
 「ほう、法人課が動くから心配ないか。では何故オレ等がここにいるのだ?」
 「権力争いの余波だろう?」
 「それもあるさ。だが報告書を見たろう?奴等が法人課の扱える連中か?」
 「俺は妖魔に関してはよく分からん。だがな!法人課の全員が動いているんだ。」
それを聞いた後部座席の男達は、いらいらした様子で坂本に言い返した。

 「いいか、連中の中の3人は法人課では話にならんぞ。そういう奴等がチーム組んでるんだぞ。」
 「その上だ、指揮取ってるマクミシリアンて奴はかなりの策士だぞ。数を頼めば何とかなる相手じゃなねーよ。」
 「法人課は家部のオヤジが仕切ってるんだろう?どうしようもないぜ?」
坂本は苦々しげに言った。
 「では調査部の篠原統括本部長が出てきたらうまくいくのか?!」
 「それはまあ、似たようなものだ。だがな、坂本。」
 「誰が旗を振ろうと結果は同じなんだ。それならこれ以上・・・」

その時音がしたので、坂本は慌てて携帯を取り出すとそれを開いて通話ボタンを押した。
 「俺だ。・・・聞いた、あと20分程で・・・そうか!それでは・・・ああ、分かった。で、どうするつもりだ?・・・ああ、ああ。・・・だが!・・・ああ、そうだな。」
坂本は2・3分ほど話すと 「何か動きがあったらすぐに連絡する。」 と言って通話を切った。それから田口に声を掛けた。
 「田園都市線の用賀駅へ向かえ、大至急だ。」
 「は、はい。」

 「高橋だな、今の電話。」
田口が返事をした時、3人組の一人が坂本に尋ねた。坂本は思い出したように後を振り返った。
 「お前ら悪いがここで降りてくれ。帰っていいぞ、ご苦労さん。」
 「オレ等を降ろして一体何をするつもりだ?」
 「いいから降りろ!」
 「それはないだろう、坂本?」
 「田口、止めろ。」
 「は、はい。」
 「その必要はない!」

3人組の一人がきつい口調で田口に命じると、坂本を見た。坂本は田口にそのまま走るよう命じると振り返って3人を見た。
 「そんなにオレ等は信頼できないか?」
3人組の一人が坂本に尋ねた。
 「調査部の人間は使わん!」
 「オレ等はお前と一緒だぞ。それなのにそんなアホな事を言うのか?」
 「さっさと降りて帰れ!」
 「オレ等は、お嬢様を例の組織から守るように言われてここへ来たのだぞ。」
 「違うな。出来るだけ大人しくして遊んで来いと言われたんだろう?そして、何かあったら逐次報告しろ。だろう。」
坂本は冷ややかに言った。それを聞いて3人の一人がイライラした様子で言い返した。

 「出来るだけ大人しくしろと言われたのは、銀龍を刺激しないようにする為だ。それから、オレ等が報告しなくてもウチの調査課がとっくに調べてるさ。」
しかし坂本は表情を変えずに男達を黙って見つめた。
 「オレ等は現場の人間だぜ?引っ掻き回すと思うのか?」
 「ろくでもない指揮官は一人で十分だ。二人もいらん。」

それを聞いて3人の一人が声を荒げた。
 「上は関係ないといったろう!いいか!上の連中がどう考えてるのかそんなのはオレ等の知った事じゃない。オレ等は仕事に来たんだ。オレ等の仕事は、例の組織の連中からお嬢様を護る事だ!」
男は坂本が何か言おうとするのを遮って男は怒鳴った。
 「何度も言わすな!オレ等はガードだ!お前と同じお嬢様のガードだぞ!!それになあ!あんな風に身体切り刻むように泣かれて放っておけるか!」
男はそこまで言うと気まずそうに黙りこんだ。坂本は男を見つめた。3人組のもう一人が口を開いた。

 「坂本、ガードの仕事はなんだ?」

坂本は彼らから視線を逸らすとふうーと息をついた。
 「お前らにガードについて説教されるとは、俺もなってないな。」
そう呟くと坂本は顔を上げて、厳しい表情で3人組に尋ねた。

 「俺達の首ですら風前の灯火だ。お前らの首なぞまったく保障できん。それでもいいのか?」
後の3人は互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
 「やっと退屈しなくて済みそうだな。」
 「そうと決まればきっちりと働いてもらうからな。よし!これまでの経緯を話そう。」
坂本は3人に言った。

坂本が話し終えると3人組の1人が口を開いた。
 「お嬢様らしき人物がタクシーで名古屋に向かう為に用賀の東京料金所から東名高速に乗ろうとしていて、その後を例の組織の“死の大天使”と数名が乗った白いカローラが追っていた。で、お嬢様はそれに気づいて用賀の料金所のすぐ側のごみ焼却所前でタシーから飛び降りた。そして石塚は、加藤からの連絡で環8から公園沿いに回りこんだ。加藤の乗ったタクシーもすぐに駆けつけてゴミ焼却場の高架下で見張っていたが、お嬢様の姿は見つけられず、その上お嬢様が飛び降りたのに気づいて引き返したと思われる白いカローラも消えた。」

 「その頃、新宿では奴等に協力している新宿を拠点にしている中国系のマフィアの幹部に連絡が入る。」
 「“娘を捕らえたが逃がした。娘は新宿方面に逃走中”だな。そしてマフィアの連中が派手に動き回り始めた上に、新宿にも“死の大天使”が確認されている。」
 「どちらかが囮。だがどちらかは不明。」
 「高橋はどう考えているのだ?」
3人組が尋ねたので坂本は考えながら話し出した。

 「逃走資金がいるから・・・まずカードで金を引き出すだな。そうすると一番近いATMは北烏山駅にあるが、あそこは最初に人が行くだろう?そしたら次に近いのが南に下ったコンビニだ。インラインスケートを使えば30分も掛からず南青葉駅まで行けるだろうし、実際南青葉駅で目撃されている優李らしき人物はインラインスケートらしきものを履いている。それに、もしこちらが囮だとすると優李が家を出るのを知らない限り、そこまで出来るのは周到すぎるだろう?」
 「だが、奴等がはじめからそういう予定で動いていたとしたら?何らかの行動を起こそうとしていたなら話は別だぞ?」
 「それにお嬢様はパスポートは持っていないのだろう?」
 「ああそうだ。だから千秋君は、こちらが囮だと考えてるようだ。高橋は違うがな。」
 「高橋は確証でもあるのか?」
 「確証まではいかないが、気になる事があるらしい。そういう時はきっちり調べる。あいつはそういう奴だ。」

 「・・・・そうか。ところで、お嬢様は剣を持っているのか?」
 「剣?」
坂本はそう言ってから、すぐに思い出したらしく答えた

 「ああ、あれか。どうだろう?あんなもの持って飛行機には乗れないからな。」
 「お嬢様は例の組織について何も知らないのか?」
3人組の一人が坂本に尋ねた。
 「いや、千秋君が話している筈だ。詳しい内容は知らないだろうが。」
 「高橋に確認出来るか?剣も事も。」
 「それはいいが・・・何故剣など気にする?あれに何かあるのか?」
 「あれは普通の剣じゃない。対妖魔用の・・・かなり特殊なものだ。つまり、あれが有ると無いとではお嬢様の対応が雲泥の差だ。」
 「もし奴らと遭遇しても逃げられるのか!」
坂本は思わず叫んだ。
 「ああ、お嬢様の腕ならな。」
 「だが、例の3人が一緒にいるなら話は別だ。特に“死の大天使”奴は報告書の内容以上だぞ、暗殺に関してはしくじった事が無い。」

 「一刻も早く見つけ出さないと・・・」
坂本は唸るようにして言った。
 「とにかくだ、一番怪しいのが焼却所だな。次が救急医療センターか・・・」
一人がカーナビに表示された焼却場周辺の地図を見ながら言った。
 「それで加藤と石塚は?」

 「石塚は今、白いカローラを探して絹縫公園の北側を探索中だ。」
坂本は携帯の着信音が鳴ったので、メールを確認しながら答えた。
 「石塚一人でか?一人はよくないぞ。」
3人組の1人が心配そうに呟いた。
 「あいつは以前、法人課に借り出されて魔法使いと戦った経験がある。もし見つけても無茶はしないさ。」
坂本はメールを打ちながら答えた。
 「それならいいが。」

 「加藤はタクシーでごみ焼却場を見張っている。タクシーの運転手がえらく協力的らしくてな。」
 「そうか。それで坂本、用賀ではオレ等の他にどの位の人数が動いているのだ?」
3人組が尋ねた。
 「俺達の他は加藤と石塚だけだ。」
 「それだけか!」

 「さっき言ったろう?千秋君はこちらが囮だと考えてるんだ。だからこちらは最低限の人数のみだ。屋敷も人手が足りなくて大変なんだ。本部から来るはずの応援は皆、新宿だ。将軍の命令で非常徴集がかかった。」
 「だが、それならまず用賀の料金所を押さえた方がいいんじゃないか?」
 「高速は用賀の料金所でなく、その先の川崎に手配済みだ。」
 「えらく早いじゃないか!人がいないのではないのか?」
 「町田に住んでるヤツがいて、そいつが向かったそうだ。それから用賀と砧周辺の飲食店へも高橋が手配した。問題は、砧の救急医療センターと田園都市線の用賀駅、ここにはタクシー乗り場があるらしい。タクシー会社には警察を通して連絡を入れたそうだが念の為に田園都市線の用賀駅周と、それから救急医療センターとごみ焼却場周辺を捜索だ。」

坂本は携帯のメールを送信しながら言った。その直後また着信音が鳴ってメールが届く。坂本はメールを開くと 「・・・えらい事になってるな。」 と呟いた。

 「坂本、高橋から何か新しい情報でも入ったか?」
 「これは高橋じゃない。新宿でマフィアを見張ってる奴からだ。」
 「なんだ、新宿はメール打ってくる余裕があるのか?」
 「まさか!向こうに動きがあったら連絡くれるように警備課全員に頼んであるからだ。」

坂本はメールを打ちながら事も無げに答えた。それを聞いて3人組は顔を見合わせて、それから呆れたように坂本を見た。

 「坂本お前・・・全員にこの話をしたのか?」
 「そんな時間あるか!さっきメールで回覧してもらったんだ。」
 「そういう事ではなくてだな、いくら何でも全員はまずいんじゃないか?家部のオヤジや千秋君にばれたら・・・」
 「警備課は何らかの形で優李の警備に携わってる。警備課で優李を知らない奴なんていやしない。警備課だけじゃない、協力者は他にもいる。」
 「知らない奴がいないのは分かった。だがな、それだからと言って全員が協力などするはずがないだろう?」
 「昨年の夏から、勇が来てからの事は誰だって知っているのだぞ。」
坂本は不機嫌に答えた。
 「なんだそれは?」
 「お前らには分からんだろうが、勇がいた時のあれが本当の優李で!いない時は、あれは全部・・・・偽りだ。」
坂本は携帯でメールを打つのをやめて、前方を睨みつけながら言った。それを聞いて3人組は顔を見合わせた。

 「なんとなく分かるような気はするが・・・・それでもやはり全員は無謀だぞ?」
 「いいや、そうとも言えないぞ。どうせこいつの事だ、こんな事になった理由も何もかも全部話してるはずだ。11時頃だったか?こそこそ電話してたしな。違うか坂本?」

坂本は後を振り向くと 「ああ!俺はムカついたからな!200年前の話から!勇が今、龍と闘っているのも何もかも全部話してやったぞ!」 と答えると どこが悪いのだ?という様子で3人組を睨んだ。
 「モニタでの優李とジャンヌの会話もか?」
 「・・・あれは話の出来る内容じゃない。」
坂本がポツリと言った言葉に3人組の1人は小さくため息をつくと 「そうだな。」 と答えた。

 「だからそれは、音声だけダビングして伝言ダイヤルで聞けるようにした。」
 「坂本、お前って奴は・・・」
 「何だ?文句あるのか?それが一番分かりやすいだろが!」
 「ああ、その通りだ。だがな、ダビングした事がおぼっちゃまにバレたらどうなると思う?」
 「ダ、ダビングし、したのは・・お、俺です。」
田口が口を挟んだ。

 「田口!弁護などいい!坂本、お前のおしゃべりもここまで来ると呆れるのを通り越して尊敬に値するぞ。」
 「何とでも言え!皆協力できることがあれば何でもやると連絡くれたぞ!警備部は手が空いている者は事務職だろうと何だろうと全員、この件で駆り出されているんだ。高橋は千秋君の子守もあるしもう手一杯だ。情報はいくらでも欲しいからな!」

 「・・・それなら景品交換所でも作るか。」
3人組の一人が考え込みながら言った。
 「景品交換所?なんだそれは。」
坂本は怪訝そうに聞き返した。
 「会社のサーバーに連絡用の掲示板を立ち上げる。それに情報を書き込ませるんだ。携帯でもチェックできるし、言葉より文字の方が記録に残るし、何よりも情報の共有が出来る。」
 「で、ですが・・・そ、そんな事をしたら・・・か、会社に・・・」
 「田口、心配するな。オレ等が仕事で・・・闇に潜ったりする時の連絡用に個人の裁量で使える専用のスペースがある。」
 「だが、たまに管理者のチェックが入るから・・・念の為に偽名を使っとくか。」
3人組のもう1人が言った。
 「偽名?」
 「優李お嬢様に家部のオヤジ、それから千秋おぼっちゃまでは、バレた時に申し開きが出来んだろうが。」
 「大丈夫だとは思うが用心の為さ。坂本、GPS探知に使ったそのノートパソコンは会社の備品だろう?ちょっと貸してくれ。」

坂本はノートパソコンを3人組の一人に渡した。彼らの一人がそれを受け取り電源を入れて立ち上げると、彼はキーボードで慣れた様子で打ち込んで、画面を開くと 「よし!大丈夫だ。」 と言った。

 「景品交換所の名前はどうする?何でもいいが・・・」
 「あ、あの・・・ガルト・フランセーズというのは、ど、どうですか?」
運転しながら田口が言った。
 「ガルト・フランセーズ?ああ、加藤のあれか!」
 「何だそれは?」
 「優李の・・・ “フランのガード” という意味だ。いやそうじゃない。本当は “フランス衛兵隊” という意味らしいが。」
 「いいじゃないか。それなら “衛兵隊” にしよう。それからお嬢様は・・・」
 「“隊長” だ。これで決まりだろう?」
 「何故優李が隊長なのだ?」

坂本は不思議そうに尋ねた。

 「前に話したろう?衛兵隊の指揮をしてバスティーユを陥落させたって。」
 「そうだった。 “隊長 ”か。ぴったりだな。」
 「では、優李お嬢様は “隊長” と。例の組織は?」
 「バスティーユは・・・政治犯を収容する牢獄だったな?」
 「ド・ローネはどうですか?た、確かその時のバスティーユ監獄の司令官の名前です。」
 「へえ、そうなのか。お前詳しいな田口。よしそれではこうしよう。例の組織は “ドローネ” と。それでは法人課は・・・ “ブイエ” てのはどうだ?」
 「どうしてブイエなんだ?」

坂本がまたも不思議そうに彼らに聞いた。

 「家部をひっくり返すと部家だろう?だからブイエ。ちょっと分からないだろう?」
 「なるほど、あと千秋君は?」
 「千 “秋” でなくて “春” でどうだ?ハル君。“おぼっちゃま” では露骨だからな。それから高橋は・・・」
 「“大佐” だろう。で、実行部隊の隊長であるお前は・・・」
 「俺が?」 坂本は驚いたように自分を指差して尋ねた。

 「当たり前だろう?お前がここで一番年寄りだからな。」
 「なんだ、それだけの理由か・・・で?俺は何だ?少尉か軍曹か?」
 「“伍長” でどうだ?」
 「伍長?何かこう・・・今一つだな。」
 「さ、坂本さん。ナ、ナポレオンはさ、最初・・・ご、伍長でしたよ、確か。」
その言葉に坂本は考え込んだ。

 「それなら・・・まあいいか。“伍長”それでいい。」
 「よし、では注釈はこれでどうだ?
 “衛兵隊隊員は現在、” 衛兵隊隊員はオレ等と警備課全員と協力者だ。
 “隊長と隊長を狙うドローネの部隊を追跡中。” と、それから 
 “隊員は隊長救助の為、ドローネとブイエの情報等を 衛兵隊 へ連絡されたし。”
 あとは “緊急の場合、大佐若しくは伍長に連絡”
以上!」
 「それでは坂本、ここのアドレスはこれだから・・・全員に名前の件とアドレスを連絡しろ。パスワードは会社の個人情報 IDだ。 」

  「・・・戸籍とパスポートの売買か。」
パソコンの画面を見ながら板倉は大谷に尋ねた。

 「場所は?」
 「多分新宿です。」
 「間違いないか?」
 「あくまでこのチャットの内容からです。もっと詳しく調べてみないとはっきりとは言えませんね。」
 「・・・調べるのにどのくらいかかる?」
考え込みながら大谷は答えた。

 「ログは順次消されていますから・・・最低でも1時間は欲しいですね。」
 「出来るだけ急いで調べてくれ。」
 「その前に問題点を話しておきたいのですが、よろしいでしょうか?」
そういうと大谷は板倉を見た。板倉は話すよう促したので、大谷は口を開いた。

 「問題点は2つあります。まず一つ目。これが優李さんの仕掛けた罠の場合です。」
 「・・・理由は?」
 「このサイトはUGです。」
 「UG?」
 「アンダーグラウンド、非合法のサイトです。お約束の悪戯の仕掛けをかいくぐらないとここまで辿り着けないようになっています。でも、優李さんはここまで来た。つまりそれだけの知識があればそれを逆手にとって・・・」

 「パスポートがいる。」
 「ですが、ここにハードディスクのデータ抹消用のソフトがあります。それなのにハードディスクの初期化しかしていない。おかしいと思いませんか?」
大谷は引き出しを開けてたくさんのCDの中から1枚を取り出して見せた。
 「優李もしたかったろうさ。だが時間がなかった。よく見ろ。このソフトではファイル単体の抹消は出来ないぞ!ハードディスクごとのデータを抹消だ。それをするのにどれだけ時間がかかる?」

 「ディスクに固定値の書き込みを繰り返しただけの簡易抹消で2時間ですか。でもこれではすぐに復元できる。残留磁束を読み取れないようにするなら固定値と補数と乱数を各クラスタごとに書き込んでその後に・・・」
 「だから使いたくても使えなかった!」
 「ですから!言いたいのは、彼女にはしっかりとした知識があるという事です。これだけの知識があれはデータ抹消に一番いい方法は・・・」

 「パスポートがいる!絶対だ!どんなリスクを犯してもだ!」
言いかけた大谷を遮って板倉は叫んだ。
 「・・・それなら問題は一つだけです。ここで本当に偽造パスポートが売買されているか?そこまでは判断しかねます。」
大谷は言った。

 「それは僕が判断する。調べろ。どんな些細な事でも!洗いざらい全部だ!」
板倉は大谷のそう言ってから電話をかけている高橋を見た。

 「高橋!坂本達は!まだ戻らないのか!」
通話中の高橋は相手に2言3言話してから板倉に言った。
 「加藤達の応援に用賀方面へ向かわせました。」
 「その件は加藤と石塚に任せたはずだ!偽造パスポートの取引がある。呼び戻せ!」
板倉は怒鳴りつけたが、高橋は食い下がった。

 「念の為です!それに調査部の3名がいます。彼らはまだ例の組織が動いているのを知りません。調査部へこれ以上情報が漏れないようにする為にもこのまま用賀の捜索をさせた方がいい。それより今、警備2課の桜井課長と連絡が取れました。2課はまもなく新宿に集結だそうです。」
 「・・・分かった。坂本達にはそのまま用賀を捜索させろ。パスポートの件は2課に頼め。」
高橋は 「分かりました。」 と返事をしてから電話の相手に今の件を伝えた。