サイレンが鳴り響く。
真冬の深夜、救急車のサイレンは夏に比べるとやはり多い。
別のサイレン。
鐘の音、消防車だ。
これもやはり夏よりも冬によく聞かれる。
それからパトカー、これは年中聞くことが出来る。
近づいて来る、サイレンが近づいて来る。
一台ではない、複数の救急車、複数の消防車、複数のパトカー。
サイレンが重なる。いくつも重なる。
いくつも、いくつも、いくつも・・・
何があったのだ?どこだろう?

 「火事だ!」 「火事!」 「だれか!火を消して!」 「燃え移る!早く!」

外で誰かが叫ぶ。
そして、凄まじい爆発音が深夜の住宅街に響きわたった。
どこの家でも、住民達は皆慌てて飛び起きた。

 「一体どうなってるの?」
サイレンと無線の音、野次馬の声、それから警察の野次馬を静止する声。それらが交錯する屋敷の門のあたりの様子を伺いながらジャンヌは坂本に尋ねた。

 「俺にもよくわからん。今石塚に・・・・ああ、戻ってきた。石塚!どうだった?」
その声に石塚は坂本のそばへ駆け寄った。

 「通報は爆発の前です。警察には散弾銃持った強盗が放火して逃げて、うちの屋敷で人質とって立て篭もり中だと。そして消防署にもやはり同じ通報ですが、その上何かが爆発して負傷者が多数だと通報が。それに、12月に一騒動あったところですし、それで・・・」
 「警察がきかない気を珍しく利かせてくれたという事かしら。それにしてもまだ耳がぼおっとするわ。」
ジャンヌが右耳を押さえて言った。それを聞いて石塚は頷いた。

 「だけどスタングレネードは普通は数個同時に投げ込むのに・・・1個だけという所が半端だな?」
 「どこかに不発弾が転がってるんじゃないの?探して、石塚。」
 「探してどうするんだジャンヌ?」
坂本が怪訝そうに聞いた。ジャンヌは外を見ながら答えた。
 「決まってるでしょう?外に放り投げるのよ。ちょっとは静かになる。」
 「ジャンヌ!アホかお前は!石塚!探すんじゃないぞ!」
 「探しませんよ!それにしても・・・よくもこれだけ集まったな。」
石塚は塀の外の大勢の野次馬を見ながら言った。

 「1年前のことがあるからな。皆!またしても派手な銃撃戦を期待してるんだろうよ。」
坂本はそう言ってジャンヌを見たのでジャンヌは彼を横目で見返した。
 「あの時は、あたしが強盗窃盗団を捕まえたおかげで!被害は最初に押し入った家だけよ。警察はあたしに感謝状をくれたわ。」
 「ショットガンは強盗窃盗団のもので押し切ったし、馬鹿でかいハンドガンも!グレネードランチャーも!ロッカーの中身は何一つ警察には見つからなかったからな。」

 「坂本、何か言いたいことがあるようね、このあたしに!」
 「べ、別に俺は・・・言いたいことなぞ何もないぞ。」
坂本は慌てて答えた。
 「あら?そうかしら。」
ジャンヌは例の流し目で坂本を見た。それを見て、石塚が慌てて彼女に尋ねた。

 「ジャンヌ!それよりどう思う?やはり愉快犯かな?それとも・・・・」
 「この中にいて自分の起こした騒動を楽しんでるに決まっている!迷惑な奴よ。」
ジャンヌは石塚を見ると“当然でしょう”と言う顔をして答えた。
彼女の言葉に坂本は野次馬を睨みつけた。

 「それならいいのだが。今、山崎と松井と調査部の3馬鹿が周囲を見回っている。石塚、お前も手伝ってやってくれ。これが例の組織の奴等なら厄介な事になるぞ。」
 「分かりました。」
 「大丈夫でしょう。警察と消防署にわざわざ通報してからの爆発よ?その上この観客では何も出来やしない。対魔用のトラップも仕掛けてあるし、塀を乗り越えれば警報機が作動して音が鳴るわ。システムは万全よ。」
ジャンヌが言ったその時、屋敷の中から叫び声がした。

 「塀だ!」

皆一斉に声のする方を見ると、高橋が 「塀だ!止めろ!」 と叫んでいる。
塀を見ると、そこには塀を乗り越えようとしている野球帽に背広姿の人物の後姿があった。
警報音は鳴っていた。
しかしその音は何種類ものサイレンの音に混じってほとんど区別が付かない。

 「しまった!」
坂本が叫んだ声が合図になったかのように全員が駆け出した。
ジャンヌは走りながら振り返って高橋に叫ぶ。
 「板倉に!」
高橋は側にいた田口に 「中にいるのを全部ここへ呼び出せ。」というと屋敷の玄関へ走った。玄関のあたりには6、7名の人間が集まっていた。
高橋はその中から警察官と話をする板倉を見つけると急いで近づいて 「お話中、申しわけありません。」 と声を掛けた。
板倉は石井氏と警察官に声を 「すぐ戻りますので。」というと高橋と共にその場を離れ、彼等に話が聞こえないあたりまで来るとすぐに尋ねた。

 「何があった?」
 「優李が外へ出ました。」
高橋は言った。

屋敷の外はようやく警察が整理に取り掛かった所で、石塚は進もうとしたがぎっしり詰まった野次馬が邪魔で一歩も進めなかった。
彼は辺りを見回して、塀の横に並ぶ消防車と塀の間に人が通れるだけの幅があるのに気づき、急いでその隙間を通って優李逃げた方向へ走った。
野次馬の若干空いたあたりまで来ると人を掻き分けるようにして進みながら 「優李!優李!」 と叫んだが、彼女らしき姿を見つける事は出来なかった。

そうしているうちにも、野次馬はどんどん集まって来た。
それから自動車。路上駐車がすでに何台も。前へ進めない車がクラクションを派手に鳴らす。
畜生!面白半分で来やがって!

彼は何とか屋敷の脇にある南へ下る道路のあたりまで来てその急な坂道を見下ろしたがこちらへ登ってくる人だけで優李らしき人物は見当たらなかった。石塚は迷ったが、今来た道を大急ぎで引き返して屋敷に戻った。門を入ってすぐに高橋と板倉を見つけたので、石塚は急いで走り寄った。

 「ダメです!車両と野次馬でどうしようもありません!」
 「駅だ。家の側ではない!隣の北烏山駅だ。タクシー乗り場がある!タクシーを使われると不味い!」
 「それよりも南青葉駅です!優李は・・・」

高橋に言葉を遮って板倉は言った。
 「あそこは遠い!まず先に北烏山駅だ。車を出せ、急げ!先回りしろ。」
 「無理です!これでは車は出せません!」
 「何とかしろ!」
板倉は石塚を怒鳴りつけた。

 「石塚!お前のバイクを出せ!分かっているな!優李はこの辺の地理を知り尽くしているぞ!分かっているな!」
高橋は石塚に言った。
 「それとATMを押さえろ!加藤!」
板倉は加藤の姿を見とめて叫んだ。
屋敷の中から飛び出して来た加藤に高橋も叫ぶ。

 「石塚と駅へ!バイクだ!」
 「分かりました!」
加藤は石塚の後を追いかけた。彼らとすれ違いにジャンヌと坂本が戻ってきた。
 「見つかった?」
 「だめだ。今、加藤と石塚を北烏山駅へ向かわせた。坂本、GPSを調べろ。」
板倉は坂本に言った。

 「無駄です。優李も知ってます、きっと部屋に・・・」
 「調べろ!まずそれからだ!」
板倉は坂本を怒鳴りつけた。

 「・・・・分かりました。田口を使いますがよろしいですか?」
 「調査部の連中も使え!急げ!」
板倉は叫んだ。
 「高橋!」
 「銀行とカード会社に連絡を取ります!」

 「お前本気で北烏山駅へ行く気か!」
 「聞こえない!もっと大きな声で!」
石塚は加藤に怒鳴った。

 「だから!北烏山駅なんていないって!絶対だ!」
 「お坊ちゃまの命令だ。仕方ないだろう!」
 「そんな事言っている場合じゃないんだぞ。」
 「分かっている。北烏山駅なんて、見つけてくださいと言ってるようなものだ。」
 「だろう。そうしたら裏をかいて、南の坂を下ってずっと行った方!青葉公園のあっちに決まってる!」
 「だがパスポートがないぞ!」
 「そんなもん、とっくに取り返してるに決まってる!じゃなきゃ飛びださんだろうが!俺なら一刻も早くこの場を離れて空港へ向かうぞ。そしたらタクシーを使うのが一番早い!!この辺で流しを見つけるのは至難の業だから北烏山駅か南青葉駅のどちらかだろう!」
 「南青葉駅まで行くのにどれだけかかると思ってるんだ。徒歩でゆうに1時間は・・・」

急ブレーキの音がしてバイクは止まった。

 「馬鹿!急に止まるな!オレを落とす気か!」
加藤は叫んだ。
 「あれならもっと早く駅につける。ひょっとして高橋さん、それで俺に何度も分かるかと・・・・」
 「だから!30分もかからずに行ける!そうしたら行き先は青葉公園のもうちょい先の南青葉駅しかない。急げ石塚!」
加藤の言葉に石塚は考え込んだ。

 「だが・・・・」
 「行くっきゃないでしょう!ぐずぐず考えてる時間はないんだぞ!」

突然加藤の携帯の着信音が響いた。
加藤はポケットから携帯を取り出した。
 「高橋さんからだ。」
二人は顔を見合わせた。
それから加藤は慌てて通話ボタンを押した。
 「すみません。今向かっていま・・・は、はい。はい!分かりました。」

 「高橋!カード会社への連絡にどれだけかかっている!」
板倉は高橋を見つけると怒鳴りつけた。
 「すみません、現金の引き出せる可能性のある所は総て連絡したので。」
 「・・・・そうか。で?カードの使用状況はいつ判る。使用しようとした時間と場所の特定は?」
 「朝9時にならないと、ですから・・・」
板倉は高橋を睨んだ!

 「そんな悠長に待っていられると思うのか!使用不可にはすぐ出来るのに何故使おうとした場所と時間がすぐに分からないのだ!」
 「我々は民間人です。警察でもないとそこまでは教えてくれません。」
 「なら警察を使え!ここに腐るほどいる!」
 「上から命令が来ないと彼らは動きたくとも動けません!警察はすぐには動けません。動くまでに時間がかかる。動いたとしても一旦警察が間に入って、それからこちらへ連絡が来ます。情報が遅れます。ですからジャルジェ家からカード会社と銀行へ圧力かけたほうが早い。ジャルジェ家に連絡を取って・・・」

 「だめだ。」
板倉は叫んだ。
 「例の組織は間違いなく動いています。ジャルジェ家に連絡をすべきです。」
 「まだ早い。」
 「早くはありません。」
 「まだ早い!!」
 「早くはない!」
高橋が声を荒げた。板倉は驚いて彼を見た。

 「早くはありません。優李の命が危ないのです。奴等がこんなチャンスを逃がすはずがありません!お願いします、ジャルジェ家に連絡を取ってください。」
 「分かっている!だが今はまだ駄目だ!」
板倉は高橋を睨んだ。

 「・・・ジャンヌが占い師に連絡するでしょう。」
 「ジャンヌは連絡しない。話をした。」
高橋は彼を見つめた。板倉は高橋を睨むと怒鳴りつけた。
 「ぐずぐずするな!板倉からも警察へ圧力をかける!警察へ連絡を取り、至急調べさせろ。急げ!」
 「・・・分かりました、すぐに警察に連絡します。」

スタングレネード
凄まじい光と大音響だけで致死性のない手榴弾。人質救出や、犯罪者の捕獲に使われるもの。