「ええ、そうよ!今日で23日目よ!それがなんだっていうの!こっちで負った肩の怪我だって治ってなかったのに、あの子・・・馬鹿よ!」
 「・・・少しでも早く何とかしてやりたかったのだろう。」
 「そのくらい分かっている!」

ジャンヌは高橋を睨みつけたが、すぐに目を逸らすとケースから煙草を取り出し火をつけた。
それから吸い込んですぐに煙を吐き出すと、手に持った煙草を見つめた。

 「ディアンヌから連絡があった。イギリス人のガードは取り止めよ。」

高橋は黙ってジャンヌを見つめた。
彼女は高橋を見ずに続けた。

 「あなたの所から木戸って奴が来るわ。決闘の件が片付いたらアランが来る。クレマンもね。」
ジャンヌは煙草を吸ってすぐに煙を吐き出すと額に手をやった。
 「“ジャルジェ家最強の娘オスカル・フランソワの生まれ変わり、そして今度はジャルジェ家初代のリオン・フランソワの力も受け継いでいる。”続きは覚えている?」

 「一人で立てる強い娘ならどんな苦難も障害も叩き伏せるだろう。」
ジャンヌは苦く笑って、高橋の方を向いた。
 「どう思う?」
高橋は膝の上で組まれた手を強く握った。

 「それはもう意味を成さなくなる。つまり銀龍は優李を・・・・」
 「誰だってそう考えるわね。」
ジャンヌは煙草を一口吸うと、灰皿に押し付けて火を消した。

 「例の組織の件は聞いた?」
 「ああ。本部から連絡があった。日本での協力者の、新宿の中国系マフィア幹部の盗聴に成功したらしい。」
 「11人のうちリーダー格の・・・マクシミリアンという男が幹部と懇意らしいから、潜伏先が分かるかもしれない。」
 「そろそろ動くだろう。」
 「ええ。だから明日から学校も休ませる。」
 「優李にはかわいそうだが・・・学校周辺への警備はもう限界だ。」
 「銀龍がいない今、学校が一番危険。ひどいものよ!あの子3学期になって生徒会の役員を押し付けられて・・・でも!」
 「・・・楽しそうだった。」
ジャンヌは煙草を取り出すと火をつけた。

 「決闘の件はどうするつもりだ?千秋君は心配ないといったが・・・もう隠しておけないぞ。」
ジャンヌは煙草を吸って、ゆっくりと煙を吐き出す。

 「・・・打ち合わせ通りの話でいく。」
 「“娘の不治の病の為に父親が決闘を申し込んだ” それで優李が納得するだろうか?」
 「納得するでしょう。まさか勇が・・・」

ジャンヌは目を伏せてそのまま黙り込んだ。手に持った煙草の煙がゆっくりと立ち昇る。暫くして高橋がようやく口を開いた。

 「・・・どんな事があっても隠し通すしかないな。」
 「ええ。ボスはどんな事があっても勇を死なせないといったわ。絶対に!だからあと9日間は、どんな事があっても優李には隠し通す。」
 「・・・君のボスに何か策でもあるのか?」
 「ええ、勿論よ!」
ジャンヌは灰皿に煙草を力任せに押し付けて火を消した。

はい、大木です。ただ今留守にしております。
ピーという発信音のあと、メッセージをお入れください。FAXの方はこのまま送信ください。
なお、お急ぎの御用の方は033−×××−××××までご連絡ください。

優李は携帯を切った。
それから今聞いた番号に電話をかける。3回ほどコールすると落ち着いた女性の声が対応した。

 「ありがとうございます、ギャラリー グランディールです。」
 「あの、お伺いしたいのですがそちらに大木さんは・・・・」

優李はそこまで言って口ごもった。しかし相手は慣れた様子で 「申し訳ございません。ただいま大木は東欧に出張に出ておりまして、明後日の帰社予定になっております。」 と答えた。
優李は怪訝に思いながらもそのまま話を続けた。

 「そうですか!では病気はもうよくなられたのですね。」
電話の相手は少しの間沈黙した。それから困惑した口調で答えた。
 「病気というは・・・どういうことでしょうか?」
 「フランスで入院されていると伺ったのですが・・・」
 「何かの間違いでは?大木が病気などという話は・・・」
 「入院など、病気などされてはいないのですか?それは間違いないのですか!」

 「ええ。あの、大変失礼ですが大木にはどのようなご用件でしょうか?」
 「あ・・・ああ、すみません。大木さんの友人の・・・板倉と申します。知人から入院されたと聞いて、自宅へ連絡しましたら留守番電話にこちらの電話番号が・・・・・・携帯で連絡も取れなくて・・・状況がつかめず慌ててしまって・・・では知人の勘違いだったのですね。申し訳ありません。」
 「いえ、とんでもない。大木さんはお元気ですよ。先程ブタペストから搭乗手続きが済んだという連絡が入りましたから明後日には間違いなく帰国されます。」
 「そうですか!安心しました。お手数おかけして申し訳ありません。ありがとうございました。」

優李は携帯を切ると、黙って携帯を見つめた。
彼女はぼんやりと考えた。
1ヶ月近くフランスにいる。だがそれは、母親の病気の為ではない。

 「何故?」

思わず自分の口から発せられた言葉に優李は苦笑した。
わたしには関係がない。フランスで何をしようが関係ないのだ。だが・・・

彼女は考えた。
学校も嘘をついて休んでいる?何の為に?フランスで1ヶ月近く何をしているのだ?

 ・・・Alain!wait there・・・・

あれは・・・
優李は自分の頭に浮かんだそれに愕然とした。
わたしは何を考えているのだ?アンドレが決闘など・・・・
彼女は慌てて頭を振った。

 「馬鹿馬鹿しい!」
優李は口に出した。
する理由などどこにある?それにアンドレは決闘の件など知るはずがない。
そうだ。あるはずがない!わたしは何を考えているのだ?
優李は急いで携帯を制服のポケットにしまうと教室へ向かって走った。