リオンは闘う、カストールと共に。
カストールは護る、己が主を。
しかしカストールですらいつまでリオンを護りきれるのか・・・
(ジャルジェ家覚書ヨリ)

■決闘開始から12日目

 「もう少しだったのに!」
本当にもう少しだった。翼の付け根に刺さったのに!!
 「かすりもしなかったのか?」
 「1本刺さっただけ。いや!あんなの当たっただけだ、あれじゃ話にならない!」
剣みたいに扱えない。うまくいかない!折角のチャンスが生かせない。
 「しかしまあ、よく当たったものだ。俺は1本も当たらないと思ったぜ?やはりやってみるもんじゃねえか!」
 「だけどアラン!」
 「明日は2本だ。分かったな。そして明後日は3本だ。」
アランは言った。
 「焦ってはいけませんよ。隙を作るだけですからね。」
占い師は微笑んだ。
 「・・・分かりました。」
あせっちゃいけない。まだ半分もたってない。
 「あと19日だ。」

■決闘開始から14日目

 「そこらじゅう、どんどん崩れていく。きっと全部壊して瓦礫の山にするつもりだと思う。矢も跳ね返ってうまく当たらない!全然です!」
 「跳ね返って?なるほどな、それはお前の腕の所為じゃないぞ。」
 「そうですね、硬化の呪文でしょう。それでは矢に呪文無効化出来るように効果を付加しましょう。それから他にも準備しましょう。」
 「ありがとうございます。」
 「城はどの位壊された?」
 「城は無事。それより塔。一番奥の左側の塔への攻撃がひどい。一つづつ壊していく気みたいだ。」
 「つまり・・・奴も矢を嫌がっている!効果はある。」
 「ですがこれからひたすら壊すでしょう。ここからが正念場です。どちらにしろいずれ城は崩壊します。そうなれば瓦礫の山で銀龍と正対せねばなりません。焦らず・・・少しでもいい、ダメージを与えるように心がけなさい。」
 「地道に矢を使え。あと17日だ。」

■決闘開始から15日目

 「矢の先についているのは、これは・・・なんですか?」
おれはクレマンから渡されたものを手に取りながら尋ねた。
 「何といわれると言葉に窮すのですが・・・撃った時のお楽しみですよ。」
 「お楽しみって・・・」
 「使えば分かりますよ。楽しみにしていてくださいね〜。そうそう!使う時は通常の3倍の集中力ですよ。でないと・・・」
 「でないと?」
 「君の身にも危険が及びますからね。ああ大丈夫、君なら使いこなせますから。ただ精神力が持ちませんから多用出来ないのが難点ですが・・・」
 「クレマン?これって一体・・・」
しかしクレマンはニコニコ笑うだけで答えなかった。その代わりアランがおれに言った。
 「攻撃用呪文が付加されている。城の中では絶対使うな。いいか、ここぞという時以外は使うんじゃないぞ。集中力も必要だが一番は、動じない心だ。何があってもどんな事が起こっても平常心だ!絶対!忘れるなよ!」
 「アランこれってかなり・・・危険?」
 「楽しみですねえ、楽しみですねえ。」
アランが口を開く前にクレマンが嬉しそうに答えた。
 「・・・使う時は30mは離れろ。」
アランはそういうと黙り込んだ。

 「勇?どうでした?威力はなかなかでしょう?どうですか?」
 「そ・・・そ、それはもう!す、すごい威力でした。」
 「それはよかった!最高でしょう?」
 「え、えーと・・・最高と言われるとその・・・」
 「おや、どうかしましたか?」
 「クレマン!もしかしてあれは・・・“あれ”ですか?」
 「勇、“あれ”ではわかりませんよ?」
 「ですから!あれは・・・“あれ”でつまりその・・・」
 「よく頑張ったな。本当によく頑張ったぞ。」
おれはアランを見た。
 「何も言うな。言いたい事は分かっている。」
 「アラン・・・やっぱ“あれ”なんだね、あれは“あれ”なんだね!」
 「・・・・だが、ボスの最強の技だ。」
 「勇、心配しなくてもいいですよ。私のコレクションはまだまだ沢山!いくらでもありますからね。選り取りみどりですよ!心おきなく!使ってくださいね〜」

■決闘開始から17日目

おれが扉を開けて出て来ると、クレマンはおらずアランだけだった。アランはおれを呆れた様子で眺めながら言った。

 「まるで工事現場の解体屋だな。おいコラ!俺のそばで塵を払うな!」
 「しょうがないだろう?今日も派手に壊されたんだから!今日も元気に飛び回って!ブレスも電撃も漸撃も冴え渡ってた。銀龍は、ほんと!すごいよ。」
おれは防塵マスクとゴーグルを外しながら言った。

 「その割には、今日も怪我は・・・ないな。昨日と同じか?」
 「粉塵の所為で向こうもおれを捕まえられなかった。動くたびに辺りが真っ白。」
 「お互い様か?だが、あとしばらくこの状態なら助かるが・・・」
考え込んだアランにおれはきっぱり否定した。
 「それはない。今、城のところだけ集中豪雨、大嵐。城の中には川が流れてる。」
アランはおれを見たのでおれは頷いた。

 「魔法だと思う。城の上空を飛び回って吼えてるというか空気がブルブル振動して・・・その度に雨の勢いが強くなってる。あれは八つ当たりもあるよな。見てくるアラン?すごい光景だよ。」
アランは苦笑した。
 「今はやめておこう、逆鱗に触れると厄介だからな。だがこれで明日は埃は立たず見通しよくか。塔はどうだ?」
 「とうとう2つ目が倒れたよ、いや崩れたかな?最後はブレスで粉々にした。」
 「そうか。まあいいさ、予定の範囲内だからな。それより服着替えて来い。メシだぞ。」
 「もう?まだ早いよ、アラン。それにおれ、ちょっと食欲なくて。いや別に具合が悪いわけじゃないよ。」

おれ、ここ2,3日食欲がない。料理がマズイとかじゃない、料理はすごく美味しい。
すごい名前の ―シャロレ牛のポアン風とか温製鳩のなんとかシェリー風味とかオマール海老のスープとか― 今まで見たことも食べた事もない、すごい美味しいものが毎日出てくる。だけど・・・なんだよな。

 「外食する、日本料理だぞ。」
おれはアランを見た。
 「どうする?」
 「行く!すぐ着替えてくる!」

 アランが勤める警備会社のオフィスはブローニュの森の北側、デファンスにあった。
ここは沢山の高層ビルが立ち並び、少しだけ東京に似ていておれにはパリの街並みより親しみを感じる。
その店はオフィスからそう離れていない、ビルの一画にあった。

店内は、10名ほどが座れるカウンター席とテーブル席が3つというこじんまりしたものだった。テーブル席は空きがなく、カウンター席も空いているのは2つだけ、そしてカウンターの中には褐色の肌の若い男と銀髪をオールバックにした渋いおじさんの2名がいた。
アランは、「よう!マルセル!レイモン。」 と声を掛けて空いたカウンター席についたので、おれも「ボンソワール。」といってその隣の席についた。
アランはすぐに話しを始めた。どうやらおれの事を話したようで、少しすると若い方がこちらを見て

 「いらっしゃい!海鮮ちらし、焼き鳥、てんぷら、おいしいね。」

と日本語でおれに話しかけ、日本語のメニューを渡してくれた。
それから銀髪の渋いおじさんが

 「兄ちゃん、何でもゆうてや。品書きにないもんもできるよってな。うどんにたこ焼き、お好み焼き。」

と関西弁で言ったので、おれは思わずおじさんの顔を見つめた。
 「マルセルは母国より日本での生活の方が長いらしい。ワイフも日本人だ。」
アランの言葉に銀髪のおじさんは二カッと歯を見せて笑ったが、すぐに元の渋いおじさんに戻った。
おれは考え込んだ。 うどんは、すごく食べたい。でも家以外ではほとんど食べない。というのは家のは関西風で・・・だが、あの話し方からすると多分間違いない。

 「あの、きつねうどんできますか?それと汁は・・・・」
 「兄ちゃん、悪いがまっ黒いんとちゃうで。うどんのお汁はなあ、どんぶりの底が見えるきれいな薄口に決まっとるさかいな。」

それを聞いておれはきつねうどんと海鮮ちらしとたこ焼きを頼んだ。
最初にうどんが出て・・・ああ、やっぱうどんはこうでなくちゃいけない。おれはうどんを一口と汁を少し飲んでからアランを見た。

 「どうした?」
 「おれ今、幸せをかみしめてる。」
 「大袈裟な奴だぜ。」
アランはそう言って面白そうに笑った。

 3週間ぶりの日本食はとても美味しかった。昨年夏に来た時も日本食の店へ母さんと入ったけれど、やっぱりどこか変だった。だけどここは日本と一緒だ。店は日本とは違ったけどなんとなく日本にいる気分になった。
それは日本語の所為もあったのかもしれない。フランスへ来てまだ3週間程だが日本語で普通に話せるのがこんなにうれしいとは思わなかった。

アランは英語が話せるが、日本語はまったく通じない。
日本へも何度も来ているし臨時でオスカルのガードをしたこともあるそうだから少しぐらい話せてもいいのに、まるきりダメだ。おれが思うに覚える気がまるでない。間違いなく使いこなしているのは “ケツの青いガキ” だけだ。アランの口ぶりだと、これを教えたのはオスカルのようだ。オスカルがどうしてそんな風に教えたのか理由は分からないが、アランはこれが日本語の最上級蔑視言葉だと思っている。

クレマンはペラペラだ。
だけど、あの人と話すとトンでもない会話に進んでいくので苦手というより ―この前もクレマン自慢のコレクションについての話になって― 怖い。マジで怖い!本当に怖い!

ディアンヌは流暢な日本語だけど、忙しいみたいでほとんど会わないし、シャロンやジュール、それから屋敷の警備の人たちはアランと同じ、英語だけだ。

この店のオーナーのマルセルはあんまり話さなかったけれど、かわりにレイモンが日本語で色々話してくれた。アランやシャロン達の事もだ。ここはオフィスから近いから皆よく利用するらしい。

 「アランたち、多く働きます。朝早い、そして夜遅い。休みありません、バカンスも働きます。店に日本人ビジネスンマンよく来ます。彼らも多く働きます。しかしアランはもっと働きます。」

レイモンは日本語で話してから今度はフランス語で言った。
 「それもこれも全部あのクレマンの所為さ。危ない物の買い付けだの、カードだの他にも色々・・・サボる事しか考えないからしわ寄せは全部!直属の俺達だ。」

アランは苦々しげにそう言った。ジャルジェ家の屋敷のガードの人達からもアラン達の苦労は聞いていたので、おれは黙って頷いた。
それからディアンヌの話も出た。おれは2・3度会っただけだが、彼女は目の大きな優しい感じの人で、いや実際すごく優しい人だ。 23,4歳かな?やはりもてるらしい。そうだよなあ。

 「ディアンヌ優しい。かわいい。皆恋しています。でも困難な問題があります。誰も好きと言えません。僕も言いたいけれどダメです。」
 「恋人がいるから?」
 「いいえ、違います。それは目つき悪い、大きな黒いものです。すぐに噛み付きます。ウー!ワンワン!」

レイモンは犬の吼える真似をしてからアランを見てニヤリと笑った。アランは不機嫌そうにレイモンに2言、3言、何かを言った。
しかしレイモンはそれには答えず、おれを見ると 「でも、犬ではありません。もし犬と言ったら、犬に申し訳ありません。」 と付け加えた。
おれはちらりとアランを見て、レイモンに尋ねた。

 「それって・・・アラン?アランはディアンヌが好きなの?」
 「はい。ディアンヌはアランの大切な妹です。」
 「妹!マジ?」

おれは思わず叫んだ。
 「おい、どうした?」
 「アランあのさ、ディアンヌってアランの・・・血の繋がらない妹だよね。」
 「実の妹だ。見て分からないのか?」

おれはちょっと信じられない面持ちでアランを見た。
 「ガキの頃は誰からも兄妹だと言われたものだ。」
アランは不機嫌に言った。ということは・・・昔はアランもかわいかったのだろうか?でも少しも、ちっとも想像がつかない。

 「髪と目の色だけは、瓜二つやろ?」

その時マルセルが口を挟んだ。

 「そこだけ似てます、兄妹です。髪と目の色だけでディアンヌ本当に!よかったです。」

レイモンが続けた。

「髪の色と目の色!ほんとだ、そっくりじゃん。やっぱ血が繋がってるんだ。へえ・・・」

「おい、お前ら!さっきから日本語でこそこそと・・・俺にケンカ売りたいのか?」
アランがおれ達を睨みつけて言った。

ゆっくり食べて、それから龍とは全然関係ない話しかしなくて・・・多分その所為もあるだろう、久しぶりにのんびりと落ち着いた気分になった。結局店を出たのは8時を過ぎていた。
車の止めてある地下の駐車場までアランと歩きながら話しをして・・・でも結局、龍の話になった。

 「・・・・矢じゃダメだ。」
おれはアランに言った。
 「だが剣では攻撃させてくれまい。」
 「だけど!このままじゃだめだ。やはり矢じゃ余り効いてない!」
 「焦るな、あと14日だぞ。倒す事が目的ではない!相手は不死の化け物だ。」
 「だけど!この調子だと1週間もすれば塔はほぼ全滅だ。その次は城、それから・・・・」

一方的にやられる・・・

 「塔ではボウガン、ボスお手製の魔法弾を有効利用だ。城の中では発煙筒で煙幕を張って剣を使えるチャンスを待つ。相手の動きは素早いだろうが、焦るなよ。」
 「ああ、剣を使うチャンスが欲しい!だけど!」
 「いつか必ずある。焦らずチャンスを待つ。それしかあるまい。違うか?」
 「ああ。」
おれは小さく溜息を付いた。

駐車場につくと、アランが車のロックを解除しておれはドアを開けて車に乗り込んだ。
シートベルトをして、それからポケットから携帯を取り出すとメールを確認した。
1件、望ちゃんからだ。おれはメールを開いた。

 最新モデル!
 俺イケてる!

http://ww.d.came.ne.eq/
photokey=dAuhuh29487
hJjdegjHGFHN.org.jpg

保存期限:05/02/16

おれは望ちゃんが新しいインラインスケートを買うつもりだと言っていたのを思い出した。

何を買ったのだろう?
写真を見ると階段の手摺を滑り降りている所で、フォームはきれいだけれど肝心のシューズが小さすぎて分からない。
おれは返信ボタンを押して、何を買ったのか打とうとして・・・・

おれ・・・
ああ、畜生!どうしてすぐに気づかなかったのだろう?

 「アラン!」
 「なんだ?」
 「今の時間やっているスポーツショップ知ってる?大きい所!連れてって!今すぐ!」

2件目の店で教えてもらった店の前で、店を閉めようとしている店員をなんとか捕まえる事が出来た。
だがアランが話すと店員はとんでもないというような身振りをして 「Non!」 と言い、拒絶の意思をおれ達にはっきりと伝えた。
それから、店員とアランの凄まじい言葉の応酬が続いた。

しかし、どうみても店員の方が分が悪い。
背広にトレンチコートでアランは一見ビジネスマン風だけど、左脇にはジャンヌが持っていたのより一回りは大きい銃 ―屋敷の警備の人達はゾウ(!)を1発でしとめられると言ったが、一体どんなんだ?― がいつも収まってるし、よく見ればどう見たってマフィアとか刑事とかそういう関係の人間にしか見えないもんな。おれだってこんな風にアランに睨みつけられて、それも人通りの無い夜に話なんかしたくない。

思った通り、とうとう店員は頭を振ってどうしようもないという渋い表情をすると、店を示しておれ達に何か言った。おれがアランを見るとアランは 「話だけは聞いてやるから中へ入れと言っている。」 と言った。

店の中はインラインスケートのシューズが幾つか並べられていたが・・・ショップというより作業場だった。
おれは、不機嫌そうな店員に用途など色々細かな説明をアランに通訳してもらった。路面が悪い事、スピードが出て尚且つ小回りがきく事、相当酷使しなければならないことも。
店員の言葉をアランは通訳しておれに教えてくれた。

 「話を聞く限りだと絶対オフロード用だとさ。ただし、オフロードもどきではなく、砂地や岩山登ったりする本当のオフロード用。使った事は?」
おれが 「写真でしか見たことがない。」 というと、アランはそれを伝え、店員はアランに勢いよく話しアランは再びおれに話してくれた。

 「あれはインラインの中でも特殊だ。使い慣れないとかえって動きが遅くなるし、技か?それはまず無理だと言っている。」 と言った。
 「トリック決めようなんて思ってない。路面の悪い城の中を走り回るだけだ。だから操作性がよくて衝撃に強いバート用のをベースにして、車輪は普通のでいいから路面の悪さを少しでもカバー出来るものにしてパーツ組んで欲しいって言って。」
 「バートって何だ?」
 「あっ、ごめん。バートは・・・スノボのハーフパイプ競技と同じようなもの。だからそのまま“バート”って言ってくれれば分かると思う。」
アランは頷くと店員に話しかけ、店員はアランに答え、アランは言った。

 「普通のインライン用では芝の上か石畳が限界だ。それ以上の悪路は無理だそうだ。」
 「城の中を走り回れる今だけでいいんだ!だからそれでいいって言って!」
アランが話すと店員はおれを見た。それから何か言って、外を指差した。
アランが言った。
 「使えない奴には組むつもりはないとさ。向かいのビル、今なら警備員が来ないらしい。」

店の向かい側には道路を隔てて、そっくりのビルが2つ並んで立っていた。
敷地には高低差があって一方は隣のビルより1階分くらい高い場所にあり、どちらのビルの前面も広く空いて広場になっていた。
低い方の広場には、石で作られた円柱形の丸イスのようなものが点々と不規則に配置されていた。 そして高低差の部分には、ビルに近い方にカーブを描いたスロープが木の植え込みに囲まれるようにして2階まで伸びていて、あとは全部が階段。階段はL字型に道路側の面にも接していて、道路側に面した階段は途中から段差のついた植え込みになっている。
そして階段を上がった高い方にある広場には、銀色の巨大なブーメランを真ん中で少し折り曲げたようなものが見えた。多分モニュメントの類だろう。

とにかく、ここはインラインスケートで遊ぶにはもってこいの場所だ。案の定、植え込みの端の石の部分や階段の端は黒く汚れていて、ここでたくさんのスケーターが遊んでいるのが一目で分かった。

コートを脱いで、植え込みの端に腰掛けて店員から渡されたプロテクターをつけてからシューズを履く。この店を紹介してくれた2件目の店の人からプロがよくチューニングしに来るとは聞いていたけど・・・やっぱ違うよな。かっこいいし、なんか履いただけでうまく滑れそうだ。
暫くはスケーティングの感触を確かめながら普通に滑って、それから丸イスを飛び越えたりして着地の際の具合を確かめた。やっぱいい。めちゃくちゃ滑りやすい。

アランと店員を見ると、二人とも仏頂面をしておれを見てる。時折店員がその顔のままアランに話しかけているのが分かったが、アランは不機嫌そうに返事をしているだけのようだ。
おれは上の階の広場へ行ってみることにした。
幅の広い階段を駆け上がると2階には広いスペースがあった。中央のモニュメントは折曲がったブーメランというより、空中に伸びようとする道路だ。

その周囲をおれはゆっくりと滑りながらそのモニュメントを確かめた。幅が2メートルぐらいのステンレス貼りの厚い板がゆるくカーブを描きながら空に向かって伸びようとしているのを、地上から3メートルほどの高さで切り取ったようなもの。カーブはそんなに急じゃないし、スピードをつければ一番上の途切れたところまで簡単に登れるだろう。

おれは2周ほどその周囲を回って、それから階段横のスロープを使って下まで滑り降りた。
それからもう一度スロープを上がって、少し考えたが今度は階段の端のスロープの横にある手すりの丸パイプに飛び乗り、シューズを寝かせて重心を低くすると車輪の取り付けられているフレーム部分を使って丸パイプの上を一気に下まで滑り降りた。
アランを見る。アランは口をぽかんと開けてあっけに取られたようにおれを見ていた。
これをはじめて見る人間は皆そうだ。

もう一度2階へ行く。
今度は段差をいくつも付けた木の植え込みの縁の石の部分を滑りながら高い所へ飛び移って2階まで上る。モニュメントの周りを2,3周してスピードをつけるとそれに向かって進み、ステンレスの道路を滑って一番上まで勢いよく上がるとそのまま空中へ飛び出して一回転して後ろ向きに着地、きれいに決まって・・・膝への負担がすごく少ない。やっぱこのシューズすごくいい感じだ。

下からアランの怒鳴り声がする。おれは階段に近づくとアランに手を振った。
今度は階段から出来るだけ遠くまで離れた。それからスピードが乗るように、重心が先の車輪になるようにして階段に向かった。 車輪から地面へ伝わる力が全部スピードに変わるような・・・すごくいい感じ。そのまま加速して階段の際で空中へ飛び出すとシューズを掴む。

数秒だけ空を飛ぶ。この感覚が一番好きだ。インラインやってる醍醐味。
着地の衝撃はずしりと膝に来た。かなりきついが、この高さを飛んでこれなら、問題ないどころかサイコーだ!欲しいよな〜これ買えるかな?

おれは広場を一周して、それから二人の目の前まで滑っていって、ターンをして止まった。

 「ガキがめちゃくちゃやりやがって!」

アランが腕組みをして睨みつけながらおれに言った。
おれはアランに笑いかけた。それから隣にいる店員を見て、シューズを指差して言った。
 「トレビアン!トレビアン!トレビアン!」
店員は考え込んでいた。それからアランに何か言った。アランは何度か頷いて、それからおれに言った。
 「トロそうに見えたが、それだけ滑れるのなら組んでやってもいいと。それからもう少し詳しく使い方を聞きたいらしい。あと、調整しながら組むから付き合ってもらうと。但し時間はかかるから覚悟してくれと言っている。」
おれは店員を見て 「メルシ ボク。」 と言った。
店員はそれを聞くと、何も言わずにさっさと店に向かって歩き始めた。
おれとアランは顔を見合わせて、それから慌てて店員の後を追った。

■決闘開始から18日目

塔の穴から飛び出すと渡り廊下を一気に走り抜ける。
上空に細い光の筋が幾重にも連なって見えたのと同時にすぐ真後ろで衝撃と激しい揺れ、遅れて落雷音が響く。間一髪!なんとか反対側の塔の開口部の穴へスライディングするようにして飛びこむと、すぐにボウガンを構え上空の銀龍めがけて打つが当たらない。急いで矢を取り気を込めると弦を引いて矢をセットして穴から身を乗り出して見ると奴はすでに遥か上空にいる。慎重に狙いをつけて撃つ。

当たった?いや駄目だ、当たってない。奴は先程よりもっと空高く上がった。矢に気を込めて急いでセットして狙って撃つが駄目だ!だが、チャンスだ。おれは急いで階段を駆け降りる。シューズで30メートル近くを駆け降りるのは厄介だが急がないと!

4階で発煙筒のレバーを引き抜いて塔の外へ放り投げると塔の螺旋階段をさらに下へ降りる。やっとの思いで2階まで降りると塔を出て瓦礫を避けながら滑って目的の場所へ急ぐ。目的の部屋のドアを開けてもう一つのドアを開けて、さらに折れ曲がった廊下を進む。

その時、前方それもすぐ近くからヒュウという音がした。風の音じゃない、奴の翼が風を切る音だ。それと何かが派手に崩れるような音。
慌てて廊下の曲がり角に隠れ、見つからないように注意してのぞく。すると銀龍が30メートルほど先の自分の開けた吹き抜けの穴を使って下へ降りかけてまた急上昇して上がってくるのが見えた。煙幕に気づいたのならいいが・・・

おれは方向を変えて部屋のドアを開けて通り抜け、別のドアから出た。それからまた廊下を走る。
急がないと!奴がやってくる前に。今頃は翼を畳んでおれの気配を探して部屋から部屋、廊下を走り回っているはずだ。だけどあの音は?確かめた方がいいかもしれない。

所々で急に折れ曲がるからぶつからないように注意しながらスピードを上げた。
そうしてある部屋にたどり着く。そこは、入り口の両開きのドアはすでに壊されてなかった。急いで部屋の中を確認する。部屋の床はほとんどなくなっていた。壁のまわりには幅30センチ程の床板が所々欠けて、1メートルほどの長さ前後で裂き折れるようにして壁に刺さっているだけだ。下を見ると1階は瓦礫でうずもれている。確認すると左側、3つ隣の階段のある部屋に急いだ。ドアを開けて梯子階段をよじ登る。

3階、急いで右側、3つ隣の部屋へ行く。両開きのドアを開けると、そこには奴が開けたカギザギのような大きな穴があった。さっきの音はここだ。床の状態は昨日より悪くなっているが・・・2階と同じ、着地の方向さえ注意すれば何とかなる。おれは確かめると今度は向かい側の部屋に入る。だが・・・階段が無い。しまった、一つ隣だった。慌てて外へ出るとすぐ隣の部屋へ。そこには上へ上がる階段があって、すぐにそれを登り4階へ急ぐ。

4階、ここも状況は同じだ。左隅にある壊れかけた階段まで注意して進み、よじ登る。

5階は確かめる必要はない。多分ここへは降りられないから。おれは構わず階段をよじ登る。

屋上に出る。瓦礫を避け、周囲を見渡しながら滑る。穴はそこら中にいくつも開けたが上から下まで一気に上がれるのは3ヶ所だけ。どこの穴から来るか分からないが、きっとどれかを使うだろう。見つからない場合はまず屋上へ、そして上空から城全体を俯瞰する。奴は慎重だ。おれの動きが変わったのに戸惑っている今は尚更だ。3つの穴の均等な距離と思われるあたりに立つ。

背負っているボウガンを背負い直す。 “タイミングを間違えるなよ” と、自分に言い聞かせ、神経全てを奴の気配を見つけ出す為に使う。
風が吹いて鳴る。
城の中にも吹き込んで音を出して、それから木の破片や細かな瓦礫などを飛ばしたりて気配を隠すのを助けてくれるが、今はジャマだ。少しでいい、止んでくれ!

その時、かすかに風の鳴る音とは別の音がした。左側の穴だ、さっき確かめた穴だ。迷っている時間はない。
思い切り床を蹴り、左側の穴までスピードを加速させる。間に合うか?
間違いない、奴の気配だ!

おれは穴へ飛び込むとちょうど奴の頭上、抑えた!左翼に全ての力を剣で叩き込む。
反撃はない。奴はバランスを崩したがそのまま上空へ、おれは落ちる。

4階、ダメだ!剣を奴に叩き込んだ力の所為で距離が伸びない。次も・・・ダメだ乗り損ねた。2階、何とか裂き折れた床板に乗ったが衝撃と重さに耐えられない、壁際の床板の刺さった部分がミシッと音がして・・・落ちる!

剣を伸ばし別の床板に突き刺して腕に力を込めて飛び移った。下を見ると今落ちた板のおかげで粉塵が舞い上がっている。危なかった。おれは急いで剣を引き抜くとその場を離れた。
急げ!奴が来る!
だけど!
一撃、入った!
いける!これなら翼を何とか出来る!

■決闘開始から19日目

 「その様子じゃ、今日も悪くはなかった感じだな?」
 「まあね、でも危なかった。・・・今日は本当に危なかった。奴のパワーが増したから・・・」
 「まだ全力ではないということか?」
 「ああ。なんかいくらでも出してきそうな気がするよ。」
 「なんだ?臆病風にでも吹かれたのか。」
 「まさか!でも気を引き締めないと!少しでも隙を作れば容赦なくやられるから。」
 「その通りですよ。でもどうやら良い事があったようですね。」
クレマンの言葉におれは言った。

 「左翼に今日も入りました!飛行速度がぐっと落ちました。矢も数本当たりました。」
 「やったじゃねえか!!」
 「うん、もう一息だ。もう一撃入れられれば多分飛べなくなる。」
 「ですが、足がありますよ。漸撃には特に注意が必要です。」
 「ええ、今日も危なかったですから。でも、もう少しです、もう少しで飛べなくなる!」
 「ですが無茶はいけませんよ。手負いの獣ほど恐ろしいものはありません。心に留め置いてくださいね」
 「その通りだ!注意しろよ!あと12日だからな。」

■決闘開始から20日目

 「左翼、かなりダメージなんだ!飛行速度が全然落ちているし露骨にかばった飛び方だ。もう一息だ!あともう少しなんだ!」
 「だがお前もだ。そっちの肩は・・・・ガードしている時、奴とやりあった痕か?」
アランは看護婦さんがおれの肩に包帯を巻くのを見ながら不機嫌そうにおれに言った。

 「もうほとんど直ってたのに・・・なんであれしきの事で・・・」
 「奴に受けた傷は普通ではない。簡単に直らないのだぞ。直りきっていないのに同じ所を攻撃されるのはマズイ。言ったろう?」
おれは黙って頷いた。

 「ですがこの程度ですんでよかった。それに逆を返せば、傷に漬け込まねばならないほどあのお方も焦っているという事ですからね。」
 「でも強い。さすがだよな。」
 「当たり前だ!仮にもジャルジェ家の守護者だぞ。それを相手に20日だ。お前もやる、強いぞ!」
 「なんかアランが褒めてくれるなんで薄気味悪いな?」
 「てめえは!人が珍しくも親切に褒めてやったのに!なんだそのいいぐさは!」

 「それではかわりに私が褒めてあげましょう。よく頑張りました。偉かったですね。抱きしめて上げましょう。ほら、いらっしゃい。」
 「い、いえ!いいです!絶対いいです!遠慮します!」
おれは叫んだ。包帯を巻いてくれている看護婦さんも笑いを堪えている。
 「遠慮などしなくてもいいのですよ?それとも・・・やはり私よりアランがいいですか?」

 「嫌です!」 「俺はしない!」

クレマンの言葉におれ達は同時に叫んだ。
クレマンはそれを聞いてひどく残念そうにしたが、すぐに言った。
 「ではディアンヌはどうですか?」
 「あんたは馬鹿か!絶対駄目だ!」
おれが口を開く前にアランが叫んだ。

 「おやそうですか、仕方ありませんね。それでは・・・“ ひざまくら ”はどうですか?お願いしてみますか?」
 「い、いえ!結構です!」
クレマンは驚いたような顔をしておれを見た。何考えてるんだこの人は!

 「ディアンヌでは不服ですか?」
 「クレマン、そういう問題ではなくてですね!」
 「 “ひざまくら ”と言うのは一体なんだ?」
アランがクレマンに尋ねた。
 「ああ失礼、日本語の方がいいと思ったのでね。 “ひざまくら ”の持つ微妙な意味合いを英語にするのは難しいのですよ。 “ひざまくら ”は、私も昔日本で親しくなった和服の似合う女性によくしてもらったものですよ。あれは本当に “なまめかしくて ”ねえ。これも英語だと味気ないですからね。日本語はこういう表現の時、最高の・・・・」

 「Parlez en francais!」

“フランス語で話せ!”だよな、これは。アランの言葉にクレマンは肩をすくめ、フランス語でなにやら説明を始めたけど・・・その結果は、火を見るより明らかだ。

 「Non!」

クレマンが話し終わるのを待たずアランは叫んで、それから噛み付かんばかりのすごい剣幕でクレマンに話し始めた。早口のフランス語、何を言っているかはさっぱり分からない。それに対しクレマンは神妙そうな顔をして聞いているが時々二言三言、言葉を挟んで・・・挟む度にアランの声も口調も・・・フランス語なんて全然分からなくても分かる。アランの言葉は・・・あれは罵詈雑言ってやつだ。

側にいた看護婦さんが吹き出した。
おれは看護婦さんを見た。彼女はおれと目が会うと何とか笑いを堪えながら言った
 「火に油、いえあれじゃガソリンを注いでいるのと同じよ!よくもあそこまで上手に怒らせて・・・」
看護婦さんはそこまで言うと、とうとう耐え切れず声を上げて爆笑した。

 「アラン、何を怒っているのですか?私が何か君の気に触る事でも言いましたか?」
 「もういい!あんたには何を話しても無駄です。それより!」
 「分かっていますよ、アラン。」
 「よくありません。あの傷はよくありません!前のが直っていない!」
 「ええ、分かっています。あれだけは完治してから来て欲しかった。」
 「銀龍は何としてでもアイツを殺すつもりです!」
 「・・・疲労もひどい。」

 「体力回復魔法とか、傷をすぐに治す魔法とかそういうのが何かないのですか?いや!あなたなら出来るでしょう!」
 「アラン、無茶を言わないでください。魔法などと超自然的な名で呼びますが、これは別の次元から力の源を引き出してそれを利用しているにすぎません。ちゃんと物理法則に則っているのです、自然の理を無視するようなことは出来ませんよ。せいぜい痛みを和らげたり傷の治りを早くする程度です。分かっているでしょう?」
 「あなたなら、その理をきれいに無視して何か出来そうな気がするのですが?」
 「いくら私でも人の力では無理ですよ。龍のお方なら別でしょうが。」
クレマンはそういうと口を閉ざした。暫くして彼はアランに言った。

 「これ以上体力は使わせたくありませんが防具を変えましょう、重装備です。」
 「ですが、あの傷をカバーするだけのものだと半端ではない重装です。体力を使うだけではない、動きも鈍くなる、話になりません!」
 「傷の部分は私がシールドを張りましょう。漸撃をはね返せるように。それでどうですか?」
 「扉の向こうは龍の縄張りです、シールドの遠隔操作ですよ、出来るのですか?」

クレマンは目を伏せると微かに笑みを浮かべた。
 「どうやら君は、すっかり!忘れているようですね。ならば仕方ありません。我が力!とくと・・・」

 「結構です!」

アランは叫んで、「それは・・・結構です。」と付け加えた。
 「どうやら思い出したようですね。ではアラン、手配は頼みましたよ。」
そういうとクレマンは遠くを見ながら言った。
 「あと11日、これからが正念場です。」

■決闘開始から21日目

 「これ、防御に対してはすごくいいけれど・・・・」
 「重いか?だが奴の漸撃には効果はあるだろう?」
 「まあね、でも動きは少し遅くなる。」

 「疲れますか?」
 「いえ、そうでもありません。向こうもうまく飛べないし動きのスピードも最初の頃に比べると遅くなった気がするし。ただ・・・チャンスも何度かあったのに生かせませんでした。」
 「勇、深追いはいけませんよ。ここで無茶をすれば全てが水の泡となるやもしれません。」
 「分かってます、だけど!」
 「まだ10日あるぞ!」
 「・・・・」

 「3つ目の塔が崩れたな。他はどうだ?損傷の具合は?」
 「4つは無事。城内は・・・まだ大丈夫です。だけど壊すのに本腰入れてきてます。2,3日でインラインは使えなくなる。」
 「それは仕方ありません。21日目で城の状態がいいのは助かります。形勢は悪くはないですよ。」
 「でも翼だ!何とかしないと!もう少しなんだ。」
 「焦るな!焦るなよ。そこが奴の狙い目だぞ。」
 「分かってる!分かってるけど!」
 「勇、攻める心と防ぐ心どちらが勝っても勝機はありませんよ。」
 「・・・はい。」

 「気持ちは分かる!焦る気持ちはよく分かる!」
アランはイライラしながら言った。
 「先が見えてきましたから仕方ありません。それでもよく辛抱していますよ。我慢強い性格で助かりました。ですが、そろそろそれも限界でしょう。」
 「ええ。今のうちに飛べないようにしないとどうにもならん!話になりません!」
 「アラン、君が焦ってどうします、落ち着きなさい。」
 「ええ!俺が焦ってもなんともなりません!そんな事はよく分かっています!」
 「こちらの焦りを誘っているのです。そうして漬け込む隙を伺っていますよ。誘いに乗ってはいけません。君が動じると勇も焦る。君の口癖通りまだ子供です。勇に焦りを感じ取らせてはいけませんよ。」
 「ですから!今はあんたしかいません!」
アランは叫んだ。

 「肩の傷もしっかり狙ってきています。あのお方も焦っているのですよ。」
 「それは分かっています!ですがクレマン!あなたも決闘の間ずっと大変そうだった!」
アランの言葉にクレマンは笑いながら首を振った。
 「君は心配性ですねえ、アラン。私の腕を信じなさい。ああ、よく分かっていますよ。君の私への溢れんばかりの愛は痛いほど感じていますから・・・」
 「・・・あんたへの愛などこれっぽっちもありません。俺は年寄りの冷や水を心配しているだけです。」
 「おや、そうですか?」
 「それ以外何がありますか!それより銀龍です。ダメージはあるだろうが、まだまだです。」
 「飛べなくさえなれば、かなり有利にはなりますが・・・・」

クレマンはアランに苦笑してみせた。
 「まったく!自分の時の方が比べ物にならないくらい気が楽ですね!」
クレマンは溜息を一つ付き、それから表情を引き締めてアランに言った。
「簡単にはさせてくれないでしょう。ですがあと10日です、あのお方も焦っているのです。勝機はそこにあります。」

■決闘開始から22日目

鐘が鳴った。終わりの合図の鐘が鳴り響いた。
もう少しだ、もう少し。
気を逸らしちゃだめだ。集中しろ。
距離・・・10メートル・・・いやもう少しあるか?

左の頬から顎に伝わって落ちる。だが拭けない。その瞬間、先程のように奴が間合いを一気に詰めておれを襲うだろう。
だから落ち着け!集中だ!
それに手ごたえは間違いなくあった。あの不自然な翼の折れ方からすると間違いない。奴は飛べない。もう飛べないんだ。いつもならとっくに飛んでいるのに・・・だからここにいるのだ。
奴は多分おれの隙を狙っている。なのに距離感が・・・畜生!ダメだ、距離感がつかめない。
慌てるな!焦るな!気配だ、奴の気配だけを追え。見えるものは信じるな、気配だけだ。

もう少しなんだ。鳴り終えれば今日が終わる。
だけど頭が割れそうだ。それに・・・焼けるようだ。
畜生!鐘はあといくつなんだ?
早く鳴り止んでくれ!

 『もはや娘は護れぬ』

声がした。おれは奴を睨んだ。
 「負け惜しみか?もう飛べもしないのに!」

 『だがそなたも同じよ。いずれ一切の光を失う。そして娘は・・・』

 「黙れ!」

 『所詮そなたも我らと同じよ。』

 「黙れ!おれは・・・・」
龍の姿はいつの間にか消えていた。おれは龍がいた場所に向かって叫んだ。

 「護ってみせるからな!今度こそ絶対に護ってみせる!」

何が同じだ、ふざけやがって! あと9日、あと9日だけなんだ。
いつの間にか鐘は止んでいた。
おれは剣をしまうと城から出る為に歩き出した。

日が落ちて暗い、暗い。ほとんど何も見えない。
だけど城門まで来たから、もう大丈夫。ここから回廊までは目と鼻の先だ。回廊には、ろうそくの明かりが灯っているからすぐ分かる、ほら・・・あそこだ。
でも暗すぎる。それに相変わらず焼けるようだ。脈が打つのに似た間隔で痛みが・・・何度も吐きそうになり立ち止まる。もう少し、もう少しだ。

ようやく回廊の崩れかけた壁にたどり着く。ここまでくればあと少し。壁に右手を添えながらゆっくり歩く。あと少し、もうすぐだ。扉を開けると光が現れる。真っ白な照明の光。まぶしいくらいの光。それから・・・

白い薔薇。蕾のままの開く寸前の信じられないくらいきれいな、まっ白の薔薇。
おれ、あの薔薇が好きだ。まるでオスカルみたいで・・・きっと、オスカルによく似合う。
ようやく扉にたどり着く。扉に手を置くと扉は静かに開く。
まぶしくて目が眩む。痛みが酷くなる。だけど一瞬あたりが金色に見えた。
ああ、オスカルの髪と同じ色だ。

アランが怒鳴る。
 「もう飛べないんだよ、アラン。」
おれがそう言うとアランがまた怒鳴った。いつもアランは怒る。

アランの腕がおれの肩を支えた。他にも・・・警備の人?沢山いる。
 「アラン、頭を少し高くして。ええ、オリヴィエも・・・そうです。ステファン!」
 「ボス!もうすぐ車が来ます!」
 「分かりました。担架はどこです!こちらへ早く!」
 「オリヴィエ手伝ってくれ!防具をはずす!」
 「勇、少し痛むが我慢しろよ!」
 「ポール、額の血を拭き取ってください!」
 「もう飛べないよ・・・」
 「分かりましたから!力を抜いて!さあ。」
 「肩は大丈夫です。ですが腕と・・・」
 「それよりも目が・・・ああ、なんてこった・・・」
 「あと9日だ。」
 「もういい!黙れ!この馬鹿!」