優李は携帯を切ると保護シートの張られた画面を不機嫌に見つめた。

 「急用なの?」

優李が驚いて声のする方を見るとジャンヌが訝しげに自分を見つめている。
 「もう1時過ぎよ?」
その言葉に優李は慌てて携帯を閉じて答えた。

 「ローズガーデンの・・・議題について確認しなければならない大切な事を忘れていたのだ。仕方ない、明日朝もう一度連絡を取ってみよう。」
 「ローズガーデン?ああ、生徒会ね。優李の学校のネーミングセンスには恐れ入るわね。学園風紀委員長は荊(いばら)の君でしょう?あとは薔薇の君に色の騎士それから・・・まあどうでもいいけど。それにしても、そんなに大変なの?最近下校時刻も遅いし。」
 「3年は引退だからな。引継ぎに、3年生を送る会の準備、卒業式も手伝わねばならないそうだ。4月の新入生の為の準備もあるらしい。3月までは慌しい。まったく!荊の君など、厄介な仕事を押し付けられた。」
 「あらあら、楽しそうじゃないの。」
ジャンヌは優李を見てニヤリと笑った。それを見て優李はむっとした様子ですぐに答えた。

 「楽しくなどはない。」
 「そうなの?まあいいわ。それより話は変わるけど、GPS機能の付いた古い携帯は必ず持っていて貰うわよ。」
 「ああ、分かっている。これは機能を見たかったから・・・遊ぶ為に買っただけだ。家で使うだけ。」
 「もし持ち歩くようなら番号を教えてよ、優李。」
 「分かっている。それよりジャンヌ、板倉は?」
 「警備室。何か用?」
ジャンヌの問いに彼女は少し戸惑ったように答えた。
 「用ではないがこんな時間にいないから・・・・いや、いなくても別にいいが。もしもの時はわたしが対処するからな。」
ジャンヌは優李の言葉に少し考え込んでそれから微笑んだ。

 「ああ、龍ね。そういえば最近ご無沙汰ね。でも来ないならそれに越した事はないわ。」
 「まあな、だが・・・」
何か言いかけた優李を遮るようにしてジャンヌは言った。
 「あの坊やでは仕方ないわ。でも最近思うけど、板倉は最強のガードかもしれないわ。銀龍のやる気をきれいさっぱり何もかも失わせるね。」
ジャンヌが如何にも馬鹿にした様子で言ったのを聞いて優李は呆れ顔で言った。

 「ジャンヌ、まだ根に持っているのか?」
 「当たり前でしょう!変態のおかげで負傷者続出。だから、あたしが折角!変態がこれ以上悪さを出来ないようにしてあげたのにあの馬鹿の言い様は!」
 「だが板倉だって腕をやられたのだぞ?」
 「・・・当然の報いでしょう。龍が来ない本当の理由は・・・変態に折られた腕の所為ね。いくら臨時のガードとはいえ、フェアでないとでも考えているのでしょうよ!」
 「それはあるかもしれない。板倉はクレマンと同じ魔法が主体だ。だから怪我はそれほど負担ではないだろうが・・・」
 「龍から見たら話にならないわね。」
 「ジャンヌ!」
 「あら?事実でしょう。」
ジャンヌの言葉に優李は苦笑した。
 「まあ・・・な。」
 「さて優李、もう寝なさい!医者との約束は覚えているわね?でないとまた・・・」
 「点滴と睡眠薬はもう沢山だ!」
優李が不機嫌に言ったのを聞いてジャンヌは 「ではおやすみなさい!」 といって彼女を見つめた。

優李は渋々手に持った携帯を机の上に置いて熊のぬいぐるみだけを持つとジャンヌに 「おやすみ。」 と言ってベットに入った。
ジャンヌはそれを見届けると 「おやすみなさい、優李。」 と声を掛け明かりを暗くすると部屋を出た。
優李はベットの中で小さく溜息をついて考えた。
仕方ない、朝の方が繋がるかもしれない。

優李が朝いつものように起きると、板倉は 「おはよう優李。」 と優しく微笑みながら声をかけた。
優李も挨拶を返して、それから携帯を隠すようにして持つとバスルームへ向かった。彼女はドアを閉めるとすぐに携帯を取りだして開くと、そこに登録された唯一つのアドレスを呼び出した。
それから大きく深呼吸を1回してから通話ボタンを押す。
1回、2回、3回、コールは鳴り続ける。9回目のコール。

 はい。

名前を呼びそうになり、急いで口を手で押さえて携帯の録音機能のボタンを押す。

 もしもし!もしもし!あれ?もしもし?・・・・おーい!聞こえてる?

沈黙が続く。心の中で叫ぶ。
お願い、話して!

 繋がってるよな?電波の状態がよくないのかな・・・・もしもし!

声がする。誰か・・・側にいる。声が遠くなる。携帯を離してその誰かに話しかけた?

 ・・・Alain!wait there・・・・

通話は切られた。
優李は録音を止めると通話を切って、手に持った携帯の待受け画面の写真を見つめた。
それから彼女はフッと笑った。
アランか、よくある名前だ。
優李は携帯の待受け画面の写真に微笑むと再生ボタンを押した。