銀色の龍。其は人には到底知りえぬほどの高い知と強い力を持つ不死の者。
風を雨を雷を自在に操り、吐き出すブレスはその衝撃で全てのものを粉砕し、牙を思わせる爪による漸撃は一切を引き裂く。更に全身を覆う銀色に鈍く輝く鱗は、如何なる攻撃も受け付けず。
誰が銀龍に勝てようか?
皆リオンを愚者と嘲るか、見て見ぬ振りを決めこむばかり。
子供の彼を助ける者など、ましてや闘いに水を差す者など誰がいよう。
彼にあるのは、愛馬カストールと幼馴染の従者ただ一人。
(ジャルジェ家覚書ヨリ)

決闘は太陽が一番高くまで昇った南中時から日没までの間だ。つまり日によって時間は若干違う。大体13時過ぎから始まって、17時ごろには終わるので闘うのは4時間くらいだ。

 「今が冬で本当によかった。夏至の頃なら倍の時間です、初代と同じ条件など死を招き寄せるだけですからね。」
占い師はおれに言った。
彼の話によると、ジャルジェ家の初代リオン・フランソワが龍と闘ったのは6月の夏至の頃、12歳の時だそうだ。信じられないような力の持ち主だったのだろう。

 「当時は馬もいましたから。」
占い師の言葉におれは不思議に思って尋ねた。
 「馬・・・ですか?」
 「普通の馬ではありませんよ。龍のような生き物と戦う為の供ですからね。獰猛で気性が荒く、馬の姿をした猛獣といった所です。猛獣を飼い馴らすのは容易ではありません、まさに命がけです。ですから時代が下って龍のような魔物が少しずつこの世界に現れなくなりその馬の必要も次第に少なくなって・・・300年ほど前に最後の1頭が死んで、この種は絶滅しました。」

馬の姿をした猛獣か。今いたとしてもおれにはとてもじゃないが無理だな。
 「馬がいなくても文明は進歩しましたからね。防具の進歩は著しいし、銃などの火気類を“気”を使って操れば、剣とは違った威力の武器になります。私はああいう無粋なものは使いませんが、アランは好きですね。彼の腕なら剣だけでも十分なのに・・・・これはフランも同じですね、困ったものです。」
それから占い師は、何か思い出したらしくため息混じりに続けた。

 「仕方ないところはあります。フランは昔も大好きでしたからねえ。」
昔から?おれは訳が分からず彼を見つめた。
彼は肩をすくめると 「昔は軍人ですよ。彼女のコレクションのマスケット銃・・・昔のライフル銃のようなものです、それが今も10挺ほど残っています。彼女の銃のコレクションリストによると当時は100挺近くのコレクションがあったようです。」 と答えた。

ああ、そういうことか。オスカルの性格を考えるとそのコレクションリストがどんな物かなんとなく分かる気がする。
 「どんな特徴があってどういう所が優れているかとか・・・きちんと細かく書いてありますか?」
おれが聞くと、彼は苦笑して頷いた。
 「ええ、それはもう。そういえばその他にもう1冊ありましたね。そちらは購入日や金額などの帳簿の様なもので、記帳した人物は彼女ではありません。しかし、よほど親しい人間でしょう。所々彼女の書き込みもあって・・・確かこんな風でしたか。」

■1776年10月18日、レジャンス様式銃をフルク・ド・マルゴンヌ氏より購入。
予定の予算より大幅に上回る。詳細は明細表を確認の事。今月に入り3挺目。
今回も衝動買い。 保存状態、細工とも良好。めったに手に入らない逸品。
買い過ぎ。 あと2挺購入予定! は、再考の余地あり。
わたしは今月中、必ず、購入する!
もし来月、ずっとお前が欲しがっていたあれが見つかったら買えないぞ?
あと2挺は、あれが来月も見つからなかった場合買う。 了解しました。

 「まるで交換日記でしょう?」
占い師はそう言っておれに面白そうに微笑んだ。

それからこの人は、城の話をしてくれた。
城というのは、おれが今銀龍と闘っている建物だ。

城は、四角い箱に円錐の上部を切り取ったものを四隅にはめ込んだような形で、その上に高さと先端の形が微妙に違う円柱状の7つの灰色の高い塔が、城の四隅とあとは適当に?突き刺さるように立っている。
下の台の部分は灰色の石をレンガのように積み上げただけだが、塔は外壁を何かセメントのようなもので塗り、エジプトの象形文字とアラビア語を混ぜ合わせて作り上げたような文字?のようなものを塔全体にレリーフのように浮び上がらせている。また、この塔には所々丸い穴のようなものがあり、そこには吊橋のような木製の渡り廊下が取り付けられていた。この渡り廊下は無数にあって、7つの塔はそれによって無作為に繋がれている。
ちなみに7つの塔の1つには鐘がついていて、この鐘の音が闘いの始まりと終わりを教えてくれる。

とにかくデカい。間近で見るとそびえ立つ壁に圧倒される。フランスでよく見かけるおとぎ話に出てくるような城じゃない、難攻不落の巨大な要塞といった感じだ。
城の内部もやはり変わっていた。

城は5つの階に分かれていて、中の壁もやはり石積みだ。壁には何の飾りもなく、所々に蝋燭の明かりが廊下や部屋を薄暗く照らしていた。床と天井は石の壁とは違い、木の板で出来ている。そして上の階へ上がるには梯子のような木製の階段を使わなければならない。様々な場所に取り付けられた梯子階段を登ったり降りたりするのは大変だが、それは龍も同じだから仕方ない。それからたくさんの部屋とそれをつなぐ廊下。廊下はやたら折れ曲がっていてまっすぐには進めない。時には行き止まりだったり、落とし穴に繋がったりと面倒な造りだ。

 「元々城は、メランテーズ渓谷を見下ろすように建っていました。ここは時折、風が強く吹きつけたので城は・・・分かるでしょう?」
おれは頷いた。時々強い風が吹いて城の中を駆け巡り、それと共に風の音が城内に響き渡る。かなり耳障りだが、あの音と風のおかげで気配が消しやすくなるのは助かる。

 「音は単純な構造上の問題です。今ならさしずめ欠陥建築でしょう。ですが居場所が分かりにくくなるのは助かりますからね、これは銀のお方も同じですが。」
占い師はにっこりと笑い、話を続けた。
 「城は高く厚い城壁で囲まれていました。しかしそれだけではなく、城内に侵入された場合も想定して様々な工夫がされました。難攻不落の呼び声も高く、とうとう“龍ですら攻め入ること敵わず”などと奢ったのです。それがよくなかった、銀のお方の不興を買ったのです。」

 「そして銀龍の前にはなすすべもなく滅ぼされた、ですか。」
 「いいえ、銀のお方も城を攻め落とすのには苦労しました。7つの塔があるでしょう?塔にはそれぞれ魔法使いがいて、彼等は魔法を使い城を強化しました。そしてこれらの塔を要とし、魔法の詠唱による防御用の結界を張ったのです。塔を繋ぐ無数の廊下にも役割があります。あれは魔法を幾何学的に補助する為のもので無秩序に繋がれているのではありませんよ。」

7人の魔法使いと銀龍の壮絶な戦いか。なんかすごいな。まるで映画かゲームの世界だよな。おれがそんなことを考えた時、占い師は言った。
 「しかしこれには致命的な欠点がありました。」
 「致命的?」
 「結界を張る結果もたらされるものです。外部との完全な遮断、籠城です。いくら城が強固でも人はそうではありませんからね。」
 「え〜とつまり・・・何があったのですか?」

おれが尋ねた言葉に占い師は目を伏せて微かに笑ったように見えた。それは何故か背筋が寒くなるような・・・だけどそれはホントに一瞬で、占い師はそれ以上それには触れずに城の話を続けた。

 「防御の結界はもはやありませんが、7つの塔と渡り廊下を作っている石、木、金属など全ての物に施された強化の魔法は今も生きています。これは城全体についてもいえます。城は見て分かるように当時の建築様式と技術のどちらからも逸脱しています。構造的にも強固で・・・分厚い壁の中に梁や柱などが隠されていると思ってください。あと気づいたと思いますが7つの塔は5階の屋上から立っているのではなく、1階から城を貫くように建っていて城とは独立した構造で、尚且つ城以上に頑強な造りです。そしてに塔の中は各階からの入り口も狭い上に内部は螺旋階段だけになっていて銀のお方には入り込めません。これからの闘いで城は徐々に破壊されるでしょうが、塔は後回しにされるでしょう。特に鐘のある塔を破壊するのは一番最後です。」
 「鐘が始まりと終わりを告げるからですか?」
 「ええ。ですからここは緊急避難所に使えますよ、ずっと隠れている訳にはいきませんがね。」

そう言って彼は少し悲しげに笑った。
それから占い師はおれに 「他に何か知りたいことがありますか?」 と尋ねた。
おれは考えて・・・少し気になっている事があったのを思い出したので、それについて聞いてみた。

 「あの城はどうやって?銀龍が魔法か何かで作ったのですか?突然草原に城が現れた時には・・・おれ、本当に驚きました。」
 「別の次元の空間を通して過去から持ち込むのですよ。城は銀のお方がリオン・フランソワと闘った場所にありました。それで決闘の際、城をあの草原に出現させ使うのです。決闘が終わると城を完全に消去して元の草原に戻します。」
 「へえ・・・でも城は壊れますよね。過去の元の場所には直して戻すのですか?」
 「違います。物体が存在している間の時間を際限なく微かにしていった時、その僅かばかりの時間において事象が欠けたとしてもそれは無視されますから処分した方が楽でしょう?」
 「どういう意味ですか?」

 「一般相対性理論と量子力学です。」
 「一般相対性理論というと、あの・・・アインシュタインの?」
今度は占い師がおれに尋ねた。
 「他に時間と空間について説明出来るものがありますか?」
 「それはその・・・」
 「そんなに気になりますか?それでは詳しく説明してあげましょう。」

 「いえ、いいです。多分分からないと思いますから。」
 「大丈夫ですよ、心配は要りません。この通り私の日本語は正確無比で完全無欠、パーフェクトです。分かりやすく尚且つ懇切丁寧に教えてあげましょう!」
 「いえ、それでも分からないと思います。」 おれは自信を持って答えた。

 「ニュートンの法則は分かるでしょう?それから光速不変と光の持つ2つの性質も。あとは運動量保存の法則です、それさえ分かれば多次元空間における時間についての概念など簡単に・・・」
占い師はそこまで言いかけて、おれの顔を見ると不安そうに尋ねた。
 「すべて学校で習っているはずですね、勇?」
 「ええ勿論。ですがその・・・おれ物理はまったくダメで、いくら説明してもらってもさっぱり分からないと思います。」

占い師は到底信じられないという顔をしておれを見た。なんだ?それってそんなにまずいのか?別に物理なんか分からなくても・・・
 「なんということです!魔法使いを目指す者がそんな事でどうします!物理と数学と化学は必須ですが、その中でも物理は特に大切なのですよ!その上に医学と薬学も学ばねばならないのです。それなのに・・・これでは今後の教育方針を考え直さねばならないではありませんか!」
魔法使い?今後の教育方針?この人は何を言っているのだ?
 「あの・・・おれ、魔法使いなんて目指してませんけど。」
すると占い師は眉を顰めるような表情を変えてにっこりと笑った。

 「ああ、不安なのですね。大丈夫ですよ。200年も絵に取り付いていたその執念深さ!そして思い続ける鉄の意志!その上、人に在らざる者を見る力!君ほど魔法使い向きの人間はいません。私も占い師クレマンと呼ばれる者、責任を持って君に物理を教え、一人前の魔法使いにして私の名を継がせるべく・・・・・・“占い師”ではありませんよ、これはジャルジェ家の警護の長が名乗るものです。そうではなくてもう一つの真名です。つまり、大魔導士ヴィ・・・」
 「いや、ですからおれは魔法使いなんか・・・」
 「不安なのですか?勇、自信を持ちなさい。君なら絶対に大丈夫です。それに!この私が一から!いくら時間がかかろうとも!根気よく分かるまで!懇切丁寧に!君に物理と数学と化学も教えてあげますから。そして次は・・・ふふふ。」

そういって占い師はまたしても嬉しそうに笑ったが、目の奥がきらりと光ったのをおれはしっかりと見てとった。どう見ても40過ぎにしか見えないこの人が、一瞬すごい老獪な大年寄りのように思えて・・・ すっかり忘れていたが、この人は危ないものコレクターでそれから・・・そういえばさっき大魔導士とか・・・言わなかったか? ちょっと待て!これって、なんかすごく・・・マ、マズくないか?

 「でもおれ!おれ・・・すごく物覚えが悪いし!数学は・・・まあなんとか。で、でも!化学は好きじゃないし!それに物理は・・・本当に全然ダメです!まったくダメです!」
そ、そうだ。おれ物理は苦手だ。この前のテストだって、オスカルがいなければ間違いなく赤点だったんだぞ!そんなもの!いくら教えてもらっても!おれ絶対そんなの分かるはずがない!

占い師は満面の笑みを浮かべた。それはそれは嬉しそうに。
 「大丈夫ですよ。頭の中に直に叩き込みますから。勇、何も心配する必要はありませんよ、何もね。」

それはよく頭に入るかもって・・・違うだろ!ってゆうか・・・やだ!ぜ、絶対に・・・いやだ!
 「・・・という冗談はここまでにして、今はそれどころではありませんからね。」 占い師は言った。

冗談?そ、そうか!勿論・・・そうだよな。でも、冗談にしてはあまりにも残念そうだけれど?
 「それより、城内をパソコンでしっかりとシュミレーションして把握してもらいましょう。それから明日は原寸大模型で再度確認ですよ、勇。」
 「げ、原寸大模型?」
 「明日の朝は早いですよ。楽しみにしていてくださいね。」
占い師は、楽しそうに笑った。

■決闘開始から6日目

 「それにしても、つい苛めたくなるような可愛らしさがこれほどまでに見掛け倒しだとは!ジャンヌの勇に対する評価もなっていませんでしたね。大人しくて控えめではじけない?とんでもない!処女宮でなく獅子宮の影響がこれほどまでに強いとは!一度決めたらてこでも動かない、頑固で一徹、獅子の気性ではありませんか!まったく私としたことが!誕生日時に生誕地も天体の動きも調べあげホロスコープを作成すべきでした。占い師クレマンともあろう者が!何たる失態!何たる体たらく!所詮私の4分の一も生きていない子供だと甘く見ていたのが間違いでした!」
先程から一人楽しげに嘆く上司を見て、アランはイライラしながら言った。

 「そんな必要はありません!あなたの本業は、占い師ではないのですよ!それに!俺は一目見て分かりました。見た目とは正反対の危ない奴だってね。アイツは切れるときっと!平気で銃ぶっぱなすような奴です!」 アランはきっぱりと言い切った。
 「昔の記録でも、もの静かな大人しい男でしたからねえ。趣の異なったデュランの何枚かの絵だけが彼の本質を捕らえていたのですね。デュランは一流の絵描きとは言いがたいが、人を見る目だけは確かだったようですね。」

 「ボス!今更過去をごちゃごちゃ言ってみた所で何も変わりはしません!」
 「分かっていますよ。ですが君と車の中で二人きりで、勇とミシェルがそこから出てくるまでぼんやり待っているのも退屈でしょう?やはり付いて行けばよかったですね。」

その言葉にアランは鞄から分厚い茶封筒を取り出し、クレマンに差し出した。
クレマンはそれを受け取ると最初の紙の内容にさっと目を走らせ、すぐにそれを封筒にしまうと彼に差し出した。しかし、アランはそれを受け取らずクレマンを睨みつけた。

 「する事などいくらでもある!まず最初に!その書類にちゃんと目を通して、指示とサインをなさい!」
 「19と20歳の誕生日の訓練以外でここを使おうとは・・・・まったく考えもしませんでしたね、アラン。」
彼は封筒を手に持ったまま、目の前にある巨大な打ち放しのコンクリートの建物を見つめながら別の話を始めたので、アランは彼を横目で睨んでから諦めた口調で言った。

 「あのガキはもう5日間も闘っている。今更この原寸大模型で確認させなくともパソコンでシュミレーションさせれば十分でしょう?」
 「ですが銀龍はあの草原にル・バルクの城を出現させて戦闘スペースにします。城の内部は迷路とまではいきませんがかなり複雑です。闘いに使えそうな場所、それから7つの塔の関係などは頭と身体の両方に叩き込むのが一番ですよ。」
 「それよりも武器です。あの木の棒では話にならない。」
 「そうですねえ、木刀ではお話になりませんね。色々そろえなければいけませんねえ。」
アランはクレマンの言葉に驚いて叫んだ。

 「まだ何もしてないのですか!昨夜は何をやっていたのですか!一体どうするつもりです。」
 「お詫びに、素敵な女性を紹介しますよ。昨夜のデートはすっぽかしたのでしょう?アラン。」

彼の上司はそう言って嬉しそうに微笑むと 「防具は、ステファンから聞きました。私が強化の為の魔法をかけましょう。それから・・・トランクに積んであるのでしょう、どんな剣です?」 と尋ねた。
アランはあっけにとられてクレマンを見たが、すぐに表情を変えると彼を睨みつけながら言った。

 「・・・かなり重い。あのガキに使いこなせるかどうかは分かりません。それと!女の件ですが、あんたの世話にだけはなりません。」
 「つれないですねえアラン。折角、君にお似合いの大人しくてかわいらしい年下の娘さんを紹介してあげようと思ったのに・・・」
 「俺はそんな女は御免です。それより!たとえ使いこなせてもきっと最後まで持ちません。ボス!まだガキです。」
 「ではどうしますか?」

占い師はアランを見つめた。
アランは目を伏せた。

 「・・・むごすぎます。」
 「ええ。ですから出来る事はどんな事でもします。どんな事でもね。どんな事があっても生き抜いて貰わねばなりませんから。」
占い師は静かに言った。

 「片刃ですよ。これならその木刀より使えるかと思いましてね。」
占い師はおれが原寸大模型というか・・・そっくりに建てられた城を確認して車に戻ると、日本刀に似た剣を差し出した。

 「おれに・・・ですか?」
 「少々重いですが、パワーはあります。」
占い師は微笑んだ。

おれはそれを受け取った。本当だ、ずっしりと重い。だけど分かる、これはただの剣じゃない。両手で持ち中段に構えて感覚を確かめてから上段から振り下ろした。すごい!重いけどこれなら木刀なんかよりはるかにダメージが与えられる。
占い師を見ると彼は満足げに頷くとアランを見た。

 「どうやら使えそうですね。よかったですねアラン。」
占い師の言葉にアランは彼を睨みつけた。
 「あ・・・ありがとうございます。防具も貸してもらったし、おれ・・・」
 「勇、礼ならアランにいいなさい。全部彼が探してきたのですからね。」
 「アランが?」

おれはアランを見た。
アランはもう一度占い師を睨みつけてそっぽを向いて言った。

 「ボスから頼まれたからだ。」
 「ありがとうアラン、おれ・・・」
 「4日で止めればいいものを、馬鹿野郎が!」 アランはおれにイライラした様子で言った。
 「勇、銀龍は不死に近い生き物です。倒す事などまず不可能。だからといって逃げ回っていては生き残る事は出来ません。攻める心と防ぐ心どちらが勝っても勝機はありませんよ。」
占い師の言葉におれは黙って頷いた。

■決闘開始から7日目

 「ぼろぼろじゃないか・・・・」
アランは扉を開けて出て来たおれを見て唸った。
 「ブレスと電撃の乱撃!何とか交わしていたけど日没寸前に2発掠ったから。」
おれは引き裂かれて焼け焦げた防具を見ながら答えた。
 「掠った?2発で・・これか。ガードの時とはえらい違いだな・・・」
 「まあね。でも防具のおかげで無事だ。でも、すみません。あの・・・弁償は後で必ずしますので・・・」
 「そのような心配は必要ありません。それより防具はもっと耐電性の高いものが必要ですね。」
 「電線工事用の作業員服でも着せますか?ボス。」
 「それはいい考えかもしれませんね。使えるかどうか調べてみてください、アラン。」
 「へいへい!この分じゃ毎日防具の手配か!まったく!ケツの青いガキの所為で!」
 「でも近づいてきた時にこの剣で一撃食らわせたからよしだ!」
 「だが電撃食らって防具はぼろぼろだぜ?坊や。」
 「でも怪我はしなかった。こっちの方が大きい。」
 「その通りですよ、防具は替えられますが身体の替えはありませんからね。まだあと、24日もあるのですから。」
クレマンは言った。

■決闘開始から8日目

 「・・・銀龍が攻撃パターンをかえて来ました。城を壊しています。」
 「ほう?それはよい傾向です。向こうもすぐに終わりそうにないと見たのでしょう。長期戦になる場合以外城は壊さないのですよ。」
 「ですが瓦礫だの床板だの梁だの色々壊れた物が降って来るし・・・・龍がやたら飛び回ります。上空からのブレスに雷撃です。こちらの攻撃範囲にはいてくれない。前はほとんど地面にいたのに・・・」
 「自在に動けるように天井や床や壁を破壊しているのか?」
 「ああ。だけど壁はそれほど壊されていない。天井や床は木製だけど壁は石で壊しにくいのかな?」
 「それはあるでしょうね。天井と床は魔法で硬化させてあるとはいえ木製ですからね、壁に比べると脆い。それともう一つ、 構造上の問題です。壁を壊していくと城が崩壊します。いずれは壁も破壊されますが、そこまでやるのはもう少し先でしょう。」

 「そうするとまず降って来る物が当たらないようにしっかりと防御だな、うまくさばけよ。なんだその顔は?まさかお前・・・」
 「勿論できるよ!張っちゃえば大丈夫、自信ある。でも防御用の障壁は、あれを作り出したり消したりするのにちょっと時間がかかって・・・」

 「てめえは馬鹿か!ぱっぱと出来なきゃ意味がない!大体あれは日々の練習がものをいうのだぞ。さてはお前!してないな!」
 「だって!そんな練習、今まで必要なかったし。」
 「必要ない?これに必要ないのか!お前って奴は・・・」
 「だから!まさかこんなことするなんて考えても見なかったし、おれだって分かってたらもっと真面目に練習して・・・あっ!でもガードしている時は毎日オスカルにしごかれたから、前よりはずっとましだ。本当によかったよな、うん。」

 「何がよかっただ!大体普通は、それくらいしっかり出来るようにしてから来るものだ!それに肩の怪我!何故完治してから来なかった!奴に受けた傷は普通ではない。直りきっていないのに同じ所を攻撃されるとどうなる!ガキは考える事もできないか!」
 「うるさい!時間はあるようでなくなるんだ、急いでするに越した事はない!」
 「急いでするに越した事はないだと? ケツの青いガキが偉そうな口叩きやがって!」
 「何がケツの青いガキだ!自分はどうなんだ!自分の方こそケツの青いガキじゃないか!」

 「貴様・・・決して言ってはならん言葉をこの俺に言いやがったな!」

 「やっぱ他の人にもそう言われてるんだ。ケツの青いガキって!」
 「黙れ!他の奴でも許せんが、お前は特に許せん!ケツの青いガキであるお前はな!」
 「よいこの救急セット!あんなもんに自分の名前まで書いて持ち歩いてる奴が言うと説得力ないね!」
 「ば、馬鹿野郎!あれは俺じゃねえ!全部ボスが勝手にやりやがったんだ!誰が好き好んでウサギとクマのシール張ったそれもピンクの箱を・・・・」

アランはクレマンを差していた指を下ろすと突然黙り込んだので、おれはクレマンを見た。占い師はおれ達をじっと見つめていて、目が・・・まずい!この人を怒らせると・・・・

 「本当に!仲がいいですね。私なぞ退け者で・・・ああいいですよ、気にしなくて結構!私は君達の間に割って入ろうなどとこれっぽっちも考えていませんから。とにかく!とても仲良しなのは分かっていますが、今は他に話すことがあるでしょう?」
 「ボス、あんた嫌味ではなく真面目に言ってますね?」
アランが嫌そうに言ったのを聞いて 「とても仲良しではありませんか!そうですよね、勇。」 と占い師が同意を求めるようにおれの方を向いたので、おれは思い切り!首を振ったが、彼には少しも分かってはいないようだった。

 「二人揃って照れ屋さんですね。まあいいでしょう。とにかく空いている時間は防御の練習ですよ勇、分かりましたね。少なくともアランより上手に張れないと厄介ですからねえ。」
 「ひょっとして・・・アランも苦手?」
 「フランと同じくらいですよ。」
おれは驚いてアランを見た。アランはきまり悪そうな顔をした。

 「アランそれって・・・ちょっとまずくない?」
 「うるせえ!俺はな・・・攻撃は最大の防御だ!それが一番だ!」
 「さっきと言ってる事が違う。それになんかその言い方・・・」
 「フランと似ているでしょう?勇。」おれは占い師を見た。

 「え、ええ。」
 「ですが似ているのは言い方ではなく、性格ですよ。気が強くて言い出したら聞かないし、その上お子ちゃまですから、本当に・・・ああ勇、君にはよく分かるでしょう?私の苦労が・・・」
  占い師はほとほと困り果てたというようにアランをちらりと見ながらおれに言った。
 「何が苦労だ!それは俺の台詞です!」
それからアランはおれを見た。

 「おい!何だてめえ、その目は!」
 「いや別に。それから言っておきますが、おれはオスカルには苦労なんて少しもしませんでしたから。」
おれがそう言うと、占い師は大げさに驚いて見せた。
 「そうでした!これは失礼。そういうところもまた可愛いのですね。ええ、分かりますとも!私も同じですからねえ。可愛いですねえ。」
そう言って占い師はアランを見ると微笑んだ。
 「ええと・・・それってあの・・・」

  おれはちらっとアランを見て、またもアランと目が合ってしまった。アランはおれを睨んだ。
 「勇、決まっているではありませんか!二人共ですよ、二人共!」
 「ボス!あんたはいい加減にしないと・・・・」
 「分かるでしょう?勇。可愛いでしょう?」
占い師はおれににっこりと微笑んだ。

 「えーと、そのかわいいのは・・・確かにその・・・かわいいけど・・・・」
 「かわいいだと!てめえは・・・それが目上の人間に向かっていう言葉か!ケツの青いガキのくせに!」
 「だからアランは!かわいいなんて思ってない!全然!少しも!」
 「とにかく!アランの真似はいけませんよ、勇。少しでも練習です。」

■決闘開始から9日目

  扉を開けて中へ入ろうとしたおれは、アランに呼び止められた。おれが振り返ると、アランは自分の指から指輪を外しておれに寄越した。

 「指輪だよね・・・これ。」
 「他に何に見える。え?」
 「いやその・・・指輪にしか見えない、です。」
 「少しだが、これで防御力が上がる。」

おれはあっけに取られてアランを見た。アランはイライラしたようにおれを見た。

 「分からんのか?魔法で防御力を増幅させる物、マジックアイテムだ。」
 「でもアラン、これ大切なやつじゃないの?ないとアランの防御が・・・」
 「うるさい!これを使うような仕事の予定はないからその間だけお前に貸してやる!」
 「アラン・・・ありがとう。」
 「礼を言うのは早い!いいか、礼を言うのは22日後だ。その時はお前が!俺に!最大級の感謝の気持ちを込めて礼をしに来い。分かったな!」
 「・・・ありがとう。」
 「だから!礼は!22日後だ、馬鹿!」

■決闘開始から10日目

 「今日も防戦のみ。城の中は穴だらけになってきた。吹き抜けになった所も増えてきたし・・・これじゃあマズイ。だけど飛ばれるとどうしようもないんだ。間合いが取れない。懐に入りこめない・・・・攻撃の糸口がつかめない・・・・」

 「お前、銃は使えるか?」
おれは首を振った。
 「1回だけオスカルにさせられたけど・・・うまくいかなかった。おれ、“気”を定着させるというのが苦手でさあ、よく分からないんだ。矢なんかもうまく定着出来ないし。」

アランは口を開きかけたが話さず、なにやら真剣に考え込んでから口を開いた。
 「気を操る為の基本である、 『定着』 について説明しろ。」
 「説明ってなんでそんなもの・・・」
 「つべこべ言わずに説明しろ!」
アランはおれに命令した。まったく!なんなんだ?いきなり・・・

 「『定着』は自分の“気” を・・・物に、道具か。それに載せて遠くへ飛ばす。・・・アラン?どうかしたの?なに落ち込んでいるの?」
アランは何か呟いたがフランス語だったのでおれには分からなかった。
 「アラン?」
おれが再度呼びかけるとアランはおれの方を見て、おれを睨みつけた。

 「“気”というのは!本来は身体の中だけに存在する生きる為のエネルギーだ。これは信じられないような力を持っているが、普通は生きるという行為にしか使えない。それを霊的エネルギーに変換できた時、初めて外部へ通常の物理法則には従わない巨大な力として放出できる。だがそれを使って戦うには、放出させるだけでは役に立たん。だからその霊的エネルギーに変換した“気”の状態を用途により色々変化させるのが『定着』だろう!妖魔を召喚する時に張る結界も、防御用の障壁も!剣も!矢や弾と同じで、“気”を定着させて使うにはかわりはない!」

 「そういえば・・・そうだった。だけど剣は手でしっかり持っているだろう?防御用の障壁は手をこう前に出して・・・掌を起点として張るし。弾とか矢は手から離れるから、それはまったくダメ。」
 「お前は何を間抜けた事を。身体とくっついていようが!離れていようが自分のイメージで“気”の状態を変える事にかわりはないだろうが!大体!剣の刃風に“気”を載せるのはいとも簡単にやるくせに!あれは弾なんかとは比べ物にならんほど高度な技で厄介だろうが!」

 「それは考えなくても自然に出来るというか・・・自分でもよく分からないんだよ。」
 「お前・・・いい加減にしろよ!あれは分からなくて出来るようなもんじゃない!」
 「そんな事を言われても困る。」
 「お前は阿呆か?」

 「アラン、本当に分からないのですよ。多分幼い頃から意識などさせないように自然に使えるように教えられたのでしょう、日常生活のごく自然な動作としてね。」
占い師はそう言うとおれを見て「勇、君に気を操る方法を教えてくれたのは・・・亡くなられた君の父上ですね?」と尋ねた。
おれは頷いた。

 「はい、総て父が教えてくれました。でないと・・・」
一体何から説明すればいいのだろう?おれは迷って口篭った。だが占い師はよく分かっていた。

 「冴子は神がかり的ですからねえ。あそこまで見えなくて感じないのに、人に在らざる者を見つけ出すあの才能は、それも本当に力のあるものだけですからねえ。冴子の能力は “すばらしい” というしかありません!」
占い師は羨ましげに言ったのでおれは誤解されないように訂正した。
 「少しもすばらしくはありません。おかげでおれは少なくとも・・・10回・・・いや20回・・・最低30回は死にかけました。」
 「でも無事ですね?」
 「全部!父のおかげです。父が教えてくれたからです。」
 「そうでしょうか?父上から教えられた技を母上の力で実戦して鍛えられる。二人がいたからこそ今の君がある、違いますか。」

否定しようとしたが、考えてみると・・・確かにそれはあるかもしれない。だけど、だけど!気持ちは納得しかねるぞ。
 「弓も父上からですか?」
占い師がおれに尋ねたのでおれは首を振った。

 「いえ、それは中学へ入学してからです。クラブ活動で弓道を始めて、偶然先輩がすごい力を持っていて・・・その人から。矢に定着させる方法もその人から教えてもらいました。でも、その感覚がきっちりイメージできなくて今一つ威力がなくて。数こなして慣れれば大丈夫だと言われましたけど・・・・」
 「では2年前からは一切していないのですね?」

おれは占い師を見て、それから目を伏せて 「はい。」 と一言だけ返事をした。
臨時とはいえオスカルのガードをさせる相手がどんな奴かは当然調べたろう。2年前のことも。
重苦しい空気が流れたのに気づき、おれは慌てて付け加えた。

 「でも!おれにはやっぱり手から離れるものに定着させるのってなんと言ったらいいのか、信じられない位の集中力というか・・・自分の魂削るような気分にさせられるような・・・いや実際そうだから・・・何というかおれにはちょっと無理かなと思って・・・それもあったから弓はそれっきりで・・・」
 「・・・数こなして慣れさえすれば簡単に使いこなせる。あれは慣れだ。」
 「アランは出来るんだ。すごいな。それじゃミサイルとか・・・そういうものにも出来るの?」
 「お前、ミサイルって・・・火力に比例して使う“気”も増す。いくら俺でもそこまで出来ん。」
アランは不機嫌に答えた。

 「別のアプローチも考えて見ましょう。そうですね・・・銀のお方並みに動き回れる様な方法とか?あのお方の動きについて行く事ができればかなり有利になりますよ。」
占い師の言葉におれは頷いた。
地面にいるときだって身体に不釣合いな頑強な四肢で信じられないような動きをする。ジャンプするし、はしご階段はよじ登るし。壁は登らないけれど・・・その代わり、牙の様な爪は伸縮自在で・・・駆けるように走って機動性は抜群だ。あれを何とかできればどんなに楽だろう。

 「そういえば3ヶ月ぐらい前にオフロード用のバイクを持ち込んで冷やかしで闘った子供がいましたね?君はどうですか?勇。」
 「おれ、バイクは運転できません。」
 「そうですか、それは残念ですね。あれはなかなかいいアイディアでしたから・・・」
占い師は残念そうに言った。
本当にもっと素早く動く方法さえあれば・・・

 「要するに銀龍がお前に近づいてくればいいのだな?」
黙っていたアランが口を開いた。
 「そりゃそうだけど・・・」
 「よし!死ね!」
おれはアランを見た。

 「はあ?おれ最近アランていい奴かもって思い始めたんだけどやっぱり・・・」
 「自分の気を押さえ込んで気配を一切消す!死んだフリだ!」
 「奴の目の前で?城の中を動き回っているならともかく、奴の目の前なんて!すぐにばれる、無理だよ!」
 「お前ならできる!間合いが取れるところまで降りてきたら反撃だ!翼を狙え!」
 「ブレスで一撃撃破ですよ。」
 「一か八かやってみる価値はあります!」アランは占い師に向かってそういってからおれを見て「だが、危なかったらすぐに逃げろよ。」と付け加えた。
 「分かった、一度試してみる。」
 「あと21日です。何事も慎重にですよ。」

■決闘開始から11日目

 「うまくいったか?」
 「全然ダメ、近づいてこない。近づこうとしたけどやっぱ思い留まって・・・マジでブレス直撃もらいそーになった。」
 「・・・・小手先は通用しないか。」 アランは不機嫌そうに呟いた。

 「やっぱり正面からしかない!」
 「馬鹿!もっとましな方法を考えろ!即死だぞ!」
 「でも翼をなんとかする方法が無い!飛ばないようにしないと!それか足を止めないと!」
 「直接“気”を叩き込むのは無理で、刃風に“気”を載せて叩き込むのは・・・距離はどれくらい必要だ?」
 「ある程度のダメージ与えるなら3〜5メートルくらい、だけどそれが出来ない。地面に引きずりおろさないとダメだ。」

 「弓ならどうだ?」
アランの言葉におれは驚いて叫んだ。
 「無理だよアラン!」

 「いえ、アランの言う通りでしょう。ええ、分かっていますよ勇。弓は2年ぶりでしょう。」
 「それだけじゃないです!弓は構えてから打つまで時間がかかるし、昨日話した通り剣に比べると矢に“気”がうまく乗せられない。」
 「塔の渡り廊下を利用すれば飛ばれても攻撃が出来る!数撃てば一つぐらいは当たるだろう。それが重なれば効果は有る。」
 「それは・・・そうだ。だけど・・・」
 「有効な方法がない今は、できる事は何でも試す。違うか?」

 「その通りだ。おれやってみる。」
 「では弓を・・・・和弓より洋弓の方がいいでしょうね。コンパウンドボウがいいでしょう。」
 「ボス、それならクロスボウの方が威力があります。それに、コンパウンドボウよりもっと遠距離から狙えます。」
 「コンパウンドボウ?クロスボウ?」

 「コンパウンドボウはアーチェリー用の弓の一つだ。クロスボウは・・・ボウガンといった方が分かりやすいか。ウィリアム・テルが息子の頭の上に乗せたリンゴを打ち抜いたろう?あれと似た形のものだ。」
 「クロスボウとコンパウンドボウ、両方を練習して使いやすい方にしましょう。確かシャロンが得意でしたね?」
 「ええ、奴に教えさせます。おい、行くぞ。」
 「今から?」
 「ああそうだ。言っとくが泣いてもやらせるからな。」
 「泣かないよ!」
アランはニヤリと笑った。
 「それなら泣くまでやらせるさ。」

 「どうでした?」
アランを部屋に入れて、彼がソファに腰掛けたところでクレマンは尋ねた。

 「和弓ですか、それをあいつに教えた奴に感謝ですよ。矢の特性もよく理解してるし、標的に当てる為の基本も身についている。それから弦を引く力も強い。そして集中力です。シャロンが感心していましたよ。」
 「では問題なく使いこなせるのですね。やはりコンパウンドボウですか?」
 「いえ、クロスボウの方が使い易いようです。ですからクロスボウに。初心者用のものを持ち運びが楽なように軽量化して明日には間に合うように作らせています。」
 「それはよかった。」
 「ですが、本人も言っていたように剣のような威力はない。“気”の使い方が剣より数段甘くなる。剣は、幼い頃から叩き込まれているから無意識で気を定着させるが、矢は考えすぎてしまってよくない。もう少し時間をかけて練習させればいずれは使いこなせるだろうが・・・」

アランは黙り込んだ。
 「ええ、今は時間がありません。それでも勇はよくやっていますよ。」
 「・・・分かっています、ガキのくせにもう11日も頑張っている。」

アランは不機嫌に言った。クレマンはその様子を見ると、メガネを外した。そして机の上にあった書類を茶封筒に入れ、側にあった2つの茶封筒も一緒に持って立ち上がるとアランの腰掛けているソファまで行き、彼にその封筒を差し出した。

 「いつもこうだと助かるのですがね。」
アランはそれを受け取った。
クレマンは微笑んでアランの向かい側のソファに腰掛けると尋ねた。
 「あと19日です。アラン、君はどう思いますか?」
アランはクレマンを見てそれから一つ溜息をついた。

 「俺には分かりません。闘いの最中は扉は開きませんからね。俺よりあなたの方が分かっているはずです、どうなのですか?」
 「さあ、私にも分かりませんねえ。」
 「クレマン!」
 「怒らないでください、アラン。優勢に立っているのはいつも銀のお方です。あの城も、場所も彼の力によるものですよ?勇にはブレスや漸撃などの力技が中心で魔法は雷撃くらいです。私の時はの力技のかわりに魔法が主体でした。雷・風・水系の魔法、とにかくそれが呪文の詠唱無しで来ますからねえ。」
クレマンは伏し目がちに少しだけ笑うと、それからアランを見た。

 「あの方は決闘では全力を出すと言われていますが、やはり相手によって対応を変えています。つまりそれだけの余力がある。今ですらはたしてどの程度の力なのか見当もつきません。」
 「では、やはり・・・」
その問いには答えず、クレマンはいきなり話を変えた。

 「アラン、君は考えた事はありますか?リオン・フランソワが何故闘い抜けたのか。」
アランは怪訝そうな顔をして彼を見たが、少し考え込んで答えた。
 「ガキのくせに凄まじい力があった。それに馬がいたでしょう?黒い大きな馬が。」
 「ですが所詮12歳の子供ですよ?銀のお方程の力などどうして持てましょう。それに、あの馬が現れるのは最後の7日間です。私には到底信じられなくてねえ。第一、覚書は破損して読めない箇所が多いですからね。」

 「だからなんだというのです?クレマン。」
 「私はね、リオン・フランソワが銀のお方がとても叶わないと思うようなものを持っていたのではないかと考えるのですよ。力ではない何かをね。」
 「・・・俺がかわりに答えましょうか?ボス、それは勇気です。圧倒的な力の前にたじろがない強い心かもしれません、それから・・・・」

 「茶化さないでください、私は真剣ですよ。記録によると誰もが見て見ぬ振りをした、子供の彼をね。こんな状態で闘い抜いた。ですから考えたのです。闘い抜けたのは何かそういう勇気・・・」
 「ではこれまで決闘を挑んで敗れ去った者達には、勇気とか強い心がなかったとでも?そもそも勇気だの強い心だのは闘う為には絶対に必要なもので、それがなければ・・・」
 「分かっていますよ。そういうものの他に何か特別な、銀のお方が太刀打ち出来ないと思うようなものを持っていたのですよ。それで考えたのです。では勇はどうか?彼が銀のお方より何か勝るものがないだろうかとね。そうしたら一つだけあったのですよ!一つだけ!」

 「・・・何がです?」
 「愛ですよ!愛!」
アランは暫くの間呆れたようにクレマンを見て、それから額を手で押さえて大きく溜息を付いた。
 「あんたは・・・・いやもういい。確かにそれはあのケツの青いガキの方が勝っているでしょう。なんといっても銀龍は優李を殺そうとしていますから。いや、あのガキでなくとも銀龍より彼女を愛しているのなら他にも大勢・・・・」

 「アラン、君は大切な事を忘れていますよ。彼らがリオン・フランソワの血を引き、同じような力を持つ者の願いを叶えるのは何故なのか?」
 「絶対の服従を誓ったリオン・フランソワが、死の間際に家族の行く末を龍達に頼んだからでしょう?」
占い師は彼に微笑むと子供を諭すように言った。

 「リオンの 『家族を頼む』 それだけの言葉でお二方はジャルジェ家を護り続け、彼の血と力を引き継ぐ者の願いが真摯なら試練も与えず叶えるのですよ?」
 「ですからなんですか!回りくどい!」
 「分かりませんか?彼らは今でもリオン・フランソワを愛しく思うからこそ家を護り願いを叶えるのです。そしてそれは彼の血と力を引く者も然り。167年前の約束も愛しているからこそ約束を果たす為に殺そうとしているのです。いわば167年間の狂恋でしょうか。」
アランはクレマンを冷ややかなまなざしで見ながら言った。

 「ではそれで、愛とやらで1ヶ月闘えるのですか?それであのガキが耐え抜けると?いい加減になさい!」
 「ですから、使える余地がまだどこかに残っていないかと思いましてね。」
クレマンはそう言って小さく溜息を付いた。
 「使えません!ボス、あんたは何を考えているのです!人が真面目に聞いていれば・・・・」
 「ですがこれに関しては彼らですら一目置いていますよ。」
 「それは事実でしょうよ。あの馬鹿は一人の女を200年以上愛し続けている。銀龍と同じ、まさに狂恋だ。」