「どうして止めなかった!」
ジャンヌは叫んだ。

 「無論止めた!ぼくはちゃんと勇に話したよ、運がよくても命と引き換えだと。しかしどうしようもないじゃないか!それに契約も終了している。この件に関しては・・・勇の個人的なことだからこれ以上ぼくにはどうする事も出来ない!それから、これは・・・・」
 「優李には絶対言わない。たとえ話してくれと言われてもね。」
ジャンヌは板倉を睨み付けて言った。
 「その通りだ。彼女には何の関係もないからね。」 板倉は答えた。

 「嬉しいでしょう?板倉。」
 「何のことだ、ジャンヌ?」
 「勇が思惑通りに動いてくれたからよ!」
 「ぼくが無理やり勇にやらせているとでも?よしてくれ!命を捨てに行くようなものだぞ。いくらぼくでもそこまでさせることは不可能だよ。」
 「仕事だと忘れるほど優李の虜になると!言ったのはあなたよ。あたしも迂闊だった。優李の側にいてあの子の事好きにならない男なんていないのに!ねえ板倉?それに勇は、アンドレ・グランディエですもの。知っていたのでしょう?」
ジャンヌは板倉を睨みつけた。
 「知っていたでしょう!」

板倉は少しの間黙ってジャンヌを見つめていたが、それから一つ溜息をついた。
 「ああ、『黒い髪の男』の話は有名だからね。昨年、絵が一般公開されたのは本当に幸運だったよ。まさに幸運さ。いや運命だよ、きっと。ぼくはあれを見てそう思った。これで優李は本当に開放されるとね。君だって分かっているだろう?最後のガードが昂では優李を護れない、何の役にも立たないのだから。」
 「馬鹿なことを!優李は助かるわ!知っているはずよ、優李は、あの子は・・・オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェよ!」
ジャンヌは叫んだ。

 「リンカネーション、転生。ジャルジェ家の最強の女性・・・・だから助かる。」
 「“一人で立てる強い娘ならどんな苦難も障害も叩き伏せるだろう” 龍達は優李が生まれた時にそう言ったのよ!」
 「ぼくも勿論知っているよ。」
 「それなら分かっているはず!優李は他の娘とは違う!だから・・・」
 「だから助かる。それに!ムシューとクレマンだけが知る切り札もある。だがそれがなかったら?」
 「・・・正気なの?」

 「龍は助ける為に、その娘を護るために殺す。つまり助ける必要のない女は助けない。護る価値がないのだから。助かった娘たちは愛されていたかもしれない。たとえ冷酷で自分勝手などうしようもないクズ女でもね。今まで助かったのはそういう娘だけだ。他は皆・・・銀龍は一度も約束を違えた事などない!では優李は?優李は今まで助かった娘と同じか?」
 「龍達は言った!」

 「“一人で立てる強い娘なら” か。曖昧だね、ジャンヌ、ひどく曖昧だ。銀龍は本当に優李だけ例外にするつもりがあるのかどうか?今の状況は明らかに先回と同じだ。自殺した5人目と7人目と同じ状況。これまで助かった娘とは龍の対応とは明らかに違う。攻撃は酷くなる一方だ。ここ1、2年、皆疑心暗鬼さ。銀龍は一人で立てる強い娘かどうか試しているだけなのか?それともやはり殺す気なのか?誰にも分からない。知っているのは龍だけさ。だからぼくは勇を連れてきた。」

 「はじめから勇に決闘をさせるよう仕向けるつもりだった。2年前、勇の力を知った時からずっとタイミングを計って来た!見事なものよ!」
ジャンヌは板倉を睨みつけた。
板倉は笑った。

 「そこまで分かっているのなら、ぼくのやった事がどれだけ理に適っているか分かってくれるだろう?ぼくは2年も待ったのだよ。勇を連れてきて・・・あとは簡単だったよ。ぼくから仕向ける必要は何もなかった。勇の方から聞いてきたからね。26日の朝さ、最後の日だよ。その日に何もかも全部教えたよ。そう、ぼくが決めさせたのではない。決めたのは勇さ。再び勇は命を賭けて主である優李を護る。あとはなんとしてでも1ヶ月持ってくれればいいのだけれど。」

 「そして、死のうとどうなろうと構わない。あんたは馬鹿よ!生き残る確率がどれだけあるか分かっているの!なぜガードを続けさせなかった!その方が・・・」
 「続けさせてどうなる?君は勇を辞めさせると優李が決めた時、何故優李に何も言わなかった?反対できたはずだ。何故しなかった?優李は強い子だ、だけど優しい。死んだ7人目の事が頭によぎったのだろう?違うのか!」

 「板倉・・・あんたは最低よ、今まで来た龍のガードの方が数十倍ましよ!」
 「ぼくは冷静に判断しただけだよ、ジャンヌ。」
 「冷静?私利私欲に走ったすばらしい判断ね。」
それからジャンヌはゾッとするような笑みを浮かべて言った。

 「ねえ板倉、勇は板倉から派遣された事になっているの?これでうまくいけば・・・今まで送り込んだ龍のガードの不手際は帳消しになるかしら?そして板倉の家の後継者争いも有利になって、ジャルジェ家とのパイプも堅固なものになる。そして重要なのは・・・もし勇が死んでもビジネスには何の影響もない。見事な判断よ!そうね、上へ立つ者にはこうでなければ!」
板倉は目を伏せながら楽しそうに笑った。

 「酷い事を言うね、ジャンヌ。ぼくは勇を信じているよ。勇はぼくの切り札だからね。」
 「では勇が死んだら?200年前はどうだった?分かっているでしょう!彼が死んで、1年も経たずに死んだのよ!!!」
彼女は叫んだ!
 「たとえ勇がいたとしても同じ事さ、彼女は自分の思想の為に殉死したのだから。」

 「・・・どれだけ苦しんだと思うの?」
 「そうだろうか?所詮は主とガード。ガードが主を護って死んだ。それだけさ。」
 「底無しの馬鹿ね。ああ、それとも、気づきたくないだけかしら?」
 「恋人同士だった訳じゃない!」
 「そうね、その通り。でも前より酷い!今回は無理やり引き裂いたのだから。嫉妬?それとも自分の思い通りにならない女などどうなっても構わないかしら? 」
 「優李は勇にガードを続けさせることを望まなかったのだぞ!」
 「ええ!そうよ。勇にガードをさせたくなかった。何故かしら?理由は?分かっていたのでしょう!そうよ!あんたは全部分かっていて・・・こんな酷い事をよくも!!」
 「ジャンヌ、誤解してもらっては困るな。決めたのは勇さ、ぼくじゃない。それから!この件は優李には絶対伝えない!絶対だ!勇からもくれぐれも頼まれている。うまくいっても、いかなくても絶対に話さないでくれとね。」

 「・・・・あんたはクズよ!」
 「これで総て丸く収まる。それとも優李に話すのか?」
 「まさか!優李には絶対に言わない!ああ、誤解しないでね。クズの為じゃない、優李の為よ!」
二人は睨み合った。

 「・・・・ガードの監視はいいのか?」
沈黙を破って板倉はジャンヌに言った。
 「心配ない、病院にいるから。」
 「ジャンヌ、君はまた・・・」
 「あら!すべて計算の上でしょう?これで今ガードが出来るのはあなただけ。正規のガードが来るまでの間、ずっと優李の側にいられる。その上、龍が来ない。あなたでも安心してガードが出来る、臆病な坊やでもね。」

 「黙れ!」

 「怒ることはない、褒めているのよ。全ては望む通り、これで総てうまくいったら・・・邪魔者は昂だけかしら?」
ジャンヌはそういってドアの方へ行った。
ドアのレバーハンドルに手をかけた時、何か思い出したらしく手を止めた。
 「ああ、そうだ。大切な事を忘れていたわ。」

ジャンヌは板倉の側まで戻って来ると板倉に色っぽい流し目をして微笑した。
そして次の瞬間、うめき声が板倉の口から発せられた。
 「あらあら!臆病な坊やは悲鳴を上げると思っていたのに、残念ねえ。」
ジャンヌは左腕を押さえてうずくまった板倉のあごに手を掛けると無理やり顔だけを上に向かせて、それから耳元に囁いた。

 「勘違いは困るわ。これで済ますつもりは毛頭ないのよ。これはねえ、今から言う事をあなたに忘れないようにしてもらう為よ。よーく覚えておくのよ、いい?板倉。もしこの事が優李に知れるような事があれば、その時にはねえ・・・・」
ジャンヌは続けた。
 「あたしがその首の骨をへし折ってやる!!!いい?必ずよ!覚えておくがいい!!」

 「まあ、零!どうしてこんなに遅かったの?」
マリアは零に待ち構えていたように声をかけた。
 「ママンが行って来いと言ったからだよ!それに他にも用があったし。」
零は少し不機嫌な様子で母親に挨拶のキスをした。

 「あら、ママンは怒ってなんていないわよ。ただね、もう少し早ければ昂に会えたから・・・」
零は驚いたように母親を見て、それからすぐに残念そうな顔をした。
 「なんだ・・・連絡くれれば急いで帰ってきたのに。」
 「ママンもそうしようと思ったの。でも昂ったら “ちょっと寄っただけだから”って言うから。」
 「そっか・・・」
 「でもね、昂は2月になったら暫く家から学校へ通うって言っていたのよ。」
それを聞いて零は嬉しそうな顔をした。
 「やったね!それならいいや。」

マリヤはそれを見て苦笑すると、何か思い出した様子で急いで息子に尋ねた。
 「そうだわ!それで零、どうだったの?」
零はコートを脱ぎながら答えた。
 「・・・会えなかった。お母さんが倒れてフランスへ行ってるって。」
マリアは驚いて声を上げた。

 「まあ!なんて事なの!それでお母様の具合は?」
 「盲腸・・・腹膜炎で暫く入院だって。それほど悪くはないみたい。来月には戻るだろうってさ。」
 「それで連絡が来なかったのね。」
マリアは納得した様子で呟いた。
 「そういうこと。」

それだけ言うと零は部屋を出ようとしたが出来なかった。マリアは零の腕を捕まえると笑いながら言った。
 「ああ、零!あのね、もう一つお願いしたいの。ママンのお願い聞いてくれるかしら?」
 「もうやだよ!僕はフランに言わないからね。ママンが自分でいいなよ。」
 「でもまだ怒ってるから、・・・フランたらもう!!だからお願い。ね、零。」
マリアは零に頼み込んだ。

 「だから何で僕が?」
 「だって零!フランはとても気にしてるのよ。どうして勇から連絡が来ないのか心配で心配で。」
 「・・・心配なんてしない。」

不機嫌に言った零の顔をのぞきこんでマリアは笑いながら言った。
 「まあ、零!分かってないのね。」
それを聞いて、零は母親を睨みつけた。
 「分かってないのはママンだよ!!フランはもうノエルのプレゼントなんて渡すつもりなんてなかったのをママンが宅急便で勇宛に勝手に送ったんだろう?フラン怒ってたじゃないか。それなのに何言ってるの?」
マリアは拗ねた様子で言った。

 「まあ!あなたまでそんな事を言うの?ママンが折角フランの為を思ってしたのに・・・」
 「とにかく、僕は言わない。言いたいならママンが自分で言ってよ。」
零はそういうと部屋を出た。

優李の部屋に向かうと部屋の扉は開いたままで、中から誠の声が聞こえたので零は顔をしかめた。 彼は、部屋の入り口にいたガードを一瞥して部屋に入るとやはりそこには誠がいて、彼は姉に国語の教科書を読んでいる最中だった。優李は零に気づくと目で合図した。仕方なく零は弟がそれを読み終わるのを待った。

誠が本を読み終わると、優李は 「とても上手に読めたよ。」 と彼を褒めた。誠が嬉しそうな顔をして笑ったのを見て、零は弟を押しのけるようにして彼女に近づくと声を掛けた。

 「ただいま、フラン。買って来たよ。」
零は姉の頬にキスをして手に持っていた紙袋を差し出した。
彼女は弟からそれを受けとると、微笑んだ。

 「メルシ、零。いいのはあったか?聞き取りやすい?」
 「うん、すごくいい音。新機種。うちの電話もこの前新しいのに替えて無駄によく聞こえるようになっただろう?だけどこれはそうじゃなくて会話が自然なんだ。ケイタイ使って話してるのを忘れそう。それとTV機能も装備で録画も出来るんだって。」
 「録画か・・・そんな機能もあるのか。それではメモリーカードも大容量だな。」
 「うん、そうなんだ。確か・・・」
その時、暫くの間黙って二人の会話を聞いていた誠が我慢できなくなったらしく口を挟んだ。

 「ねえねえ、それ何?見せて!見せて!」
零は誠を睨んだ。
 「お前は見ても分からないよ。」
 「分かるもん!ねえフラン、見たいよ〜」
優李は笑った。

 「新しい携帯電話だよ。零の言う通り、誠には面白くないと思う。」
 「分かるもん!見せて!」
誠はきっぱりと言い切った。優李は苦笑すると紙袋から箱を取り出して中身を出すと誠に渡した。誠はそれを受け取るとよく見回して、いかにも感心した様子でフランに言った。

 「すごいいい奴だね。かっこいいよフラン。」
 「嘘つけ、何にも分からないくせに。」
それを聞いて誠がいつものように零を蹴ろうとしたので零は身構えて、優李は止めようと手を伸ばしかけた時、突然歌が流れた。
皆一斉に入り口を見ると、ガードが慌ててポケットからケイタイを取り出して通話ボタンを押すと  「悪いがまた後で」 と言って電話を切ると  「すみません」 と言って彼らに頭を下げた。

誠は少し考え込むと、零に 「今のさあ、勇兄ちゃんのと同じのだったね。」 と尋ねた。
零は返事をしなかった。誠は零を見て、それから零が姉の顔をじっと見ているのに気づいて今度は姉に尋ねた。

 「ねえ、フラン。今の曲さあ、勇兄ちゃんと一緒だったよね?」
姉も返事をしなかった。誠は再度尋ねた。
 「フラン!今の勇兄ちゃんのケイタイの曲と一緒だったよね?フランもCDあるよね。ジョス・・・レイスだよね。」
 「・・・ああ、ジョスだ。」
姉は一言だけ答えた。

 「悪いけどさあ、その曲やめてくんない?仕事中不謹慎だろう?」
零は口を開くとガードに言った。
 「すみません。」
ガードは頭を下げた。
 「もう二度と鳴らないようにしといてね。」
零は彼に畳み掛けて言った。それを聞くと誠は零を見た。

 「零さあ、知ってる?そういう事ばっか言うと、みんながやなやつって言うんだぞ。」
 「うるさい!それよりも・・・さっきママンが呼んでたぞ。」
 「なんで?」 不審げに弟は兄を見た。
 「なんか知らないけど、すごく!いい事らしい。早く行ったほうがいいぞ。」
 「ほんとに!分かった!」
そういうと誠は急いで部屋を出て行った。

零は弟の姿が見えなくなると 「馬鹿なやつ。」 と小さく呟くと優李を見た。
彼女は腕に抱えた艶のあるピンクとスカイブルーの斑の毛のクマのぬいぐるみを黙って見つめていた。
 「あのさ、フラン。誠のおかげでケイタイの説明中途になったけどさあ・・・・」
零はそこまで言いかけたが黙り込んだ。それから腕を組むといかにも機嫌の悪そうな声を出して言った。

 「そういえばさあ、僕ね勇の学校へ行ってきたんだ。文句言ってやろうと思ってさあ。」
優李は驚いて顔を上げた。
 「だってお礼の一言もないだろう?失礼な奴だ。」
優李は慌てて目を伏せた。

 「わたしは気になどしていない。別にどうでもいいんだ。大体あれはママンが勝手にしたことで・・・」
 「そうしたらさあ、学校にいないの勇の奴。3学期からずっと休み。お母さんがフランスで倒れて、入院してるから1週間ぐらい前から向こうに行ってるって。」
彼女は驚いて弟を見つめた。弟は姉を見ず、腕を組んだまま続けた。

 「学校の事務の人、先生かな?その人が預かったままだって。戻ってきたら渡してくれるらしい。そうしたらあいつ・・・きっと勇の奴、馬鹿みたいに絶対来るよ。人の迷惑なんて考えないでさ。困った奴だよな。」
零はそういうと優李を見た。零は彼女が抱えたぬいぐるみを先程よりももっと強くしっかりと抱きかかえたのを見て取った。

 「・・・・あのさ、携帯何か聞きたい事があったら言ってね。僕さあ、説明しっかり聞いてきたから。」
彼女は目を伏せたまま 「メルシ。」 とだけ答えた。
 「僕はフランの頼み事なら何だってするよ。忘れないでね、フラン。」
彼女は顔を上げると少しだけ弟に微笑んだ。それを見て弟は姉の頬にキスをすると、入り口にいたガードを睨みつけてから部屋を出た。