「二日酔いから立ち直るとさっさと学校へ帰るのね。始業式までまだ4日もあるのにね」
仏壇の父の写真に挨拶をして立ち上がったおれに母は言った。
 「もう!嫌味言わなくてもいいだろう。酒は二度と飲まない!絶対に!飲めといわれても!飲みません!」
 「誰もがそう思うものよ。暫くの間はね。」
母は冷ややかな口調でおれに言った。

 「とにかく!早めに戻って学業に専念する。古典と物理は早めに手を打っとかないと危ないんだ。」
おれはコートを着て、ショルダーバックを肩にかけながら答えた。
 「・・・・まさか留年ってことはないでしょうね?」
母はおれを睨んだ。

 「それは大丈夫。だけどみんな早めに学校に戻るって。受験まであと1年だしね。」
 「へえ・・・珍しく神妙じゃない。何があったの?」
 「少し前、大学行ってる先輩達が受験生の激励に来たんだ。その時おれ達にも・・・・“今から頑張らないと就職出来ないぞ” って、その様子がマジ怖くてさ。それで、おれ達今からちゃんとやろうって・・・・」
母は苦笑いした。

 「就職か、確かにね!いい先輩達じゃない。まあ、いつまで続くかはわからないけどがんばりなさい。それから、何もないと思うけど何かあったら・・・そうね携帯より店の方に連絡入れなさい。明日から3週間ほど東欧をあちこち回るからその方が間違いないわ。」
 「ああ、分かった。それじゃ母さん・・・母さんも・・・気をつけて。それと・・・変のものがあっても近づくんじゃないぞ!それから気に入った人形は必ず井上さんに見てもらうんだぞ!あと誰も欲しがらないような物には絶対に近づいたりしちゃ・・・・」
 「分かってるわよ!あんたは本当に!小姑みたいね・・・勇、あんたこそ気をつけるのよ。それから頭ちょっと下げなさい!」

理由を聞き返すような馬鹿な真似はしない。怒られるに決まっている。母の言葉におれは黙って頭を下げた。すると母はおれの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 「一人だけで考え込むんじゃないわよ。分かってる?」
おれは驚いて母を見た。少し心配そうな顔。
おれ・・・
おれは・・・笑って頷いた。

 「うん、分かってるよ母さん・・・・・ありがとう。それじゃいってきます。」
 「佐々木君達によろしくね、いってらっしゃい。」
おれは玄関の扉を開けて外へ出た。

知りたくなかったのだ。
電車の中で、おれはぼんやりと考えた。

オスカルに会う前、オスカルに会いたくなかった理由。
好きになるのが怖かった。辛い思いまでして好きになんかなりたくない、だから会いたくない。
前は・・・それだけだと思っていた。
でも、そうじゃない。

どうしてオスカルに会いたくなかったのか?
理由は簡単、自分でもアホらしくなる位。

オスカルに会ったら分かってしまうからだ。
何よりもオスカルが一番大切な事に。
今まで大切に思ってきたものが全部・・・・そうでなくなる事に。
オスカル以外大切なものがなくなる事に・・・
・・・それを知るのが怖かったのだ。

乗り換えの列車はまだ来ていなかった。
10分ほどの待ち時間がある。
自販機で缶コーヒーを買う。

暖かい。
そういえばサッカー見に行った時、オスカルと飲んだっけ。
オスカルは間違えて冷たいのを押して、仕方ないから二人で半分ずつ飲んだ。
とても寒い日だったのに、でも少しも寒くなかった。

それだけできっと・・・幸せだったから。
側にいられるだけで・・・・・

今ならアンドレの気持ちがわかる。
辛かったけど・・・幸せだった。
一番好きな人の側にずっといられたんだ。
それだけで幸せだったのだ。

乗り換えの電車がホームに到着した。列車に乗りこむ。
座席に着くと、しばらくして列車は動き出した。
外の風景が次第に早く流れていく・・・・・・

今思うと・・・ずっと昔からオスカルの事が好きだった。
4ヶ月前、オスカルに会った時からじゃない。
あの時にはもう好きだったのだ。

絵を見つけた時からじゃない!
オスカルと出会わなかったらこんな辛い思いはしなくて済んだと思ったけれど、そうじゃない。
会う前から・・・・ずっと、オスカルに恋してた。

結局、いつかは気づいたのだ。
会わなくても一緒。
だからもう、どうしようもなかったのだ。

最初はなんともなかったのも多分その所為で、ただ懐かしいだけで、嬉しかっただけで・・・・・
会う前から好きなんて!
友達よりも、親よりも、大切で!愛しているなんて!
みんなおれの事考えてくれてるのに、おれはオスカルの事しか考えてなくて・・・

馬鹿だよな、おれって。
ほんとにどうしようもない馬鹿だ・・・