「いつからなんですか?ストーカーが付きまとうようになったのは?」
 「・・・生まれてすぐだ。」
車を運転しながら、板倉さんは言った。
 「生まれてすぐ・・・ですか?」
 「本当に綺麗な子だよ。見る人の心を鷲掴みにして離さない美しさだ。ご両親の仕事の関係で7歳までイタリアに住んでいたのだが、そこで何度も誘拐されそうになってね。誘拐の目的は金ではなくて彼女自身だ。それで治安のいい父親の母国である日本へ来た。誘拐こそされなくなったが、結局状況は変わらずといった所かな。」

 「そうですか・・・・」
 「今のうちに家族構成について話しておこう。20歳の姉、19歳の兄、13歳と7歳の弟、そして両親の7人家族だ。父親とは血が繋がっていない、姉と兄ともね。彼女が3歳の時再婚した。兄は現在1人暮らし。だから一緒に暮らしているのは6人だ。」
血の繋がらないきょうだいか。ちょっと複雑だな。

 「最後になってしまったが、依頼主は彼女の両親じゃない。勿論この件に関しては彼女の両親も承諾済みだ。」
つまり?・・・ああ、そういうことか!
 「彼女の本当の父親ですね。依頼主は!」
 「正解。状況把握はできたかな?ああ、それからもう一つ。」
 「何ですか?」
 「携帯はマナーモードにしておけよ。大音量のジョス・レイスの着歌が鳴り響くとぼくが困る。」
 「せ、先輩!なんでおれの・・・」
先輩はちらりとおれを見て面白そうに答えた。

 「教えてくれる奴はいくらでもいる。来日公演が中止になった時は悲惨だったらしいな。」
 「そ、それはですね!つまりその・・・」
 「確かにあのハスキーボイスは悪くはない。容姿は今一つだがな。ああ、悪かった。」
ジョスは結構美人なのに・・・板倉さんは相変わらずチェックが厳しい。
 「いえ、いいです。ジョスはやっぱ声ですから。あの低くて、深くてよく響くあの声がサイコーです!」
 「サイコーか?」
 「ええ!勿論。」

おれが力を込めて言うと、先輩は苦笑して 「知らなければな。」 と意味ありげに言った。
 「知らなければ?」
 「じきに分かる。それよりそろそろ彼女の家だよ。準備はいいか?」
おれは慌てて携帯を取り出すとマナーモードに切り替えた。

 「私のことはマリアでいいわ、勇。そして彼が“誠(せい)”そして“零(れい)”よ。」
 「大木勇です。はじめまして零君、誠君。」
 「こんにちは!ぼく せいだよ。あのさ、ゲーム好き?」
 「ママン、こいつ17歳だって!板倉さんに聞いたんだ。信じられる?どう見ても僕より年下だよね。」
誠は母親似の愛嬌のあるかわいい子だったけど・・・こいつは、零って奴は敵意丸出しだ。一体何故?
それに確か・・・13だったよな?4つ下なのにおれより老けて見えるぞ。
 「まあ!零と同い年だと・・・あら!ごめんなさいね。」
 「いえ、気にしないでください。」

おれは笑って答えたけど、実のところ結構傷ついたんだよな。
フランスへ行った時もそうだったからわかるけど・・・・どう見たらおれが13歳に見えるんだよ!

「それから・・・有紗(ありさ)!有紗!」
 「ここにいるわよ!大声出さなくても。」
隣の部屋から声がした。そしてその声と共に・・・
うわ〜めちゃくちゃ可愛い!顔が小さい!きゃしゃ!モデルみたいだ!すごい!かわいい〜!
 「あら!零のお友達?」
 「僕の友達なんかじゃない!新しいガード。」
 「そうなの!今度は随分・・・かわいいわね。はじめまして有紗よ、よろしく。えーと名前は?」
 「勇です。あの・・・大木勇です。」
 「おねえちゃんはね、モデルのお仕事をしてるんだよ。本にもいっぱいのってるんだ。」

その人は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
やっぱなあ!だよなー!かわいいもんなあ。みんなに自慢できるよなあ。でも下手に話すと絶対見に来るから、黙っていたほうがいいかな?

 「私なんか見てどぎまぎしてちゃだめよ、勇君。フラン、優李に会った時どうするの?」
有紗さんはおかしそうに言った。
 「フランユウリ?」
それが例の子の名前なのか?
 「勇君そうじゃないわ。」
有紗さんは微笑んだ。笑顔もめちゃかわいい〜

 「本当の名前は、“オスカル・フランソワ・優李(ゆうり)” よ 」

・・・何?
今・・・
でも確かに・・・・

 「・・・・オスカル?」
 「“オスカル”とは呼ばない方がいいわ、機嫌が悪くなるから。家族はフラン、他の人は優李って呼ぶわ。面倒だから外では 『石井優李』で通してるから。」
 「男の子みたいでしょ?名前。」
マリアさんは笑いながら言った。
 「オスカル・フランソワは護り名みたいなものなの。ご先祖に勇敢な女性がいて、彼女に因んで名づけたのよ。“どんな苦難が待ち受けようともそれに立ち向かっていって欲しい”という願いを込めて。」

ご先祖の勇敢な女性!
それってまさかそんな・・・・
いや!同じ名前の別人かもしれない。きっとそうだ!オスカルとは関係ない!

 「あの・・・オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェですか?」
 「ええそうよ。フランの本当の父親、同じ名前でややこしいけれど・・・・あなたの依頼主でもあったわね。彼がつけたのよ。」
嘘だろ!それじゃこの前会った、あのムシューの・・・子供!!!
だって、独身だって・・・・

 「あら!板倉さん戻ってみえたみたいね。」
 「すみませんマリア、席を外して。勇、挨拶は済んだかい?」
 「え、ええ。」
 「そろそろ優李が戻ってくる。周囲の確認しがてら迎えに行こう。ではマリア、また後ほど。」
 「戻ってきたら、お茶にしましょうね。勇、また後でね。」
 「はい、マリアさん。」

おれたちは、外へ出た。
とにかく聞かないと!一体どうなっているんだ?ストーカーって・・・まさか!

 「板倉さん。ストーカーは・・・・ドラゴンですか。」
おれは門を出ると唐突に尋ねた。先輩がジャルジェ家とおれの件を何処まで知っているか確かめる為に。
 「勇、お前どうしてそれを・・・」

板倉さんは心底驚いた様子で言った。
先輩は知らないのか?
確かにこれと絵の事は関係ないし、そうするとこれは単なる偶然?

 「マリアさんからオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェのことを聞きました。母は仕事柄フランスへよく行くので・・・・有名ですよ、ジャルジェ家の呪いの話は。20歳まで護りきらないと・・・・」
そうだ、護りきらないと・・・その子は死ぬんだ。

「それなら話は早い。悪いが“断る”は無しだ!さっきの書類はお前を連れてくる為の方便だ。たとえ何があっても12月25日までの4ヶ月間はやってもらう!2年前の貸し、今こそ返してもらうぞ!」
冗談じゃない!相手は龍だぞ!化け物だぞ!

 「先輩の家はこういう化け物相手のプロでしょう!相応しい人ならいくらでもいるでしょう!」
 「もう適任者はいない。辞めさせた前任者が板倉から出せる最後の人間だった。」
 「辞めさせた?」
 「ああ、辞めさせた。話したろう?“見る人の心を鷲掴みにして離さない美しさだ”と。つまり・・・そういうことだ。」
 「・・・・・なら女性は?駄目なら1人じゃなくてたくさん護衛を付ければすむ話じゃないですか!違いますか?」
 「今のところ女性の適任者はいない。それに!一人しか付けられない、それがルールだ。」
 「ルール?」
 「そうだ、これは龍が決めたゲームだよ。護るの1人だけ。20歳の誕生日まで護りきったら勝つ、つまり命は助かるというね。」
ゲームって、そんな・・・・・

おれは先輩を見つめた。しかし先輩は黙ったまま何も言わない。
 「・・・・・何でおれなんです?」
 「お前はめちゃくちゃ辛抱強くて我慢強いからさ、勇。」
それが理由?きっと手を出さないから・・・・そんなの、あんまりだ!
 「先輩!おれは・・・」
おれの話すのを遮って先輩は言った。
 「それ以上に重要なのは!お前に戦える力があることだ。隠してもだめだ!2年前の件があるからな。だからジャルジェ家へ推薦した。これ以上条件の揃う人間はお前以外いなかったんだ。」
なにが“お前以外いない”だ!おれは絶対やらないからな!
それでなくても、このろくでもない力のおかげでどれほど厄介事に巻き込まれたか!

 「出来ません。絶対です。」
 「優李は強い子だ。いつも“大丈夫”だ。16歳の女の子がだ。なあ勇、どう思う?」
どう思うって・・・大丈夫な訳ないじゃないか!相手は龍だぞ。

 「優李は16年間こんな生活が続いている。いやこれからもだ。いつも死と隣り合わせだ。それなのに・・・泣き言一つ言わない。いつも 『大丈夫です』 だ。」
耐えてるんだ、がんばって。16歳だ、それも女の子が・・・ああ畜生!

 「龍の目的は彼女を殺す事だ。 攻撃が特にひどくなるのは、誕生日前1ヶ月間。それまでは週2回か3回。お前の仕事は、龍が近づいてきたら追い払う事。切るなり焼くなり好きにしていい。今、後任を探している最中だ。見つかるまでの間だ、勇頼む、お願いだ。」
板倉さんが頭を下げた。他人になんか絶対に頭を下げたりしないのに・・・・
絶対駄目だ。危険に決まってる!関われば良い事なんて何一つない。でも・・・・護りきらないと、その子は死ぬ、死ぬんだ!ええい!くそ!見つかるまでの間だけだ!4ヶ月だ!たかが4ヶ月だ。

 「・・・出来る限りの事はします。だけど、絶対に手を出さない自信はありませんからね。」
おれは言った。
板倉さんは嬉しそうに笑って、おれの肩をポンポンとたたいた。
 「ありがとう!お前なら大丈夫だよ。クレマンからお墨付きも貰ってるしね。」
 「お墨付き?」
何だ一体?それにクレマン?どこかで聞いた名前・・・そうだ、確かジャルジェ家のお抱え占い師で危ないものコレクターだ。
 「彼がこの件の指揮をとっていてね、“勇は24年間も彼女の側にいて何も無かったのだから間違いはないだろう”と連絡がきてね。」
24年間彼女の側?彼女って・・・・まさか!だって!そんなはず・・・

 「そ、それって・・・オ、オ・・・オ・・・・・」
 「二百十何年ぶりの再会らしいじゃないか。」
嘘だろう?そんなのありか?嘘だと言ってくれ!! 絶対に逃げてやるって誓ってから半月どころか10日もたってないんだぞ!
おれは思わず地面にしゃがみ込んだ。

 「勇、そんなに嬉しいのか!だったら最初から話せばよかったな。」
 「誰が喜んでるんですか!見てわかんないんですか?落ち込んでるんですよ!先輩・・・おれの人生は・・・・おれの人生は・・・・たった今終わりました・・・・・・・」
本当にはかなったおれの人生・・・・・
 「終わったって・・・何を大げさな。勇・・・お前・・・おい!勇!勇!」
 「もうほっといてください・・・・・・」
どんなことがあっても近寄らないはずだったのに!絶体絶命・・・最悪だ。

 「もういい加減にしろ!いつまでも道の真ん中でしゃがみ込むな。見世物になってるぞ!恥ずかしいじゃないか!ほら、たくさん人が来た!勇!」

アンドレはあんなに辛い思いをしたんだぞ・・・もう一度また?
いや!おれはアンドレじゃない。
それに!好きにならなければいいんだ。そうだ!そうすれば・・・・

 「板倉、そんな所で何をしているのだ?」

頭上から声がした。どこか心地よい、低くて、深くてよく響く・・・声
聞き覚えのある声・・・ジョス?そうじゃない!違う!全然違う。
じゃあ・・・どこで?
懐かしい・・・・声。

 「君か?わたしの新しいガードというのは?」

おれは顔を上げた。
そこには、オスカルが・・・オスカルが真っ青な瞳でおれを見下ろしていた。