買うものはもうずっと前から決めていたようで・・・最終確認だけだった。
それでも一つ一つを手に取って考え込みながら真剣な顔でもう一度確かめて・・・贈る相手の事を一生懸命考えているのかよく分かった。特に家族に贈る物は念入りだった。それだけで分かった、どれだけオスカルが家族の事を思っているのか。
一番大切で愛している家族・・・・

プレゼントに添えるカード、それからリボンと包み紙を選ぶのをおれも一緒に手伝って、ラッピングをしてもらい、配送を頼んで・・・それから電車で渋谷へ向かった。

 渋谷駅のハチ公口から外へ出ると、オスカルは驚いたようにあたりを見回した。
警備の関係で、オスカルは不特定多数の人間がたくさん集まるような場所へ行く事はほとんどないから。 もし行くとしたら山のようなガードがついてくるだろう。
以前スケートシューズ買いに行った時も、おれは2組ガードしか付いて来ていないと思っていたが、それは大きな間違いでこの他10人が別にガードしていたのを後で高橋さんから聞いた。

最近思うのだが、以前二人でサッカーの試合を見に行った時も多分・・・ガードはちゃんといたのだろう。それにあの時は、いつもと違って応援団のまわり以外は割と空席が多くて・・・もしかしたら当日券を買い占めたのかもしれない。そのくらい簡単なのだ。
でも、ここでのガードは難しいだろう。まだ会社帰りの人が出て来るには早すぎる時間だし、ここではおじさんは・・・悪目立ちする。

おれがそんな事を考えている間も、オスカルは誰が見ても “はじめて来ました” と分かる様子できょろきょろとあたりを見回し続け、挙句 「そういえば日本の人口は1億2千万人だったな。」 などと思わず吹きだしそうな事を呟いたりした。

スクランブル交差点の信号待ちでも、オスカルはチラシ配りやキャッチ・セールスの人間を面白そうに眺めた。
キャッチ・セールスは無視、それからチラシは受け取らないように電車の中でしっかりと話したけど・・・・結局チラシとティシュはもらってしまって・・・・というかわざわざ近くまで行ったので当然もらう羽目になった。そしてそれは大切にカバンの中にしまわれた。
交差点を渡って最初に東急の109、マルキューへ行って、それからセンター街へ向かった。

 「こんな遅い時間にここへ来たのは私が初めてかも知れないな。」
センター街を歩きながら言ったオスカルの言葉に、まだ5時になってないよと言おうとして・・・オスカルの少し自慢げな様子におれはただ黙って笑って頷いた。オスカルの学校では、センター街へ行くのが一種の冒険らしい。オスカルほどじゃなくても学校の子は大半がお嬢様だから・・・

クラスメイトの話による“センターのすごいもの”は大体想像がついたけれど、オスカルには言わなかった。口で説明したって分からない。オスカルの学校には絶対生存しない人種だからきっと・・・未知との遭遇だ。
案の定、センター街の通りを歩くとやたら目に付く女の子達を見て “説明してくれ” という風におれを見たけれど・・・おれだってそんなもの答えられない。 「人それぞれ趣味なんだから」 と言ったら一応納得はしたようだ。

何か特別欲しい物があるわけではなく・・・・とにかくオスカルが普段行くような店とは全然違うから、やたら立ち止まっては面白そうに見入っていた。
だけど一つだけ買ったものがある。携帯に貼る保護シールだ。オスカルは迷って・・・妖精?の付いてるやつにした。
そして、プリクラ。見て見たいと言ったので連れてきたが・・・多分これは本当はしたかったのだと思う。

出来上がったプリクラを見て騒いでいる3人組の女の子達を少しうらやましそうに見つめるオスカルに 「やってみる?」 と聞いてみたがオスカルは首を横に振った。理由はなんとなく分かる。プリクラは女の子のグループで来る所だ。その方が楽しい。大体ここも女の子専用でカップルじゃないと男は入れないぐらいだから。
だからプリクラはせず、オスカルの“それよりもっとやってみたい物”をする事になった。

それは違う階のUFOキャッチャー専用コーナーだ。
ここへ連れてきた時から嫌な予感はしていたのだ。
この店のUFOキャッチャーは女の子向けで尚且つ品揃えは豊富。そしてオスカルは意外とぬいぐるみが好きだ。 だが、オスカルの性格を考えると・・・ちょっとマズいがプリクラの事が頭にあって・・・ダメだとはとても言えなかった。

だからオスカルには 「たとえ取れなくとも!コイン10枚以上使わないのが正しい遊び方なんだぞ。」 と遊び方とコツを教えた時にしっかり話した。 でないと品物が取れるまで止めないだろうと思ったおれの判断はやっぱり間違ってなかった。
10枚目のコインを使ってしまって、オスカルはケースの中身を暫く睨みつけて・・・・それからおれを見た。
オ、オスカル!そんな目でおれを見ないでくれ。よく分からないけれど・・・おれはその目に弱いんだよ!

 「貸してくれ。」
オスカルはやっぱりおれに言った。オスカルがおれを何か言いたげにじっと見つめる。いや言いたいことは分かってるし、今聞いたけど・・・こりゃダメだ。やっぱおれの判断は・・・甘かった。
おれは財布から10枚取り出して・・・さっき両替機で多めに両替しておいた残りを渡すと、オスカルは嬉しそうに「メルシ、もうあと少しなのだ。」と言って機械にコインを入れた。

それにしても・・・やっぱおれが一緒でよかったよな。
実はオスカルは、現金を持ち歩かない。財布にはカードだけだ。オスカルにはカードが使えない所があるなんて想像もつかないのだ。
22枚目でようやくオスカルは品物をゲットした。15センチくらいの片目に黒い髪がかかった男?の人形。
 「これが2200円か。」 おれが呆れたように言うと、オスカルは 「でも!おまえに似ていてかわいいぞ。」 といって満足げに笑った。
せめてかっこいいとか言ってくれるなら嬉しいけど・・・かわいいなんて言われても嬉しくないぞ!
それから結局クレープを買った。おれは勿論買わなかったが、オスカルは選りによって一番甘そうなものを選んだ。

 「甘いな。」
 「だから言ったろう?やめとけって。」
おれは呆れた様子で言ったが、オスカルはクレープをほおばりながら 「でも歩きながら食べるのは悪くない。」 と、嬉しそうな顔をして答えた。
 「あと・・・どこか行きたいところはあるのか?」

 「特にない。後は食事して帰る。場所は決めてある。もう予約も入れた。」
 「どこ?」
 「家のそばの駅の・・・・」
 「壁がこげ茶の板張りの普通の家のように見える、庭がきれいな?」
 「ああ、そうだ。よく分かったな。」
オスカルは少し驚いたようにおれを見た。だからおれは、笑って答えた。
 「そりゃ、朝の散歩であそこ通ると気にしてるもん、おまえ。」
 「そうなのか?」
おれは頷いた。

それを見てオスカルはちょっとだけ苦笑すると「7時で予約を入れた。」と答えた。
 「今からだと・・・ちょうどいい時間だな。ところで、何の店?フランス料理とか・・・」
 「アルジェリア料理だ。」
 「アルジェリア・・・ってどんなの?」
おれはオスカルの顔を見た。
 「わたしも知らない。」
オスカルもおれを見て言った。

 「・・・・なんかすごいものが出てきそうだ。」
おれは考え込んだ。
 「かもな。今はクリスマス期間限定びっくりメニューがあってそれを薦められたぞ。要予約だったから・・・それを予約した。」
 「びっくりメニューか、なんか楽しみだよな。」
 「だろう?わたしもだ。」
オスカルは嬉しそうに笑って・・・何か思い出したようにおれを見た。

 「そういえば・・・言ってないよな?ノエルの!」
 「ノエルの?何を。」
 「ちゃんとあるからな、プレゼント。おまえの分も。」
オスカルは笑いながら言った。
 「えー!ほんとに?」
オスカルは頷いた。
 「今日買ったやつの中?」
 「違う。」
 「何かな?」
おれは聞いた。
 「内緒だ!」
オスカルはそういって、面白そうにくすくす笑った。

 「すごく気になるんだけど。」
 「26日の朝の楽しみだ。それまで待て。」
 「26日?」
 「我が家では1日遅れのノエルだ。わたしの誕生日を兼ねてな。」
オスカルは答えた。
 「そうか。それじゃ26日を楽しみにしてる!そうだ、おれもプレゼントあるんだぞ!」

毛並みのちょっと変わった熊のぬいぐるみ。
いつだったか忘れたけれど・・・出かけた時、店のウィンドウで足を止めて見てたんだ。オスカルの奴。

 「では26日には楽しみが一つ増えたという訳だな。でも、変なものだったら文句を言ってやるぞ!」
 「そ、それは・・・ちょっと困る・・・かも。」
オスカルは面白そうに笑った。
 「バカだなあ。そんなこと言うはずないだろう?だっておまえが選んでくれたのだから・・・・」
おれはほっとした。
 「それを聞いて安心した。」

おれはそう答えて、気づいた。
少しだけオスカルの表情が沈んだ。
頭をよぎる。
26日になればおれのガードも終わるのだ。
板倉さんには話をしたけれど今の所・・・返答はない。

 「口を開けろ。」

オスカルは突然おれにそう言って、食べかけのクレープをおれの口元へ差し出した。
おれはちょっと見つめていたが仕方なく一口それを食べた。
もうめちゃくちゃ甘い・・・・
おれはそれを急いで飲み込んだ。
 「だから言ったろう?やめとけって・・・・」
オスカルは包みから残りを出すとおれに微笑んだ。なんというか・・・こちらが溶けちゃうような・・・

 「口開けて。」

だからおれは言われた通りに口を開けて・・・残りは全部おれの口の中へ押し込まれた。
おれがもぐもぐと口を動かすのを見てオスカルは楽しそうに笑いながら眺めていた。
おれが飲み込むとオスカルは周囲を見回した。

 「来た時も思ったが・・・すごい人だな」
オスカルはあらためて驚いたように言った。
 「いつもこんな感じだよ。」
 「あの犬の銅像の回りが・・・特に人が多い気がするが・・・」
オスカルは指差した。

 「ハチ公前で待ち合わせ、だから多い。」
 「ハチ公?あれがそうなのか・・・」
いきなりオスカルは走り出した。
 「オスカル?おい!どこへ・・・」
オスカルは振り返って笑って答えた。
 「近くで見てみたい。行くぞアンドレ。」

おれは慌てて追いかける。
オスカルはあっという間にハチ公の側まで行ってしまった。皆すぐに避けてくれる。これだけの人ゴミの中なのに・・・誰もが皆、オスカルを見てるから。
でも、おれはそうはいかないので人をかき分けるようにして進む。

 「遅いぞ、アンドレ。」
 「そんな事いったって・・・」
オスカルは笑いながらポケットから携帯を取り出すとハチ公に向けた。
 「それ撮るの?マジ?」
 「何を撮ろうと私の勝手だ。」
 「そりゃまあそうだけど・・・・オスカル、写そうか?」
オスカルは少し考えて携帯をおれに渡した。
 「もう少し右、そこでいい。それじゃ撮るから。」

おれはちゃんと撮れたか確認してからオスカルに携帯を渡した。
オスカルはうれしそうにそれを見ていたが、顔を上げるとおれに言った。
 「一緒に撮ろう?」
 「おれも?」
 「ああ、早く。」
オスカルに引っ張られて銅像の前に立つと、オスカルは自分の携帯をカメラ部分をこちらに向けて写したが顔が全部入らなくて・・・

 「もっと近寄らないと入らないな。もっとこっちへ!顔を寄せろ。」
オスカルはそう言っておれの腕をつかんでおれを引っ張った。
 「よし、これで入るだろう。」
今度はおれが携帯を受け取って写した。
 「表情が硬い。」
オスカルは画像を見て言った。
 「もう1回撮るのか?」
 「勿論だ。ほら!」
もう一度ポーズとって、今度はオスカルが撮った。さっきよりはよかったけれどまだ気に入らないらしい。

 「アンドレ!もっと嬉しそうに笑え。」
 「カメラに向かって笑うのは苦手。」
 「わたしには笑ってくれるのにか?」オスカルは面白そうに言った。
 「それはまあ・・・」
 「それなら・・・アンドレ!」

オスカルはおれの名前を呼んでちょっと睨みつけるようにおれを見た。
まるでオスカルの絵のように。
そして・・・・ああ!やっぱりあの絵は笑う少し前の表情なのだ。

 「よし!今度はどうだろう?」
オスカルは画像を見て満足そうにそれを見つめた。
おれもそれをのぞき込んた。
笑ってた。 オスカルも笑ってた、勿論おれも。 おれ達まるで・・・
まるで、あの2枚の絵の次の光景のようだった。
おれは二人して笑っている画像を見ながら言った。

 「・・・これさ、いいよな。ホントにうまく撮れてる。オスカルおまえさ、カメラマンの才能があったりして・・・オスカル?」
オスカルは・・・俯いたまま、顔を上げない。
 「オスカル、どうかしたのか?気分でも・・・」
 「・・・・て。」
 「オスカル?」
 「ずっと・・・・」
 「ずっと?」
オスカルが顔を上げた。

 「・・・友達だよな?」
真剣な表情。
 「ずっと友達だよな?絶対に友達だよな。」
 「当たり前だろう?どんな事があってもずっと友達だ。絶対だ!」
おれも真剣に答えた。
オスカルはおれの言葉に嬉しそうに笑った。

だけど・・・ああ、まただ。
痛い。
胸が何か・・・
おれ・・何か変な事言ったのか?
ずっと友達だって言っただけだぞ!
なのにどうして・・・こんなに胸が痛いのだろう。

ソファで雑誌を読んでいたジャンヌは横に誰かいるのに気づいて顔を上げると、そこには昂が―何が言いたげにジャンヌを見つめて立っていた。
 「どうかしたの?昂。」
 「二人はまだ帰ってこないね?」
 「どうせゆっくり遊んでくるつもりよ。」
ジャンヌはそういって笑いかけたがすぐに止めて、まじまじと昂を見つめた。

 「・・・・いつ気づいたの?」
 「最初からだよ、ジャンヌ。」
ジャンヌは苦笑いした。
 「お見通しね。心配?」
 「まさか!何かが起こりそうなら君が二人で出しはしないだろう?それに銀龍は誰にも手出しさせないと言った。」
 「ま、そういうことね。」
 「座ってもいい?」
 「ええ、どうぞ。」

昂は彼女の向かい側のソファに腰を下ろした。
ジャンヌは雑誌を閉じて昂を見た。
昂は徐に口を開いた。

 「フランが疲れている。あまり食べないし。眠ってない。ひどく疲れている。それによくうなされているらしいね。それから!不思議なのだが・・・今の時期、昼夜関係ないのに龍が昼はほとんど出て来ない。不思議だよジャンヌ。何故だろう?」
 「さあね。まあ夜に集中しているなら・・・それでそれは助かるけれど。それより問題なのは・・・いつもなら龍だけなのが今回はね。」
ジャンヌは顔を曇らせた。

 「ジャンヌ、相手は・・・かなり危険なのか?板倉ははっきりとは言わなかったがそんな印象を受けた。」
 「そうね、同業者というのは嫌な相手よ。その上、実行者として動いた連中のうち3名が少々厄介なの。うち二人は魔法呪術系。つまり・・・クレマンと同じ。勿論クレマンには到底及ばないけれど。そしてもう一人。これが一番厄介でね、次の龍のガードの候補者だったのよ。剣を使うわ。“死の大天使”の通り名で有名よ。」
 「今の警備状態で大丈夫なのか?」
昂は心配そうに尋ねた。

 「優李には内緒だけれど、もうすでに板倉の所から3名来ているわ。龍の気配があるからよく分からないだろうけれど勝手に入り込まれないように彼らが万全の手は打った。3人ともすご腕よ、だから心配の必要はないわ。」
 「そうか。でも黙っていた方がいいな。フランは龍のガードが嫌いだから。」
 「ええ、優李には当分話さないつもり。それに、龍のガードとは種類が違うしね。」
 「種類が?どう違うのだ。」
昂の問いにジャンヌは少し考え込んで話し始めた。

 「龍のガードは・・・警察の特殊部隊のようなもの。人質救出の為のアタックかしら?そして今来ている3名は、軍の特殊部隊。それも掃討作戦で一面血の海になろうとも!莫大な被害を出そうとも!任務遂行よ。危ない奴らよ。」
 「彼等は目的の為に手段は選ばないという事か。確かに龍のガードは皆まともな奴だからね。性格はそこそこ。血筋もそこそこ。容姿も頭も悪くない。それから独身。一度聞いてみたかったけど・・・これってムシューの意向?」
昂はクスリと笑った。
 「でしょうね。龍のガードには必ずムシューの面接試験があるもの。でも選りにも選って馬鹿ばかり!どうしようもないわ。」
 「僕は彼らの気持ちが少しだけ分かるから・・・少しだけだよジャンヌ。そこまでひどく言う気はないよ。」
 「優李に責任はない。」
 「そんなことぐらい分かっているよ、ジャンヌ。悪いのは全部龍さ。」

 「今の状態が優李によくないのは分かっているけれど・・・どうしようもないのよ。」
ジャンヌはため息混じり言った。
 「今日のこれがいい息抜きになってくれるといいが・・・・」
昂はそういってから壁に掛かった時計をちらりと見た。

 「まだ6時よ。」
ジャンヌが昂を見てニヤリと笑った。
昂は不機嫌に言った。
 「心配はしてないよ。まったく!ノエルのプレゼントなんか分かってもいいのに・・・・」
 「他にも色々したかったようね。昂が一緒だとさせてもらえないからかしら?」
ジャンヌは面白そうに昂を見た。 クスリと笑って昂は尋ねた。

 「フランの思い通りにさせたら恐ろしくて見てられない。勇はフランが何をやっても止めないからね。甘やかせるだけ甘やかして・・・板倉は心配ないと言ったが・・・・ああ、あなたもだったね、ジャンヌ。」
 「板倉が?へえ・・・・そうなの。」
驚いたようにジャンヌは言った。
 「ああ、警備の連中もそうだね。あの高橋ですら・・・・」
 「板倉は初めてまともなガードを連れてきたわ。最高でしょう?そう思わない、昂。」
その言葉に、昂は顔を顰めた。

 「どうかしたの。」
 「本当にいいガードなのか?」
 「勇以上のガードが今までいたかしら。優李を見てて分かるでしょう?ねえ昂?どう思うあの二人?ひょっとして優李は・・・」
 「ぼくは少しもそんな風に思わない!」
昂は思わず声を荒げて・・・それから決まり悪そうに押し黙った。
それを見てジャンヌはくすくす笑った。
 「やっと本音がでたわね!回りくどい聞き方などせずはっきりと聞くものよ。昂、さあ白状なさい!あたしに本当は何の用かしら?」
そう言った彼女を睨みつけて昂は言った。

 「一体どうなっている?警備が警備の役割を果たしていないじゃないか!監視は・・・あれじゃなんの役にも立たない!」
 「大丈夫、何もありゃしないわ。まあこれじゃあ、マリアが悲しむのも無理ないわね。」
 「あの人はいい!何も考えてないよ!それから姉さんと父もだ!何だ一体!僕は・・・信じられない!」
 「この3ヶ月半を知る人間にとってはそんなものよ。それにしても、この先優李に色々教えるのは至難の技よ。本当に!お子ちゃまだから・・・」
 「では勇は?彼はどうなのだ?彼もそうか?フランと同じ?冗談じゃない!」
昂は不快さを隠そうともせず言い放った。
しかしジャンヌは動じもせず笑って答えた。

 「心配ないわ。勇はよーく分かってるもの。それに!勇はガードよ、筋金入りのね。これは高橋も同じ意見よ。先ほどのあなたの話だと・・・板倉さえもね。心配しなくてもいい。残りの契約期間、勇はちゃんとガードの責務を果たすわよ。」
 「根拠は?」
 「この3ヶ月半何もないからでは駄目かしら?」
 「今までだって4ヶ月間何も起こらなかった事ぐらい何度もある。」
 「そのかわり一触即発状態、最初からね。分かっているでしょう?今回はそうじゃない、初めから今と同じ。そう、初めて会った時からね。」
 「だから大丈夫だと?」
 「昂、あたし達はプロなのよ。あたし達が判断を誤れば最悪の場合、護る相手の死に繋がるのよ。だからこれはプロの判断よ。勇は臨時かもしれないけれど、プロのガードと同じ。」
 「では、今まで来た龍のガードは?あれは何だと?」

 「勿論彼らもプロよ、でも最後にはいつもそれを忘れてしまって感情の赴くままよ。つまり、優李との信頼関係がなかったから・・・」
ジャンヌの言葉を遮って彼は追及した
 「では勇とは信頼関係があるから?何をやっても安心だと?心配ないとでも?」
 「ええ。もし何かあったら・・・その時はあたしの首を差し出すわよ。そうね・・・足りなければ高橋のも付けるわ。それに!昼はともかく夜はちゃんとモニタのチェックも入っている。どうかしら昂、それでも不足?」

ジャンヌの言葉に昂は不機嫌そうに押し黙った。
ジャンヌはそれを見て、微笑んだ。
「大丈夫よ。心配の必要は何も無いわ。呆れるくらい何もね。まったく!呆れ返るわよ。」

 「・・・・まるで一緒だよ。」
 「一緒?」
 「アーロンがいた時とまるで同じだ。警備のガードの様子も、家の中の空気も。」
 「そうなの。あたしは伝説のゴーストバスターにお目にかかった事はないから分からないけれど。」
 「あなたはまだいなかったね。そうだよジャンヌ、本当に似ている。昔と同じだよ。」
 「でも、それなら悪くはないわね。すごいじゃないの!」
 「さあ、どうかな?」
昂はくすりと笑った。

 「それからもう一つ。龍の対応だ。龍はガードによって対応をおそろしく変えるが・・・まるで同じだよ。」
 「伝説のゴーストバスターと同じ対応?それはそれは!勇の腕はそこまでよくないわよ。」
 「腕は、僕よりずっと劣るだろう。似ているのは力の強さではなく考え方だ、ジャンヌ。僕には到底理解できない考え。」

ジャンヌは目を伏せて、それから昂を見て優しく笑いかけた。
 「人それぞれ考えは違う。でもそれを理解しようと考えて見るのも大切よ。」
 「人それぞれね。確かにそうだ。人それぞれ考え方は違う、こればかりはどうしようもない。」
昂はそういうと立ち上がった。
 「ジャンヌ、読書の邪魔をして悪かったね。」
 「暇潰しよ。気にしなくていいわ。」
ジャンヌは答えた。

昂は立ち上がりドアまで歩いた。それからレバーハンドルを下げようとした時、ジャンヌは彼の名前を呼んだ。
昂は振り返るとジャンヌを見た。
ジャンヌは言った。

 「どうして危険な目にあわせられるか分かる?それがどれだけの覚悟と勇気がいるのかも?」
昂はジャンヌを見つめた。
 「さっぱり分からないね。それに!勇気じゃない、ただの無謀だ。」
 「優李を信頼してるから出来るのよ。」
ジャンヌは昂を見つめた。
 「・・・・単に力がないから頼らねればならないだけだ。」
 「昂、優李は強い子よ。ちゃんと認めてあげなさい。自信を持たせてあげなさい。」
 「自信を持たせて危ない目にあわせるのか!普通の危険じゃない、命に関わるのにか!」
 「これが分からなければ・・・優李は一生妹のままよ。」

諭すようにジャンヌは言った。
ジャンヌの言葉に昂は微笑んだ。

 「別に構わないよ、それでもね。それでフランが傷つかないなら僕はそれでいい。ジャンヌ、僕はアーロンの時のようにフランから恨まれたってかまやしない。僕はそれが護る事だと思っている。」
 「昂、正規のガードが来るまであと1ヶ月間だけなのよ?」
ジャンヌの言葉に昂は何も言わなかった。
 「ジャンヌ、忠告ありがとう。」それだけ言うと、昂は部屋を出て行った。

ジャンヌは少しの間、昂が出て行ったドアを見つめた。
それから、煙草を取り出すとくわえてそれに火をつけた。
彼女は吸い込んだ煙を吐き出すと、手に持った煙草の煙を黙って見つめた。