「何故ダメなのだ!真偽がはっきりしないのだろう?それなら!!」
優李は言葉を荒げた。
 「相手の力も何もかもすべて分かったのだよ、優李。表向きは普通の警備会社。でも本当は、対妖魔専門の警備が主要業務だよ。つまり、ぼくやジャンヌの所と同じさ。同業者だよ。」
 「違うのは金さえ出せば警備以外もすることね。」
板倉に続いてジャンヌは答えた。
 「そこまで分かっているのなら簡単だろう!」

 「この会社は今、お家騒動の真っ最中でね。そんな状態で銀龍がらみだと確認せずに依頼を受けてしまってね。」
 「銀龍がらみか、それはそれは!有名になったものだな。」
 「この世界で銀龍を知らない者はいないさ。逆にそれが抑止力になっているから、よほどの事がない限り同業者は手は出さないしね。」
 「でも、皆無ではない。わたしを殺すのを引き受けたという訳だな。」
優李は冷ややかに言った。

 「向こうもそれが分かった時点で契約破棄しようとしたんだが、一度引き受けた依頼を簡単に破棄するようでは信用に関わるからね。それでさんざ揉めて・・・ただでさえがたがたしている所だったからね、強硬派が実行者11名を動かしてしまった。それも闇の中へね。つまり・・・依頼が片付くまで上との接触は一切せずに動いている。」
 「そこの組織もやっきになって止めさせようとしてるけれど、今の所打つ手がない。」
ジャンヌが続けた。

 「だが相手の人数も顔もすべて分かっている。それなら!」
 「相手は普通じゃないのよ。龍のガードと同じ魔に対応の出来る人間、つまり防ぐだけでなく攻撃として使える。それがどういう事か分かるでしょ?通常の攻撃だけでなく、魔術とか人でないものを相手にしなければならない。」
ジャンヌの言葉に優李は黙った。

 「今、それに対応出来る人間を選んでいる最中だ。」
 「・・・・龍のガードみたいな奴らで家が溢れかえるのか?反吐が出るな。」
 「フラン、よさないか。」
昂の言葉に優李は視線を逸らして横を向いた。板倉が優李に優しく声をかけた。

 「優李、もう少し待ってくれないか?人選が終わったら状況見て考えるから・・・」
 「・・・いつまでかかる?」
 「年内いっぱいだ。」
その言葉に優李はきっ!と板倉を睨みつけた。
 「ふざけるな!!もう何日外出していないと思っている!チビを散歩にも連れて行っていないのだぞ!」
 「学校へは行っているだろう?」
 「学校は銀龍との約束の場所だ。誰も手を出せない。つまりわたしは、一番殺したがっている相手に護られているという訳だ。笑えるな、板倉?」
 「フラン。」
昂は優李の両肩にそっと手を置いた。
優李は顔をそむけた。

 「優李、山のようにガードを付ければ出歩く事は出来るだろう。だが、関係の無い人間にも危害が及ぶかもしれないのだぞ。それでもいいのか?」
優李は押し黙った。
 「フラン、外商を呼ぼう。希望の品を言ってくれ。実物を持ってこさせるから。」
 「もういい!」
 「優李・・・」
 「・・・もう・・・いい。」

部屋の外で何か言い争う声がした。オスカルと・・・昂さんだ。
勢いよくドアが開いて入ってきたのはオスカルだけで昂さんは入ってこなかった。というより入れてもらえなかったのだ、ドアは昂さんの目の前で思い切り閉められたから。
オスカルはソファに倒れこむように寝そべると悪態をついた。
目が合った。
オスカルは悲しげに笑うと言った。

 「ダメだった。」
 「オスカル・・・」
 「どうせ駄目だと分かっていた。年内?違うな。20歳になるまでわたしに自由はない。あと3年、3年だ。3年もあるのだ!!!3年たったら・・・20歳になったら!龍もジャルジェ家も全部たたき出してやる。わたしの周りから全部だ!必ずだ!くそっ!」
オスカルは両腕を顔に被せた。
 「・・・・年内は学校しか行けない。いや、年が明けてからもか。学校だけ・・・他は無し。」

おれは少し考え込んでオスカルに聞いた。
 「アーロンという人はどうやって頼んだんだ?その・・・学校には絶対手を出さないというのを。」
オスカルはすぐには答えなかった。
暫くの沈黙があって、オスカルは口を開いた。

 「・・・・“19歳までお前の為すべき事はなんだ?見極める事だろう!子供が成長の為一番大切な場所にまで影を落とし、追い詰める事が約束を護る事になるのか?約束の為された真の理由はなんだ?ジャルジェ家の守護者はそれすら解らぬ程の愚か者か!”と・・・銀龍は“そこまで言い放つならば相応の覚悟見せてもらおうぞ”と言って・・・凄い戦いだった、今なんか比ではない。わたしは・・・わたしはいつかきっとアーロンみたいになろうとその時思った。いつかアローンのように強くなると。」
 「・・・そうか。すごいなその人!」
 「ああ、最高だ!アーロンに比べたら他の奴らはクズだ!」
オスカルは力を込めて言った。
 「・・・・今回も聞いてくれるかな?銀龍。」
 「何を?」
オスカルはそのままの姿勢でおれに尋ねた。
 「買い物の間だけ護ってもらえないかなって・・・」

オスカルは顔を隠していた腕をどかして、呆れたようにおれを見た。
 「おまえ・・・何を馬鹿なことを言っているのだ!今は誕生日が目前なんだぞ。話など聞くわけがない。第一!」
 「そりゃアーロンて人には全然叶わないかもしれないけどさ、おれたち2人じゃないか。それに!誕生日前の1ヶ月間は・・・つまり進級の為の学年末テストみたいなものじゃないのか?1年の確認の総仕上げみたいな?だからさ、試験休みを少しだけ欲しいって言ったら・・・何とかなる気がするけどな?」
オスカルはおれの顔を見つめたまま考え込んだ。
 「試験休み・・・か。休みはもらえるかもしれない。だが護ってなど都合のよいことが叶うはずが無いだろう!」
 「だけど銀龍は一応守護者なんだろう?それにおれ、色々考えたんだけれど・・・ほら!力があれば願いが叶うとかいうやつもあるだろう。それを使って・・・」

 「あれは彼らの心を動かすものでなければ!その願いは叶えらない。それに!一生に1回あるかないかの本当に大切な場合にのみなのだぞ。わたしには使う予定があるから絶対にだめだ。」
オスカルの言葉に少し驚いておれは尋ねた。

 「何に使うんだ?」
 「20歳の誕生日の秘密兵器。」
 「・・・・って何?」
 「秘密兵器だ、話せるか!」オスカルは不機嫌に答えた。

 「そうか。色々考えてるんだな、おまえ。」
 「当然だ!あと3年、利用できるものは何でも利用して最後の戦いに備える。戦い方だって色々考えているのだぞ。」
 「オスカルおまえって本当にすごいよな。偉いよなあ。」
 「べ、別にこのくらい・・・当然だ!」

 「あっ!そうしたらさ、尚更頼んでみないか?さっきの事。どんな反応するか分かるだろう?」
 「かなり激しい戦いになるぞ。」
 「そうだな、それは困るな・・・」
おれは考え込んだ。

 「だが対応を見られるのは大きい。駄目でも得られる事は色々ある。よし!アンドレやるぞ!」
オスカルは勢いよく立ち上がった。
 「やっぱ止めた方がいいかも・・・」
 「アンドレ!言い出したのはおまえだぞ!」
 「まあ確かにそうだけれど・・・」
 「では、おまえは見ていろ。」
 「おまえがやるならおれもやる!絶対やる!全力で頑張る!」
おれの言葉にオスカルは頷いた。
 「よし、それでは作戦だ。」

銀龍はいつも必ず少し離れた所で見ている。だからいつも気配だけはある。
その気配から銀龍のいる場所を見つけ出せさえすれば・・・あとは呼び出すのは簡単だ。
これは得意だ。これも母のおかげだ。あの人は全然見えないくせに器用に妖しげなものが付いているのを選んで持って来るので・・・死んだ父とおれはその度、苦労させられたから。
だからおれは銀龍 ―正確にいうと分身、影のようなもの― をすぐに見つけ出して、話があるので聞いて欲しいと言った。
あとはオスカルが「私がやる」と言い切ったので、そこからの話はオスカルがすることになっていた。

 「ノエルのプレゼントを買いに行きたい。その間だけ、1時間だけでいいから邪魔しないで欲しい。」
そこまでいうとオスカルはおれを見た。
おれは黙って頷いた。これでOKなら次の件だが・・・その前にやはり戦うのだろうか?
オスカルの言葉に銀龍の影は答えた。

 『約束しよう。明日1日、何者にも手出しはさせぬ。』

拍子抜けする位あっけなく龍は言った。そしてそれだけ言うとすぐに姿を消した。
おれ達はあっけに取られて顔を見合わせた。

 「えーと、つまり・・・おれ達の話を聞いてたんだ。そうか、いつも気配があるから総てお見通しか!でも恐ろしくすんなりだったけど、なんでだろう?」
 「そんなのどうでもいい!約束と言ったぞ!約束と!明日1日、何者にも手出しはさせぬ。と!」
オスカルは興奮した様子で叫んだ。
 「ああ、言った。やっぱりやってみるもんだな。これで明日買い物に出られるし、よかったなオスカル。オスカル?」
何か様子が・・・変だ。俯いて・・・震えてる?

 「オスカル?大丈夫か?どこか・・・痛いとか?」
 「一人だぞ!一人だ!分かるか?アンドレ!一人だぞ!!!」
 「オスカル?」
 「誰もついてこなくてもいいのだぞ!ガードもいらない!一人で好きな所へいけるのだぞ!!!」

この件はオスカルの口からすぐにみんなに伝えられた。
信じさせる為に少々時間がかかったけれど、最後にはオスカルの様子を見て納得した。
久しぶりに元気のいいオスカル。だけど今日はそれ以上だ。なんか自信に溢れてて、サファイアの瞳が明るくきらきらして・・・やっぱりオスカルはこうじゃなきゃいけない。これが本当のオスカルなのだ!

オスカルは学校が終わったらそのまま一人で出かける!と宣言した。それはもう嬉しそうに。
板倉さんはいつものようにガードをつけると言ったがオスカルは断った。
銀龍の機嫌を損ねる気なのか?と言って。
板倉さんは渋々承知せざるをえなかった。

昂さんが一緒についていくと言ったがそれも断った。
本当に一人で出掛けるつもりらしい。
今まで一度も一人で出歩いた事がないからきっとやって見たかったのだろう。

 「それでフラン、一体何処へ行くつもりだ?」
昂さんの問いに、オスカルはニヤリと笑った。
 「行き先ぐらいは教えるものだ。」
 「こっそり尾行などされたら困るからな。特に昂は前科持ちだ。」
昂さんは不機嫌そうな顔をして押し黙った。
オスカルはそれを見てくすくすと笑った。
 「悪い。でも昂、ノエルのプレゼントを探しにいくのだぞ。渡す相手を連れて行ったら話にならないだろう?」
それから昂におやすみのキスをすると、おれに「行くぞ、アンドレ」と声を掛けた。

 「朝起きたら・・・まずチビの散歩だ。それから学校へは駅まで歩いて電車で行く。下校時刻が12時40分だな。では、12時50分に駅の・・・・この前入った店にしよう、2階で待っていてくれ。遅れるなよ、アンドレ。」
おれは驚いてオスカルを見つめた。
 「おれも・・・行くのか?」
オスカルは不思議そうな顔をしておれを見た。

 「どうかしたのか?・・・・何か用でもあるのか?それなら朝の散歩と学校までで・・・」
 「いや!まったく。全然ない!ちょっと確認しただけ。」
少し心配そうな顔をしたオスカルにおれは慌てて言った。
それを聞いてオスカルは嬉しそうな顔をした。

 「食事したら、すぐに買い物をして・・・・それから渋谷だ。」
 「渋谷?」
 「クラスで行った事がないのはわたしだけだ。皆一度は行った事があるのだぞ。」
オスカルは少し不機嫌に答えた。

 「どこか・・・渋谷の行きたい場所とかあるのか?」
 「きゃっちにせんたあとまるきゅうでくれーぷだ。」
きゃっちにせんたあとまるきゅうでくれーぷ?おれは考え込んだ。
 「“せんたあ”には見た事もないすごいものがたくさんいると聞いたぞ。“きゃっち”というものは少し怖いと言ってたが・・・」
なんだ!そういうことか。
オスカルは・・・行った事がない。話を聞いてるだけだ。

 「大丈夫、無視すれば平気。マルキュー行ってからセンター行こう。でも!クレープは止めておいた方がいいな。」
 「何故だ?」オスカルは怪訝そうに聞いた。
 「めちゃくちゃ甘いんだ。おまえ絶対!全部食べられない。」