オスカルは持っていた剣をベットに叩き付けるように投げ捨てるとおれを睨みつけた。
 「何故、おまえの方ばかりへ行くのだ!」
 「そうか?でも、もしそうなら・・・その方が助かるけどな。」
 「何が助かるのだ!」
オスカルは問い詰めるような強い口調で言い返した。
 「・・・・・その間に攻撃できるじゃないか。・・・・オスカル、何怒ってるんだ?」
 「当たり前だろう!私の方へ来ないのだぞ!」
 「来ないって・・・・」
オスカルは冷たい声で言った。
 「馬鹿にしている。わたしよりおまえの方が力があるというのか?わたしではおまえが護れないというのか!」
 「護れないって、オスカルあのさ・・・・・」

おれは言いかけて・・・止めた。
オスカルにとってはそういう感覚なんだ。
半分当たってるし仕方ない。

 「・・・・たまたまじゃないのか?」
おれがそう言うと、オスカルは爪を噛みながらパソコンの方へ行くと椅子に座った。
おれはそれを見て聞こえないように小さく溜息をついた。

オスカルの機嫌が悪い。
原因は有りすぎておれの方がムカつくぐらいだ。
おれは9日前の出来事を思い出す・・・

最初、何が起こったのか分からなかった。
乗っていた車がすさまじい勢いで急ブレーキでターンして―その理由が反対車線から大きな貨物用のコンテナを載せたトレーラーが突っ込んできたからだと分かったのは―ぶつかるギリギリでそれとすれ違ったからで―そこから先は何が起こったのかはっきりした事は今でも分からない。

ジャンヌがいきなり倒れこむようにオスカルを押し倒しながら銃を取り出して 「伏せて!」 と叫ぶ。
オスカルはおれの手を無理やり引っ張り、引きずるようにしておれを倒れこませた。
 「ビシ!ビシ!ビシ!ビシ!ビシ!」 という音が何回もして窓ガラスは白くなって外は見えなくなり、車が何かにぶつかる衝撃。 それからパトカーのサイレン音。外で何かが衝突する音。
車はめちゃくちゃなスピードで走り続け・・・とにかく何処をどう走ったのかは分からないが、車が止まって・・・ジャンヌに外へ出てもいいと言われて、ドアを開けると・・・そこには坂本さんが立っていて 「終わったぞ。」 笑ったのだった。

でも、これで終わりにはならなかった。
今回財産目当てにオスカルの命を狙っていた奴は、自殺したそうだ。
詳しくは教えてもらえなかったけれど自分に掛けた生命保険金の受取人にした人物は家族とかではなく・・・ジャンヌは苦々しげに  「うちや板倉と同業者なのよ。」 と囁いて 「まだ優李には・・・」 と言って人差し指を唇に当てた。
覆面パトカーと私服の刑事はいなくなったが、相変わらず先輩の所から警備の応援が多数だ。

そして、いつもの警備のガードとどこか違う人が数名。その人達はオスカルに出来るだけ会わないように注意してる。
 「うちの主力の連中だ。龍のガードと同類だ。危ない奴らだから近寄るんじゃないぞ。」
坂本さんはおれに言った。
龍の気配でひどく分かりにくくなっているけれど、何か目に見えない糸のようなものが張り巡らされている。トラップのようなもの・・・多分この人達がしているのだろう。

オスカルが外出するのは学校へだけ。チビの散歩も出来ない。
そして銀龍。
12月に入って龍の攻撃は今までよりずっと激しくなった。

ジャンヌによると昨年の誕生日前より攻撃は酷いらしい。
きっと今年より来年。来年より再来年。そして最後は・・・・
オスカルに気づかれないように、おれはそっと溜息をついた。
こんな事を考えれば悪夢も当たり前だ。

そう、悪夢だ。
もう2週間近くになる、ほとんど毎日魘されている。
どんな夢かは誰にも教えてくれない。
口に出せないくらい恐ろしい夢なのだろうか?

オスカルは怒ったが、マリアさんに話をした。
マリアさんも最近ほとんど食べないからかなり心配して・・・オスカルの部屋へ自分のベッドを入れると言い出した。
今までこんな事は今まで一度だって無かったそうだ。
マリアさんは強硬にがんばったのだが結局駄目だった。
おれも“銀龍は一人でも大丈夫だから”と言ったのだが・・・それでもオスカルは断固拒否した。
とうとういつもの“大丈夫だ”で押し切ってしまった。

オスカルは、無口になった。
元々あまり笑わなかったのが、もっと笑わなくなった。
そして・・・夜以外は昂さんが片時もオスカルの側を離れなくなった。

おれは、少し離れた所にいる。
板倉さんから言われたのだ。
“出来るだけ家族と一緒の方がいい、ぼくたちが側にいるよりはね。分かるだろう?勇。”

いつも無力だ

頭を振る。
・・・畜生!あと3年、オスカルはこんな事を続けるのに!
3年もだ!こんなの・・・長過ぎる。
ムカつく!スゲームカつく!!イライラして腹立たしくて・・・ゾッとするほど重苦しくてひどい気分だ。

オスカルが立ち上がってベッドへ向かった。

 「TV?それともビデオにする?ゲームでもいいけれど?」
おれは楽しそうな顔を作ってオスカルに笑いかける。
オスカルは少しだけ嬉しそうな顔をして「TV」と、答える。
オスカルはベッドから布団と毛布だけを持って来ると、お気に入りの一番大きなソファの半分に座り布団と毛布に包まる。
おれは枕と毛布と布団を2枚持って来て、隣に座ると枕で一番寝やすい体勢を作り出して毛布と布団に包まる。
オスカルがTVを付ける。
だけど見たい訳じゃないオスカルは。そしておれも。

最初オスカルは「付き合う必要はない!」と言ったが、おれはそれを無視した。
ネットサーフィンやTVやビデオやゲーム・・・オスカルは時間を潰す。
眠らないように。
だけど、ずっと起きていられるはずもない。
うたた寝する。

それでも夢を見る。魘されたらおれが起こす。
誰かすぐに側にいるから起こしてもらえるという安心感があるのだろう。
ここ4・5日は、前よりひどくは魘されなくなったけれど。
本当はおれなんかよりマリアさんがそばにいた方がずっと休めると思うのだが、「あと誕生日まで10日も無いのだぞ!龍と戦えるのも僅かしかないのだ!」と言って聞きいれてくれない。
そうだ、あと10日だ。
もう少しでオスカルの誕生日だ。

おれのガードの仕事ももうすぐ終わる。
そうしたら・・・もうオスカルとは今までみたいに会えなくなる。
電話したり、メールしたり、たまに会ったりは出来るだろうけれど、今までみたいに一緒にはいられない。
なんだか寂しいような気持ち、本当にあっという間だった・・・

いや、そうじゃない。
本当はずっとこうして来たような気がして・・・たった4ヶ月だったなんて信じられない気持ちの方が強い。
26日の朝が来て、それから・・・・4ヶ月間の事などあっという間に過去の出来事になって、元の生活に戻ってしまうのだろう。
だけど!今は・・・・そんな事考えたくない。
それどころか、本当は25日が来て欲しくない。

おれはオスカルちらりと隣にいるオスカルを見た。
次のガードはいい奴だろうか?あんまり酷いのだったら?
おれは板倉さんに話をした。このままガード続けられます。と・・・

このくらいの攻撃なら全然大丈夫だ。もっと酷くなったって出来る!してやりたいんだ、ガード。
オスカルはどんなことがあっても止めるなんて出来ないから。
だから・・・・少しでもおれの出来る事、どんな事でもいい。助けてやりたい。

だって!オスカルはおれの友達なんだ。
そりゃ最後のガードは出来ないさ。
オスカルの最後のガードは、オスカルの一番大切に思ってる家族か・・・愛している男だ。

どんなに・・・・しても?

なんで・・・
畜生、まただ!
何故・・・声?頭に中に聞こえるんだ?
意味ありげな、断片的な、訳の分からない声、他人とかそういうのじゃない。
おれの声、おれが思っていること?違う!そうじゃない。
おれ・・・絶対に変だ。
何かぎゅっと掴まれてるみたいな?ゾッとする?苦しくなるような感覚。畜生、よく・・・分からない、自分でも。
一体いつから?12月に・・・入ってから?違う!もう少し・・・後?
最近の重い雰囲気がいけないのだろうか?やはり龍の所為?それとも何か別の・・・・

 「すう・・・・」

その音で肩の重みにやっとおれは気がついた。
オスカルの規則正しい寝息。
時計を見る。3時20分、よく眠れても2時間ぐらい。
今日は夢を見ないといいのだけれど・・・
おれはオスカルの寝顔を見ながら考える。

真っ青なちょっときつい瞳は今は閉じられていて・・・・なんだか小さな子供みたいだ。
無防備。頭の中に浮かんだ。
長い睫はやっぱり黄金色だけど、髪と違って少しだけ夜の色をしている。
白い肌、何でこんなに白いのだろう?
唇が・・・赤い。なんでこんなに・・・・

おれは慌てて視線を逸らす。
まったく!これを板倉さんや昂さんが見たらどんな顔するだろう?

板倉さんは・・・・考えただけでも恐ろしい。
そうなったら、おれはあの人の敵だ。おれは一生怯えて暮らす事になるな。
昂さんも同じだ。
あの人は・・・おれの事は好きじゃない。
理由は分かる、やはり零の兄貴だけはある。
オスカルに関しては零と同じで、それにあの人は・・・

誰にもわたしはしない!

そうだ、そんな感じだ。
あの人はオスカルを妹だなんて思ってない。
オスカルは・・・分かっているのだろうか?
おれはおれの肩に寄り掛かって眠るオスカルをちらりと見て、すぐに視線を逸らす。

こんなの見られたら、ジャンヌと組み手をする時に彼の見せる凄まじいハイキックがおれの脳天直撃だ。
くらったら・・・・死ぬな、多分。そうだ!よーく頭に入れておかなくてはいけない!よーくだ!
それから暫くTVを見ていたが・・・・あまり集中できない。

オスカルが動いた。
肩の上にあった頭はすこんと落ちておれの膝にのっかった。こういう時、布団2枚が少しは役に立つはずだ、暑苦しいのが難点だけど・・・
おれは小さくため息をつく。
明日は・・・やはりもう1枚増やそう、詰め所で布団を借りて。その方がいいよな、うん。

“時々誰か部屋へ行かせるから・・・死ぬ気で死なないようにがんばれよ。”

高橋さん・・・おれの両肩に手を置いて言ったっけ。
よくよく考えると、死なないようにってすごい言い方だよな。でも当たっているのか?
おれは考えて・・・慌てて頭を振った。

それにしても!おれって本当に我慢強くて辛抱強いよな!本当におれって偉いよな!
これも、おれの母親のおかげかもしれない。 母さん、ありがとう。いつもその性格に泣かされてきたけれど、あなたという超ワガママで極悪な存在がなければ・・・今のおれは、きっとないと思うよ。

膝の上にある頭が動いて顔がおれの方を向く。
安心しきった顔。

なんかすごく・・・ええい!なんか嬉しくないんだよ!・・・いや嬉しい!だって辛そうじゃない。
だけど!だけどやっぱり何か・・・すごくムカつく。

その時、扉がそっと開いて、石塚さんが部屋へ入って来た。
おれはほっとして石塚さんに笑いかけた。
石塚さんの手に持っていたペットのコーラをおれに差し出した。
おれは軽く頭を下げてそれを受け取るとコーラの蓋を音がしないように注意して開けるとそれを飲んだ。
コーラはよく冷えていて、頭の中までスッとする気がした。