「オスカル!オスカル!オスカル!」

 「・・・・・・聞こえている。」
ベッドからオスカルの声がした、かすれたような声。
 「ごめん。酷くうなされていたから・・・・・」

突然、部屋が明るくなった。オスカルが点けたのだろう。
オスカルはベットの中で上半身を起こしておれを見ていた。
顔色は真っ青で、おれのいる所からでも様子がおかしいのが分かった。

 「オスカル・・・・おれ、マリアさんを呼んでくる。」
 「よせ!」
オスカルは叫んだ。

いつもならこのあと “大丈夫だ” の言葉。
でも、それは無かった。

 「夢を・・・見ただけだ。」
声が小さくなる。
 「オスカル・・・」
 「呼ばなくて・・・いいから・・・側へ来て・・・」

消えそうな小さな声。
おれは急いでオスカルの側まで行って、オスカルのベットの端に腰掛けた。

血の気がまったく無い真っ青な顔がおれを見る。
悲しいのか辛いのか分からない・・・表情がない。
そして・・・震えている!
 「やっぱりマリアさんを呼んで・・・」
おれが言いかけたのを遮るように、不意にオスカルの右手がおれの頬に触れた。
おれは思わずゾッとした。

手は冷たくて、まるで凍りつきそうで・・・・
それはおれにオスカルの見た悪夢を共有したような気持ちにさせた。
その悪夢がどんなものなのかも分からないのに、いや、分からない分恐ろしかった。
オスカルの指がおれの左目をなぞった。
震える指が・・・確かめるかのように。

言わなければいけない。すぐにだ!
ふいに頭の中で声がした。

いつでもくれてやる

何を・・・くれてやる?
おれは何を言わなきゃいけないんだ?

オスカルの唇から溜息が洩れた。
無表情だった顔が安どの表情に変わる。
だけどそれは一瞬で・・・

胸が・・・痛い。
痛くて苦しい、我慢できない。耐えられない。
そんな辛そうな顔をしないで!
見たくないんだ!

何度も何度も泣くのを見たのに・・・

何度も?
違う!おれは見てない!
オスカルが泣くのは・・・・泣き出しそうになるのはあったけど・・・泣くのは・・・

オスカルの瞳が揺れる。
泣くのは見たくない!
だっておれは・・・

・・・いつも無力だ。

そうだ、いつだって無力だ。
おれに出来るのは慰めるだけ、聞いてやるだけ・・・
一番辛い事から護ってあげられない!

 「アンドレ・・・」

震える声がおれの名を呼んだ。
オスカルの瞳から涙が溢れてこぼれ落ちた。

泣くのは嫌だ!
嫌だ。
おれはオスカルが泣くのを見たくない。
見たくないんだ!
見たくない・・・
嫌だ・・・

オスカルの身体の震えが伝わる。
それを何とかして止めようとするかのように・・・おれの背中に回されたオスカルの腕に、指に、力が入る。
 「夢。・・・酷い・・・夢だった。」
オスカルの声が響く。
 「大丈夫だよ。夢だよ!夢だから。全部夢だから!大丈夫だよ。」

他に言葉が見つからない。
何度も、何度も、繰り返しオスカルに言った。
これ以上震えないようにオスカルを強く抱きしめて・・・・

どの位時間が経ったのか分からなかった。
オスカルの腕の力が緩んで、それから身体の震えが収まったのが分かってはじめて・・・腕の中以外はとても寒くて冷たいのに気づいた。
おれはオスカルに尋ねた。

 「何か・・・暖かいものでも淹れようか?」
 「・・・ショコラ・・・・」
 「分かった、すぐ作るから。」
手を離してくれたので、おれはようやくオスカルの顔を見る事ができた。
まだ・・・蒼白。

胸が痛い。
痛くて・・・どうしてこんなに痛いのだろう?
だけど、おれはオスカルに笑いかけた。

 「・・・・おまえは笑ってるのが一番だ。」
 「オスカル?」
 「・・・おまえが笑ってると・・・安心する・・・とても・・・・・」

おれは笑った。
自分のできる一番のそれで。
胸は相変わらず痛んだがそんなのどうでも良かった。
オスカルが少しだけ微笑んだ。
それを見て・・・おれは胸の痛みも少しだけ軽くなった。

 「アンドレ、ショコラ・・・」
 「ああ、今すぐ入れて来る。」

 「アンドレ!」

おれが立ち上がろうとした時、オスカルがおれの手を掴んだ。
おれはオスカルを見た。
 「・・・・わたしも手伝う。」
オスカルはおれを見て言った。
 「ああ。ショコラ、一緒に飲もう。」

おれはオスカルに笑いかけた。
オスカルも少しだけ笑った。