「医者を呼んだほうがいいな。これでは手に負えない。 」
高橋さんはおれの傷を見て言った。
おれは溜息をつく。
 「オスカル・・・気づくかな?」
 「眠ったのを見計らって部屋を出てきたのではないのか?」
高橋さんは怪訝そうな顔をしておれに尋ねた。
 「ええ。でも、傷を見せろって・・・気にしてたから。それにいつもぐっすりは眠ってはいないし・・・」
 「・・・そうか。急いで医者を呼ぶ、少しだけ我慢してくれ。」
高橋さんはそういってすぐに医者に連絡してくれた。

 「服の替えはこれでいいの?」
 「ありがとう、ジャンヌ。」
おれは着替えを取ってきてくれたジャンヌに礼を言った。
 「ここにおいて置くから。それと着てたのは捨てたわよ。」
 「ああ、あれじゃ着られないから。」
 「昼間でなくてよかったわ。」

ジャンヌの言葉におれは頷いた。
昼だったら・・・・この傷じゃ隠し切れない。
12月は昼夜を問わず毎日銀龍はやって来るはずなのに、都合がいい事にずっと深夜だから助かった。

 「ねえ、勇。さっき優李と何を話していたの?」
応急処置をしながらジャンヌは言った。
 「さっき?」
 「龍が来た後、何か口論してたでしょ?優李の様子がおかしかった。」
あれの事だ。
 「おれにもよく分からないんだ。昼間龍が来ないから助かるって話してて、そしたらオスカルが昂さんにだけは絶対に知られたくないって。それで・・・・」

「絶対知られたくないって・・・なんでまた?」
「昂に知られると・・・厄介だからだ。」
「なんで?」
「なんでって・・・・心配性なのだ昂は!どうしようもないくらいな。だから絶対駄目だ。」
「でも・・・最後のガードなんだろう?そうしたらいずれは一緒に戦って・・・」
「最後のガードは決まっていない!それに、わたしは昂に最後のガードをさせるつもりはない!」
「させるつもりはないって・・・」
「絶対させない!」
「オスカル・・・」
「いいか!絶対昂にだけは知られては駄目だ。分かったな!」

おれはジャンヌに話した。
 「とにかくすごい剣幕でさ、何が何でも一人で戦うって・・・聞く耳持たないって感じ。でもいずれ二人で戦うのだろう?そりゃまあ今の状況話したら昂さんは怒るかもしれないけれど・・・・大体オスカルの性格なんて一番分かってるだろうし、なんであそこまでオスカルは・・・・」
ジャンヌは手当てを止めて、おれを横目で睨んだ。
 な、なんだよ。ジャンヌ?」
 「優李の言う通りよ!まだ昂が最後のガードと決定したのではない。それにもう一つ!長年一緒に暮らした家族でも本当に優李を理解出来ている訳ではないわ。年月だけではないのよ。」
 「高橋さんとか?」
おれが聞くとジャンヌは小さく溜息をついた。

 「もういいわ。とにかく!今までの・・・昨年までだと優李の人嫌いがそろそろピークになる。その上今回は厄介な奴らがいるから面倒なのよ。見てて分かるとは思うけど・・・昂は、たとえ彼女が嫌がっても側から離れなくなるから。」
人嫌い。オスカルはどんなに辛くても自分からは言わない。
 「さすが兄貴だけあるよな。」
 「そうじゃない!何も分かってないわね、もう!」
 「つまり、日中は側に付っきりだから龍が出て来るとまずいって事だろ?その時はおれだけで戦えば・・・・」
 「・・・違うのよ。」
 「違う?」
 「あんたとは違うのよ。つまり・・・」

 「医者は?」

ドアの方からいつもと違い緊張した声・・・・
畜生!最悪のタイミングだ!

 「あら?優李。起しちゃったかしら?悪かったわね。」
ジャンヌはいつもと同じ口調でオスカルに話しながらガーゼで急いで傷を隠してくれた。おれは急いで服を着た。
 「そんなのどうでもいい。医者は呼んだのか!」
オスカルは詰問しながらこちらへ近づいて来た。

 「今呼ぶか迷ってるところ。この手の傷は見た目ほど酷くないから。」
ジャンヌは大したことじゃないという様子で言った。
さすがジャンヌ!

 「おれは呼ばなくてもいいと思うけど・・・」
少し離れていたし、よく見えてないといいが・・・
 「一応念の為呼んでおきましょうか!坊やが泣くとママンに怒られるから。」
ジャンヌは横目でおれを見て言った。
 「まさか!あの人は喜び勇んで飛んできて・・・傷口に・・・トウガラシ塗りこむな、うん。」
 「それをいうなら “塩” よ!勇。」
 「もういい!医者はどうしたのだ?呼んだのか!!」

全然だめだ・・・・
 「オスカル大丈夫だよ。こんなのたいした事ない・・・・」
 「他の傷は?」
ああ、畜生。
 「・・・・・昔の傷。2年前のだ・・・全部!最近のじゃない。」
 「そんな風には見えなかった。」
 「そうか?あの時は・・・酷かったからな。だから傷もすごくて痕が残ってさ。」
 「何があった?」
絶対話せなかった。どんな事があっても・・・
 「えーと・・・ちょっとな。」

 「お前は・・・話せないような危ない事をするのか!いつも平気でそういうことをするのか!!!」

オスカルはおれを怒鳴りつけた。
おれはオスカルの逆鱗に触れた。
もう一度椅子に座らされて、傷を見せるように言われた。
つまり、命令だ!
絶対の。
オスカルは、しばらく傷を見つめて・・・それから顔を上げておれを見た。
初めて見た。
なんて目をするんだ!

 「すまない・・・わたしがもっと注意していれば・・・・」
そんな目をして欲しくない!
そんな辛そうな顔みたくない!!
 「大丈夫だ!全然大丈夫だから!本当に大丈夫だから・・・・・・」
だから・・・そんな顔しないで!
泣き出しそうな顔しないで!
お願いだから!!

もう二度と、オスカルに怪我した所は絶対見せない!
嫌だ・・・・
こんな辛いのは嫌だ!
切ない。こんな切ないの・・・嫌だ。
おれの方が・・・泣きたくなる。