25
「そうか、昂が戻って来ているのか。よし!久しぶりだ、一丁遊んでやるか。」
アランは手に持った木箱を床に置きながら言った。
「残念ながら留守。第一素手で?ああ、剣だわね。素手じゃ昂には勝てないもの。」
「はん!俺はお前らと違って肉弾戦は嫌いなんだよ。優雅さってもんがないからな。」
「おやおや、言ってくれるじゃない。じゃあ代わりにあたしが肉弾戦の優雅さを教えてあげるわよ?」
ジャンヌはそう言ってアランに流し目をくれた。
「い、いや。それはいい!それよりだ、ここへ来たのはこいつを渡したくてな。」
アランは持ってきた木箱に目をやった。
ジャンヌは横目でそれをちらりと見た。
「ワイン?わざわざ持ち込まなくてもいくらでも手に入るのよ。どうせならコントレックスがよかったわ。」
「そのコント何とかというやつだ、ディアンヌから頼まれてな。何だこいつは?ただの水じゃないのか?」
アランはジャンヌの嬉しそうな顔を見て不思議そうに尋ねた。
「知らないの?無知ね。硬度155.1 ph7.3よ。」
「だからなんだ?美味いのか?」
ジャンヌはアランに微笑んだ。
それを見てアランは呆れた様子で言った。
「それよりも美容の為か。まったく女ってのは・・・」
「健康にもいいのよ。アランも飲んでみる?」
「いい!俺は健康を気にしなきゃならないほど落ちぶれちゃいないんでな。それから・・・・こっちは俺からだ。」
「あらあら!珍しい。何かしら?」
ジャンヌはアランが内ポケットから取り出した三角形状の塊を受け取ると急に押し黙った。
彼女は厳重に包まれたそれを開きながら尋ねた。
「まさかミネラルウォーターと一緒で母国製じゃないわね?」
「国産が使い物になるか。イタリア製だ。」
中身を取り出すと不機嫌そうにジャンヌは言った。
「・・・・・M92FSね。9ミリパラじゃあたしにはパワー不足よ。せめてあんたのお気に入りくらいの・・・・」
「50口径なぞ恐ろしくて持たせられるか!大体ここは日本だぞ!!まったく、文句ばかり言いやがって。」
「はいはいメルシー、アラン。これなら優李も慣れているから何かあった時にも役に立つ本当に、いい銃ね。」
「・・・何故優李の名が出るのだ?」
彼女は自分を睨みつけているアランに楽しそうに答えた。
「あら!そのつもりでこれにしたのでしょ。で、マガジンはどこ?」
アランは黙ってポケットを探ってマガジンを取り出すとジャンヌに渡した。
「弾と予備のマガジンは木箱の中だ」
ジャンヌは残念そうに呟いた。
「楽しみにしてたのに・・・」
「500mlのペットが10本入ってる。」
「10本か・・・無いよりはましね。」
ジャンヌはマガジンを銃に装着すると厳しい表情をしてアランを見た。
「何があった?」
「ムシューが襲われた。怪我は無い。ポールとジャンが撃たれた。」
「具合は?」
「二人とも重傷だが、命に別状は無い。」
アランの言葉にジャンヌは安堵の溜息をついた。
「よかったわ!犯人は・・・例のムシューのいとこ?」
「ああ、相続順位2番目の破産寸前の奴だ。なりふり構っていられなかったのだろう。あと1週間で何とかしないと奴は財産、社会的地位も名誉も・・・・何もかも全て失うからな。厄介なのは、仲介人がこいつに腕の立つ奴らを紹介しやがってな。」
「わかった。優李は嫌がるだろうけど、ボディアーマーを着用させる。」
「そうしてくれ。それともう一つ。こちらは問題ないと思うが・・・10月に誘拐未遂があったろう?あれの黒幕が分かった。」
「おやおや、“捕まった”じゃないのね。そいつはまだやる気でいるの?」
ジャンヌは眉を吊り上げた。
「まあな。たちの悪さからするとこちらの方が上かもしれん。優李と結婚するつもりだ。」
アランは吐き捨てるように言った。
「相続順位3番目のお馬鹿さん?」
「5番目だ。こいつに比べれば3番目などかわいいものだ。」
「無理やり優李と?確かにたちが悪いけどただの馬鹿ね。大事な事を忘れている、未成年者の結婚には親権者の許可が要るわ。」
「許可はいらない。子供さえできればな。ムシューの血を引く・・・・」
「殺しなさい!」
ジャンヌは命じた。
「俺がしなくともその前にムシューがするだろうよ。」
「出来ないならあたしがやってあげる。」
「心配するな!万が一の可能性もない。もしそんな事になってみろ!それこそ銀龍がすぐにでも優李を・・・・」
アランは溜息をついた。
「そんな事になる前に奴は優李を殺すだろう。奴がやっているのは・・・ある意味、究極の守護だからな。」
「究極の守護?はっ!笑わせる!!それなら何故どんな事があろうとも護ってやらない?彼らにはそれだけの力がある!!」
ジャンヌは声を荒げた。
「それでも167年前に約束がされたんだ!つまりはそういうことだろう?いくら力があっもそれだけでは護れない、それだけではな。ならば・・・・」
「殺した方が幸せだと?」
ジャンヌは手に持っていた銃の上部をスライドさせて弾を装填すると銃口をアランに向けた。
アランは両手を上げると慌てて叫んだ 。
「よせ!暴発したら洒落にならん!俺だってそれでいいなどと思っちゃいない。だがそれが銀龍の価値観だ。どうしようもないだろう!」
ジャンヌは小さく溜息をつくと銃口をアランから外し、セーフティのレバーを下げて机の上に置いた。
「とにかく、5番目の奴については心配するな。ムシューは二度と手出しできないようするそうだ。」
「来週あたりセーヌ川に浮かぶかしら?」
ジャンヌは冷たく言った。
「さあな。この件についてムシューは“口出し無用”だ。ただ、ボスのカード占いによると・・・死の方がまだましらしいぞ。」
「ボスの占いに?・・・ならいい、そう出ているのならね。」
「まあな。それよりも問題は2番目だ。遅くとも1週間で片はつくだろうが、その後も暫く注意してくれ。板倉にも会って話をしてきた。ガードは人数も増える。それから・・・警察も来る。」
「警察!何故呼んだのよ!」
ジャンヌは驚いて叫んだ。
それを見てアランは肩をすくめた。
「板倉は・・・あいつは石橋を叩いて渡るタイプだと思ったが違った。叩いても渡らないタイプだな。あんなに用心深いとは・・・・」
「馬鹿ねアラン。あの臆病な坊やには3割減ぐらいで伝えないと!ああもう、かえってやり難くなるわね。」
「高橋が現場を仕切っているのだろう?」
「ええ。心配ないと思うけど・・・かわいそうに、これで高橋の禁煙の誓いはもろくも崩れ去るわね。」
ジャンヌは机の引き出しを開けて銃をしまいながら答えた。
「禁煙?あのヘビースモーカーがか?」
アランは驚いて尋ねた。
「もうすぐ2ヶ月よ。よく持った方かしら?・・・・あら、優李帰ってきたようね。」
ジャンヌは窓から外を見て言った。
アランは舌打ちした。
「会わずに帰りたかったんだが・・・」
「会いたかったから来たんじゃないの?」
「馬鹿な!優李は察しがいいんだ。下手に勘ぐられたくない。」
「ボディアーマーを着用させて、ガードが増えてその上警察まで来たら誰でも分かるわよ。正直に言いなさい、アラン。」
ジャンヌはにやりと笑った。
それを見てアランはふて腐れたようにそっぽを向いた。
「アラン、どうしたんだ?何かあったのか。」
優李はアランを見つけると驚いたように叫んだ。
アランは優李に挨拶のキスをして不機嫌そうに答えた。
「ディアンヌから頼まれものをな、ジャンヌに渡しに来た。」
優李は不審そうにアランを見た。
「優李、それは言い訳。アランの本当の目的は・・・・あたしの報告書読んで気になって見に来たのよ、勇をね!何かあったんじゃないかと!もう心配で心配で・・・」
ジャンヌは横目でアランを見ながら言った。
アランは負けずに睨み返したが、小さく溜息をつくと優李を見た。
「俺は何の心配もしていない!だが一応だ、臨時のガードをこの目で確かめたかったのと・・・久しぶりに優李と手合わせもしたかったしな。」
それを聞いて優李は嬉しそうに笑った。
「すぐ着替えて来る。少し待っていてくれ。」
彼女が部屋を出て行くと、アランはジャンヌを睨みつけた。
「余計な事を言いやがって!」
「あら、折角フォローしてあげたのに!優李はねんねだからこの手の事ははっきり言わないと分からないわ。そうね・・・あれじゃまだ分かってないわね。戻って来たらこう言ってあげる。“アランは優李を勇に取られるんじゃないかと嫉妬で夜も眠れないのでわざわざこの日本まで勇を見に来たのよ”と。」
「うるさい!!俺は何にも心配なんかしてねーよ。ボスがあれほど気に入っているのが難点だが、ディアンヌから聞いてるしガードとして問題は無いからな!」
ジャンヌは怪訝そうにアランを見た。
「ボスが気に入っている?勇は・・・あんまり変わった子には見えないけど。」
「さあな、そういやディアンヌがなんか言っていたな。昔と同じ・・・」
アランは考え込んだ。
「何かあるの?」
「いや思い出せん。・・・まあ大したことじゃないだろう。それより、そいつは何処にいるんだ?」
「もう出かけたんじゃないかしら?ああそうだ、勇があなたにありがとうございますって。」
「ジャンヌ、そりゃ一体・・・・」
「ここへ来た時坂本に会ったでしょ?彼に勇への伝言を頼んだの。“アランが来たから優李を送るのは玄関まででいいからすぐに出かけなさい”と。」
「ジャンヌ、お前まさか・・・・」
「ホント助かったわアラン。勇は急用でね、どうしても出かけなきゃならなかったのよ。」
ジャンヌはすまして答えた。
「お前って奴は!!!はじめから俺を臨時のガードに使うつもりでいたな!!!」
「久しぶりで嬉しいでしょう、アラン。それに2時間もすれば昂も戻ってくるわ。どうせそのくらいはいるつもりで来たのでしょう?ああ、どうしても勇に会いたいのなら戻るのは7時頃だから・・・それまでやってくれてもいいわよ?それに!押し倒すのは3日目だから問題ないでしょ?」
ジャンヌは楽しそうに言った。
「・・・・あれは冗談だ!俺は日本でのんびりしている時間は無いし、そいつを見に来た訳でもない!」
アランは不機嫌に答えた。
「待たせたな、アラン!」
優李は腕に防具と剣を抱えて、息を切らしながら戻って来て言った。
アランは笑いながら彼女が抱えるそれを受け取った。
「エペか?4ヶ月前の決着をつける気か?」
「ああ。お前だってあのままでは後味が悪いだろう?」
「確かにな。だが・・・これで俺の勝ちが決まるな。」
「わたしのだ、アラン。悪いが4ヶ月前と同じだと思うなよ!ジャンヌ!」
「はいはい!あたしは審判ね。それと、時間掛かるから“両負け”になったらおしまいよ!絶対に“もう一回”は無しよ!分かっているわね?もう1回で終わったためしがないのだから。とはいうものの・・・・お子ちゃま二人には言うだけ無駄だわね。」
溜息混じりに言ったその言葉に、二人は揃ってジャンヌを睨みつけた。
「わたしはお子ちゃまではない!」 「俺の何処がお子ちゃまなんだ!」
同時に言葉を発した二人に、ジャンヌは馬鹿にしたように例の色っぽい流し目をくれた。
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