“顔良し、頭良し、性格良し、センス良し。金持ちのおぼっちゃまで!背が高くて!おまけに空手の有段者でめちゃ強。絶対好きな子には会わせたくない相手、どーよ?男の敵だろが!”

加藤さんの言う通りだ。
おれは少し離れた所からオスカルと話をしてる昂さんを見ながら思った。

「どうしたの勇?珍しく暗いじゃない。」
 「そう?そんな事ないけど・・・・」
 「ひょっとして・・・・やきもちかしら?」
ジャンヌはちらりと二人を見てから、嬉しそうにおれに言った。
 「まさか!なんでおれがやきもちなんか・・・」
 「では暗い顔して昂をじっと見つめていたのは何故?勇。」

 「さっき、加藤さん達と話してて・・・昂さんてさ、もてるだろうなって思ってさ。」
ジャンヌは“何を分かりきった事を!”というようにおれを見た。
 「恋人にするなら理想的かしら?女の子の扱いも上手いし虚栄心も満たしてくれる。それなりに誠実。」
 「それなりに誠実?あんまりいい表現じゃないな。」
 「あら?掃いて捨てるほど女の子が寄って来るのよ、それで十分。羨ましいでしょう?勇。」
 「というか・・・男の敵だね。」
ジャンヌはそれを聞いて吹き出した。

 「なるほど、加藤達との話というのはそれね。まったく情けない!くだらない話をするより自分が努力するとか、前向きな発言はないのかしら?」
 「己を知るとか分をわきまえてるとか言ってよ、ジャンヌ。」
 「それではライバルを押しのけて、あたしみたいないい女を捕まえるなんて絶対不可能よ!」
よく言うよ。オスカルはともかく、何でジャンヌがいい女なんだよ!

 「おれは普通の子で十分です。」

そうだ。
平凡な普通の子、そこそこかわいくて優しい子。
おれはそれで十分。
オスカルみたいな子だったら?

そりゃ好きな子が自分を好きになってくれるのは嬉しい。
だけど駄目だったら?
山ほどのライバル相手に、好きになって欲しいが為に必死で頑張って・・・
で?そこまでやってもうまく行かなかったら?駄目だったら?
そんなのいくらでもあるけれど、それって辛い。
その子の事を好きだった分、倍返しだ。

そんなことになるくらいなら・・・最初から止めとけばいい。
それなりの相手、無理しなくてもいいような子。
駄目だったら、さっさと忘れて次の子を探せるくらいの子がいい。
忘れられないほど好きになるなんてそんなの変だ。
相手だってそこまで思われたらきっと困る。
困るんだ・・・・きっと。

オスカルだって・・・・困っていたのかもしれない。
好きでもない奴からいくら思われたってウザいだけだ。

馬鹿だ、アンドレは・・・
オスカルはきっと、友達か兄弟みたいに思ってただけなのに・・・
畜生!おれは違う!おれは嫌だ!
そんな風になるのは絶対嫌だ。
そんなの・・・辛すぎる。

 「勇?」
ジャンヌが変な顔をしておれを見てる。
 「・・・とにかく!おれはそんなのは絶対に御免だ!!」
ジャンヌは肩をすくめた。
 「絶対ね。まあどうでもいいわ、あたしの知った事じゃないし。それより、どう?嫌味なくらい絵になる光景じゃない。」
ジャンヌは2人を見ながら言った。
おれも2人を見た。

それは確かに・・・嫌味なくらい絵になる光景だった。
似合いすぎて・・・なんだか面白くない。

 「板倉にも見せてやりたいわね。」
ジャンヌは意地悪い目つきで楽しそうに言った。
おれは考えた。普段は決して感情を表には出さない人だけど、これを見たらどんな顔をするだろう?

 「・・・あの人でもいやだろうな。」
 「あら!知ってたの。」
意外そうな顔をしてジャンヌはおれを見た。
 「わかるよそんなもん。大体ここへ来たってオスカルしか見てないじゃん。」
 「板倉も勇にばれるようじゃ相当参ってるって事ね。何を考えてるのか分からない可愛げの無い坊やがね。面白い事になりそうね。」
ジャンヌは楽しそうに言った。
どうやら面白い事になるように、自ら何かするつもりのようだ。

 「やめといたほうがいいよ。高橋さんと違うからさ。」
 「あら?何故。」
ジャンヌは不思議そうな顔をした。
 「そりゃあ、普段はいい先輩だけど・・・怒らせると怖いんだ!いや本当に!信じないかもしれないけどさ、先輩の見た目で判断しちゃ駄目だって!マジで怖いんだって!気づいた時にはもう手遅れで、あとで後悔しても遅いんだ。容赦なし。先輩怒らせた奴見ててしみじみ思ったもん。板倉さんを絶対に怒らせたり、敵にだけはしないでおこうと!」
ジャンヌはそれを聞いて、不敵な笑みを浮かべた。
 「馬鹿ね、だから面白いんじゃないの!」

 「何を楽しげに話しているのだ?」

いつの間にかオスカルが目の前にいておれ達を見ていた。
 「楽しげなのはジャンヌだけだよ。」おれはため息混じりに答えた。
 「どうしたアンドレ、何かあったのか?」
 「おれはジャンヌに忠告をしたんだよ。だけど、聞く気は無いそうです。」
オスカルはおれとおれを横目で見るジャンヌを見比べた。

 「ふぅん・・・まあいい。それより今から出かける。」
 「何処へ?」
 「ドライブだ。」
 「分かった、今すぐ準備するから・・・」
 「しなくてもいいわ勇。どうせ昂のナビでしょ?優李。」
 「ああ、そうだ。だが・・・」
 「なら2人で行ってらっしゃい。どうせ昂も・・・」
そういいながらジャンヌは昂さんを見た。

 「僕もそのつもりだよ、ジャンヌ。」
オスカルは少し不機嫌な様子で昂さんを見た。
昂さんはそんなオスカルの様子を気にも留めずに微笑んだ。
 「ということで!あたし達は留守番よ。」
ジャンヌはおれに言った。
 「あ、うん。分かった。それじゃオスカル・・・・」
 「・・・じゃあ、行って来る。」

 「いつものじゃなくてお父さんの車か・・・」
おれは昂さんの運転する車が門を出て行くのを見送りながら呟いた。
 「あれは昂のよ。」ジャンヌは答えた。
 「へえ、そうなんだ。じゃあ石井さんのは?」
 「無用の長物よ。石井には“運転手つき”が会社から来るでしょ?」
そうだった “運転手つき”だ。 車だけあっても役に立たない、必要なのは・・・道案内だ。

 「しかし、あそこまでひどいと大変だよな。この前さ、誠の授業参観に学校へ行きたいからついて来てくれないかって言われた時には耳を疑ったよ。結局、参観終わるまで付き合わされてさ。そういや誠にもちょっとそんな所が・・・」
ジャンヌは笑った。
 「石井家の男性には皆“迷子”遺伝子が組み込まれている。」
 「迷子遺伝子?!じゃあ昂さんにも?ああそうか!それでナビね。カーナビが役に立たないほどひどいというのも厄介だよな。」
 「そこまでは・・・父親ほど重症ではないわ。でも優李と一緒の時は使わないでしょうね。優李はカーナビより正確だから。ま!とにかくこれは昂、唯一の弱点かしらね。」
 「へえ、唯一のね〜。」
なんか少しだけ親近感。

ジャンヌはおれを見てにやりと笑った
 「でも、そのおかげでナビ希望の女の子が後を絶たないらしいから・・・やはり長所ね。残念だったわね、勇。」
 「別に残念なんかじゃないよ。」
おれはむっとして答えた。
 「あらそうなの?」
 「そうだよ!それよりも、思い出したんだけどさ、どうしておれがついていかなくてもいいの?」
ジャンヌは呆れたようにおれを見た。
 「昂がいるからじゃない。」
そう言って・・・それから何か思い出したらしくおれの顔を見つめた。
 「話すはずがないか、あの坊やは本当に了見が狭いから・・・」
 「ジャンヌ?」

 「板倉から最後のガードについては聞いている?」
 「ああ、5日ほど前に。」
 「で?誰がやるか教えてくれた?」
ジャンヌはおれに尋ねた。
 「それは・・・はっきり言わなかったけど。」
 「やっぱりね、板倉は認めたくないから。ま、確かに最終決定ではないけれど。」
 「何それ?ムシューがやるんじゃないの?おれはてっきり・・・・」

そういえば板倉さん、少し様子が変だった。
最後のガードはムシューじゃない?
それじゃあ誰が・・・
おれはやっと気づいてジャンヌを見た。

 「昂さん?」
 「ボスの話だとムッシューは絶対に自分が最後のガードをするつもり。あの家の人間は皆、幼少の頃から訓練を受けているしね。でも実力からすると昂には全然及ばない。」
 「昂さん、そんなに・・・強いの?」
 「切り札よ。」
切り札、昂さんが?
最後のガードが昂さんなら、つまりそれは・・・・

 「いずれ昂は、優李のガードをすることになる。少しでも危険を避ける為にできるだけ先延ばししたいというのが皆の本音。」
昂さんが・・・オスカルの一番好きな奴?
だけどそれはオスカルの兄貴だからで!
でも昂さんは?
昂さんはオスカルの事をどう思ってる?

 「あくまで今のところはの話よ。最後のガードが決まった訳じゃない。19歳の誕生日の前までは誰にも分からないわ。まあ、勇には関係ない話だわね。」
ジャンヌは横目でおれを見た。
 「ああ、おれには・・・関係ない。」
そうだ、関係ない。
最後のガードが昂さんだろうと他の誰かだろうとおれには関係ない。
だっておれはオスカルの友達だ。
おれは友達で・・・オスカルの一番好きな奴じゃない。
だから最後のガードは・・・おれじゃない。

どんなに愛しても・・・

何?
何だ今の?
頭の中で誰か・・・

 「それよりあと24日よ!板倉は心配してるけど・・・・あたしはこれっぽっちもしていないから!」
そう言うと、ジャンヌは楽しそうにおれにウィンクをしてみせた。

 「彼も連れていきたかったのか?」
昂は横で不機嫌そうにしている妹をちらりと見て尋ねた。

 「あそこの紅茶は美味しいからな。アンドレにも飲ませてやりたかったのに!」
 「どうしてアンドレなんだ?」
 「どうしてって・・・勇のあだ名だ。わたしがつけた。」
 「あだ名じゃなくてただの名前だな、ネーミングセンス無し。」
昂の言葉に優李は彼を睨みつけた。

 「うるさい!どんな名前でもわたしの勝手だ。わたししか呼ばないのだからな!昂、次を左。」
 「君だけの呼び名か。彼が君をオスカルと呼ぶのと関係があるのか?」
 「・・・まあな。」
 「・・・・帰ったら、僕から彼に言おう。」

「言わなくてもいい!!」

昂は優李を見た。
 「君は何でも我慢する。」
 「わたしは我慢などしていない、大丈夫だ。」
ちょうど信号が赤になり、車はブレーキを掛けて止まった。
昂は優李を見た。

 「何だ昂?」
彼は小さく溜息をついて、それから優李をほんの少し睨むような仕草をした。
 「他の奴にはそれでもいい。だけど僕には言ってくれると約束したね?覚えているか、フラン。」
彼女は視線を避けるように言った。
 「覚えている。だが、名前の件は問題ない。それに!気に入らないことがあれば・・・アンドレ本人に言う。今までもそうしてきた。」
 「今までも・・・ね。今回は随分違うじゃないか?フラン。」
 「アンドレは今までの奴らとは違う。」
 「どう違うんだ?具体的に話してくれないと分からないな。」

優李は少し目を伏せた。
 「アンドレは・・・わたしの友達だ。」

信号が青に変わった。
昂は正面を向き、車は再び走り出した。

 「“目が大きくて黒くて髪の毛も真っ黒で少ししだけくるくるくしてる子。少し泣き虫だけど・・・弱虫じゃない。怒らなくって、おもしろいやつでいろんな事して遊ぶ。”一番友達になりたい子は・・・確かそれで合っているな?フラン。」
優李は不機嫌そうに昂を見た。
 「いつの話だ?大昔のだぞ、それは。」
 「容姿は同じで、遊んでくれる。サッカーの相手に、インラインスケートも・・・あれには笑えた。3頭でじゃれてたな。」
 「3頭って何だ?」
 「君とチビと彼。」
優李は驚いて叫んだ。
 「後をつけて来たのか!」

 「次は右?まっすぐ?」昂は尋ねた。
 「まだまっすぐ、2本目を左だ。」
 「チビの散歩の時が状況は一番分かりやすいからね。」
昂は答えた。
 「・・・・こそこそ隠れて見るなんて!」
 「君が何も話してくれないからだろう?いつも “大丈夫” だ。この4ヶ月間、向こうでパソコンを立ち上げるたびに楽しみしているのに、メールには天気の話題と元気にしているの言葉だけ。誠が送ってきた手紙の方がまだ内容があったぞ。」
 「・・・毎日メールを送ったぞ。それにこの4ヶ月、特別変わったこともないから書けなかった。」
 「でも9月からの3ヶ月は毎日楽しかった。そのくらい教えてくれてもよかったろう?まあいい、とにかく彼は・・・大木勇はガードとしてはどうか分からないが友達としては適任だった。」
 「アンドレはわたしのガードだ。」
昂は驚いたように優李を見つめた。
 「昂、前。」
その言葉に彼は彼女を見るのを止めて前を向いた。

 「君からその言葉を聞くとは思わなかったな。板倉は電話ではたいした力は無いといっていたが・・・」
 「板倉よりわたしの方がよく分かっている。確かに普段はそうかも知れない。だが、追い詰められると変わる。冷静になる。動じない。安心する。どんな困難があろうとも切り抜けられるような気になる。なかなか力を見せないから分かりにくいが。」
 「ベタ褒めじゃないか、アランですらそこまで褒めなかったぞ。」
 「だが、アーロンにはまるで及ばない。」
優李は強調した。

 「それでも最後のガードをさせられるか?」

優李は昂を見た。
昂は前を向いたままでこちらを向かなかった。
彼女は目を伏せるとフッと笑った。

 「それは有り得ない。アンドレは友達だ。友達では・・・最後のガードは無理だ。分かっているだろう?昂。」
  「ああ、分かっている。」
昂は答えた。

 「昂、わたしは誰も好きにならない。20歳になるまでは・・・絶対だ。」
外の景色を見ながら優李は言った。

 「なら最後のガードは僕で決まりだな。」
昂は嬉しそうに笑った。
 「そんな嬉しそうな顔するな!」
その様子に優李は彼を睨みつけた。
 「僕は君のガードをするのが楽しみなんだが。」
 「昂にはさせない。」
 「ではオスカル・フランソワに?恋人がいない場合家族であれば不問だが、あの人では話にならないよ。」
 「誰にもさせない!最後のガードは必要ない!わたしが自分で・・・」
 「駄目だ!そんなことをしたら銀龍の集中攻撃だぞ!君は自分がどうなるのか分かっているのか?」
 「わたしの腕では話にならないと?ならば昂、お前でも同じだ。そうだろう。」
優李は冷ややかに言い放った。
 「君の腕は僕が一番よく知っている。君と一緒なら・・・君がバックアップしてくれるなら最高さ。だがそうじゃないだろう?君は一番前に出る。一番危険な位置に立つ。だから駄目だ。」
 「それのどこが悪い!昂こそバックアップに回ってくれれば・・・」
 「そんな恐ろしい事をさせられるとでも?誰がそんな馬鹿げた真似を・・・・いや、いたな。一人だけいた。」
優李は黙って目を逸らした。

 「で、フラン。その結果はどうだった?君の左肩の傷がその馬鹿げた真似の結果ではないのか?」
 「この傷はわたし自身の戒めだ!わたしがまだ子供で・・・わたしは過信していた。アーロンにさんざ言われていたのに。私の未熟さの所為だ!その為にアーロンは・・・」
 「違うね。君が戦う事が間違っていたのさ。僕はどんな事があっても君には指1本触れさせない。僕が君を銀龍から護る、どんな事があってもね。」
優李は黙って目を伏せた。

 「いつも・・・同じだな、昂。」
 「他はいくらでも譲歩するがこれだけは駄目だよ。とにかくもう少し先の話だよ。それよりも今現在の問題が先決だ。・・・・このまま行くと首都高に入ってしまうのだけれど?」
昂はどうしたらいい?というように優李を見た。
その言葉に優李は「次の信号で左折」と指示を出した。
車はウィンカーを出すと次の信号で左折した。

 「・・・こういう時だけだな。」
優李はぽつりと言った。
 「ひどいな。君の頼みなら何だってするのに!」
笑いながら答えた昂を優李は睨んだ。
 「何が“何だって”だ! 大体昂は1つ要求すると1つ要求してきて・・・差し引くと要求は通らなくなる!
・・・そんな風だからいつまでたっても彼女が出来ないのだ。」
 「君の要求のむちゃくちゃな部分を少しだけ修正するだけだよ。それにもう一つ、僕は彼女なんていらないよ。」
昂は楽しそうに答えた。
 「僕は彼女なんていらない、君さえいてくれればね。」
それを聞いて優李はプイとそっぽを向いた。
昂はその様子をちらりと見ただけで何も言わず運転を続けた。