「普通あそこでやられるのに。うまくかわしたじゃん?勇。」

誠と二人でTVゲームをしていると突然零が話しかけてきた。
機嫌よさそうな様子からすると、何かいい事があったようだ。
大体こいつからおれに話しかけるなんて・・・これはめったに無い事だ。
こいつは初めて会った時からおれを嫌ってる。
理由はオスカルの側にいるから、つまりオスカルの側にいる男は誰もが皆嫌われていて・・・要するにシスコンてやつだ。
でもオスカルにちょっと似てて憎めないとこがあって、おれはそんなに嫌いじゃないのだ。

 「零お前さ、何かいい事があったろう?」
おれは零に聞いた。
 「勇には関係ない。」
 「きっとね、昂にいちゃんが帰ってくるからだよ。だから・・・いて!何でたたくんだよ!ばか零」
零が誠の頭を叩いたので誠はすぐに零の足を蹴った。
 「おまえら止めろって!」
おれは慌てて、誠を抱えるようにして零から引き離した。
このままにしとくと大喧嘩だ!
6つも年が離れてるのに!まったく・・・・

おれは誠を捕まえたまま、零に尋ねた。
 「ところでさ、お兄さんてどんな人?オスカルもすごく楽しみにしてたけど・・・」
おれが聞くと、零は威張って答えた。
 「昂(こう)兄はかっこよくって頭がよくてそれから優しくて、空手やっててすごく強くて!何度も大会で優勝してるしそれから・・・とにかく!昂兄は最高なんだ!」
おれは思わず苦笑した。
零の奴、兄貴のことは大好きなんだなあ。
 「へえ、すごいんだなあ。お兄さんて。」
 「勇とは月とスッポンさ。いい機会だから言っとくけど、フランは昂兄のこと大好きなんだぞ!僕もさ、昂兄なら仕方ないと思ってる。」

オスカルが?
胸に何か・・・何?

 「零!いい加減になさい!知らない人が聞いたら誤解するでしょう!」

声の方を振り向くと有紗さんが呆れた顔をして立っていた。
 「有紗!な、なんだよ。僕は・・・・」

 「勇君!」
 「は、はい!」
 「この子の言う事なんて信じちゃダメよ!この子はね、どうしようもないシスコンなのよ。だから有りもしない事を・・・」
 「なんだよ!僕は嘘なんかついてないぞ!」
 「やーい!嘘つきシスコンのばか零!」
零がまたしても誠を叩こうとした時、有紗さんが叫んだ。
 「やめなさい!零!あなたって子は・・・・ちょっと話があるから、私の部屋へ来なさい!」
 「僕は別に話なんか・・・」
 「いいから早く!来ないなら・・・ママンにもこの話を・・・」
 「姉さん!それだけは勘弁して!」
 「それじゃ来なさい!」
 「言っとくけど!ほんとの事だからな!とにかく昂兄が帰ってきたら、離れた所でガードするんだぞ。二人の邪魔するなよ。分かったな、勇!」
零はおれにそれだけ言うと、しぶしぶ有紗さんに付いて行った。

 「会うのは4ヶ月ぶりだ。」
オスカルは嬉しそうに言った。
 「きょうだいの中で一番気があうかな?年も近いし話も合う。少し口うるさいのが難点だが・・・・」
オスカルはそこまで言って“仕方ない”といった様子でフッと笑った。

 「口うるさいのは心配性の所為だ。これさえなけれはいいのだが・・・とにかく、おまえも気に入ると思う。」
 「さっき都内に一人暮らしって言ってたけど・・・おれが来てから一度も家に帰って来てないよな?」
おれは不思議に思って聞いた。
 「短期留学でイタリアへ行っていたからだ。」
そういうことか。おれは納得した。
 「昂(こう)は、大学へ入学した時から一人暮らしだ。パパが一人で暮らす経験が必要だと言ったから。有紗には絶対!許さなかったのに・・・」
オスカルは納得できない様子で言った。

 「でも近いだろう?そうしたらいくらでも会えるじゃないか。」
 「ああ。週末は必ず帰ってくる。昂は自炊する気がないからな。冷蔵庫の中には飲み物しか入ってないのだぞ。困った奴だ。」
 「でも、おまえだって一人暮らししたらそうなりそうじゃん。・・・・いて!」
おれはオスカルにソファにあるクッションで頭を叩かれた。
 「おまえみたいに出来る奴の方が変なのだ。大体、なんでクッキーなんか焼けるんだ!」
オスカルは不機嫌に言った。
 「おれだって好きで出来るようになった訳じゃない!それもこれも全部!母さんの所為だ。」
母の暴君ぶりを思い出して、おれは思わず溜息をついた。
 「お母さんが働いていたからか?」
 「違う、別の理由。」
 「何だ、それは?」

働いていたから、と言えばよかった。
後悔したが遅かった。
 「・・・人間1つや2つ話したくないことがあるものさ。」
 「そういわれると余計聞きたくなるのものだぞ。」
 「誰にも知られたくないんだよ!」
特におまえには!

 「絶対誰にも言わない。神にかけて誓う。」
真っ青な瞳が真剣におれを見た。
ああもう!
この目はまずいんだよ〜
アレさえ言わなければ・・・ええい!仕方ない。
 「言わないか?誰にも・・・・本当に知られたくないんだよ。」
オスカルはうんうんと頷いた。

 「つまりだ!母さんはおれが絶対結婚できないと決めつけていて、だから一生独身でもいいように家事全般を叩き込むのが親としての責務だとか言ってあらゆる事をさせられた。そりゃもう専業主夫ができるくらい。でもおれが思うに、本音は自分が楽したいからであって疲れた時なんかはまるで当然のごとくおれが・・・・」

 「ぶっ!ぶははははははー!」

オスカルは最後までおれの話を聞かずに笑い出した。
 「オスカル?何がおかしいんだよ!おい!」
 「あーはっはっははー!何だ、できないって!それは?なんで・・・一生・・・独身なんだ・・・くくく・・・専業主夫?それは一体・・・・あーはっはっははー」
 「・・・・・知るもんか!」

“オスカルの絵はね、料理も洗濯も掃除もしてくれないのよ?勿論、結婚もね。”

そんな理由で家事叩き込まれたなんて!
口が裂けてもいえない!
言えるもんか!

 「もういい加減にしろ!笑うな!」
 「アンドレ、おまえは笑うなとは言ってないぞ!あーはっはっははー!」
 「・・・・・じゃあ!笑うな!」
 「い、今更遅い・・・・あーはっはっははー!」

 「フラン、外まで聞こえたぞ!その笑い声!」

おれ達はドアの方を見た。
そこには零と似た・・・いや、父親である石井さんに似た男がこちらを見て笑っていた。

 「昂!」

オスカルは嬉しそうにその男の所へ駆け寄った。
そいつはオスカルをぎゅっと抱きしめて、・・・・オスカルの頬にキスをして言った。
 「ただいま、フラン。」
 「お帰り、昂。」
オスカルはそう言って同じように彼の頬にキスをした。

石井家で交わされる家族の挨拶。
見慣れた仕草なのに・・・・
胸、何か・・・
ぎゅっと捕まれて抑え付けられる様な・・・感覚。