「龍について少し詳しく話しておこうと思ってね。」
板倉さんは、オスカルの誕生日の丁度1ヶ月前に来て言った。

 「167年前、ジャルジェ家に強い力を持つ女性がいた。力についての説明は?」
 「お願いします。」
 「彼女の場合見る力だ。人に有らざる者を見る力、それと先読み、予見する力だ。直系といえど大抵の場合はほとんど力などない。しかし、この女性は・・・・凄まじかったらしい。」

 「それって、最悪じゃないですか!」
 「ああ、その通りだ。優李のように “気” を操れる方がずっとよかったろう。とにかくその力の所為もあって、彼女は不幸だった。 両親は彼女を便利な道具のように扱ったし、政略結婚で次々に代わった夫達も同じか、もっと酷かった。跡継の男子が出来なかったのもまずかった。彼女は・・・・・女性に生まれたからこんな不幸になったと考えた。それで死の間際、銀龍に願った。
“女性は不幸になるからどんな事があっても生まれないように!” と!これが事の発端だ。」
そうなのか、そんな事があったんだ・・・・・

 「銀龍は彼女との約束を忠実に守っている。独特の価値観に沿ったルールに従ってね。」
独特の価値観に沿ったルール?

 「生まれてくるはずのない女の子が生まれた時、銀龍は20歳まで様子を見ることにした。しかし、最初の2人は約束を交わした女性と同様に酷い境遇だった。だから20歳の誕生日に死を・・・最初の女性はだ。次の女性は16歳でだ。」
 「20歳まで様子を見るんじゃ・・・」
 「20歳まで待っていられる状態じゃなかったのさ。でも3人目は違った。彼女の両親は自分たちの命を捨ててまでも彼女を護ろうとした。ここでルールが出来た。20歳の誕生日まで護りきれたらそれ以降は手を出さない、護るのは1人だけと。その時によって若干条件が変わるが、この大前提は今のところ変わってはいない。」

 「じゃあ・・・学校では出てこないというのは、その都度変わる条件の一つですか?」
 「ああそうだ。これは優李の2番目のガードが龍と掛け合って受け入れさせたものだ。学校では銀龍が彼女を護るのさ。」
アーロンという人だな。オスカルに剣を教えたという。だけど・・・

 「どうして銀龍は殺そうとしているのに護るのか?か。勇、それが奴の価値観だからさ。分からないか?まあいい、時間がある時にでもゆっくり考えてみろ。」
板倉さんは言った。

 「とにかく、誕生日の1ヶ月前を除けば17歳までは攻撃も比較的大人しい。17歳以降はかなりハードだ。銀龍もそろそろ結論を出すからだ。そして19歳の誕生日からは・・・正確に言うと19歳の誕生日1ヶ月前からだ。そこからは普通のガードじゃだめなんだ。特別なガードだ、最後のガードは。」
やっと聞ける、19歳になると何があるのか。

 「19歳の誕生日1ヶ月前からは、どうして最後のガードなのですか?何かあっても交代はきかないのですか?どういう理由で?何があるんですか?特別って?何か特別な力が必要になるのですか?」
おれの問い掛けに板倉さんはクスリと笑った。
 「そんなに畳み掛けるように質問するな。しかし・・・・お前のいう通りだ、特別な力が要るな。最後のガードは “愛” という名の特別な力がいる。」

 「先輩、何ですかそのセリフ。言ってて恥ずかしくないですか?おれ、思いっきり引きましたよ。いやそうじゃなくて!おれ、まじめに聞いてるんですよ!」
 「お前が特別な力とか言い出すから思いついたんだ。確かに笑えるセリフだが、これは事実だ。最後のガードは親や兄弟、そして一番多いのが恋人。その女性が一番大切に思っていて、相手も彼女の事を一番に思っている、そういう相手しか銀龍は認めない。つまり、その女性が心の底から愛する男だけが最後のガードをすることが出来る。」
 「それじゃあ・・・オスカルも?」
 「勿論そうだ。」

オスカルが一番好きな奴・・・誰?
そんな奴・・・違う!いない!
そうじゃない、そうじゃないんだ・・・家族だ。
一番大切に思ってるのは・・・・一番大切なのは・・・・家族なんだ!
つまり父親。石井さん・・・いや、ムシュー・オスカルか?
ああ、そうか!だからオスカルは・・・・・

 「以前も話したろう?19歳前までは所詮確認だと。つまり本当のガードは、19歳の誕生日前からさ。」
 「それじゃあ、ムシューが・・・・」
板倉さんは曖昧な表情をした。
気のせいか?何か・・・・・・・
 「いずれはっきりするさ、19歳の誕生日前にはな。だが!これは、お前には関係のない話だろう?勇。」
 「ええまあ、そうですが・・・」

おれには関係のないこと。
確かにそうなんだ。
だけど、なんか・・・むかつく。

 「とにかく銀龍は、ぼくたちには理解しがたい価値観で動いている。それがルールだ。
だが先ほども例を挙げたように、まったく融通のきかない化物ではない。仮にもジャルジェ家の守護者だからね。そこの兼ね合いが非常に難しいのだよ。」

 「以前占い師に聞いたんですが、直系で力を持っていたら願いが叶うって。そうしたら誰か願う人がいなかったんですか? “もう止めて欲しいと” 」
おれは聞いた。

 「優先順位だ。 “先の約束が絶対” だ。これは・・・・銀龍本体に決闘でも挑んで勝たない限り覆すのは無理だろう。」
 「決闘ですか・・・」
 「ああ。まあそんなところさ。」
板倉さんは答えた。

 「もう一つだけいいですか?先ほどの話の3人目の女性ですが・・・助かったんですか?」
 「ああ勿論。彼女は両親から大切に育てられ、誰からも愛され、本当に幸福だった。だから助かったのさ。他の助かった2人もそうだ。皆幸せだったからね。」

 「あのさ、オスカル・・・・」
おれは板倉さんが帰ってから、オスカルに話しかけて・・・口篭った。
 「最後のガードだろう?」
おれが驚いてオスカルを見ると、オスカルは微笑んだ。
 「板倉が来て、珍しく長く話し込んでいた。それに今日で誕生日まであと1ヶ月だからな。」
オスカルは言った。

 「オスカル、おまえ・・・自分で戦うつもりなんだろう?」
 「当たり前だ!わたしが護ってやらねば誰がやるのだ。」
 「確かにそうだけど・・・・」
 「心配するな。わたしは奴になぞ負けはしない!わたしの力はおまえが一番よく知っているだろう?」
そうだ。オスカルは強い。それに板倉さんの口振りだと・・・・
 「大体今まで来たガードにしても、わたしより実力が上の奴が一体何人いたと言うのだ。」
それは多分・・・本当だろう。

 「間違いなく上なのは・・・3人だな。アーロンそれからクレマン、でもクレマンは剣ではないからな。今一つよく分からない所がある。それからもう一人。そのくらいだ。それから、それとは別に・・・・」
オスカルはおれを見た。
 「お、おれ?」
おれは思わず自分で自分を指差して聞いた。

 「私の方が強いのは分かっているんだが、おまえは何と言ったらいいのか・・・・・」
オスカルは考え込んだ。
 「追い詰められてどうしようもなくなると凄い力を出しそうな気がする。」
 「・・・それって、火事場の馬鹿力っていうやつじゃ・・・・・・」
 「ああそうだ。“窮鼠猫を噛む”とかな。」
オスカルは頷いた。

 「オスカル・・・ちっとも嬉しくない。」
 「どうしてだ?本当に必要な時、そういう時実力が出せなければ力は無いに等しい。違うか?」
 「そりゃまあ・・・そうだけど・・・」

 「アンドレ、おまえはイザという時には頼りになる・・・」
 「本当か?」
 「・・・かもしれない。」
 「何だよ。それは!」

オスカルは笑った。
それから
 「・・・・そうだったら楽しいのに。」
と、ぽつりと言った。

 「本当は頼りにならないから?」
 「違う!そうではない!そうではなくて、おまえがもし・・・」
オスカルは言いかけて、おれの顔をじっと見つめた。
何か考えこんでるようだった。
そして・・・

 「オスカル・・・顔が赤い。」
 「うるさい!」
 「なんだよ。怒らなくても・・・だた顔が赤いって言っただけで・・・」
 「黙れ!」
 「な・・・なに怒ってるんだよ。」
 「別に怒ってなぞいない!」
 「・・・・・怒ってるじゃないか・・・・」

オスカルはフンという様子で顔をそらした、真っ赤な顔のまま・・・・
なんなんだ一体?
おれ・・何か気に触る事言ったんだろうか?
考えてみたけれど思い当たる事はなかった。
この件にはこれ以上触れないでおこう。

 「ところでさ、前から聞いてみたかったんだけど・・・・」
 「なんだ?」オスカルは不機嫌に言った。
 「あのさ、龍達はどうしてジャルジェ家の守護者になったのかな?」

 「“悪逆非道の銀龍に誰一人刃向える者はいなかった。しかし初代は、戦いを挑んだ。1ヶ月間戦って銀龍は初代に服従した。” 覚書によればな。」
 「1ヶ月間戦いを挑んだ。すごいなあ!それじゃあ、もう1頭の青目の黒い方は?」
 「わたしは生まれてからすぐにフランスを離れたから・・・・そちらは見た事がないし、詳しい事は知らない。クレマンなら・・・・ジャルジェ家の占い師なら知っていると思う。」
そうか、見たことないのか・・・・

 「アンドレおまえ・・・・黒龍を見た事があるのか?クレマンにも会ったのだな?」
 「ああ、ちょっと。」
 「一体何があった?」
オスカルは真剣な面持ちでおれに尋ねた。
ああ、まったく!女の勘は鋭いよな・・・・

 「いや、たいした事じゃないんだ。クレマンという人は母の大切な顧客で・・・・その関係で今年の夏にフランスへ行った時に会ったんだ。」
 「そうか、クレマンの件は分かった。で?何故黒龍に?」
 「それは・・・偶然。」
 「あれはジャルジェの家から離れないと聞いたが?ジャルジェ家へ行ったのだな?何故だ?」
 「それはガードの件で・・・」
 「ガードの件は板倉からの紹介だと聞いているが?」
 「そ、そうなのか・・・おれはクレマンと言う人が・・・」

おれは言葉を濁した。
知られくない、昔の事は絶対に!

 「まあいい。クレマンに聞けばいいだけだしな。」
 「き、聞かなくていい!」
それだけはやめてくれ!
だってあの人全部知ってるんだぞ!
母さんは、ガキの頃の家出の件まで話したんだぞ・・・
あの占い師は、絶対に!楽しそうに全部話すタイプだ!!!
目に浮かぶようだ!どうやって話すか・・・

“200年も忘れられず絵に取り付いていた!ほう、それはすばらしい。ここまで来ると狂恋ですね。危ないですね。それもまた素敵ですが・・・ふふふ・・”って!
おれに言ったのと同じ事をオスカルにも・・・・絶対やだ!やめてくれ!
おれは危ない奴じゃないし!昔の事なんか知らないし!アンドレじゃないんだし!
それに!おれはオスカルを愛してない!
おれにとってオスカルはすごくいい友達なんだ!男とか女とか関係なく!
絶対そうなんだ!

 「オスカル!」
 「なんだ?」
オスカルは怪訝そうにおれを見た。
 「おれはおまえの友達だからな!どんな事があっても!」
 「おまえは・・・わたしの友達だ!そうだ!もちろんそうだ!当たり前じゃないか!」

オスカルは・・・また赤くなった。
まずい。変だよな、今のいい方・・・・
おれは、ちょっと落ち込んだ。