「・・・・では、こちらの譲渡書にサインをしていただけますかな。そう、ここに・・・」
おれがサインするとジャルジェ家の顧問弁護士は頷き
 「契約は成立しました。それではわたくしはこれで。」
というと、慌てて部屋を後にした。
あの弁護士は少しわかるんだ。
そうでなきゃあんなに慌てて出て行かないよな・・・・
ほんとに・・・なんでこういう家って必ずいるんだろう?
おれは、弁護士の出て行った扉を見ながら小さく溜息をついた。

ふと気づくと、ジャルジェ家の当主、オスカル・フランソワがおれの方をじっと見ている。
見事な金髪に青い瞳の端正な顔立ち。
40歳には見えない、せいぜい32・3歳。
どことなくオスカルに似ていて、不思議な気分・・・そして名前。

 「オスカルという名は・・・ハリウッド女優だった母がつけたものでね。」
彼は突然話し出した。
 「オスカー賞の主演女優にノミネートされたことは何度かあったのだが、結局一度も取れなくてね。だから、ご先祖とは関係ないのだよ。」
 「そうですか・・・ぼくはてっきりその・・・・・・」
聞きたいことは、色々あった。
しかし、彼の持つ雰囲気が−上に立つ者としての風格のようなものが−聞くのを邪魔していた。
それともう一つが・・・・・・

 「緊張させてしまったかな?君の年ぐらいの子と話す機会がほとんどなくてね。絵を寄贈してくれて君には感謝している。実は、代々この絵を探し続けていてね。しかし、まさかアンドレが持ってこようとは思いもよらなかったが。」
 「ムッシュー、あのぼくは・・・」
 「いや悪かった、からかったりして。あまりに似ているからつい・・・ね。」
彼は笑いながら言った。

 「ご先祖のオスカルの事は今となっては秘密にする必要もないのだが、“オスカル・フランソワの存在を公に認めたなら、相続権を放棄すること”と、もう1つ“どんなことがあってもオスカルの絵が見つかるまで探し続けること”がこの家の決まりでね。」
 「オスカルの絵を探すことが決まり・・・ですか?」

オスカル・フランソワは頷いた。
 「前者はオスカルの父親からで、後者は母親からだと伝え聞いている。母親は、2枚の絵を一緒にしてやりたかったようだ。君が持っていたほうの絵は、アンドレの棺に納められていたんだが、墓泥棒に遭ってね。それ以来ずっと行方知れずだった。」
机に置かれていた2枚の絵を見ながら、彼は話を続けた。
 「2枚の絵は綴じ代が逆になっているだろう。表紙を留めてある丁番を外すと表紙が取れる。やってごらん。そう、簡単だろう?で2枚の絵を合わせて、再び丁番で留める、そうだ。」

おれは、彼に言われるようにした。
本当に簡単に表紙が外れて、2枚の絵は留められて1つの絵になった。
ああ・・・・これは!

2人は向かい合って、アンドレは本当に嬉しそうにオスカルに笑いかけていた。
今までオスカルの絵は、少し怒っている所を描いたと思っていたが・・・・そうじゃない!
次の表情に移る、ほんの少し前の様子なんだ!
きっとこの後・・・・

 「笑うのだろうね。彼女は・・・・」
 「ええ、きっと。」

きっと素敵な笑顔で笑うんだ!!!
おれは・・・この絵をここへ持ってきてよかった。
心から・・・よかったと思う。
やっと一緒になれたんだ。

おれはしばらく絵を見つめていた。
そして彼に話しかけようとして・・・・様子が変だ、どうしたんだろう?

 「どうかしましたか?」
 「いや、なんでもないよ。」 彼は時計を見た。
 「もうこんな時間か。すまないね、そろそろ私は出掛けなければ。確か時間は空いているのだったね?」
彼はおれに尋ねると、扉の前に控えている使用人に 「クレマンを呼んでくれ。」と命じた。

しばらくして占い師がやってきた。
 「後はお前に任せる。では勇、ゆっくりしていってくれたまえ。」
そういうと、ジャルジェ家の当主は おれを抱きしめて
 「ありがとう。」と日本語で言うと部屋を出て行った。
そのあと使用人もいなくなり、部屋にはおれと占い師とそれが残された。

 「この家のように、旧家の持つ重圧感がどこから来るのか・・・君には解りますか?家を守るもの ―守護者― 日本では確か・・・“ザシキワラシ”でしたか?それが持つ独特の空気からくるのですよ。」
占い師は楽しくて仕方がないという様子でおれに言った。
 「この家の守護者は、普段は姿を隠していてめったに現れないのですよ。今日は本当にすばらしい!デュボーコレクションの内見会をキャンセルしたのは残念でしたが・・・・・・そうだ、冴子に伝えておいてくれるかな?私は“あれ”さえ手に入れば他はいりませんからと・・・・ふふふ・・・」

“あれ”ってなんだよ、“あれ”って!
デュボーって、神崎さんの言っていた危ない物コレクターだよな?
ああ!やっぱりこいつはめちゃくちゃ危ない奴なんだ!
・・・・でも本当は、こいつはまだ危なくない。
きっとこいつより数十倍、数百倍危ない奴・・・おれはそれを見た。
壁に掛かった絵を見るふりをして・・・

そこには瞳孔のないビー玉みたいな、真っ青な目をした黒い奴がいた。
ムッシューがいた時からずっとこの部屋にいて・・・
どう見たってドラゴンだ!
黒い龍!
これが守護者?
勘弁してくれ〜〜〜
あいつにおれが見える事がわかったら・・・そ・・・それだけは願い下げだ!

 「・・・・えっと、その・・・絵を渡したので、ぼくは、もう失礼させていただこうかと・・・・・」
おれは切り出した。 すると占い師は笑って
 「おやおや、これから例の話をしてからジャルジェコレクションの見学に向おうと思っているのに!大丈夫、時間は十分にあるのですから。」
 「例の話って、一体何ですか?」
おれは訳がわからず聞き返した。
 「おや、おかしいですね。冴子の話だと160年前のことを是非知りたいということでしたが・・・」
占い師は首を傾げた。

母さん、あなたって人は・・・・
そんなに知りたかったら自分で聞けよ!
おれは知りたくないって!!!

 「それは、母の勘違いですね。ぼくはそういう話は絶対に・・・・」
 「聞かないほうがいい!君の言う通りですよ。関わらない方がいい。それが幸せです。」
彼は、冷たい声でそう言った。

 「167年前、ジャルジェ家直系の女性が守護者とある約束を交わしました。“ジャルジェ家の直系には女性は決して生まれないように”と。」
早死にするんじゃ?・・・ない。
 「この167年間で生まれてきたのは8人です。何故呪いが働かなかったのか?それはわかりません。しかし、3人は天寿をまっとうしました。20歳の誕生日まで護りきれたから。」
護りきれたからって・・・何から護る?龍から?そこにいる龍が・・・殺す?
 「この話はこれ以上は・・・止めておきましょう。他の4人の女性が20歳の誕生日を迎えることが出来ず亡くなっている、興味本位で聞かせる話ではないのでね。」

噂じゃなかったんだ。
じゃあ167年前にいた誰かが、そこの龍に呪いをかけさせたって事?
守護者って、家を守るものじゃないのか?
 「守護者はただ見守るだけのもの、家の繁栄を司るものです。しかし、ジャルジェ家直系の・・・力を持つ者が強く願った場合は別です。」
まるでおれの心の中を読んだように彼は言った。

 「さて、コレクションを見にいきましょうか?勇。」
この話がもっと続くかと思ったおれはほっとした。
それに!やっとこの部屋から出られる!

 「そういえば・・・勇、君はジャルジェ家の紋章が何か知っていますか?」
紋章?おれは首を振った。
 「いいえ、知りません。」
 「“2頭の龍に剣”ですよ。」
おれは占い師の顔を見た。
ま・・・まだ他に・・・もう1頭いる?じゃ、じゃあ1頭が呪いをかけて、もう1頭は・・・
占い師はにっこりと笑った。