「歌ってるみたいだ・・・・・」
おれは言った。
 「ビオラか・・・チェロの方が人の声に近い。」
オスカルは弦の調整をしながら言った。
 「へえ、そうなんだ。おれ・・・ヴァイオリンてさ、きーきーって!かん高い音しかしないと思ってた。」
オスカルは笑った。
 「よほど酷い演奏しか聴いたことがないようだな。今日はこんな天気だからあまりいい音が出ないんだぞ。次は・・・何かリクエストはあるか?」
 「曲名なんてわからないよ。クラシックなんて音楽の授業でしか聞いたことないから。」
 「では・・・・・わたしが好きなのを。本来はピアノ曲だ。」

  オスカルはヴァイオリンを顎に当てると、弓をすーっと動かした。
空気が振動して柔らかい音になる。
魔法のようだ。
この曲は・・・・ああ、聴いた事がある。
静かな優しい・・・音。
オスカルの優しい顔。
外は季節外れの酷い雨。だけど、ここは違う。
龍もジャルジェ家の財産も何もかも、全部嘘のようだ。
音だけが響く、柔らかいやさしい音だけが・・・・・
こんな時間がずっと続いたら・・・オスカルはいっぱい優しい顔ができるのに。
ずっと続けばいいのに!
ずっと続けば・・・・・

 「なんだかな・・・・」
監視カメラを見ながら加藤は言った。

 「何が “なんだかな” だ。俺は優李の弾くヴァイオリンは好きだから苦にならんが。」
横にいた石塚は加藤に言った。
 「そうじゃなくて!俺はここで何をしてるのか?と自問自答してみたくなるよーな心境なわけ。」
 「部屋に2人きりでいる時はモニターでの監視は必ず!だ。」
 「だから!なんだかな・・・・」
石塚は溜息をついた。

 「まあな、この2ヵ月半は・・・無意味だな。」
 「だろう。この前もソファで2人してTV見てて優李が寝ちゃって・・・勇がいくら起こしても起きなくて。挙句!勇を抱き枕代わり。」
 「ああ、例のあれか!坂本さんが “すぐに来い!面白いものが見られるぞって!”ってメール寄こしたんだよな。」
  「深夜なのに14、15名は来たぞ。」
 「という事は・・・本部から来てる手伝いの奴もか?あの人のことだ、ここの警備に関わった奴全員に連絡したな。そういえば賭けもあったのだろう?」
 「全員! “勇は何もしない” に賭けたんだぜ。話にならねーって!それにしても、助けを求めた勇には悪いが・・・最高に面白かった。」
 「助けを求めた?あー!お前ら無視したな!気の毒に・・・よく辛抱きいたな、勇。」
 「まあな。結局朝になって、たまたまマリアが部屋に来て・・・」
 「それは知ってる!朝出勤したら、大騒ぎだったからな。」
 「だろう?普通は母親は言わねーって!あんな事。」
 「確かに。それに輪をかけてすごかったのが・・・・」
二人は顔を見合わせると・・・吹き出した。

 「おじょーさまだ!正真正銘の箱入りのおじょーさま!」
 「信じられないな!あれで16歳だぜ!」
しばらく笑い転げていたが、先に笑うのをやめた石塚がポツリと言った。
 「・・・2ヶ月半前ならこうはいかなかった。」
 「ああ、神経使った。夜は特にな。」
加藤もしんみりと答えた。

 「監視されていても問題は起こる。俺は思った、あの蒼い目は魔性の目だと。誰も彼も皆狂わせる。」
モニターに映る優李の姿を見ながら石塚は言った。
 「俺は単に挑発してるのかと思った。でも本当は・・・“イジワルするから嫌い。なかよくなんかしてあげない!” だな。」
 「なんだそりゃ?」
 「中坊どころか小学生並だろ?幼なくってさ。まったくよ、どうして今まで分かんなかったんだろう?」
 「ああ、そうだな。勇が来て・・・勇が来るまでわからなかった。弱みを見せまいとしてつっぱってたんだ。見た目がああだから完璧に誤解される。」
 「改めてよくよく考えると、酷い境遇だぜ。」
 「・・・・ああ。かわいそうに・・・・」
二人は黙って優李の写るモニターを見つめた。

 「・・・・かわいいよな。」
モニターに映る優李を見ていた加藤が、ぽつりと言った。

 「お前は・・・・・龍のガードみたいな事を!判ってるのか?俺達はガードだ。奴らと違って本当のガードなんだ。ガードの職務はなあ・・・」
 「ああうるさい!お前だってそう思ってるくせに!どうだ?そうだろう。」加藤は石塚を睨みつけた。
 「それは・・・まあ・・・最近は・・・・あの見た目とのギャップの差が・・・なんと言うか・・・・」
もごもごと石塚は口篭った。
 「だろう?俺は、警備担当でよかったと思う。絶対!龍のガードは俺じゃ無理。勇は・・・あいつはスゲーよ。」
 「・・・・・ガードの鏡だな。」
 「だろう。だからこれは無意味だよ。大体!あの女ターミネーターがだ!部屋で何時間も二人きりなのに見に行こうとすらしないんだぜ。現に今だって女ターミネーターの姿は・・・・・・」

加藤は口篭った。
石塚は俺は何も知らんとばかりに監視カメラを睨みつけた。
いつの間にか加藤の背後に立っていたジャンヌは、彼に流し目をくれてやると言った。
 「加藤、高橋との話が済んだら・・・・今の話、ゆっくり!聞かせてくれるわね?」
 「えーあうえうおえ・・・・・」

 「どうした、何かあったのか。」
部屋へ入って来た高橋は怪訝そうに聞いた。
 「いいのよ、加藤はあとであたしと話すのが嬉しくて仕方ないの。それより・・・」
 「ああ、隣の部屋でいいか。」

 「タバコもらえるかしら?」
ジャンヌは椅子に座るなり、高橋に言った。
 「持ってない、禁煙中だ。」
 「馬鹿ね!吸いたいのに我慢するなんて愚の骨頂よ。あたしは50本でも100本でも吸うわよ。」
ジャンヌの言葉に高橋は口を開きかけたが・・・思い留まった。

 「で、何?」
ジャンヌはそんな高橋の様子を気にする風もなく尋ねた。
 「・・・理由はわかっているだろう?」
高橋は言った。
 「それじゃ、このまま板倉には黙ってて。」
ジャンヌはさらりと言った。
少しの間、高橋はジャンヌを見つめていたがおもむろに口を開いた。
 「12月は難しいかもしれない。・・・なんだ?」
 「すぐに報告すると思ってたから、どうやって説得しようかとあれこれ考えてたのよ。」
ジャンヌは意外そうな顔をして言った。
高橋は苦笑した。
それから、膝の上で組んでいた手をしばらく見つめていだが口を開いた。

 「俺は、ここで優李のガードをするのは・・・・・2度目になる。」
 「初耳だわ。」
ジャンヌは驚いて言った。
 「誰も知らないと思う。8年前、3ヶ月ほど応援だから。龍のガードがアーロン・グラディリアだった頃だ。」
 「伝説のゴーストバスターね。優李に剣を教えたという。確か・・・それが原因でオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェとトラブって辞めたと聞いた。残りの契約をオスカル・フランソワが一方的に破棄したとか。

 「5年・・・いやもう6年近く前になるか、警備の人間も総入れ替えで本部は大騒ぎになった。確かに龍と戦わせるなどというのは、親として許す事など出来なかったのだろうが。」
高橋は小さく溜息をついた。

 「あの頃の優李は・・・・よく笑った。確かに気難しい子だったが、喜怒哀楽がはっきりしていて考えている事が手に取るようにわかった。外では今みたいな所はあったがそれほど酷くはなかったし、俺達警備の所へもよくやってきて色々な話をしてくれた。サッカーやキャッチボールなどしたりもしたな。」
高橋は微笑んだ。

 「いつだったか息せき切って飛んできて “みんな護ってやるからな!”と言うんだ、嬉しそうに。どうしたのか聞いたら “今アーロンから1本取ったんだ!” と。それを聞いて他の奴が “それじゃ俺たちの仕事がなくなりますよ” というと “なくなったらいっぱい遊べるぞ。なにして遊ぼう?” 嬉しそうに笑って、それから・・・・どうした?信じられないか。」
あっけに取られたように自分を見つめるジャンヌに高橋は言った。
 「・・・・想像つかない。あたしが来た時にはアイス・ドール、家族以外には不信感の塊。」
 「2年前再び来た時、あの髪と瞳がなければ・・・誰だか判らなかった。」
高橋は苦く笑った。

 「あの時のガードが激悪!優李と年が近いから少しはいいかと思ったら・・・思い出すだけで気分が悪い!だから勇には首の骨だけは折らないようにしなければ!とね、その程度。それがどう?」
 「ああ、俺も想像すらしなかった。」

 「初めて勇がここへ来た日、帰り際に勇が優李を見て “じゃあ明日” そう言ったの。その時、なんていったらいいのか・・・・」
 「嬉しそうだった。」
高橋は答えた。
 「勇はね。嬉しいって顔をした−会えて嬉しい、とても嬉しい!−そんな感じ。それで優李は・・・・あたしは初めて見た、あんなに優しい顔をした優李を。いつもの張り詰めた空気がきれいになくなって・・・・忘れられないのよ!いつもなら凍りつくような冷ややかな目で見るだけなのに!」

 「二人きりだとよくそんな表情をする。優李は勇の側だと安心しきっている。」
 「ええ。でも限度ってものがある。あの子、勇を何だと思ってるのかしら?これまでガードとあれだけ色々あったのよ!それが・・・今回改めて思ったけど!ねんねよ、まったく!頭が痛いわ。」
ジャンヌはどうしようもないというように高橋を見た。
 「いや、大丈夫だろう。あそこまで信頼されると男の方は困る。」

 「あら?」
 「何だ?」
 「何が困るのかしら?」
 「いや・・・・」
 「あたしは全然!わからないんだけど?」
 「・・・・」
 「何かしら?」
 「・・・・・そうやって何もかもわかっているのではなくて、まったく何もわかっていないからだ。」
高橋はボソボソと言った。
ジャンヌはそんな彼を面白そうに眺めてくすくす笑った。

 「まあいいわ。とにかく、勇は優李を本当によく見てる。付かず離れず、必要な時は必ずいるし優李が一人きりになりたいような時は少し距離を置く。長い間、ずっとそうして側にいたみたいに・・・・距離のとり方が絶妙。」
 「勇はいいガードになれる。」
 「そうね、勇はいいガード。これでもっと力さえあれば・・・・」

ジャンヌは溜息をついた。
 「なんとか年内は、優李の好きにさせてやれるよう手を回してみよう。」
高橋は言った。
 「迷惑かけるけど、お願い。」
 「あまり期待はしないでくれ。宮仕えに出来る事はしれている。」
 「期待してるわ。」
 「がんばってはみるよ。」
高橋は笑って答えた。