「もっと長いかと思っていたけど・・・」
おれがそう言うと、オスカルは冷ややかに答えた。
 「警備のガードは大抵1・2年で交代だ。彼らには危険手当が付くらしいぞ。長居は禁物という事だ。」
 「それじゃあ、高橋さんももうすぐいなくなるのか?」
些細な事から警備のガードの話になったが、おれはとても心配になって尋ねた。

 オスカルの警備のガードがうまくいっているのは、高橋さんの存在が大きいと思う。
4・5日前も、家の側で数名見知らぬ人物がいて・・・・おれにはただの通りすがりにしか見えなかった。
ジャンヌも・・・・他の皆もだ。
けれど高橋さんの判断は素早かった。

すぐに指示を出して尾行させて・・・実際、危ない所だった。
というのは、こいつらはオスカルの誘拐を企てる為の下見だったのが発覚したからだ。
高橋さんは他のガードからの信頼も厚いし、本当に頼りがいのある人だ。
それに・・・オスカルを解ってくれてる。

 「無理だな。高橋には可哀相だが・・・大怪我でもしない限りな。」
わかるだろう理由は?オスカルはそんな様子でおれを見た。
 「高橋さんは頼りになるから。」
 「それもあるだろうが一番は辛抱強さだ。2年半もジャンヌと一緒に仕事が出来たのは高橋だけだ。」
オスカルは言った。
 「そうか・・・そうだよな・・・・」

確かにジャンヌと四六時中顔をつき合わせて2年半というのは辛抱強くなきゃ務まらないよな。
もしかしたら高橋さんがあまりしゃべらないのも・・・・笑わないのも、その所為かも知れない。
おれがそんな事を考えていると、オスカルは何か思い出したのかクスリと笑った。

 「なんだ?オスカル。」
 「いや、板倉の言葉を思い出したんだ。おまえがガードに決まった時。」
オスカルは面白そうにおれを見た。
 「先輩・・・・なんて?」
 「アンドレ、おまえが “高橋より辛抱強い” と。それを聞いてジャンヌは・・・・本当に楽しみにしていた。」
・・・・先輩、余計な事を!

 「・・・よーく分かった!あの流し目と毒舌がどのくらい楽しみにしてたかってね。思うんだけどさ、やりたい放題だよなジャンヌって!悪の女王様って感じ?」
ぶーっと吹き出したのは、助手席にいた坂本さんだ。
 「坂本さん、何ですか!」
 「いや、何でもない。」
坂本さんは2・3回咳払いをした。
 「・・・今の事、絶対ジャンヌにに言わないでくださいよ。」

おれは心配になって坂本さんに言った。
 「俺は口の堅い男だぞ。」
坂本さんはそう言ったが、心配なんだよなこの人は・・・・

 「帰ったら、ジャンヌはすでに知っているな。」
オスカルはボソッと呟いた。
 「オスカル!恐ろしい事を言うなよ!坂本さん!絶対に・・・」
 「着きましたよ。」
その時、運転手の江本さんが言った。

オスカルはサングラスをかけた。
人が多い所へ出かける時は大抵使う。
“サングラスをかけると人目を引かなくなる”と、オスカルは思い込んでいるが効果はないな。
だって!似合うんだこれが。サングラスで瞳は見えないけれど、かえってそれが人目を引いたりする。
要するにオスカルは何をしても目立つのだ。

 「携帯は?」 坂本さんは聞いた。
 「持っている。」 オスカルは答えた。
これはどこかへ行く時、必ず交わされる会話。
携帯は連絡取る為もあるが、重要な使い道は搭載されてるGPSシステム。
万が一誘拐された時、持っていれば場所がわかるからだ。

この他にもオスカルは、自分専用のクレジットカードやキャッシュカードなども沢山持っている。
何かあった時役立つからと、ムシューがオスカルに無理やり持たせたものらしい。
無理やりというのおれの意見だけどそんな感じだと思う。
ちょっと前、オスカルがムシューとの電話をガチャン!と不機嫌に切って言ったんだ。

  「・・・・好きなだけ?使い切ってもいい?あれを?全部?飛行機を・・・いや!

戦車買っても使い切れるか!!」 

・・・・オスカルは色々大変だ。

 「それじゃ、1時間後ここで待っているから。」
坂本さんは言った。
車を降りると、おれ達は目の前のビルへ入っていった。

ビルの中は・・・休みの所為だろう、平日に比べ人が多かった。
おれは何気なく後ろを振り向いた。
そこに・・・少し離れた所だったが、石塚さんと田口さん二人の警備のガードの姿を見つけた。
おれは驚いて辺りを注意深く探した。
いた!名前は・・・忘れたけどあの人達は・・・・

 「オスカル・・・後ろと左前。」
おれはオスカルに声を掛けた。
オスカルはちらっと見たが別に驚く様子も無く、逆に“何だ?”という様子でおれを見た。  「いつもより・・・厳重って感じがするんだけど・・・・先週の件があるからかな?」
 「まあな。それに、初めての場所だから。」
店の奥に進みながらオスカルは言った。
 「なるほどね。あ!オスカルそっちじゃない。こっち。」

おれが示した方へ歩きながらオスカルは答えた。
 「暫くはこの調子だ。まったく!いい迷惑だ!誘拐は・・・・仕事が趣味のオスカルが資産を増やす時は必ずだ。20歳になったら絶対!相続放棄してやる!」
 「20歳になったら?今は相続放棄出来ないのか?」
上の階へ行く為のエスカレーターに乗りながらおれは聞いた。
 「ああ、法律で決まってる。フランスでは確か・・・18歳だと思ったが、どちらにしろ20歳までは無理だろう。“20歳まではその話をする必要は無い!”オスカルは・・・父はいつもそうだ。」

オスカルは不機嫌な様子で言った。
龍の件が片付くまでは、という事だろう。
20歳になれば・・・それまでがんばればオスカルは自由になれる・・・・

 「オスカル、ここの階だ。」
おれ達はエスカレーターを降りた。

 「・・・・・こんなに種類があるのか。」
オスカルはインラインスケートがディスプレイしてある壁面を見て驚いたように言った。
 「用途によって種類が異なるから。それにこの店は、この辺で一番沢山扱ってるんだ。」
 「これは?」
 「そっちはホッケーとかスピードスケート用。こっちだよ。」
おれは探している物のある方を指差した。

 「お前の持ってるのは・・・・これか?」
 「ああ、そうだよ。アグレッシブタイプ、おれのは古いやつだけど。これは最新モデル!いいよな・・・・」
おれは思わずそれに見とれた。
 「それにしても、お前のシューズ見た時も思ったが・・・他のシューズに比べて小さいな。」
おれの見ているのをのぞきこんでオスカルは言った。

 「アグレッシブタイプはインラインスケートの中で一番小さいんだ。その分小回りきくから階段の手すりの上を滑り降りたりとか色々技を決めたりも出来るし。普通に滑るんならこっちかな?フィットネスタイプ。お前が持ってるやつと同じ。おまえはこれだろう?」
オスカルはニヤッと笑った。
 「オスカル?」
オスカルは側にいた店員に声を掛け、アグレッシブタイプのモデルの1つを示すと自分と同じサイズがあるかどうか聞いた。
店員は「今お持ちします。」といって奥へ引っ込んだ。
おれはオスカルを見た。

 「おまえが出来るのだから、わたしに出来ないはずはない!」
オスカルは自信ありげに言った。
 「・・・・危ないって、言ったくせに。」
 「だから、練習する!スケートパークの場所も調べた。最近オープンした所だ。障害物も色々あってかなり大きな所だ。」

 「どこ?近いのか!?」
おれは思わず声が大きくなった。
 「ああ、ここからだとすぐだ。ネットで調べた。」
オスカルは笑って答えた。
 「いつ行くんだ!今日?明日?」
 「わたしはこのあとでもいいが・・・」
そういいながら、オスカルは近くにいた方のガードを見た。

 「た、高橋さんに・・・れ、連絡してみないと・・・」
田口さんが言った。
オスカルは「聞いてみてくれ。」と言った。

 店員がシューズを持ってきた。
オスカルが試し履きしている時、石塚さんがおれを小突いた。

 「な、何?」
 「俺達の仕事を増やすなよな。」
石塚さんはにやにや笑いながら小声で言った。
 「だって!オスカルが行きたいんならどこでも・・・」
 「お前も行きたいんだろう?」
 「・・・・そりゃまあ・・・・」
 「まあいい。高橋さんは優李に甘いから余程の事が無い限りOK出すだろうし。ただし!場所を確認してからだぞ。」

 「どうかしたのか?」
オスカルはおれ達の話しているのを見て尋ねた。
 「いや、場所だけ確認できたらOKだってさ。」
オスカルは嬉しそうに笑った。
 「ここからだと近い。まず大通りへ出てそれから・・・・・・」
オスカルは急に話すのをやめて・・・おれの顔を見つめた。
 「どうかしたのか?」

 「・・・・行けない。」
 「なんで!」
オスカルはおれの顔をじっと見てる。

 「あっ!」
おれは気がついた。
 「そういうことだ。」
オスカルは言った。
おれ・・・・シューズ、寮に置いてきた。

結局、スケートパークは後日改めて行く事になった。
ついてない。おれの所為なんだけれど・・・
実は、ついてない事はそれだけでは終わらなかった。

帰ると、ジャンヌが例の流し目でおれを見たんだ。
坂本さん〜絶対話さないでくれっていったのに!!!

GPS
GPS衛星を使っての位置捕捉システム。専用端末やPHS(最近では携帯も)等を使い、それを持っている人(車両)等の現在位置を調べる事ができる。