「学校はどうした?」
ぼんやりとチビを眺めていたおれは、突然話しかけられたのでびっくりして声のする方を見た。
そこには、警備主任の高橋さんがいて・・・怪訝そうにおれを見つめていた。

 「今日は創立記念で学校は休みで、それで・・・・」
 「そうか・・・・」
高橋さんは頷いた。
それからおれに聞いてきた。
“ケーキは好きか?”と

 石井家の敷地内には警備の詰所があって、警備の人が絶えず4、5人程いる。
だけどこの中に板倉さんはいない。先輩は週に1度か2度様子を見に来る程度だ。
だから主任の高橋さんが責任者として日々の対応に追われてる。

勿論警備の人は皆、板倉さんの所から派遣された人達だ。
ここの警備の専任が5名、あとは手伝いで色々な人が来て・・・・交代で常駐だ。
でも、今は高橋さんと坂本さんしかいないようだ。

 「・・・・・じゃあ、優李を迎えに行く時間まで遊びにでも行けばよかったのに。」
ケーキを頬張りながら坂本さんは言った。
 「本当はそのつもりだったんですけど、約束してた奴が追試で・・・」
 「なるほどな。そういやおまえは大丈夫だったのか?古典が!物理が!とか騒いでいたろう?」

 「それが、めちゃくちゃ点数良かったんですよ!おれ、古典で追試受けなかったの初めてです!」
 「家庭教師が良かったか?」
高橋さんがぼそっとおれに言った。
 「そうです!オスカルって教えるの上手なんだ。」
本当にそうだ。これもオスカルのおかげだ。
おれは最後のケーキのひとかけらを口に運びながら思った。

 「ご馳走様でした。」
おれはそう言ってから、坂本さんがじっとおれを見ているのに気づいた。
 「坂本さん、どうか・・・したんですか?」
おれは聞いた。
 「いや、龍のガードとこんなもん食いながら話するなんて考えてもみなかったからな。」
そう言ってから坂本さんはケーキを口に運んだ。

 「どうしてですか?龍のガードも警備のガードも板倉先輩の家から派遣されて来てるんでしょう?」
 「全員じゃない。大抵はジャルジェ家がスカウトしてくるのさ。確かに前任者はうちからだが・・・」
 「ジャルジェ家がスカウトって事は、外人さんが多いから会話が出来ない・・・とか?」
 「お前なあ・・・話が通じなかったら仕事にならんだろうが!」
坂本さんは呆れた様子でおれに言った。
 「そうか・・・・じゃあ何故?」

おれが聞くと坂本さんは・・・ちらっと高橋さんの方を見た。
高橋さんは坂本さんに軽く頷いた。
それを見て、坂本さんはおれに話し始めた。
 「分かってるかもしれないが、俺達の仕事には対龍用のガードの監視もあるんだ。具体的に例を挙げるとだな・・・・部屋で優李と二人きりの時は、四六時中お前の動向をモニターでチェックしてる。」

 「そのことですか。先輩から聞いてますよ。そりゃ最初は気になりましたけど・・・慣れちゃうと全然。」
おれは笑いながら言った。
 「でも、いい気分ではないだろう?その他にも・・・色々問題があってな。」
坂本さんは溜息混じりに言った。

 「その、解雇された人とか・・・ですか?」
おれが聞くと、坂本さんは苦笑いした。
 「依願退職組も似たようなものだ。龍のガードは本来オフェンス専門の人間だ。そもそもガード、つまり護衛する自体に無理があるのさ。だから、とばっちりは全部俺達警備のガードへ来る!」
 「はあ・・・・」

 「お前は違うぞ。お前が来てからあの気難しい姫君も信じられないくらい扱いやすくなったしな。」
 「坂本さん!オスカルは気難しいんじゃなくて!」
 「お前が来てからはな。俺も彼女に対して少し考えが変わったが・・・それでもあの凍りつくような目はな。まあなんだ、お前が来て俺達は喜んでる。こいつも間に入って苦労しなくて良くなったし。そういや高橋、お前タバコの本数随分減ったよな?」
坂本さんは高橋さんに尋ねた。
 「そうだな、ジャンヌから怒鳴られなくなったからな。」
高橋さんは言った。

 「ジャンヌが?だって、ジャンヌだってかなり吸うじゃないですか!それなのに?高橋さん、余計なお世話だって言ってやれば・・・・」
 「じゃあお前言って見ろ。で!色っぽいが恐ろしいあの流し目で見られて、蹴りの2つ3つ貰ってみるか?」
坂本さんが口をはさんだ。
 「そ、それは・・・ちょっと・・・・」
おれは口ごもった。
 「まあ・・・・そういうことだ。」
高橋さんは苦笑いをしながら付け加えた。

その時、部屋へ田口さんが入ってきた。
 「さ、坂本さん、そ、そろそろ時間なんですが。」
 「おっと!もう見回りの時間か?」
坂本さんは部屋の壁に掛けてあった時計を見ると、慌てて立ち上がった。
 「じゃあおれも・・・・あの、ケーキご馳走様でした。美味しかったです。」

 「勇。」
坂本さんに続いて部屋を出ようとする時、不意に名前を呼ばれた。
おれは高橋さんの方を振り返った。
高橋さんは言った。
 「一番喜んでいるのは優李だ。」

おれは高橋さんを見つめた。
 「優李はお前が来て・・・・とても喜んでいる。分からないかも知れないが・・・・」
そこまで言って、高橋さんは悲しげな様子をした。
 「あの子は誤解されるような態度を取るが、本当は優しい子なんだ。」
この人は・・・・

 「おれ知ってます。オスカルは自分より他人の事を考えるような奴なんです。もっと自分の事だけ考えればいいのに!オスカル、優しいから・・・・馬鹿ですよね、あいつ・・・・・・・」
 「・・・・ああ、そうだな。」
高橋さんはそう言って悲しげに笑った。