The sweetest voice 2


 「ホントお前は女見る目がないっつーか、ダメダメだ!」
「佐々木、そう言ってやるなよ。それでも今回は5ヶ月だぜ5ヶ月!記録更新。」
木村のその言葉に勇は机に突っ伏したまま言った。
「・・・5ヶ月じゃない、6ヶ月。」
「お前さあ、そんなこと言ってる自分が恥ずかしくない?どちらにしろ振られた事にはかわりないだろう。」
沖のその言葉に机に突っ伏していた勇はようやく顔を上げた。
「お前ら・・・人が落ち込んでるのになんでそう!慰めの言葉の一つぐらいないのか?」
「8回目ともなると、かける言葉も底打ったし!」 「もうウザいから早く10人目いってしまえ!だな。」
「・・・おれが失恋を苦に遺書書く時は、お前ら全員の名前を書くからな。」
勇はそう言うと自分の机のまわりで自分を眺めている友人達を睨みつけた。
「お前が言うと説得力なさ過ぎ。大体1ヶ月もするとやっぱ彼女欲しい〜ってなるくせに。」
木村は呆れた様子で言ったのに続いて青山が 「で、またリピート。同じ事の繰り返し。」 と付け加えた。
「うるさい!」
その声に教室にいた他のクラスメイトの何人かが勇のまわりへ集まって来た。
「おい、どうした?」
「勇君またしても振られちゃいました。」
望が勇のかわりに答えた。
「また?とうとう20人目?ワタル超えたのか?」
「誰が20人だ!おれはワタルじゃない!」
勇はまたしても叫んだ。それを聞きつけてワタルも勇の側へやって来た。
「どうした?お前とうとうオレを超えたの?」
「超えてないよ!」
「まだ8人目らしい。」
他のクラスメイトが口を挟んだ。
「なんだ、たかが8人に振られたくらいでなに落ち込んでるんだ?お前馬鹿じゃない?」
「うるさい!今回はな・・・ああ畜生!何であんな事を・・・」
勇は頭を抱えた。それを見て友人達は顔を見合わせて、そうして青山が冷ややかに言葉をかけた。
「振られたのよりゴッドマザーに知られたのが辛いんだろう。」
「それってさあ、勇のおばさんの事?」
望が尋ねたので、佐々木は呆れた様子で言った。
「お前いい加減 “おばさん” 直せ!冴子さんに会った時、また・・・」
「分かってるって!それにしてもさあ、2ヵ月後の夏休みは恐怖だよな。おばさんこれをネタに大喜びで毎日毎日楽しく勇をいじめるよな。頑張れよ、勇!俺さ、応援してるから。」
勇は答えなかった。
「なあ、それってどういう事?」
先程やってきたクラスメイトの一人が聞いた。
「ゴールデンウィーク前、間違いなく家には勇がいないことが判っていたにも関わらず勇の彼女、今は元彼女だな。その元彼女は別れ話を留守電に入れた。で、先週のゴールデンウィークに勇が家に帰った時、冴子さんが笑顔でそれを聞かせてくれた。とまあこんな所。」
その問いに木村が答えた。
「それは・・・気の毒に。お前さあ、夏休みまで何があっても家には顔出さない方がいいぞ。」
「お前んちの母親、恐えーもんな。」
山口がいかにも恐ろしそうに言った。
「もういい!!あーもう!何で留守電なんかに入れるんだよ〜せめてメールで・・・」
「それがお前への最後の嫌がらせだな。」
「おれが何をしたっつーんだよ!なんだよ、あの訳の分からない伝言は!おれがまるで浮気したような言い方!それに “勇とは違って彼は私を好きだから” なんだそれは?おれだってちゃんと・・・・」
「つまりお前に破局の原因があるんだろ。」
「どこがおれ?おれは浮気なんてしてない!されたんだぞ!そりゃ寮生活だから週2回も会えないけど・・・それが原因?なら打つ手なしじゃん。」
「そんなの言い訳にするなよ、見苦しいぞ。俺は2年も続いてるし・・・沖、お前何年目だっけ?」
「俺は3年目。やっぱ愛し方が足りなかったんじゃない?勇君。」
「余裕の発言!いいよな〜」
「ねえねえ沖、それってあれ?ひょっとして身体も・・・って事?」
「そういうことですか、ほおー。」
「お、おい!お前ら!」
慌てて沖は彼らに言ってから 「勇、睨むなって!こいつ等はともかくお前にはそんな心配はしてないって!」 と言い訳した。
「酷いよ〜どうせ俺らはさあ!」 「所詮彼女持ちに、俺等の気持ちなんて〜」
「お前ら拗ねるなよ〜!その話は今度またゆっくりな。話を元に戻すぞ、つまり俺が言いたいのは・・・」
彼は考え込んで 「そうだ、ジョス!ジョス・レイスだ!そうだろう?」 と叫んで、皆を見回したので友人達は顔を見合わせて頷いた。
「そっかー!ジョスみたいに愛してやればうまくいくな。」
「愛してやればって・・・ワタルお前さあ、ジョスはただの歌手だぞ?」
呆れたように言った勇の言葉に、まわりにいた皆が爆笑した。それを見て勇は訳が分からず尋ねた。
「何がおかしい?」
「ただの歌手?そのただの歌手にあれはなんだ?」
「発売されたアルバムもシングルカットされたCDも全部持っているし!知ってるか?こいつ同じの2枚づつ持ってるぜ?」
「な・・・なんでそれを!」
「そんなもんクラスの誰だってみんな知ってるぜ。」
「そうそう!携帯の着歌までジョスだし。でもさ、ジョスの着歌なんてよく見つけ出したよな〜」
クラスメイトの1人が感心した様子で言った。
「そりゃ愛する人の為ならどんな努力も惜しまないよな?勇。」
「どうでもいいだろ、そんなことは!おれの勝手だ!」
「そういや来日公演が中止になった時なんて悲惨だったよなあ。」「そうそうあれはちょっとなあ。」
その言葉に勇は慌てて答えた。
「だ、だってあれは・・・チケット取るのにめちゃくちゃ苦労したんだぞ!な?望ちゃん。」
「だけど普通はさ、同じ値段なら少しでもよく見えるところだろ?それなのに勇ったらさあ “望ちゃん、どっちの席が声がよく聞こえるかな?” だもん!俺さあ、呆れた。」
「だ、だけどライブの声の方がいいから・・・そしたら少しでもよく聞こえる方がいいに決まってるだろう!」
それを聞いて青山が頷いた。
「お前はスタジオ録音よりライヴ録音がいい。そして公式サイトで一番気にしてるのは月に1回のジョス本人のメッセージだ。そしてラジオ。毎週チェックでジョスのインタビューなんかがあるとわざわざ録音する」
「ファンとしての基本だろう?それのどこが悪いんだ?」
「だが写真は見向きもしない。ビデオクリップなんかも同じだ。ジョス本人には興味なし。」
「そ、それは・・・だから、おれが興味があるのは歌で!だから!」
「違うな、お前の興味があるのは歌というより声。お前はジョスの声に恋してる。」
青山の言葉を聞いて、まわりにいたクラスメイト達は一斉に囃し立てた。
「そうだったのか!お前って奴は・・・・」  「声かよ!声!ジョスの声!!」  「これってフェチじゃん。」  「勇君危ない〜」
「こ・・・声に恋なんてするか、馬鹿!」
勇は慌てて叫んだ。
「でも暇さえあれば聴いてるじゃん、あれ何?」
木村が勇の机の中を覗き込んで叫んだ。
「見てみろよ!ちゃんと机ん中入ってるぜ、MDプレーヤー!」
その言葉に山口は机の中を覗き込むとそれを取り出した。そしてイヤホンの1つをワタルに渡し、勇が止めるのも聞かずそれを聞いた。暫くして山口はイヤホンを外すと皆を見て「やっぱジョス。それもラジオのか?ジョス本人かからの新曲紹介付きだ。」と言った。それを聞いて皆は再び勇をからかった。
「このハスキーボイスがいつも側にいないと耐えられないんだな。」
沖は勇の背中をポンポンと叩いた。
「俺もみんなに高望みって言われるけど声とはねえ・・・やっぱオレを超えられるのは勇しかいないな。」
ワタルはしみじみと言った。
「愛するのはジョスの声だけ、うんうん。」
「究極の純愛!すげーじゃん、勇。」
「何が究極の純愛だ!おれはただ単にこういう声が好きなだけだ。お前らだってちょっと前までさんざジョス・レイスのCDを聞いてただろう!」
「そりゃいい声だとは思う。」 「まあね。確かにあの声はぞくぞくっと来るよな。」
「ほらみろ、いい声だろう!青ちゃん!お前だってそう言ったろう!」
「だが俺は歌聴きながらあんな目はしないから。」
青山はあっさりと言った。
「あんな目って?」
勇が怪訝そうに尋ねたので青山はまったくしょうがないという様子で勇を見ると 「分からないなら言っても無駄。」 と答えた。
勇は仕方なく他のクラスメイトを見た。
「勇、お前ほんとに分かってないの?」
望が聞いたので勇は 「さっぱりわかんないよ!」 と答えた。
「これがお前のダメな所だな。」 「恋は盲目」
その言葉に勇は暫し考え込むと、思い出して言った。
「ああ、あれはいい曲だよな。新曲の Love is blind は!だけどそれとどういう関係が・・・」
「聞いたか今の!」 「勇〜お前って奴は!」 「もうダメダメ!まったくダメ!」
「誰がジョス・レイスの新曲の話なんてした?」
皆は呆れたように勇を見た。それを見て勇は不機嫌そうに皆を見つめた。
「なあ勇、お前一度でもああゆう風に見てやったか?彼女を。」
佐々木が勇に尋ねた。
「だからどんな風?」
勇は投げやりに聞いた。佐々木は苦笑すると
「ジョス・レイスの歌聞いてる時のお前だ。本当に分からんのか。」
「わかんねーよ。おれがどんな目をしてるって言うんだよ!」
勇の怒りを含んだ言葉に、佐々木は考え込んだ。
「なんと言えばいいか・・・愛しそうに?違うな。うっとりと?なんてものじゃないな。」
「他の女は要らないつーか、なんというか・・・」
他のクラスメイトも言った。
「とにかく!ああゆう目で見てやれば、一番最初の彼女でいけたな。」
「それは言えてるかも!」「間違いないな。」
「それじゃさっぱりわかんねーよ。」
勇は不機嫌に答えた。


Your eyes reflected the only her figure
瞳に映るのは彼女だけ


唐突に言われた望の言葉に、皆一斉に彼を見た。
「どうした望ちゃん。その言葉!らしくない。」
「Gentle eyes  ジョス・レイスのアルバム『ザ・ボディ・セッションズ』 の最初の曲だよ。」
望が続けた。


Your eyes reflected the only her figure
You need no words
She will be yours only if you smile at her gently

あなたの瞳に映るのは彼女だけ
言葉なんていらない
優しく微笑むだけで彼女はあなたのもの


「勇みたいに全部覚えてないけど、こんな歌詞があったろう。どう?合ってない?」
「合ってる、合ってる!ぴったしじゃん。勇はそういう目して歌聴いてる!」
「ああゆう目されたら、ちょっと他の男には目を向けられないかもな。」
「いつもあんな風に見てやればいいじゃん!そうすりゃ捨てられないって!」
友人達が口々に言う言葉を勇は不愉快そうに聞いた。
「なんだよそれ!そんなの分かんねーよ!とにかく!おれはそんな風にジョス・レイスを見てない。」
「だけどそういう風に聴いてるし。」
「聴いてないよ!」
勇は叫んだ。
「なあ、思い出したけどGentle eyes になかったか?」
その時クラスメイトの一人が言った。


You smile me with gently eyes, but the eyes doesn't reflect my figure
私にも優しい瞳で微笑んでくれるけど 瞳に映るのは私じゃない


「こんな歌詞あったろう?ここは、元彼女の心境ぽくない?」
「ほんとだ!これさ、勇への元彼女からの歌じゃん。」
「なあなあ!元彼女のいう浮気相手ってジョスの事じゃないの?」
「なるほど!そういうことか。」
「普通の子だったらまだいいけど浮気相手が声なんてさあ・・・・」
「サイテーじゃん!」「そりゃ怒るよな。」
「元彼女さあ、留守電に Gentle eyes 入れてやればよかったのに!」
「それなら A PERFECT SIGHT でもいいんじゃない?」
「“The lowest of the low!”か? “もう、サイテー!”てか。」
「ダメダメ!こいつが分かってない。話になんない。」
「“私よりジョス・レイスの声を愛しているんでしょう!”ってはっきり言ってやればいくらどうでも分かるでしょう。」
とうとう勇は、我慢できず皆を怒鳴りつけた。
「いい加減にしろ!おれはそんな風に聴いてないって言ってるだろう!」
それを聞いて、青山が口を開いた。
「それならお前が歌聴いてる時にビデオカメラ回してやろうか?」
その言葉に勇は押し黙った。その時、予鈴が鳴った。
「授業始まるぞ。」 「マズイ!化学じゃん。」 「実験するんだっけ?おい!急げ。」
皆慌てて自分の席へ戻り、机の中なら教科書を出すとばたばたと教室を出た。勇も机の中から教科書を出して席を立った時、佐々木が声を掛けた。
「今度彼女にしようと決める前に頭の中にジョスの声を思い出せ。」
勇は不審げに佐々木を見つめた。佐々木は続けた。
「それからどっちが好きか考えてジョスの声が好きだと思ったら・・・絶対やめろ。お前は難しいからな。」
「何が難しいんだ?」
勇は尋ねた。
「それが分かってないから難しいんだよ。」
「佐々木、青ちゃんみたいな言い方するなよ。何が言いたいか、おれにはさっぱり・・・」
「お前が分かってないのが問題なんだ。とにかく、長続きする彼女が欲しいなら俺の話を忘れるなよ。じゃないと10人どころか本当に20人でもいくぞ。」
佐々木の言葉に勇は返事をしなかった。

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