The sweetest voice 1


 「お前は女見る目がないっつーか、ダメダメ?」
机に突っ伏していた勇は、佐々木の言葉に顔も上げずに答えた。
「人が落ち込んでるのに、慰めの言葉の一つもないのか?」
それを聞いて、望と勇の部屋で好き勝手に寛いでいる友人達は勇に声を掛けた。
「だけどさあ、初彼女が中2の夏だろ?それから2年半で7人も破局となるとなあ。」
「すると・・・平均4ヶ月か。やっぱ佐々木の言う通りダメダメじゃん。」
木村の言葉に山口は望の手に持つトランプのカードを取りながら言った。
「そろそろ慰める言葉もなくなって来たしなあ。」
「目指せ10人頑張れよ、だな。」
青山が雑誌から目を離しもせずに言った。
勇はようやく顔を上げると恨めしそうに言った。
「それが慰めの言葉かよ!もうこれ以上振られたらおれ・・・一生立ち直れないかもしれないんだぞ〜」
それだけ言うと勇はまた机に突っ伏した。その彼に木村は容赦なく言った。
「何言ってんだか。1ヶ月もしないうちに、やっぱ彼女欲しい〜ってなるくせに。そしてまた振られる、学習効果無し。」
「・・・おれ、何でこうすぐに駄目になるんだろう?」
勇は机に突っ伏したまま溜息をついた。
「だからさあ、お前は女見る目ないんだっつーの!毎度毎度なんであんな気の強い女なんだ?その上性格めちゃ悪。」
「最初はそうじゃないんだよ〜」
「だから見る目がないんだっつーの!合コンしても一番たちの悪い女掴むしさ。」
勇が突っ伏している机の上に造り付けられたベッドから、沖が下を覗き込んで勇に言ったのでは彼は顔を上げて答えた。
「だって!最初に話しかけて来て、話して面白かったしずっとおれの隣にいたし・・・」
「お前は最初から狙われてるんだって!分かってないよな。」
「それに!2・3回デートすれば性格なんか大体分かるだろう?その時点で切っちゃえばいいのにさ。合わないかなと思いつつ我慢して、その挙句いつも向こうから別れ話。たまにはフッて来いよ。」
「うるさい!おれはな、末長ーく、ずっと続くのが希望なんだぞ!だからさ、いつも何とかしよう。と、思うんだよ!それなのに・・・」
「俺さ、妥協しすぎじゃないかと思う。勇はさあ、女の子に絶対これだけは譲れないとかそういうのないじゃん。」
望が考え込みながら言った。
「でも言い出したらきりがない。おれ贅沢は言わない。そこそこかわいくてそこそこ優しい子だったらそれでいいのに、なんでいつもダメになるんだよ!」
「その低姿勢がマズイ。」
青山はそう言って雑誌を閉じた。
「なんで!」
「誰でもいいみたいに取れる。ある程度の基準以上なら誰でも一緒みたいな、反論は?」
「だけどそれは・・・・」
「青ちゃんの言う通りだ。勇はさあ、見た目はそこそこいいだろう?だからそれなりの子が向こうから寄ってくるのに・・・例えば3人いたとすると勇はその中で一番お手軽そうな子を必ず選ぶじゃん。それもほぼノーチェック。で、極悪女。」
「この際だからさあ、今度は思い切って超高望みしてみたら?」
「で?また振られる?勘弁してくれよ〜もう振られるのはヤダ!」
「と思ったら!今度はしっかり選べ!それが出来なきゃ・・・」
「目指せ10人だよな。」
「それどころか、このまま行くと目指せワタルだぞ?」
「木村!冗談でも言うな!おれはな、絶対!あいつの真似だけはしたくない!」
勇は青くなって叫んだ。
「でもさ、勇。お前にはあのくらいの勇気が必要だぞ?ワタルの奴は惚れっぽくて超高望みだけど、それでもあのチャレンジ精神は・・・」
「最初っから玉砕覚悟なんて・・・おれ、そんな勇気ない!そんなの絶対に・・・・」
「だけど勇だって似たようなものじゃん。」 「結果は同じ。」 「いつも彼女から別れ話。」
皆が口々に言った言葉に 「おれはふられたくなんかないんだよ!!」 と叫ぶと 「畜生・・・なんでいつもいつも。」 と言って、またしても机に突っ伏した。
その様子を見て佐々木が言った。
「・・・それがお前の一番の問題だ。」
勇はその言葉に顔を上げて怪訝そうに佐々木を見た。
「そろそろ消灯時間だ。引き上げるぞ。」
佐々木は皆に声を掛けた。
「今月は強化月間だっけ?」
「ああ。守らないと外出禁止のペナルティだ、忘れたのか?」
「そうだった!」 「それじゃまた明日。」 「じゃな!おやすみ。」 「おやすみ。」
友人達は立ち上がると部屋から出て行った。 青山も外へ出ようとしたが、入り口でふと立ち止まり振り返って勇を見た。
「どうかしたのか?」と勇が聞くと、青山は手に持っていた袋を彼に渡して言った。
「この前言ってたやつ。待ってる奴が他にもいるから、明後日ぐらいには返してくれ。」
「ああ、ありがとう。どうする?おれから渡そうか?次は誰?」
「レベル1でラスボスと戦う勇者。」
勇は少し考え込んで苦笑しながら答えた。
「ああ、分かった。ワタルに渡すよ。」
「じゃあ頼む。」
「ねえねえ、それ何が入ってるの?」
その時、望が口を挟んだ。
「『スウィーティ』 ジョス・レイスのファーストアルバム。」
青山は答えた。
「それってもしかして! 『ザ ボディセッションズ』 の?アルバムヒットチャート赤丸急上昇中の17歳のイギリス人歌手の?」
それを聞いて青山は勇を見た。
「ほら勇、望ちゃんだって知ってるぞジョス・レイス。」
「えー!勇知らないの?」
驚いて叫んだ望を見て、勇は少し困った顔をした。
「授業以外で英語はあんまし聞きたくないんだよ。歌ぐらい日本語で・・・」
「そんなこと言ってないでさあ 『ザ ボディセッションズ』 聴けよ!考え変わるって!ホント!いいんだって!」
勇の言葉遮って、望は熱心に言った。
「その前にファーストアルバムだな。でもこちらはすごく切ないんだ。歌詞は今一つだけど、声がこう胸にぐぐっと来る、言葉が刺さる。」
いつも飄々として感情を表に出さない青山がそう言って少し照れたように笑ったので、勇は少し驚いたように彼を見た。
「青ちゃん、俺分かる!空手部なんてすごいんだぞ、みんなでハマってる。 『ザ・ボディ・セッションズ』 はさあ、池谷がCD持ってるんだけど順番待ちで俺の所へ来るのは・・・10日後なんだ。ねえねえ青ちゃん、俺も!それMD落としていい?」
「ああ。だけど 『ザ ボディセッションズ』 とは雰囲気かなり違うから覚悟して聞けよ。」
「青ちゃん!ありがとう!!」
「ああ、じゃあなおやすみ。」
「ああ、おやすみ。」「おやすみ!」
 青山が部屋からいなくなると望は勇に言った。
「ねえねえ勇、聞こーぜ、聞こー。ぞくぞくっとするんだ、声がさあ、いいぞ!」
「望ちゃん、もう消灯時間だって。見つかると1ヶ月外出禁止だぞ。明日でいいじゃん。」
「俺平気。試合近いから外遊びに行ってる暇ないしー、勇だってふられちゃってどこも行く予定無いだろう?」
「・・・望ちゃん、少しはおれに気い使ってくれよ〜〜」
「別にいいじゃん、ホントの事だからさ。それよかさあ、早く〜。」
勇は迷ったが袋からCDを取り出すとケースを開けた。望はさっさとCDを取るとCDプレーヤーの所まで持って行った。勇は仕方なく残された歌詞カードをぱらぱらとめくって中身を見た。ほとんどの曲がラヴソングのようだったが、どれも特別に心は惹かれなかった。そして、それは一瞬のうちに彼を捕えた。


Oh ! How miserable I am !
What a perfect sight !

まったくもって ひどいもの
なんてざまなの 見れたものじゃない


彼は思わず声の人物を探した。その声は勿論CDプレーヤーからで・・・声は低かった。女性にしてはハスキーで低い声、それなのに柔らかくて・・・その声が彼に話しかけた。


The lowest of the low !
You can't see at a glance that she is a fickle girl,
because you loved her

もう サイテー!
彼女が移り気な女だって 見抜くことが出来ないなんて
だからあなたは 彼女なんかを好きになるのよ


軽蔑した口調、それなのにそれは酷く悲しげに聞こえた。特に“because you loved her”のフレーズは少し間があって、囁くようで・・・それは勇を何故か切ない気持ちにさせた。
何故?何故こんなにも切なく聞こえるのだろう?
勇は考えた。その低い声は尚も続いた。


You are foolish
Your entreaty was ignored
But you love her for all that

あなたは馬鹿よ。
懇願は無視されて
それでもあなたは  彼女が好き


そうだ。声は・・・・何処かで聞いた、聞き覚えのある声だ。一体何処で?
勇はまたも考えたが分からなかった。
それから彼は、その声が自分ではなく他の誰かに宛てたものであることに気づいた。それは何故か彼を落ち込ませたので、勇はそれ以上考えるのをやめてその低い声が囁くのを聞いた。
低い声、なのに柔らかくて優しくて・・・その声は、甘く切なく彼の心に響いた。


If I was her, I wouldn't make to be hard on you
But you can't see that I love you

私ならそんな辛い思いをさせないのに
だけどあなたは 私に気づきもしない


おれならこんな風に言わせない!この声の子にそんな思いはさせない、絶対だ。相手の男は馬鹿だ。
そう思った途端、声が好きなのは自分ではないと再び思い知らされる。 それは先程よりももっと酷い気分に彼をさせた。
情けなくて惨めな気持ち。
たかが歌なのに?
だけど!ゾッとする、最低だ。こんな思いはもう二度と・・・・
彼は慌てて頭を振った。
一度も味わった事はないけど、いや一度だってこんな思いは・・・
どうしようもない、やるせない気持ちが彼を包んだ。
しかしそれを声が救い上げてくれた。
その低い声は、まるで彼自身に言うように今までよりもっと甘く切なく囁いた。


I really need you
I mean it
For the love of Heaven, show me
Only a few of words, please tell me
I hope the sweet words even if it should be a lie
For God's sake,say to me......

私にはあなたが本当に必要なの
からかってる訳じゃない 本気で言っているのよ
お願いだから 私を見て
一言でいい お願いだから
たとえそれが嘘であっても それでもいい
どうかお願い 私に言って


勇は思わず “愛してる” と言いかけた。

“I love you”
“君を愛している”と・・・

しかし勇より早くその声がその言葉を囁いた。
そして次の瞬間、背後に隠れていた曲が前面に押し出されるように流れ、それと共に今までとは打って変わって声が身体中に行き渡るように響いた。
勇は知った。
次々と歌われるのは、好きな相手に言うありふれた言葉。
しかしそれを自分がどれだけ切望していたのか、その低くて甘いどこか聞き覚えのある声にどれだけそれを望んでいたのかを。
その声は彼の願いを叶えてくれた。彼は低い声が自分の為だけにその言葉を囁いてくれるのを聞いた。
 突然声が聞こえなくなったので、勇は驚いて顔を上げるとようやく我に返った。ふと見ると望が心配そうに自分の顔を見つめている。
「泣くほど・・・カンドーした?」
望が尋ねたので、彼は慌てて涙を拭うと心配そうな顔をして自分を見つめている彼に照れくさそうに笑った。
「・・・なんか胸が・・・情けない。おれさ、ダサいよな。」 
それを聞いて望は首を振った。
「俺もちょっと泣きそーになったもん。全部 Love song でさあ、最初の曲なんか・・・」
彼はそう言って勇の手にあった歌詞カードを取るとそれをめくって指で示しながら言った。
「これ、曲名は・・・A PERFECT SIGHT ここのところ、 please って言ったろう?それから・・・ここ。間があってすごく悲しそうに言ったじゃん I love you って。俺さあ、相手の男に蹴り入れてやろうと思った。」
望はそう言って苦笑した。勇も少し笑いながら頷いて、それから目を伏せた。
「おれなんか・・・自分で “愛してる” って言いかけた。」
それから勇は望に恥ずかしそうに笑いかけ 「このCDさ・・・ちょっと洒落にならないよな。」 と付け加えた。望もそれを聞いて深く頷いた。
「だよな。これさ・・・ 『ザ・ボディ・セッションズ』 はもっと明るくてさ、こんなようなのもあるけど、これはなんていうかさ・・・ああもう!俺! 彼女欲しい!こんな風に彼女から思われてみたい!」
望は叫ぶと手元にあったクッションを抱えて床に寝転がった。
「・・・ああ、そうだな。」
溜息混じりに言った勇に、望はむくっと起き上がって言った。
「どうするMD、勇も落とす?」
「いやおれいい。」
望は怪訝そうに勇を見た。
「おれCD買う。」
「買うの?そっかー。買うんなら・・・俺どうしようかな?」
望は考え込んだ。
「やっぱMDに落とす。今からしていい?」
「ああ、構わないよ。」
望は「ありがと。」というと、立ち上がって机へ行くと引き出しを開けてごそごそとMDを探した。勇は自分のロッカー脇の梯子を登ってベッドに入った。勇は上から望に声をかけた。
「音は消さなくていいよ。」
望は頷いた。暫くして、部屋には再びあの声が響いた。勇はその声を聞きながら眠りについた。

 朝になって、勇はパソコンの使える時間をイライラしながら待った。
時間になると急いで視聴覚室へ行き、パソコンでインターネットに接続すると“ジョス・レイス”の名前を検索にかけた。公式サイトはすぐに見つかった。
そこには長い金色っぽい髪の女性のコンサートか何かの写真が貼り付けられていたが、写真が小さすぎて顔ははっきりと分からなかった。
勇はサイトのコンテンツを探して Photo の文字を見つけ出した。急いでクリックすると画像ファイルがいくつも現れた。
勇は少し緊張した面持ちで画像ファイルの一つをクリックした。
するとウィンドウが開き、よく見かけるミニTシャツと破れたジーンズという格好で、膝を抱えて首をかしげてこちらを見る女性が現れた。彼女はゆるいウェーブのかかった長い金茶の髪をした黒い目の、17歳にしては物憂げな表情で妙に艶があって・・・誰が見ても間違いなく美人だと言うだろう、そういう子だった。
それなのにそれは彼を喜ばせなかった。
彼は溜息をついて、「せめて髪が金色だったらいいのに。」と呟いた。
それから彼は、ジョス本人からのメッセージがあることに気づいた。
急いでクリックする。それは簡単な挨拶と新曲の紹介だった。録音の状態がよくない所為か声は歌を歌う時よりも幾分掠れ気味で、尚且つ声が低く聞こえた上に歌う時のように感傷的でもなかった。
だか彼は何度もそれを繰り返して聞いた。
授業開始の予鈴の音がしたので、勇は仕方なくそれを聞くのをやめた。それから曲のリストとCDリストを見つけ出すとプリントアウトして、パソコンをシャットダウンすると急いで視聴覚室を出た。

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