酒場の主はカウンターに突っ伏すアンドレを見て小さく息をついた。
やはり無理にでも追い出した方が良かったのかもしれない。大体いつもより飲むペースが速かった。たまにそういう時はあったが、それにしても今日はどうかしてる。

その時扉が開く音がして雪が吹き込んだ。店の主は扉に目を向けた。
 「悪いが今日はもう店を・・・」
店の主はそのまま息を飲んだ。
開け放たれた扉の前には人が立っていた。主は茫然とその人物を見つめた。

その人物は、男にしては不釣合いな白い肌をしていた。それも抜けるような白さだ。そしてその白い顔には、染め上げたような青の眼光が鋭さを放っている。それでいて紅でも差したようなまっ赤な唇はまるで女のようだった。腰までありそうな金髪が煙るようで後光でも差しているように見えた。

この世の者ではない。まるで・・・・
店の主は考えかけて、グレネル教会の地下に埋められている聖遺骸も今夜運び出すと馴染みの客が言っていたのを思い出した 。まさか大天使ミカエルがそれを見守りに・・・いや、そんな馬鹿なことがあるはずがない。だが・・・

店の主は有り得ない想像を打ち消す事も出来ず呆然とその人物を見つめた。その人物は主の様子など少しも気に留めず、頭の雪を払い落すと店を見回した。彼はカウンターにつっぷす黒髪の男の姿を見つけると不意に眉を潜めた。彼はカツカツと音をさせながらこちらへやって来た。主はその人物がやって来るのを黙って目で追った。その人物は主の前を通り過ぎ、アンドレの前まで来ると立ち止まり、彼を見下ろした。

 「アンドレ。」

オスカルは声をかけた。しかしアンドレは顔をあげなかった。オスカルは彼の肩をゆすった。アンドレは激しく揺す振られてようやく顔を起こした。しかし視線は定まらず、ぼんやりとしている。

 「アンドレ!」

オスカルはもう一度名前を呼んだ。するとその声にアンドレはオスカルの存在に気づいて見上げた。アンドレは慌てて立ち上がった。オスカルはほっとした様子でアンドレに笑いかけた。その瞬間、アンドレはオスカルを覆いかぶさるようにして抱きしめた。

 「な・・・」
 「・・・・・・・」
 「アンドレ!おい!アンドレ!気分でも悪いのか?おい?」
アンドレは返事をしなかった。
 「アンドレ!どうした?・・・って、おい、ちょっと離せ、苦しいだろう!おい!アンドレ。アンドレ!」
 「・・・・・・・」
 「アンドレ!聞いてるのか!」
オスカルは怒鳴った。するとくぐもった声で 「聞こえてる。」と返事があった。

 「ならさっさと離せ!」
 「・・やだ。」
 「嫌だ?」
 「・・・離したら消える。」
 「消えるって・・・何言ってるんだ、おまえ?」
 「・・・朝になると消える。」
 「・・・酔ってるな?」
 「・・・酔ってない。」
オスカルは小さく息をついた。

 「分かった分かった、とにかく離せ、分かったか? わたしを離すんだ。いいかアンドレ、誰と勘違いしてるか知らないが・・・」
 「・・・勘違いでもいい。」
 「おまえは良くても、わたしが困るのだ!だから離せ!」
 「いやだ!」
アンドレは顔を上げた。

 「どうせ違うんだ!誰だって同じだ!!」

 「何を言って・・・あっ、馬鹿!どこを触って・・・ア・・・アンドレアンドレ!この馬鹿!おい!殴るぞおまえは・・・だから触るなと言って・・・ちょ、ちょっと・・・アンドレ!アンドレ!・・アンドレ?・・・大丈夫か?おい!アンドレアンドレ!ちょっと!アンドレ!馬鹿!た、倒れる!アンドレ〜〜〜!!」

そのまま崩れるように寄りかかるアンドレを店の主は慌てて駆け寄って背後から抱きかかえた。一緒にオスカルも支える。2人はアンドレを椅子に座らせるとテーブルの上に頭を置かせた。男はふうと息をつくと主を見た。

 「どれだけ飲んだ?」
 「ジンを5杯。それからラムを1本。」
オスカルは眉を潜めると用心深く尋ねた。
 「水で割ってか?」
 「そんな事をしたら店の信用に関わる。」
主は断固とした口調で答えた。それを聞いてオスカルはどうしようもないという顔でアンドレを見た。

 「で、どうするつもりだ?」
その声に気づいてオスカルは主を見て苦笑した。
 「連れ帰るつもりで来たのではないが・・・結果としてはそうなりそうだな。」
 「馬車は待たせてあるのか?」
 「いや、返した。」
それを聞いて主の顔が曇った。

 「何か不都合でも?」
 「馬車を拾うのは難しいぞ。」
 「何故だ?」
 「時間ははっきりしないんだが、今晩グレネル教会墓地の移転作業がある。」
 「それと馬車にどんな関係が?」
 「呪われるとか・・・嫌な噂が立っちまってね。皆、我先に帰っちまって、まだこんな時間なのにこの有様だ。」
主は誰もいない店内を指で示した。
 「つまりそれは・・・辻馬車もという事か?」
店の主は頷いた。オスカルは困惑した様子で考え込んだ。

 「家は何処だ?」
店の主は尋ねた。
 「ベルサイユ。」
 「アンドレと同じか、歩いて帰るにはちょっと無理があるな。」
それを聞いて今度は主が考え込んだ。少しして彼は顔を上げてオスカルを見た。

 「2階に空いてる部屋がある。」
 「泊めてくれるのか!」
 「ああ。雪も降ってきたようだし、外へ放り出す訳にもいかないだろう?」
 「感謝する!」
 「どちらにしろ、今夜はそのつもりだったんだが・・・」
主はちらりとアンドレを見ると少しだけ奇妙な顔をした。

 「部屋には寝台は一つしかないんだ。つまりアンドレと一緒に寝てもらうことになる。ただ、今日のアンドレはこの有様だ。酔っ払いには常識が通用しない。つまり・・・」
主はオスカルを心配そうに見て口篭った。その様子にオスカルは苦笑した。

 「心配ない。もう少しして酔いが冷めればわたしが誰かすぐに気づく。」
 「あんたがそれでいいなら俺は構わない。よし、部屋に案内しよう。」
 「いや、その前に一つして欲しい事がある。」
主はオスカルを見た。オスカルは笑った。
 「一杯もらえないか?胃にストンと落ちるようなのがいい。」

オスカルの言葉に主はニヤリと笑うとカウンターの奥に消えた。オスカルは着ていたコートを脱ぐとカウンターに突っ伏しているアンドレに掛けると隣に座った。