「オスカル、顔を見せて。」
アンドレは抱きしめていた腕をようやく離すとオスカルの顔を見て嬉しそうに笑った。
 「ああオスカル!初めて会った時と同じだ。」
彼はそういうと手でオスカルの涙を拭って、額に一つ、それから唇に一つキスをすると優しく微笑んだ。
 「お前も同じだぞ。」
オスカルも唇に一つキスを返すと嬉しそうに笑って答えた。
 「アンドレお前は・・・めちゃくちゃかわいいぞ。」
 「オスカル!それはおれのセリフだぞ?」
そういうとアンドレはもう一度、今度は先程より少しだけ長いキスを唇に返した。
それから少し残念そうな顔を作ると 「・・・会うのはあと6、7年後にすればよかった。」 と言った。
 「何だそれは!私はもう限界だったのだぞ。約束した今日という日が近づくにつれて、これが少しずつ引っ張られるようには感じていたが・・・気が気ではなかったのだぞ!」
オスカルはそう言って赤い糸ならぬ縄跳びほどの太さの赤い紐がしっかりと巻きつけられた右腕を見せた。
 「それはおれだって同じだ。これを手繰り寄せた時、紐だけでお前がいなかったら?と、恐ろしかった。」
やはり左腕にしっかりと巻きつけられた紐を見せてアンドレは答えた。
 「ならば!」
 「あんまりお前が可愛いすぎて・・・これ以上のキスが出来ないから。」
アンドレは少しだけ切なげに微笑んだ。
オスカルは目を伏せた。それからアンドレの肩に寄りかかると囁いた。
 「・・・あと少しだけ。今度はそんなに待たせないから。」
 「大丈夫だよ、オスカル。もう会えたから・・・いくらでも待つよ。待つのは平気だよ。」
アンドレは優しく答えた。

突然二人ははじかれたように顔をあげた。
 「アンドレ、私は・・・」
 「もうずっと一緒だよ、オスカル。」
 「だが!もう記憶が・・・」
アンドレはオスカルに優しく微笑んだ。
 「忘れないよ、きっと忘れない。」
 「・・・ああ、そうだな。忘れない。もう一度最初から始めるだけなのだから。」
アンドレはオスカルの額にそっとくちづけしした。
 「オスカル、愛しているよ。」
 「私もだ、アンドレ。愛している。ずっと。」
 「ああ、ずっと・・・・・」
二人は見詰め合った。
暫く見詰め合ったままだった。
そして、お互いの手がしっかりと握り締められているのに気づくと慌てて手を離して戸惑った様子で見つめ合った。
長い沈黙が続いて、ようやく黒い髪の子供が口を開いて躊躇いがちに話しかけた。

 「・・・・行っちゃったね。」
 「ああ、行ってしまった。」
 「モーツアルト・・・だよね。さっきの曲。」
 「分かるのか?」
金色の髪の子供は少し驚いた様子で尋ねた。
 「ピアノ習ってるから・・・そうかなと思って。弾いてたの・・・君?」
金色の髪の子供は頷いて、それから気づいて慌てて見回すと、床に転がっているバイオリンに駆け寄って拾い上げた。
それからどこか壊れた所がないか確かめてほっとため息をついた。
 「壊れてない?」
 「ああ、大丈夫だ。」
 「よかったね。」
金色の髪の子供はその言葉に嬉しそうに頷くと、彼から差し出された弓を 「メルシ」 と言って受け取った。そして机まで行くと、その上に置かれたケースにそれをしまい、蓋を閉じて留め金をパチン、パチンとかけてから黒い髪の子供を見た。
 「君も頼まれたのか?」
黒い髪の子供は頷いた。
 「目が見えないから、“連れて行ってくれないかな?”って。」
 「僕もだ。だが、あの女はそんなに神妙ではなかったぞ。この僕に、偉そうに“連れて行け”と、命令した。」
金色の髪の子供は不機嫌に言った。
 「そうなんだ。でも会えて良かったよね。」
そう言って黒い髪の子供は笑った。金髪の子供はそれを見て少し恥ずかしそうな顔をした。
 「だが・・・礼儀知らずだぞ。礼の一つも言わないでいなくなるなんて!」
 「でもここに泊まっている人だから・・・明日の式典の時、会えるんじゃないかな?」
 「その通りだ。会ったらしっかり!説教してやる。」
金色の髪の子供は腕組みをして睨むようにして言った。
 「説教って、それはちょっと無理じゃないかな?」
 「何が無理だ。もう1時になるぞ。明日は色々あるのに・・・」
金色の髪の子供が言いかけたその時、廊下から微かに人のざわめく声がした。
二人は顔を見合わせると同時に叫んだ。

 「パーティが終わったんだ!」

 「早く部屋に帰らないと・・・」
 「急ごう!悪いが寝室の窓を閉めてくれないか。僕はこっちを閉める。」
 「分かった。」
黒い髪の子供は急いで寝室へ行き、金色の髪の子供はこの部屋の窓を閉めると鍵を掛けた。
黒い髪の子供が寝室から出てくると金色の髪の子供は扉を開けてもう1人も急いで外へ出る。金色の髪の子供はスイッチを押して消灯すると扉を閉めた。
それから階段を駆け下りた時、大勢の人が来るのが分かる。
 「君の部屋は?」
 「反対側。中庭を越えた方。」
 「僕はこっちだ。」
それから二人は見つめあった。
 「明日、ホテルの式典・・・来る?」
金色の髪の子供がためらいがちに尋ねた。
 「うん。君も・・・来る?」
金色の髪の子供は黙って頷いた。
 「よかった!」
二人は嬉しそうに笑うと、それぞれの部屋に向かって走った。