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読書記録2005年2月


『恋愛論』
竹田青嗣(作品社)1993.6/★★★★★

−ライトな紹介−

―― わたしたちの内には二つの生が存在する。人はこの二つの生を同じ場所
  で同時に生きることができない。しかし、双方の生は無関係なのではなく、
  むしろ双方が互いにもう一方の生の根拠であるような性格をもつ。わたし
  たちは深いところで、この双方の生を同時に生きたいという欲望をもつの
  だが、しかし、ある理由で二つの生は決してひとつに重なることができな
  い。そしてまたなんらかの理由で、まさしくそのことを自覚することがわ
  たしたちには困難なのである。
   このきわめて逆説的な性格、これこそ、人間の生というものの深い本質
  だとしたらどうだろうか。−p.11――

 恋愛は生の中である特別な席を占めているが、
その体験が過去のものとなるとそのときの感覚をうまく言えず、
そしてその本質を言い当てようとすると実に困難な謎として現れてくる…。
と始まって、西欧の近代恋愛小説や性愛に関する古典を主な思考の素材として
恋愛にまつわる謎解きを鮮やかに示しながら、最終的には上記の序文の仮説の
論証が提示される。
 つまりだから主題は恋愛に止まらず、その射程は人間の本質論にまで…
と言うと“本質”という言葉に拒否反応を起こしてしまう方も
いるのだろうなあ、そういう本質論嫌いな方には
「ホモ・ディメンスの過剰な欲望、それに関するひとつの仮説構造モデルの提示」
とでも言ったらいいのだろうか。ダメダメ?まあそういった内容。
これをさらに展開したものが同著者の名著『エロスの世界像』であります。
原理論ではない、現代の恋愛の諸相・情熱恋愛の不可能性に関する著者の見解は
『現代日本人の恋愛と欲望をめぐって−「対論」幻想論対欲望論』を参照。

 ああ凡雑。もっと簡潔に。つまりこれは恋愛“論”、そして実存論であって、
恋愛術やノウハウの類ではありません。恋愛の原理論、恋の哲学的な考察、
ってたくさんあるようで実はあまりなく…って、僕が知らないだけですか?
まあとてもユニークな、文芸批評をも織り込んだ思想書です。
近代ヨーロッパ恋愛小説の手引きとしてもお勧めの一冊。

 目次は、恋愛の謎,結晶作用,「美」について,恋人,
プラトニズムとエロティシズム,絶対感情,エロティックな欲望,恋愛の背理,
の八章にわけられております。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

−無理無理な要約、と雑感…文字通り凡雑な感想−

 「恋愛感情(ロマンティシズム)/生活感情(リアリズム)」
「プラトニズム/エロティシズム 」「夢/現実」…。
情熱的な恋愛においては、こうした互いに相反する二項が矛盾なく奇跡のように
一致するという不思議な事態が起こる、という認識を起点として筆は進められる。
著者はこの謎に対して、二項対立図式をただそのまま対立するものとして
終わらせたり、ましてやどちらか一方に肩入れして強く押し出すような
退屈な結論は出さない。両者を宥和・調停させつつ新たな地平を切り開く。
 この情熱恋愛に象徴的に現れる、人間の生、人間の欲望の本質の二重性
…徹底的な自己中心性と超越への希求…を説得力抜群に示す著者の手並みには、
数年前に読んでの再読にも拘わらず、改めて感嘆せずにはいられなかった。
十年以上前に刊行された本だというにこう感じさせてくれるってのはスゴイよ。

 この本で示されるような、現象学−実存論−欲望論の著者の理論には、
僕には違和感がほとんど全く湧いてこないし、誤謬を見つけることもできない。
この作中で、理論というものを崇拝するのは思考の弱さの現れだ、という一文
があったのだが、しかし僕の欲望論の捉え方はある種崇拝に近いものがある。
って信仰告白ですか?これは。まあそういうことになるんでしょうか。
 でも実存論にはそうでも、他の著作で示される竹田さんの社会論、
には不満もある。自由を鍵概念とした原理論としてはまあ納得がいくのだが、
複雑に入り組んだ社会の様々な構成要素をあまりにも捨象しすぎていて、
どうにも楽天的ロマンティシズム…宮台真司さんの、網野義彦さんの仕事に
対する批評の真似っこです…のような感が拭えないからだ。
原理論なのだから現実の些末な一切はバッサリ捨象されているのは当然?
な気もしないではないけれど、それにしても。
ってあらら、ひどく要らぬ蛇足でした。

 さらにあとちょっと、本筋とは外れた蛇足。になるのかなあ。
終盤でドストエフスキーの思想自体やその著作群…『罪と罰』『白痴』
『カラマーゾフの兄弟』等…に対する読解・言及がなされる。
ドストエフスキー批評は、新聞にたまに掲載されるようなものや小林秀雄著
『ドストエフスキーの生活』を過去に読んだりしているが、僕には著者の読解
が最も腑に落ちる。学的には異端であろうとも優れた批評に思えてならない。
とても納得させられ考えさせられるもので、これだけだって読む価値アリだった。


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