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読書記録2003年9月


『森から未来をみる−黒姫高原で考えたこと』
C・W ニコル(日本放送出版協会)2003.8/★★★

−感想−

本書は2003年8,9月放送、NHK人間講座のテキスト。
総じて堅苦しい自然の講義というよりも、自叙伝的色彩が強い。
著者自身の生き方、身近に自然と親しんで、それを愛しみ生活することの
魅力がありありと伝わってきて、素晴らしい人生を送っていらっしゃる、
と羨みながら感じ入った。この自然と共に暮らす魅力を平易な語り口で
存分に伝えてくれること、これが本書の一番の魅力であろう。

しかし、それがゆえに一方で、愛する対象である自然が開発によって
加速度的に破壊されてゆくことに対する苛立ちや怒り、絶望がある。
しかし絶望に打ちひしがれず、自然への愛情という志を同じくする他者との
出会い、関わりによって、それを押し止めるべく闘争する。

その活動の一環として、著者は長野県の黒姫で、健全な生態系の循環ある
森を再生する取り組みをされている。そして曰く、森を創るとは
「日本の未来へのプレゼントになる行為…p.10」である。つまり、
自然林を遺産として後世の人々に伝えるべく尽力されているというわけだ。

自然が遺産として残された結果、現在に生きる人々は、山歩きやハイキング、
キャンプ、釣り…等々、様々な関わり方で自然を楽しむ機会がある。
自然と親しみ、そこから恵みを得ることができる。

しかし開発しっ放しで放置すれば、生態系の調和は崩れ、全て奪いつくし、
自然の享受も自然を利用した利潤の追求もできなくなってしまう。これは
直接的な経済的利益や合理性を追求しすぎて、その生産性の基盤もろとも公益、
つまりあらゆる人々に開かれた自然と接する機会、を喪失することを意味する。

快適で利便性や効率性に長けた社会を志向すれば、公益の担保を目的とする
自然保護とは両立し難い側面も数多く出てくる。社会の構成員の価値観は多様
であるから、必ずしも森林等の自然の公益性に魅力を感じない人も多いだろう。
しかしそれに魅力を感じ、重き価値を見出し、後世に遺そうと尽力する人々
がいるのであれば、その権利は尊重され、確保されてしかるべきだ。

生態系と調和した自然と均衡の取れる人間社会、地球環境システムの中で
持続して安定し続けられる社会のあり方を模索し、そこに生きる人間の
生き方考え方の多様性、選びうる選択肢の多さ(自然と身近に親しむ生活も
そのひとつだろう)を増やしていく。それが社会が、そしてそこに生きる
人間が豊かになる、ということであろう。

というわけで、僕は著者の生活や活動、そして自然への愛情に、
心から敬意を表したい。

講義そのものについても感想を。
自然を複雑なシステムとして捉える考え方、構成要素が互いに関係を持って
つながった一つの系として全体を論じる方法論、が講義全体を通じて前面に
出ていた。これは自然以外でも、およそ実のある思考を行うときには
絶対不可欠の視点である。

自然をシステムとして論じるメリットは、まず第一に、人間も循環する
自然環境の中では相対的な存在にすぎない、という自覚が生まれること。
第二に、俯瞰的視座を持って実のある思考が進められること。
人間の活動により新たな構成要素が生まれる結果、システム全体に
どのような影響を及ぼし、その変化が人間にどうフィードバックされるのか。
これを講義では現実に基づいて実際に論立てし、
全てが関連し循環しているという事実を眼前に示してくれる。
これが実に見事で鮮やかで、その事実にも著者の力量にも感嘆してしまった。


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