2002年日中経済協力会議―於黒龍江

    「IT分科会」に関する感想と
     今後の進め方に関する提案







           星城大学経営学部

            
伊藤 征一













                平成14年8月



           日中東北開発協会

   「2002年 日中経済協力会議−於黒龍江」報告書より









[1] 今回の会議の感想

1.対話の重視によるなごやかで実質的な会議

日中経済協力会議は今回で3回目になるが、回を重ねるごとにIT分野の重要
性が増していることを実感させられる。第1回の瀋陽会議では、ITを扱ったの
はわずか5分間の私の報告だけであった。第2回の長春会議では、初めてIT分
科会が設けられ、個々の有益な報告が行われたが、日中双方が不慣れであったこ
ともあり、十分な議論を展開することができなかった。

今回は、双方の対話の中から具体的な提案が生まれたが、これは黒龍江省通信
産業庁の王強庁長の対話を重視した司会によるところが大きい。実際の議論の時
間は短かったが、実質的な議論を深めたいという意欲がそれを補ったといえる。

また、中国側の発言は、従来、ともすると官による公式発言として硬いものに
なり勝ちであったが、今回の黒龍江省通信産業庁の方安儒処長の報告は、技術的
ポイントを押さえた情報量の多い有益なものであった。また、黒龍江大学の洪海
教授のソフトウェア開発における日中協力に関する経験談や、株式会社日立製作
所の小川徹課長によるパワーポイントによるeラーニングの解説などもあり、参
加者がなごやかに本音を語り合える実質的な会議となった。討論時間の不足が惜
しまれるが、次回は同時通訳を入れるなどの対策を講ずる必要があろう。

2.夢のある前向きな話題

今回の会議では、貿易・投資分科会とIT分科会との合同会議において、新潟
JIT事業協同組合代表理事長の中辻雄二氏から、「日中間の建材共同購買シス
テム」の事例が紹介された。このシステムはNEDOの助成金を受けて構築され
たシステムを中心に、在庫処分システム、会員サービスシステムを付け加え、新
潟県下の中小建設事業者(平成14年6月現在約1000社)をメンバーとしてネット
ワーク化したもので、
K-net建築座ネットワーク・にいがた」と呼ばれている。

今回、このような話題が貿易・投資分科会で取り上げられ、さらにそれがIT
分科会と
の合同会議で報告されたことは、たいへん意義深いことである。これま
でのこの種の会議では、企業誘致をしたい側が、税制面での優遇措置などの特典
を宣伝し、投資を行う側は相手側の通関手続きなどの不備を責めるといった議論
が多かった。今回は、そのような議論を排し、中小企業自らが積極果敢にネット
ワーク化・国際化を図ろうという事例の紹介、さらには「北東アジアソフトウェ
ア基地構想」、「北東アジアネットワーク経済圏構想」の提言など、楽しく夢
のある話題が議論された。


[] 今後の進め方に関する提案

1.「日中間の建材共同購買システム」のネットコミュニティ化

前記の新潟JIT事業協同組合のK-netは、元来は共同購買という特定目的の
ためのネットワークであるが、そこには一般的な決済や物流の仕組みが基本機能
として備わっている。今後、メンバーの対象を他業種に広げながら、各種基本機
能を共用インフラとして付け加えていくことにより、便利な共用機能を持ち、広
く門戸の開かれた「ネットコミュニティー」として発展していくことが期待され
る。

さしあたり必要な追加機能としては、「e-ラーニング機能」を挙げることがで
きる。
ネットワークのメンバーが実際の活動を行っていくためには、決済や物流
の仕組み、商習慣、貿易実務など、各種の情報が必要となる。これらの情報を各
地に散在するメンバーに効率よく提供するためのシステムや、それらを遠隔地で
自習するための支援ツール(e-ラーニング・システム)などを整備し、メンバー
の能力アップを図っていくことが必要となる。

  また、メンバーがネットワークを使いこなすための情報リテラシーの向上も重
要な課題であり、K-netでは、中小企業会員向けのパソコン講座を開いている。
このように、事業協同組合は、単に事業活動を行うだけでなく、会員の啓発、能
力向上のための教育の場にもなるのである。

-netのように、会員が各地に散在しており、一箇所に集めて教育するのが難
しいという場合に、e-ラーニングは特に効果を発揮する。今後、会員数が増加し、
各種機能が拡充されてくると、ネットワークのメンバー向けに情報収集や学習の
ための仕組みを基本インフラとして用意しておくことが必要となろう。また、そ
のようなe-ラーニングのコンテンツの提供者として、大学などの教育機関をメン
バーとしてとりこむことも有用である。

このようにして、K-netは、当初の共同購入という単目的のネットワークから、
メンバーが種々の活動を行うための場へと変貌していく。このような場を「ネッ
トコミュニティー」と呼ぶことができる。日中経済協力会議でもネットコミュニ
ティーの構築が提案されているが、新たにネットコミュニティーを立ち上げるよ
りは、K-netのような既存のネットワークをうまく育成して、ネットコミュニテ
ィーに仕立て上げる方が実現性が高い。ここでは、北東アジアのネットコミュニ
ティーのプロトタイプとして、K-netを育成・支援していくことを提案したい。

なお、K-netのベースとなったNEDOの助成事業については、下記の報告書
に、基本的な考え方が記されているので、ご覧いただきたい。

[参考資料]
アジア経済構造改革促進研究協力事業
Internetインフラを活用した国際コラボレーションを行うツールとしての
XML−
EDIの研究とコラボレーション・マネージメント・システムの研
究開発』
 (平成14年3月、新潟ジット事業協同組合

2.総合的ネットコミュニティの構築

ネットコミュニティーは重層的に発展していく。小さなネットコミュニティー
はより大きな総合的なネットコミュニティーに組み込まれ、基本機能を共有しな
がら活動していく。その過程で、個別のネットコミュニティー同士の新たな交流
が生まれ、コミュニティーが広がって行く。

技術的に言えば、ネットコミュニティーとはインターネットのサイト(ホーム
ページ)の上に作られるものであり、それらのサイトがより大きな総合サイト
(ポータルサイト)にリンクされ、組み込まれていく。個々のサイトで使われて
いる便利な機能やノウハウは他のサイトに取り入れられたり、総合サイトの共用
インフラとして使われるようになる。

 それらの機能は、コンピュータシステムとしてホームページの裏側に接続され
ている。ま
た総合サイトの中では、メールや電子会議室などを使ってサイト横断
的な交流が行われる。

ここで重要なことは、次の2点である。

1)総合的ネットコミュニティーの中に標準化された共用の機能を構築し、個々
  のネットコミュニティーでは持てなかった機能を共用インフラとして使える
  ようにする。

2)個々のネットコミュニティー同士のコラボレーション活動やコミュニケーシ
  ョンを促進して、新たなビジネスを創出する

単にネットコミュニティー同士が寄り集まるだけでは意味が無い。それらが基
本機能を共用し、コラボレーション活動を行うことが重要である。

上記1)の共用インフラの例としては、eラーニング機能があげられる。また、
2)のコラボレーション活動の例としては、「産業のネットコミュニティー」と
「大学のネットコミュニティー」が結びついた産学協同事業などが考えられる。

 具体的には、「産業のネットコミュニティー」としてK-netを、「大学のネッ
トコミュニティー」として、「日中IT関係大学ネット(以下大学ネットと呼ぶ)」
を想定し、大学ネットが、K-net会員のために、eラーニング用教材の開発やIT
技術者の派遣を行うといった活動が考えられる。なお、今回
中国側から提案され
た、日中の大学間での
eラーニングの実践は、大学ネット内部でのコラボレーシ
ョン活動と位置づけられる

このようなネットコミュニティーを構築していく上で障害となるのは、言語の
問題である。ただ、大学ネットの場合、たとえば、黒龍江大学のコンピュータ学
部と大学が経営しているソフトウェア会社は、日本からのソフトウェア開発の受
注を重視しているため、日本語で活動を行っている。また、IT技術者の日本へ
の派遣事業の場合も、中国人技術者に日本から日本語で遠隔教育を行うというニ
ーズがある。このように、当面日本語が使える分野とメンバーに限定して考えれ
ば、日本語による大学ネットのプロトタイプを手軽に作ることができる。

総合的ネットコミュニティーには、この大学ネットとK-netとを組み込み、日
本語eラーニングシステムを共用インフラとして整備したうえで、当面、日本語
だけで活動を行うことを提案する。ひとたび、このような総合的ネットコミュニ
ティーのプロトタイプをつくって基礎を固めれば、中国語の導入や共用インフラ
の拡充などはいつでも行うことができる。まずは、簡単なプロトタイプを作って
活動を始めることが肝要である。

なお、共用の基本機能として、これまでeラーニングシステムしか取り上げて
こなかったが、ネットワークで重要な機能は、データファイルの転送機能である。
そのため、総合的ネットコミュニティー内に「ファイル転送」のための標準的な
仕組みを用意しておくことが不可欠である。以上から、共用インフラの整備は、
「日本語eラーニングシステム」と「ファイル転送」の仕組の導入からはじめる
こととする。

また、総合的ネットコミュニティーに組み込まれるべき個別のネットコミュニ
ティーについては、上記の大学ネットとK-net以外に、かなりの数のネットが存
在していると思われる。これらについても、適切なものを選択して取り込んでい
く。現在、単独ではうまく機能していないネットでも、総合的ネットコミュニテ
ィーに組み込まれ、その存在を示すようになれば、他のネットとの間で思わぬ提
携が進展することも期待できる。これもまたネットコミュニティーの効用という
ことができる。

3.「北東アジアのソフトウェア開発基地」構築の具体化

 今回洪海教授から提案された「日中ソフトウェア開発基地」構想は、ソフトウ
ェア開発における全てのプロセス(アイデアの創出、研究開発、設計、生産、販
売など)を包含するソフトウェア基地を、日中が共同で設立しようというもので
ある。このような構想は、中国東北地方の各省とも望んでいるものであり、各省
の誘致合戦になるおそれがある。また、日本側も、各省からの類似の投資誘致案
件に対して食傷していることもあり、その独自性が問われることになろう。

この点に関しては、方安儒処長の報告の中で、黒龍江省の注目すべき特長が挙
げられている。すなわち、黒龍江省は北東アジアの中心に位置しており、ロシア
語、日本語、韓国語、モンゴル語のできるソフトウェア開発要員が多数存在し、
また、それらの諸言語による国際標準に従ったソフト開発環境およびテスト環境
が整備されている。

 そこで、今回の「日中ソフトウェア開発基地」構想を拡大して「北東アジアソ
フトウェア開発基地」構想とし、北東アジア全域のIT化の推進業務を担わせる
ことが考えられる。ソフトウェア開発は、技術者間の濃密な人的触れ合いをもた
らすものであり、特にハルビンのような北東アジアの要衝に、このような基地を
設けて各国の技術者が協同作業を行うことは、北東アジアの平和と安定に多大な
貢献をなすものと考えられる。今後、ODA資金が、このような新しい分野の戦
略的な構想に対して重点的に供与されることが望まれる。

 この構想の具体化については、上記の大学ネットコミュニティーのなかで電子
会議室などを活用して検討を行い、公的資金の導入なども考慮した案をまとめ、
次回の仙台会議での議題とすることを提案したい。

4.インターネット・データセンター(iDC)の併設

 上記の洪海先生のソフトウェア開発基地構想にもうひとつ付け加えるとすれば、
システム運用の機能が挙げられる。ソフトウェアが開発された後は、実際の業務
で日々運用されていくことになる。その場合、自らコンピュータを持ち、ネット
ワークを引いて、技術者を張り付けて、365日トラブル無く運用していくこと
は、技術的にも費用的にも難しいことである。そこで、そのような業務を専門の
施設に委託してしまうことが考えられる。

 インターネット上のビジネス・システムを運用していくための専門施設は、イ
ンターネット・データセンター(
iDC)と呼ばれ、高速なインターネット回線に
接続された信頼性の高いサーバーなど、各種資源を堅牢な建物内に置いて顧客に
提供し、種々のサービスを行っている。

このiDCを利用すれば、自ら設備を持たずにインターネット・ビジネスを行な
うことができる。また、iDCは、サーバーなどのハードウェアだけでなく、新し
いビジネスモデルを展開するためのさまざまな資源を提供しており、最近は、そ
れらを使って顧客企業同士のコラボレーションの支援を行なうなど、ビジネスモ
デルのコーディネータとしての機能をも果たすようになってきている。
同じiDC
内の他の事業者のシステムを結合して、新たなビジネスモデルを容易に作り出す
ことができるのである。

途上国がこのiDCを利用するようになれば、先進国が経験してきたインターネ
ットビジネスの形成過程を経ずに、いきなり最新の設備による最先端のビジネス
モデルを、自らの設備を持たずに実現することができるようになる。そのため、
iDCの活用はデジタルデバイドの解消のためにも有用であり、「IT・ハイテク
に係わる経済協力」の中で考慮すべき重要なインフラであるといえる。そこで、
今後、新たにソ
フトウェア開発基地を作るのであれば、iDCを併設して、システ
ムの開発と運用の一体化を図ることが望ましい。

iDCを作るためには、ビルやコンピュータ、通信施設などの設備的なものだけ
でなく、サーバー、ネットワーク、データベースなどの技術者が不可欠である。
日本では、センターと名のつく公共施設は箱もの(入れ物だけ作って中身の無い
無用の長物)といわれて問題視されているが、インターネット・データセンター
は、単なる建物ではなく、
その中にシステム運用のための心臓部となる機械装置
やソフトウェア、さらにはそれらを運用し維持していくための技術者など、先進
的な諸要素がギッシリ詰まったノウハウの塊であり、今後のネットワーク社会の
基本インフラとなるものなのである。

「インターネット・データセンター」という言葉は、「ムネオハウス」や「ヘ
ルスセンター」のような箱物を指す言葉ではなく、設備とノウハウとをセットに
した特別なインターネットインフラを指す専門用語なのである。

このiDCは、超先進的な施設であるが、上記のように、そのメリットは途上国
にこそ大きいといえる。今後、世界各地のiDCが結合され、途上国の業務システ
ムが先進国のシステムに組み込まれて、グローバルな最適地生産を行う国際的バ
ーチャルカンパニーが続々とできてくるだろう。北東アジアにこのようなボーダ
レスなネットワーク社会を作り上げ、北東アジアネットワーク経済圏を構築する
ためにも、iDCの併設を提案したい。

なお、以上のiDCに関する記述は、下記の文献によっている。本書は、経済協
力のコンテクストの中でITを考える際の基本文献として、一読をお勧めする。

[参考文献] 大橋正和・長井正利「インターネットデータセンター」
     (平成13年1月、インプレス社)


[3] ソフトウェア産業における日中協力の新展開

 最後に、討論の場で、万国計算機応用技術開発有限公司の張涛社長から提示さ
れた以下のコメントについて感想を述べる。


「当社はこれまで日本から注文に頼っていたため、今回の不況時に仕事が無くな
って、苦しんだ。そこで、これからは、中国国内の仕事に重点を移していくつも
りだ」


 この発言は、ソフトウェア開発における日中協力の発展段階に関して、重要な
ことを示唆している。以下では、その含意について考察してみたい。そのため、
まず、ソフトウェア産業の日中協力の発展段階を整理してみると、次のようにな
る。


 1)日本の企業が自社のソフトウェア開発を賃金の安い中国で行うため、中国
   のソフトウェア会社を丸抱えして仕事を発注する。


 2)中国のソフトウェア会社が、特定の日本企業に頼らず、一般の日本の企業
   から積極的に注文をとって、独立的な活動を行う


 3)中国の独立系のソフトウェア会社が、日本の市場に頼らず、中国の国内市
   場に重点を移すようになる。


 4)日本のソフトウェア会社が、中国の市場をねらって中国のソフトウェア会
   社と提携し、中国の仕事を受注するようになる。


  わが国の情報サービス会社は、企業内のコスト部門が独立してできたものが多
い。そのため、営業活動を行わなくても、親会社から独占的に仕事をもらうこと
ができた。そして、経営が安定してきたところで、徐々に親会社以外からの仕事
を受注するようになり、独立した企業として一本立ちするようになったのである。

 中国のソフトウェア会社の場合も、東大アルパイン社のように、わが国のアル
パイン社の子会社として、仕事は全て親会社からもらって成長してきたところが
成功している。これが上記の1)の段階の協力モデルである。

 ところが、バブル期になると、日本の不特定多数の会社から注文をとって仕事
をするような、新興の独立系ソフトウェア会社が中国に出現した。これは上記の
2)の段階に相当する。しかしながら、バブル崩壊後は、このような独立系ソフ
トウェア会社は張涛社長と同じような困難に直面することになってしまった。

 このような困難を招いたのは、独立系のソフトウェア会社が1)の段階を経ず、
いきなり2)の段階からスタートしたことによるものと考えられる。バブル期に
は、独立系ソフト会社が存立できるだけの仕事量があったが、バブル崩壊後の状
況をみると、2)の独立系ソフト会社の出現は時期尚早であったとも考えらる。
しかし、こうした困難の中で、張涛社長はあえて中国国内の仕事に重点を移すと
いう決断をし、2)の段階を飛び越えて3)の段階まで進もうとしているのであ
る。

中国で国内向けの仕事を行う場合、労働力は安いが製品価格も安いため、利益
が出にくいのではないかとの疑問がわくが、張涛社長の話では、分野によっては
製品価格もかなり高く、十分やっていけそうだとのことである。もしこれが可能
ということになれば、日本の企業にとっても、いよいよ4)の段階を考えるとき
が来たということになる。私が3年前にITの調査プロジェクトを始めたときは、
4)の段階に至るのはまだ先のことと考え、1)の形態の協力モデルを推奨して
きたが、事態の進展は思ったより早そうである。日本から中国に仕事を持ち込ん
で良質で安価な労働力を利用するという考え方から、中国市場への進出という方
向に、発想の切り替えを行う時期が近づいてきたように思われる。


本報告は、2002年5月に、日中東北開発協会 と中国黒龍江省人民政府が主催して
中国黒龍江省で行われた、「2002年 日中経済協力会議−於黒龍江」の報告書(平成
14年8月)から、筆者の執筆部分を抜き出したものである。

             [本報告書の問合せ先]
             日中東北開発協会
           東京都港区虎ノ門2-6-4
         (電話)03−3592−6891