<「2002年日中経済協力会議−於黒龍江省」における報告>

    日中ネットワーク経済圏の構築をめざして



                                        星城大学 経営学部
                                         教授 伊藤 征一



 星城大学の伊藤と申します。私は、この日中経済協力会議には、1回目の瀋陽、
2回目の長春に続き、3回目の参加となります。


1.ネットコミュニティーの構築

前回の会議では、株式会社日立製作所の片岡雅憲氏が、ネットワーク上のバー
チャルなコミュニケーションの場である「ネットコミュニティー」の概念を提唱
されました(「ネットコミュニティーを支えるIT技術――その動向と展望――」
参照)。

また、このネットコミュニティーを実現していくためのリアルな場として、
「インターネットデータセンター(
iDC)」の活用が提案されました。iDCとは、
「高速なインターネット回線に接続された信頼性の高いサーバーなど、種々の資
源を堅牢な建物内に置いて顧客に提供し、インターネットビジネスのシステム運
用サービスなどを行っている施設」のことをいいます。この
iDCを利用すれば、
インターネットビジネスを自ら設備を持たずに行うことができるのです。

このような基本インフラを高新技術開発区などに建設してインターネットに接
続し、その中に、各種サービス機能を一同に集めたホームページ(ポータルサイ
ト)を構築することにより、バーチャルなネットコミュニティーを実現すること
ができます。

このコミュニティで共通に使われる各種サービスとしては、「インターネット・
バンキング」や「インターネットによる遠隔教育(
eラーニング)」、「インタ
ーネット・マーケットプレイス」などがあげられます。


2.ネットコミュニティーにおける活動――ボーダレスコラボレーション――

そのような道具だてのそろったバーチャルな場を利用すると、経済協力の観点
から、どのようなことができるのでしょうか。その答えとなるキーワードが、
「ボーダレス・コラボレーション(国境を越えた協働)」です。

このようなネットコミュニティーの中では、遠くはなれた日中両国民が、あた
かも同じ場所で一緒に行動しているような状況を作り出すことができます。日常
生活でも、遊びでも、仕事でも、あらゆることが国境を越えて一緒にやれるよう
になるのです。このような国境を越えた協働作業は「ボーダレス・コラボレーシ
ョン」と呼ぶことができます。日中両国民が、あたかも同じ場所で生活しながら
勉強や遊びを共にしたり、同じ会社で働いたりしているような状況を作り出すバ
ーチャルな空間(ポータルサイト)がネットコミュニティーであり、その中でい
ろいろな形の協力が展開できるのです。


3.ボーダレス・コラボレーションの具体例

次に、このようなボーダレスコラボレーションが、どのような分野でおこなわれ
ているかを見てみましょう。典型的な例が、ソフトウェア開発におけるボーダレ
ス・コラボレーションです。例えば、インドのバンガロールのソフトウェア会社
はアメリカのシリコンバレーからソフトウェア開発を受注し、インターネットを
通じて情報のやりとりを行いながら開発を進めています。バンガロールは、シリ
コンバレーとの間でこのようなコラボレーションを行って、ソフトウェアの大輸
出地となったのですが、中国の東北地方と日本の間でも、同じような連携を推進
していくことが考えられます。

 また、一般の産業でもボーダレス・コラボレーションの例が見られます。たと
えば、アパレル産業の場合は、日本側でアパレル会社がCADを使って型紙を作
り、そのCAD情報をインターネットで中国に送り、それに基づいて中国の縫製
られた
CADデータを、遠隔地にある生産部門がインターネットを通じて受け取り、
それに基づいて生産が行なわれるという形態のコラボレーション・システムは、
金型や製材などの分野でも利用可能になっています。

さらに、保険会社の請求業務やカード会社の照合業務、顧客対応の窓口業務や
コールセンター業務など、間接業務のサービスでも通信ネットワークを利用する
ことによって、外国の労働者を使うことができるようになりました。これらもボ
ーダレス・コラボレーションということができます。このようにして、従来は国
境を越えるのが難しかった労働市場もボーダレスになってしまうのです。


4.新たな展開

@建材に関するボーダレス・コラボレーション

 以上は、前回の会議の復習です。これについては前回の報告書の中の「本セッ
ションの総括と今後の方向」
にわかりやすく述べておきましたので、ぜひ読んで
下さい。

 今回はこの話をさらに進めて、@これまで述べた事例の日中間での具体的展開
と、A今後取り上げるべき新たな事例についてお話します。

 まず@については、この分科会の後に開かれる投資貿易分科会で中辻雄二氏が
発表される事例報告「日本の建設業者と中国の建材メーカーをインターネットで
結んで実施している建材共同購買の実例報告」
が挙げられます。これは、建材分
野のコラボレーションを日中間で実現しようというものです。

このプロジェクトを、誰でもが参加できる開かれたボーダレスコラボレーショ
ンのプロトタイプとして、われわれの考えるネットコミュニティーに組み込んで
いきたいと考えています。

A教育に関するコラボレーション

 次に、後者については、日中間のボーダレス・コラボレーションの新たな分野
として、教育分野を取り上げるべきことを提唱します。中国東北地方には、大規
模な大学が多数存在し、多くの良質な労働力を供出しています。また、行政も教
育に力を入れており、長春政府が主催する教育展は全世界から多数の出展がある
と聞いています。

 また、ソフトウェア開発の分野では、システムエンジニアなどの技術者の育成
が重要な課題となっています。特に、日本の技術者不足を補うため、中国の技術
者を日本のソフトウェア開発要員として育成することが求められています。

 以上のような状況のもとで、ソフトウェア技術者の供給地として注目されるよ
うになった中国東北地方と、その需要地である日本とが協力してソフトウェア技
術者を育成するため、教育分野でのボーダレスコラボレーションが強く求められ
ようになってきました。そのための方法として、
eラーニングが脚光を浴びてい
ます。

 このeラーニングについては、後ほど株式会社日立製作所の小川徹氏から報告
されることになっています。

5.今後の方向

 以上述べたようないろいろな分野のボーダレス・コラボレーションが、一つの
ネットコミュニティーの中で、種々の共用機能を使いながら展開されていくこと
により、国境を越えた総合的なコミュニティーが形成されることになります。こ
のようなネットコミュニティーが重層的にできていけば、それらを全体として、
日中ネットワーク経済圏と呼ぶことができるでしょう。

日中両国の各分野で、個別のボーダレス・コラボレーションを推進しながら、
それらをまとめるネットコミュニティーを作っていけば、それらの集合体として、
ネットワーク経済圏が形成されていくことになります。このようなネットワーク
経済圏の構築こそが、21世紀の日中経済協力の方向であると考えます。