2.もしかして、初心者さんですか?
山道を2つの足音が踏み締めていく。一つは荒々しく、もう一つは軽快に。と、前を歩いていた方の足音が止まった。
「テメェ、どこまでついてくる気だ!?」
振り向き様に男――職位三蔵キャラクターネーム江流が怒鳴ると、後ろを歩いていた悟空がきょとんとしながら首を傾げた。
「助けてくれたのはサンキュだけど、俺ここがどこなのかも解んねぇし、どっちに行けば良いのかも解んねぇんだもん」
その言葉に江流が嫌そうな顔になる。
「お前まさかチュートリアルすっ飛ばしてねぇだろうな?」
「スゲェな。何で解ったの?」
びっくりした悟空を見て、江流は深々と溜め息を吐いた。
「チュートリアルは初心者が困らないように作られてんだからそのくらいやっとけ。今更やれとは言わんが、せめて公式くらいは見ろ」
「公式良く見てない事までバレてる!?」
「公式のシステムタブに画面の見方があるんだよ。そこを見てれば職位を名前だと思うような勘違いはしねぇ」
「へ〜。……て、職位って何?」
悟空の問に諦めたような溜め息を吐いて江流は再び歩き出した。
「職位ってのは、ギルドに入ると使える肩書きみたいなモンだ。社長とか平社員とかな。それをギルドマスターが自由に設定出来るんだよ」
「成る程。ところでここドコなの?」
「アウランデフの北西の山の中だ。こっち側からシュエには行けないから、お前が居た辺りがこっち側での最北になるな」
「どーりで誰も居ないと思った」
「居ねぇっつーか、こんなトコ何もねぇから滅多にプレイヤーなんか来ねぇぞ」
「マジで!? あぶねー……。アレ、じゃあ三蔵は何であそこにいたんだ?」
「だからそれは名前じゃ……。チッ。俺は素材集めをしてたんだよ」
「素材集め?」
「このゲームでは各種アイテムを作れるジョブがあるんだよ。そのアイテムを作る為の材料を集めてたんだ」
「へ〜。三蔵何か作れんの?」
「俺じゃねえ。うちのギルマスが作れるんだよ」
「ぎるます?」
「ギルドマスターの略だ。つか、何でお前こんなトコに居たんだ? 初心者が放り出されるような場所じゃねぇぞ」
「なんか、ゲーム始めたときに貰ったアイテム使ったらワープ? してさ」
「少女のNPCか?」
「うん、そう。なんか紫色の変な羽」
「【歪んだ時空の羽】か?」
「そう! それそれ!」
「ある意味大当たりのアイテムだな。アレを使うとランダムでどっかに飛ばされるんだよ。歪んで無いヤツなら好きな街に飛べるがな」
「へ〜」
「ジャイアントなら初期ログインはトバだろうから、随分遠くまで飛ばされたモンだな」
「トバ? ジャイアント?」
「お前本当に何も知らねぇんだな」
呆れ返った江流は説明が面倒になって前方を指差した。
「あそこがアウランデフだ。田舎街だから何もないが商店くらいはある。このゴミアイテムをくれてやるから、店で売って金にして【時空の羽】を買うんだな」
ドサッとアイテムを渡されて悟空が焦る。
「こんなに貰えねぇよ!」
「ならどうするつもりだ。ここいらの敵はソコソコ強いから初心者には倒せねぇぞ。ついでに【時空の羽】はわりと高額だ。俺はお前に付き合う気は無ぇぞ」
「う……」
悟空が『悟空』というキャラクターを操作しているように、相手にも操作している人間が居る訳で。一人でやるゲームに出てくる登場人物ではないのだから、一々親切に付き合って教えてくれるわけが無い。出来れば色々教えて欲しいと思いながらも、無理強いなど出来る訳もなく、悟空は渋々頷いた。
「解った。アイテム、サンキュ。いつかお礼する」
「気にすんな。全部捨てても良いくらいのゴミばかりだ」
「それでも、スゲー助かったからさ」
そう言って悟空が笑うと、江流は少し驚いたようだった。
「……勝手にしろ」
「おぅ!」
また、先程の場所に戻ろうと踵を返したぶっきらぼうな江流の返答を気にすることなく、悟空はニッコリ笑って手を振った。が、すぐにダッシュしてもう一度江流を捕まえた。
「なんだ、クソ猿」
「俺どこ行けばいいの!?」
考えてみれば行き先がサッパリ解らない状態で放り出されても、あまり状況が変わらない事に気付いた悟空の必死な問に、江流が思わずたじろいだ。
「あー……、クリュセア辺りに行けば良いんじゃねぇか?」
「く? クリスマス?」
「違げぇ。王都クリュセア。頭に漢字が付いてる街はソコだけだからお前でも解るだろう」
「うん! 解った! ありがとな、三蔵!」
今度こそ一人で街に入っていった悟空を見送り、三蔵は画面の前で煙草をくわえたまま笑った。
「変なヤツだな」
一方街に入った悟空は、まずは街を探検しようとしてアウランデフの小ささに驚いていた。ぐるりと見回すだけで全ての建物が把握できるくらいの小さな山間の街。
「街ってより村って感じ?」
木で造られた家々は重厚な作りをしており、家の前や道沿いにはプランターが色とりどりの花を咲かせているのどかな田舎の村だ。探すまでもなく小さな商店が並んでいる一画に道具屋はあった。
「すみませーん」
『いらっしゃい。何の用だい?』
「これを売りたいんだけど」
開いたトレードウィンドウへアイテムを入れていく。そして『sell』ボタンをタップするとチャリンとお金の音が鳴った。
『毎度! また来てくれな』
オヤジとの挨拶もソコソコに、悟空は財布を開いた。
「うわ……、スゲ。いち、じゅう……27万7235ヨークだって……。こんな大金マジでいいのかな……」
戸惑うけれど、すでに江流の姿は無いのだから仕方ない。取り敢えず先程江流に言われた通り、【時空の羽】を買わないとともう一度道具屋のオヤジに話しかける。
『いらっしゃい。何の用だい?』
「【時空の羽】が欲しいんだけど」
と、売り物一覧を眺めるが、目当ての物が見当たらない。ページがあるわけでも無いその一覧をもう一度良く見るが、やっぱり無い。
「なぁ、【時空の羽】ってねぇの?」
思わず聞いてしまうが相手は人間ではないので、当然返事なんか返って来る筈も無い。仕方なく悟空は他の店を探すことにして道具屋を後にする。隣は装飾品店でそこにも【時空の羽】無く、その隣の魔法洋品店でやっと悟空は【時空の羽】を見つけることが出来た。
「うわ……高! 25万もすんの!?」
思わず買うのを躊躇してしまうが、だからと言ってこのままこの村に居ても仕方ないし、それにこの金はそもそも江流に【時空の羽】を買うようにと貰った金だ。思い切って羽を1つトレードウィンドウに入れ、悟空は『buy』をタップした。さっきと同じチャリンという音が響いたが、妙に切なく響いた気がしたのは悟空の気のせいだろう。
『有り難う』
美人のお姉さんがそう言う目の前で悟空は今度はアイテムウィンドウを開いた。先程と同じ色をした羽が、こちらはピンと伸びた状態で入っている。
「これを使えば良いんだな?」
さあいざ、と悟空がそれをタップしようとしたその瞬間、悟空の部屋のドアが勢い良く開いた。
「アンタお風呂入りなさいって何度言ったら解るの!? いい加減にしないとスマホ取り上げるわよ!」
「へ?」
ビクッとして枕元の時計を見れば、既に時刻は23時42分。
「ヤッベ! ゴメン! すぐ入る!」
「入ったら直ぐに寝なさいよ? 高校生になったからってウチは寝る時間は変わらないんだからね!」
「はーい!」
もう少しゲームをしたいと思いつつも、また止まらなくなりそうな予感もして、悟空は大人しくゲームを終了させた。続きはまた明日やればいい。悟空の母親はやると言ったら本当にやる人間だ。スマホを取り上げられたらゲームどころではない。ちなみに悟空の就寝時間は0時である。慌てて着替えを掴むと、悟空は風呂へと急いだ。
さて、と、悟空は今日もベッドの上でスマホを構えた。夕食も食べたし、今日は既に風呂にも入った。電源ケーブルも接続済みだし宿題も無い。悟空は早速アイコンをタップし公式を表示させ、ゲームスタートを押す。すると直ぐにタイトル画面が表示され、今日はキャラクター選択画面になった。
「おー、居る居る!」
そこに昨日作った自分のキャラクターがちゃんと表示されているのを見て、悟空が嬉しそうに笑う。軽くそのキャラクターをダブルタップすれば、キャラクターは応えるように悟空へと親指を立てて笑って見せた。思わず笑い返した悟空の手元で画面が暗くなりロード画面が表示される。そして、すぐに山間の村が表示された。
「おし、ちゃんと昨日のトコだ」
ぐるりと画面を回してみるが今日もここには誰も居ないようだ。昨日の江流のも姿も当然の事ながら見えない。
「連絡先聞いとけば良かったな」
また遊びたいと思ったが、彼をどうやって探せばいいのか解らず、少し残念に思いつつ悟空はアイテムウィンドウを表示させた。
「さって、コレを使うんだったな」
ひょいとそれをダブルタップすると、選択ウィンドウが表示される。カタカナの都市名と思われるものが九つ並んでいる。
「えっと、どこ行けばいいんだっけ」
どの名前がどこなのかサッパリ解らないが、またこの村を選択するのだけは避けたい。
「ここは確か、このアウランデフってヤツだよな。昨日三蔵何て言ってたっけな……。う〜ん、む〜……。あ! そうだ! 1つだけ漢字付いてるって言ってた! 漢字、漢字……と」
漢字の付いている都市名は直ぐに見つかった。昨日江流が言った通り、『王都クリュセア』1つだけだ。
「よし! これだ!」
早速それを選択すると、画面がロード画面に切り替わる。
「どんなトコかな〜? 王都って言うからには大きいのかな♪」
ワクワクしている悟空の前で視界が開けた。それは小さな広場の一角。
「これが王都?」
拍子抜けした悟空が思わず呟いた。最初に出た街よりも小さい広場には、露店は無く屋台の商店が点在するだけで、広場と言うよりは街の一角と言った雰囲気だ。家々の前に座っているキャラクターは居るが、悟空が想像していたより全然静かだった。首を傾げた悟空の隣でボフッと音がして、1人のキャラクターが現れた。
「あ、あのさ」
ちょうどいい、この人に聞こうと思った悟空の言葉に気付かなかったのか、その人はスタスタと広場を出ていってしまう。
「ありゃ……」
戸惑っている悟空の側でまた同じ音が今度はいくつもして、キャラクターが次々と現れる。びっくりして見ていると、その人達は話ながらやはり広場を出ていってしまった。全員先程の人と同じ方向へ。その人達を見送っている間にも次々とキャラクターが現れては大半が同じ方向へ消えていく。
「あっちになんかあんのかな?」
悟空はその人達と同じ方向へ足を踏み出した。
その広場は正方形ではなく、単にスペースが空いただけという風情で、歩いていくと段々広場は狭くなってきたが、逆に人はどんどん増えていく。いや、増えていくどころではなく、気付けば画面内が人に埋め尽くされているのではないかと言うほどにキャラクターがひしめきあっている。
「うわぁ……」
周りの家が途切れ大通りに出ると、そこは至るところに露店が開かれ、沢山の人が行き交っている文字通りの王都だった。
「スゲー、人ばっか! これ全部、人間が操作してるんだよな!?」
通りを埋め尽くさんばかりの露店は数え切れないほどで、見えるキャラクターだけでも100を越えそうだ。しかも皆それぞれ会話をしたりしていてチャットログが物凄い早さで流れていく。余りの人の多さに悟空がキョロキョロと辺りを見ると、その大通りの先には城門らしきものが見え、逆側には大きな城のような建物が見えた。
「あそこに王サマ住んでんのかな? てか、これからどこ行けば良いのかも良くわかんねぇな。よーし、誰かに聞いてみよ♪」
答えてくれそうな相手は居ないかと周りを見るが、直ぐに誰でも大丈夫だろうという結論に行き当たり、悟空はすぐ側で暇そうに露店を開いている兄ちゃんに話し掛けた。
「なぁ、あのさ! ちょっと聞いていいかな?」
ニコニコしながら露店の前に座り込み話し掛けた訳だが、露店商はピクリとも動かず、つまらなそうにキセルをくわえてどこかを見ている。
「あれ? あの、すみませーん」
聞こえなかったのかと思い再度話し掛けるがやっぱり返事は無い。
「あれぇ? 何でだろ」
仕方なく立ち上がり、その人を間近で覗き込むがやっぱり反応はない。
「ねぇ! ちょっと! 〜〜〜返事くらいしろってば!!!」
怒鳴った途端、後ろの方でクスクス笑う声が聞こえて、悟空は振り返った。すると、そこには可笑しそうにクスクス笑っている少女が1人佇んでいた。長い青い髪に長めの耳、二重の丸い緑の瞳、白い肌に桜色の頬と唇。髪をハーフアップにして花の髪止めのような物で留め、長めの青いワンピースのようなファンタジー特有の服を着ている16歳くらいの美少女。
「その人、多分中身居ませんよ」
「中身?」
きょとんとして聞き返すと、その人は悟空の隣まで歩いてきて、説明してくれる。
「プレイヤーが画面の前に居ないってことです。きっとログインして露店を建てて、画面の前を離れてる状態ですね」
「え、それじゃどうやって物売るの?」
「露店は売り物をセットしたら後は自動でやってくれるんです。だから、露店商さんは大抵中の人は居ないんですよ」
「へ〜、そうなんだ」
悟空の隣でまたクスクス楽しそうに笑った少女が、悟空に聞いた。
「もしかして、初心者さんですか?」
「あ、うん。昨日始めたばっか」
「ネトゲ自体初めてとか?」
「良くわかるなー。今までガラケーだったらから出来なくてさ!」
「スマホでやってるんですね。私もです(^-^)」
「スマホ以外でもこのゲーム出来んの?」
「パソコンでやっている方も多いですよ」
「そうなのか〜。あ、俺は悟空! よろしくな!」
「私はMINTです。よろしくお願いします。もし良かったらフレンドになりませんか? 初めてだと、解らないことばかりで大変でしょう? 何かお手伝いできるかもしれません」
「フレンド? 友達?」
「ええ、そうなんですけど、この場合は友達登録ですね。ほら、見ての通り沢山の方が居ますし、生活習慣でログイン時間も違ったりして、折角仲良くなれてももう一度会えなかっりすることが多いんです。でも、それじゃ寂しいですし、もっと仲良くなりたいでしょう? そんなときフレンドに登録していると、相手がログインしているかどうかが解るんです」
「へー! そんなのあるんだ!」
「メールやウィスパーチャットをする時名前の入力しなくて大丈夫ですしね。まぁ、物は試しです」
ピッと言う音がして悟空の画面にウインドウが開いた。
『MINTさんからフレンド申請が来ました。フレンドになりますか?』
「なんか来た!」
「『はい』を選択すれば登録完了です。後で削除も出来るので押してみてください」
「うん!」
悟空が『はい』をタップすると、『友達登録が完了しました。』と、表示が出る。
「出来た!」
「ええ、ちゃんとこちらにも来ました。そうしたら、左のフレンドマーク……えっと、人が二人並んでるようなアイコンを押してみてください」
言われてアイコンをタップするとフレンドリストが開き、そこにMINTという名前とログイン中の表示があった。
「へー! コレいいな! 初めてのフレンドだ!」
「それは光栄ですね。これからよろしくお願いします、悟空さん(^-^)」
「よろしく! MINTさん!」
「私のことは呼び捨てで構いませんよ?」
「あ、じゃあ俺も! てかサン付け慣れないから呼び捨てにして!」
「わかりました。じゃあ、悟空。何か買いたい物があったんですか?」
「え?」
先程悟空が露店商に話しかけていたのを、何か買いたいものがあると思ったらしいMINTの問いに悟空は苦笑した。
「俺チュートリアルすっ飛ばしちゃって、解んないことだらけだからさ、誰かにイロイロ聞こうと思っただけ!」
「おや、そうなんですね。私で良ければ何でも聞いてください。解る範囲ですけど、お答えしますよ」
「マジで!? サンキュ!!」
悟空は親切な少女に感動する。
「あ、じゃあ、このゲームって何すればいいのかな?」
「え?」
「ホラ、普通のゲームだとボス倒して世界平和みたいな感じじゃん? 同じなのかな?」
「えーと…」
MINTが困ったような笑みになる。
「世界が平和になると、ゲーム終わっちゃいますね(^-^;」
「あ、それもそうか。じゃあ何すればいいんだろ?」
「そうですねぇ……。クエストをしたり、レベルを上げたり、アイテムを集めたりと、楽しみ方は色々有りますが……」
「ふむふむ」
「でも、とりあえず観光でもしてみましょうか?」
にっこり笑ってMINTがそう言った。
「リアルじゃ行けないような色んな場所があるんです。そういうところを巡りながら何をするか考えてみてもいいんじゃないでしょうか」
「そっか。そうだな!」
ゲームだからって何かをしなければいけないわけではない。楽しみ方は人それぞれなのだと言われ、悟空は頷いた。
「それじゃ、早速行きましょう。取り敢えずここを出ないとですね。えっと、はぐれてしまうといけないので……」
再びピッと言う音がして、ウインドウが開く。
『【ジープに乗って】パーティーから勧誘が来ています。加入しますか?』
「なんだ、コレ?」
「はぐれないようにです。パーティーを組んでおけば専用チャットだけじゃ無く、マップに同じパーティーの人が表示されるんです」
「へ〜。じゃ、『はい』を押して……と」
『【ジープに乗って】パーティーに加入しました。』
「ジープなんてあるんだな」
「無いですよ〜。それは私のリアルペットの名前です」
「……そうなんだ」
親切だけど、この人ちょっとヘンかも……という言葉は賢明にも飲み込んだ悟空だった。
「じゃあ、行きましょう。こっちです」
するすると人混みを移動していくMINTを慌てて追いかける。露店を選択しないよう注意して城門へ向かうと、そこは更に人が多くてもうMINTがどこにいるかさえ解らない。
『そのまま城門を出て南に向かってください』
姿は見えないまま、さっきまでと違う色のログが表示された。
「何コレ? てか、MINTどこ?」
『パーティーチャットですよ。この人じゃ会うのは難しいですから、街を出ましょう』
「解った!」
すぐ近くまで来ていた城門をそのままくぐると、建物が一気に無くなる。高い木も丘陵も無い、短い下草が生える草原……だが、やはりこちらも人が多い。
「王都、スゲーなぁ」
『悟空。少し南に来てください』
相変わらず姿の見えないMINTからパーティーチャットが届くが、悟空は首を傾げた。
「えっと、南ってどっち?」
MINTに向かって発言したつもりだったが全体チャットだったせいで、目の前のキャラクターがくるりと振り返った。
「南は下だよ〜」
「あ、アリガト!」
「いえいえ! がんばってね〜p(^-^)q」
ぐっと手を握ってポーズを取る相手に手を振り、悟空は南―――マップの下方向へ歩き出した。するとすぐに人はまばらになってくる。悟空がMINTを探してキョロキョロしていると、そんな悟空を見つけたMINTが手を振った。
「悟空、こっちですよ」
「あ! 居た!」
悟空がMINTに駆け寄ると、そんな悟空の顔を見て彼女が苦笑した。
「すごくホッとしたって顔してますけど(^-^;」
「だってスゲー人でさ! もー会えないかと思った!」
「FAOで一番大きな街ですからね」
「へ〜、そうなんだ」
「それじゃ、行きましょうか。こっちですよ」
先に立って道を歩き始めたMINTに、悟空も歩き出す。人が多くて見えなかったが、どうやら城門の前からずっと道があったらしい。
「この街は、門を出ると家が無くなるんだな」
「元々あの城を守る騎士達の一時的な住居だけだったみたいです。それが段々大きくなって、今のような大きい都市になったんです。だからぐるりと城壁もあって、その中にだけ街があるんですよ」
「へ〜。ちなみに俺らどこに向かってんの?」
「そうですね。まずはヴェルルカへ行こうかと思ってます」
「ヴェルルカ?」
「ええ。湖の真ん中にある都市なんですが、水の上だけじゃなく空中にも水の中にも道があるんです」
「水の中にも? それって泳ぐってコト?」
「いいえ、水族館の水中トンネルみたいな感じが近いかな? 百聞は一見に如かず、ですよ」
イマイチ想像が出来ない悟空の隣で楽しそうにMINTが笑うと、その足元を小さな動物が駆け抜けて行った。白い毛の生えたチワワのような動物。けれど、耳がとても長い。
「かわいいな!」
「あれでもモンスターなんですよ?」
「あれが!?」
「ええ。向こうから攻撃してくる事はないんですが、例えばこうやってアイテムを落とすと」
そう言ってMINTが1つ赤いポーションを落とすと、さっきはのんびり走っていった動物がすごい早さでそのポーションに駆け寄り、ポーションを飲み込んでしまった。
「口デカ!」
「ソコですか(^-^;」
「だってあんなちっこいのにぐわって!! てゆーか、どこに入ってんの!?」
「さぁ……、それは解りませんが、倒すと今拾ったアイテムも落としますよ。ルートモンスターって言うんです」
「へ〜。でもコレかわいくて攻撃できねぇや」
「アハハ。少し狩りもしてみましょうか」
「狩り?」
「戦闘することです。あそこの緑のなら攻撃出来そうですか?」
MINTが通りから少し離れた大きな岩がいくつか固まっている場所を指差す。悟空が目を凝らしてじっと見れば、岩の影になにやら緑色の泥のようなものがあった。
「緑の……って、あのアメーバみたいなの?」
「そうです。あれもちゃんとした敵なんです。近寄ると攻撃してきますが、日の光なんかに当たると溶けちゃうのでああいった岩影に居て、こっちまで来ることはありません」
「へー」
緑のアメーバは1つでは無いようで、時々移動したりしている。
「てか、攻撃ってどうやんの? 武器とか?」
「そう言えばチュートリアルはスキップしたんでしたね。攻撃は相手をクリックすればできます。基本は殴る動作で、素手なら殴りますし武器を持っていればそれで攻撃します。魔法やスキルなんかは、スキルを使用した上で相手をクリックですね」
「じゃあ、アイツをタップすればいいんだな?」
「ええ、そうです。武器はあります?」
「無いけど素手でいいよ! いっくぞー!」
「頑張ってくださいp(^-^)q」
道を外れて岩の側まで行くと、数匹のアメーバが地面に張り付いていた。悟空が近付いたことに気付いているのか動きが止まり、じっとしている。
「よーし!」
勢いよく振りかぶり、アメーバに向けて拳を降り下ろした。ボスッという音とがして、悟空が殴り付けたアメーバが飛び散って消える。後には何やら細胞のようなアイテムが1つ残っただけだった。
「なんだコレ?」
「【細胞の核】ですね。拾っておいて、後でお店に売ってお金にしましょう。それより悟空、危ないですよ?」
「へ?」
言われた意味が解らなくてMINTの方を振り向こうとした瞬間、足に何かがぶつかった。慌てて下を見ると、緑のアメーバが悟空の足に体当たりをしている。
「何で攻撃されてんの!?」
「さっき言ったじゃないですか。この子は近付くと攻撃してくるんですってば」
そう言えば言っていたような気がする。日陰にしか居ないが近付くと攻撃してくると。大して強くも無さそうなのに、まだレベル1の、しかも初期装備の悟空のHPは体当たりされるごとにどんどん減っていく。
「こんの〜!!」
近付いてくるアメーバを殴り付ければ、それはすぐに倒され消えて行くが、次々に現れてキリが無い。
「あーもー!」
ヤバい、倒される! と、悟空がぎゅっと目を瞑った瞬間、その身体がいきなり放り投げられた。ふわりと舞い上がり少し後ろの地面に激突して、その衝撃でHPが一気に減る。
「あーーー!!!」
叫んだ悟空の目の前でHPのバーが0へと近付き、そして止まった。
ギリギリの『1』で。
「悪ィ悪ィ。生きてっかー?」
しれっとした声に、カッとなって悟空が怒鳴る。
「何すんだよ!? 死ぬトコだったじゃねーか!」
振り向いてさっきまで居た岩の辺りを見れば、見事な赤毛のキャラクターが立っていた。鮮やかな赤い髪に赤い釣り気味の瞳、健康的に焼けた肌の20歳くらいの女性キャラクター。ゲームでなければ有り得ないキワドイ鎧らしきモノを身に纏う彼女は、非常に大きな胸と細すぎる腰、そして大きめの尻を惜しげもなく晒してニヤリと笑った。
「お、生きてんな? ま、良いじゃん。死ななかったんだし?」
「そーゆー問題じゃねぇだろ!」
「んじゃあのままのが良かったのか? 普通にお前殺されてたぜ?」
「ぐ……」
「MINTはあーゆー時、面白がって助けてくれねぇしな」
「人聞きの悪い事言わないでください。いつもたまたま間に合わないだけです」
どうやら本当に助けてはくれなそうなその言葉に、悟空の視線が恨みがましいものになる。そんな悟空に彼女は不思議そうに首を傾げた。
「でもよ、アソコから離れれば良かっただけなのに、なんであえてアソコでがんばってたの? マゾなの? バカなの?」
「〜〜〜〜どっちでもねぇよ!!!」
そう怒鳴り付けてからふと気付く。
「てか、コイツMINTの知り合い?」
「ええ、そうですよ。同じギルドの方です」
「他人行儀な紹介すんなよ〜。お前がここにいるっつーからワザワザ来たってのに」
「あはは、そういえばそうでした。悟空。この人はルビー。大抵毎日ログインしている私の友人です」
「ヨロシクぅ」
そう言ってポヨンと胸を揺らした彼女は、ウェーブのかかった赤い髪をかきあげ悟空にウインクした。
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